065-一人で沈む湖底にて。 その3
本日は2話投稿させて頂きます。
「……なるほど、支払ったMP1000に対しグレードがひとつ上昇、グレードがひとつ上がるたびにステータスが10%上昇。そして最大のグレードは20……といったところなのかしら?」
そうして、欲狩と『ハートアブゾーブ』の相性の良さに気付いてから数十分後。
カナリアの目の前にはいくつもの欲狩と、その欲狩にむしゃぶりつかれて尻を突き出しながら無様な格好で足掻く騎士という地獄絵図が広がっていた。
単独では可愛いだけ(可愛いか?)と思われていた欲狩と、単独ではそこそこゴミだと思われていた『ハートアブゾーブ』を組み合わせることによって、己のHPを回復するためだけに無様な姿で相手を生かし続ける凶悪コンボとなることに気付いたカナリアは、より『召喚:欲狩』を深く理解するためにMPを使用しての欲狩の召喚と、そのステータスの変動などを調べるために騎士の捕獲を行い続け、その結果がこれだ。
……まあ、確かに酷い地獄が出来上がりはしたが、その成果は十分なものと言わざるを得ない。
細かな数値は予測だが、HPを一切使わなかった欲狩、10000代償にした欲狩、20000代償にした欲狩の抵抗された際のHPの減り方は、少なくとも10000代償が代償無しの半分、20000代償は更にその半分に見えた。
もしかすればHPが増えているのではなく、防御力的なものが上がっているのかもしれないが、それはもう調べようがないので単純にHPが倍掛けになって減るゲージ量が少なくなっているのだと判断する他ない。
「うぅん、素晴らしいですわ……『ハートアブゾーブ』」
出来上がった地獄に満足しつつ、手近な騎士の尻へと『ハートアブゾーブ』を打ち込んで減ったHPを全回復。
この使い辛いスキルも段々と使い慣れてきて、カナリアはスキルは第一印象では判断してはいけないのだな、とつくづく思う。
……明らかに『ハートアブゾーブ』に慣れた、というよりは欲狩と組み合わせた使用法が強力なだけの気もするが。
『称号獲得:孤軍奮闘』
「ほ?」
……と、ここで不意に称号を獲得する。
そして、同時に『導書』が新たなスキルノートを発行できることを示すベルを鳴らした。
カナリアは『召喚の導書:模擬者』が生み出した新たなスキルノートに記されたスキル『命令:毒攻撃』を習得し、先程の称号と合わせて詳細を確認する。
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孤軍奮闘
:多数の強敵に囲まれながらも耐え続ける者に与えられる称号。
:自分よりもレベルの高い相手5体以上と一定の距離を保ちながら一定回数HPを全回復する。
:スキル『ラストリゾート』を習得する。
ラストリゾート
:HPが残り5%以下の際に使用可能。45秒間、常にクールタイムが0となる。
:効果終了時、HPは1となり、効果中に使用したスキル全てのクールタイムを合算した値に等しいクールタイムが発生する。
命令:毒攻撃
:召喚している欲狩に毒攻撃を行わせる。
:欲狩が捕獲している相手に対しての毒攻撃は耐性を無視して必ず成功する。
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「今日は豊作ですわねえ……『命令:毒攻撃』」
地獄絵図を広げながらも、のんびりとスキルの詳細を読み終えたカナリアは『命令:毒攻撃』を使用してみる。
すると、今までは騎士たちをあぐあぐとしゃぶっていただけだった欲狩たちがその口から緑色のガスを噴出―――それは勿論捕えている騎士たちの耐性を無視して毒状態へと変え、そのHPを見る見る削っていく。
以前クリムメイスから聞いた話が正しければ、彼らは後150秒の命であり、これによってHP回復用の敵を失うことになるが問題はない。
この地獄絵図を作る最中に二階一階そして地下までの探索をし終え、再び多種多様な換金アイテムと微妙に使えないレベルのそこそこ強い武器・防具たち、そして地下にある大扉を開け放つのに必要な鍵を入手しており、『夕闇の障壁』も24998で張りなおしているので、あとはもう(恐らく地下の大扉の先に居るであろう)ボス戦に突入するだけだ。
というわけで、地獄絵図を引き連れてカナリアは地下の大扉の前へと移動する。
「あら、あなた達は入れませんのね……」
そして、全ての騎士が毒で死に至ったのを確認し、いざボス戦へ―――そう思ったカナリアだったが、どうにも欲狩たちはボスエリアには侵入できない……あるいは、自らが生み出されたエリアから召喚者が出ると死に至るようで、カナリアがボス部屋に入った途端に次々に消滅していってしまった。
「あぁ、客人とはね……久しいな……」
そんな欲狩たちの儚い命に目を向けているカナリアへと何者かが話しかける。
声を聞く限りでは、それはどうやら男……しかも、老いた男らしい。
こんな場所に住んでいる相手などまともな存在ではないな、と、こんな場所に住んでいる相手の尻へと幾度となく腕を突っ込み、HPを何度も全回復したまともな存在ではないカナリアはそう思いつつ振り向き。
その背の扉がばたんと閉じるのを音で察した。
「君も彼女に会いに来たのかな……それとも、アハハ……彼女が君を呼んだのか……あ、は、は……」
いまいち要領を得ない話を続ける男……水底のような濃い青の鎧を身に纏った男は、途切れ途切れに笑う。
その笑い声に含まれるのは怒り、呆れ、そして……自嘲。
カナリアは無言で先制攻撃とばかりにダスクボウからボルトを放ってみたが、まだ喋ってるから待てとばかりに男は無言でボルトを得物である長剣で弾く。
どうやら喋り終わるまでは無敵らしい。
「だけどね、私はまだ……彼女を愛しているんだ、そうさ、永遠にね……」
絶対に自分語りを終えたいらしい彼はどうやらその背を超えた先にある扉……そこに居るらしい〝彼女〟とやらを守っている、あるいは、監禁しているのだろうか? 愛ゆえに……。
まあ、なんにせよ、カナリアは目の前の男が青く光り輝く剣の切っ先をこちらに向けたことで、ようやく自分語りを終えたと察した―――いよいよボス戦である。
「『夕獣の解放』! からの『ラストリゾート』!」
と、ここでカナリアが先程手に入れたスキルを試す。
『夕獣の解放』によってHPを200残して全てSTRに変換することでスキル『ラストリゾート』の使用条件をクリアし、発動……すると、カナリアの周囲を黒い幾何学模様が走り始め、彼女が発生させる全てのクールタイムを45秒間の間だけ全て『0』とする。
CORへと多く振っていたり、クールタイムの短いスキルを主力とする普通のプレイヤーであればそこまで影響が大きいとは言えないスキルだが、ことカナリアにおいては全く違う結果となる―――。
「そして……『八咫撃ち』、一連! 二連! 三連ッ!」
―――なにせ、こちらへと駆け寄ってくる男……『湖底の騎士』へと、カナリアはSTR246から繰り出される絶死の大矢を乱射できるようになってしまうのだから。
……当然湖底の騎士は回避や防御等をしてカナリアの『八咫撃ち』を防ぐが、3連射しかされない普段と違い、3連射するそれを無制限に連打している今は多少の回避や防御など意味がない。
むしろ、回避をすれば回避後の隙に次の矢が命中し、防御をすれば受け止めている間に脚や腹などの空いた場所に次の矢が命中する。
そして一発でも命中すれば、使用されている大弓という武器が生み出す凄まじいノックバックによって押し戻され、カナリアとの距離は開き続け一切近寄れない。
もしかすれば、これで湖底の騎士がノックバックを物ともしない強靭な身体を持っていたならば、ここまで圧倒的な戦いにはならなかっただろう。
だが、湖底の騎士は高い機動力と攻撃力によって相手と順当に殴り合うことを前提とされたボスだ。
ハイドラやクリムメイスと戦うのならば、もっと手に汗を握るような接戦を繰り広げたのだろうが―――。
「これで終わりですわ……! 我が弓は! 暁を唄ーうっ!」
「グアアアア……! ああ、ここで……終わり……! アハハ、悪くなかった。でも、もう少しだけ一緒に……ヴィレイン……」
―――遠距離から素早く超火力の大矢を乱射する『ラストリゾート』状態のカナリアとは致命的に相性が悪い……湖底の騎士は特に成す術もなくハリネズミのような無残な姿となって泡と化した。
……本当に悪くない終わりだったのだろうか、これで。
どう殺されても『悪くなかった』と言わざるを得ない彼の姿はあまりにも悲しみに満ちていた。
「……やっぱりパクったのは微妙ですわね……」
そして無情にもカナリアは湖底の騎士への感想は一切無く、自分が最後の攻撃の際に使った『我が弓は暁を唄う』という、ハイドラが前回雪鹿戦で用いていた『我らが剣は銀を唄う』という台詞をもろに真似たものへの感想を述べていた。
確かに『八咫撃ち』の連打によって秒で雑に処理された湖底の騎士だが、ここまで軽く扱われる道理はない。
「さてさて、なにが頂けるのかしら……」
彼の意味ありげな台詞の数々も既に忘れかけているカナリアが、あの程度のボスから得られるものでは大して期待できないな……と内心思いながら、塵と化した湖底の騎士が残した宝箱を開け放つ。
すると、その中にあったのはひとつの指輪と、いくつかの換金用と思われる宝石類だ。
「これは……?」
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ヴィレインの溺愛
:HPを消費して自らの近接武器を60秒間『溺愛の剣』へと変身させる。その攻撃力は使用時に消費したHPの2%増加する。
:この装備は呪われている。
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「呪いの装備! 助かりますわ!」
その効果……というよりは、下に付け加えられている『この装備は呪われている』という一文を見てカナリアは嬉々として『ヴィレインの溺愛』を装備する……ここまで呪いの装備を喜ぶプレイヤーも早々いないだろう。
上の本体らしき効果については……まあ、HPを消費と書いてある時点で【称号:暁の継承者】によって効果が倍となり、結果として強力なのは察せられるし、『夕獣の解放』で攻撃力を上げられない肉削ぎ鋸の火力を上げられるのは素直に嬉しい。
『ラストリゾート』からの『八咫撃ち』という即死攻撃ガトリングを得た今使われるかは分からないが。
「あとひとつで与ダメージアップ! どこかに呪われた装備落ちてませんかしら……」
とにもかくにも、これで呪われた装備は4つ目……5つ目を入手すれば呪殺の首飾りの新たな効果を得られるので、物欲しげな表情でカナリアは首を傾げる。
……呪われたようなものがそうそう落ちていてたまるか! と、言ってくれる人物は非常に残念なことだが今日はここに居ない。
全てはカナリアの誘いを蹴り、ダンゴとウィンのデートを見て性的興奮を得ているクリムメイスのせいである。
なんと罪深い女だろうか、クリムメイス。
『……今度はあなたが私に愛をくれるの? さあ、こちらへ……』
と、ここで急にカナリアの頭の中に声が響く……優し気ながらも、どこか憂鬱で、それでいて淫靡な雰囲気を纏う女性の声だ。
それは間違いなく先程の雑魚……もとい、カナリアと極めて相性が悪かったボス、湖底の騎士が口にしており、カナリアが呪われていると知って嬉々と装備した指輪にも名が与えられている『ヴィレイン』なる女性のものだと思われ、それがこの扉の先に居ることは間違いなかった。
カナリアはあまりにも弱かった湖底の騎士が前座であり、この声の主こそが真のボスキャラである可能性を一応考え、『ハートアブゾーブ』のお陰で温存することが出来たポーションたちを用いて全回復してから扉を開け放つ。
『ラストリゾート』と『八咫撃ち』の連打によって発生した膨大なクールタイムが尽きるまで待とうかとも一瞬思ったが、流石にひとりで待つには長すぎるので、スキルを使わなければダメなようなら日を改めることにしよう、なんて考えつつ。
「あら……、可愛らしい女の子ね。ふふふ、ダメよ、こんなところに来ては……溺れてしまうでしょう?」
その先でカナリアを出迎えたのは、黒に藍色のメッシュというなんともファンタジックな髪色と、竜胆色の瞳をした美しい女性だった。
湖底に似合わない花のような意匠の黒いローブを見るに、どうやら彼女は〝聖女〟と呼ぶべき存在であり、そして―――。
「こ、この配色は……」
「……ふふ、あなた。レプスのお友達? それとも……ああ、言わないで。どちらでもいいのよ、陸のことなんて忘れたから、私は」
―――間違いない、カナリアがプレイ初日に殺害したNPCであり、永遠のライバルと勝手に心の中で思っている存在……黄昏の女騎士、レプスの関係者なのだろう……その髪色、眼の色、服装、全てがレプスを彷彿とさせ、カナリアに彼女を……『殺せ』と訴える。
……いや、別に殺す理由はないのだが、カナリアは現状レプスとゴアデスグリズリーだけが苦戦した相手であり、それに類似する相手は無条件で危険だと判断してしまうのだ、仕方がない……仕方がないか?
「だけどね。あなた、彼を殺してしまったでしょう……? それは少し困るの。私、普通の食べ物じゃ生きられなくて……あなた、彼の代わりに食べ物を……集めてくれるかしら?」
湖底の騎士を目の当たりにした時の数倍警戒した様子で、湖底の聖女ことヴィレインを睨むカナリアの目の前に『YES/NO』の簡単な選択肢が現れる。
いや、『YES/NO』の前になにを集めるのか教えてくださらないかしら? とは思いつつ、とりあえず『YES』を押そうとして……。
ふとカナリアは気付く、ヴィレインが身に付ける指輪の存在に。
……かつてレプスを殺害する理由となった指輪『シュテレーの指輪』は各地のダンジョンを開放する力を持ち、オルフィオナや湖底の騎士と戦えたのは間違いなくそれを入手したからであり、カナリアやウィンのキャラクターを強化する一番の手助けになったといっても過言ではない。
そしてなにより、それは『呪われていた』。
だから―――。
「あの、それは構わないのですけれど……代わりに、その指輪。譲って頂けまして?」
「……ごめんなさい。この指輪は一度付ければ永遠に外すことの出来ない呪われた指輪なの。私の他の全てはあげるけれど、これだけはあげられないわ。でも、その代わり好きなだけ溺れさせてあげるわ。うふふ……」
「だと思いましたわよ。なら死んでもらうしかありませんわね」
―――殺してでも、奪い取る。
カナリアは選択肢の『NO』を選択すると同時にダスクボウをヴィレイン目掛けて放ち、見事彼女の頭部を射抜いてみせる。
なんと素早い殺害行為。
例え他の『クラシック・ブレイブス』のメンバーがこの場に居ようとも、流石にこれは止められなかっただろう。
「仕方がない、わよね……フフッ、ウフフフフ……因果応報よ……」
かつて指輪を巡って凄惨な殺し合いをすることになってしまったレプスと違い、ヴィレインは戦う力を一切有していないらしく、カナリアの放ったダスクボウの一撃によって意味深な言葉を残して泡と化す―――恐らくこの意味深な最後の言葉の意味をカナリアが知ることは未来永劫無いだろう。
そこに一切の問題を感じない、問題しかない思考をしたカナリアは強敵と見定めた相手が容易く死んだことに少々の落胆を感じつつも、それを上回る大きな安堵感を得た。
よかった、また4時間も戦うことになるかと思った……等と考えながら。
ちなみに当然ながら別にレプスもヴィレインも強敵でもなんでもなくて味方に分類される存在であり……特にヴィレインは彼女が求めるアイテムを陸地で集めて渡してやれば、かなり有用かつ独特なアイテムを与えてくれたりもする。
(一般的には)強敵である騎士たちを撃破し、(こちらも一般的には)恐るべき強敵である湖底の騎士を撃破した報酬が指輪一つである理由は、その指輪を装備することによってヴィレインとの交流が行えるからなのだ。
「ふう……恨むならばレプスを恨んでくださいまし」
ということをカナリアが知るわけもなく。
指輪欲しさに有用なNPCを即殺害したカナリアは、まったくこの件にレプスは関与していないはずなのに、なぜかレプスに全ての罪を被せつつ泡となって消えたヴィレインが残した指輪を拾い上げる。
今回は指を切断するような真似をしなくて済んでよかった、とか思いながら。
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アイオーンの指輪
:あらゆる効果の持続時間を倍にする。
:この装備は呪われている。
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「よし! これで5個ですわね! 効果はよく分かりませんけれど!」
予想通り呪われていたその指輪を再び嬉々とした様子で身に着けるカナリア。
これで無事5種の『呪われた装備』が揃い、呪殺の首飾りの『呪われた装備ひとつにつき与ダメージが2%上昇する』という効果が発動することになる。
更にそれは『称号:簒奪者』の効果で+5%されるので、これでカナリアは常時35%与ダメージが上昇することになった。
「……あら、効果が増えてますわね」
ただでさえ『ラストリゾート』の入手によって殺意が高まったというのに、常時35%の与ダメージ上昇までもをカナリアが手にしてしまった所でポップアップが表示される。
そこに書かれていたのは『呪殺の首飾り』の新たな効果が解放されたということと、その効果は『7種類の呪われた装備を身に着けた場合、ひとつにつきクールタイムが1秒短縮される』といったものであるということ。
破格である……発動する最低限のラインに到達するだけで『八咫撃ち』のクールタイムが3秒まで短縮されてしまう。
「……へえ! 7種集めると今度はクールタイムがひとつにつき1秒も! これはまた……殺しが捗りますわね!」
うっとりした表情で首から下げる美しい宝石を眺めるカナリア……その口振りを見るに、どうやら呪われた装備を集めるためにはNPCを殺害するのが一番手っ取り早いことに気付いてしまったらしい。
だが、同時に困ることも1つあった。
というのも、同時に装備できるアクセサリーは5種までであり、あとは3種装備できる武器か、同じく5種装備できる防具を呪われたものにしなければならない。
「うぅん、どこかに全身呪われているような人いないかしら……」
思わずといった様子で呟くカナリアに対し、それはお前である、と突っ込む人間は今日に限っておらず。
ただうんうん頭を捻って考えるカナリアが湖底に残されるだけであった。
ちなみにアイオーンの指輪を装備したことによって、カナリアの髪には黄昏色のメッシュに加えて藍色のメッシュまでも加わったのだが、もちろん彼女がそれに気付くことは無かったのは言うまでもない。
2話目は17時投稿となっております。




