060-好きなようにオス、理不尽にメス
本日は2話更新となっております。
まだ未読の方は前回も合わせてお楽しみください(といっても掲示板回なので読まずとも影響はほぼありませんが)。
「時に誰か『水泳』と『潜水』のスキルをお持ちでして?」
これから日課となるであろう資金集め―――雪原に一時間ほど入り浸り、雪鹿や雪原で収集できるアイテムをかき集めてハイラントで商売をしているプレイヤーに売り渡すこと―――を終え、これからは自由時間。
といった時に、カナリアがメンバーに対して誰か泳げるのか? と聞いた。
「ウィンは持ってないなあ……っていうか、あるんだ。そんなの。水に落ちたら即死だと思ってた」
その問いに真っ先に応えたのはウィンだが、どうやら彼女は『水泳』も『潜水』も所持していないらしい……が、これに関してはウィンを誰も責められないだろう。
クロムタスクの作るゲームにおいて頭まで潜れる水といえば、不死の存在から戦闘兵器まで全て等しく死に至らしめる恐るべき存在であり、ニンジャでもなければ耐える事はできないのだから。
「そりゃ、あるでしょ。ウィンってどういう世界で生きてきたわけ? ……まあ、私も持ってないけどね。リアルでも泳ぐの好きじゃないし」
「ねえそれ『好きじゃない』じゃなくて、泳げない、だったりしない?」
「うっさいな……、そういうクリムメイスは泳げんの?」
「勿論泳げるわよ。リアルでもゲームでも、両方ね!」
続いたのはハイドラとクリムメイス。
ハイドラのほうはリアルでもゲームでも泳ぐどころか水に顔を付けられないレベルのカナヅチだが、クリムメイスはリアルでは当然ながら、このオニキスアイズの中でも泳ぐことが出来るらしかった。
自分をじろりと睨みつけるハイドラに対しクリムメイスは確かな興奮を覚えつつ無い胸を張ってふんぞり返る。
「あら、クリムメイス以外は持ってませんの……ちょっと今日、気になる水場の探索に向かおうと思ったのですけれども……」
「悪いけど、クリムメイスとデートって感じになりそうね。ってか、そもそも私はこの後兄貴に代わるし。探索は無理」
『クラシック・ブレイブス』の実に半数が陸地でしか戦えないと知り、困った様に頬に手を当てるカナリアに対してハイドラは一瞥だけ返し、適当なテーブルに腰かけてブーツを脱ぐと綺麗な曲線美を描く足を伸ばして、白いサイハイソックスを履き始める。
「えっ、なんで急にソックス履いてんの? デート?」
「キモい想像しないでくれる? なんか兄貴が脚出してるとソワソワするって言うから隠してるだけ。まあ、普段ズボンの人だから仕方ないけどさ」
だから、これからはソックス履いてるか履いてないかで私か兄貴か判断するといいよ、と、告げるハイドラ。
その言葉に対しカナリアとウィンは、男の子は女の子になると脚を気にするのだという事実に対し興味深そうに頷き、クリムメイスはサイハイソックスに脚を通すハイドラの姿に劣情を催しつつ、どっちにしたってそんな綺麗な脚だったら見られて仕方ないだろ、という理不尽極まりない感想を抱いた。
「ていうか、ダンゴさんと交代なんだ。なんか用でもあるの?」
「……まあ兄貴っていうか私がね。うちの親が結構成績気にするタイプだからさ」
小首を傾げたウィンに対し、ハイドラは苦笑しながら遠回しに勉強しないとまずいのだと口にした。
どれだけVRMMOが市民権を得ているとはいえ、ゲームはゲーム……それで成績を落とせば責められるのは何十年経っても変わりはしない。
余計、ハイドラのようなゲームをプレイする時間が長めの人種は殊更。
「ああ、そういう……うちはそういうの全然だなあ、赤点さえ取らなければ……みんなは? ってか、先輩のお家めっちゃ厳しくなかったっけ?」
少々厳しめの教育方針であるらしいハイドラとダンゴの家と違い、そこまで学校での成績を気にされてないらしいウィンが納得したように頷き、そういえば、と思い出したようにカナリアへと視線を向ける。
危うく口に出しかけたが、ウィンは月末の実力テストの時期が近付くたびにカナリアこと小鳥の妹である海月の勉強会に毎回付き合わされているので、必然的に彼女の家が相当厳しいのだと認識していた。
「……愛おしき我が愚妹を見て言ってますわね? 違いますわよ。あの子ってば平気で連日連夜二時三時までゲームをしているものですから、学年上位キープ出来なければゲーム即没収って脅されてますのよ」
「あー……だからあんなに必死なんだ……いや普通に寝ればいいのに……」
「まったくですわ! しかも一緒に遊ぶとなると自分と同じプレイ時間を強要してきますし」
はあ、と額に手を置いてため息を吐くカナリアの姿を見てウィンは苦笑を漏らしつつ、もし最初の予定通り海月とこのゲームを遊ぶことになっていたら自分もそれを強要されていたのだと気付いて軽く身震いした。
いくら学校での成績をあまり気にされてないウィンとはいえ、彼女のように聞くべき授業と寝る授業を完全に分け、教師からの反感を買いまくるような学校生活はしたくない……というか、あんな器用な真似は出来ないので全部寝て過ごすことになるだろう。
「みんな結構大変なのねー」
「そういうクリムメイスはどうなのよ?」
「え? うーん、あたしの家は実技を重視するタイプだから……」
他人事のように呟いたクリムメイスに対しハイドラが聞き、そこに返ってきた言葉は少々理解が難しいものだった。
……いや、それどういう家? とは全員が思ったが、クリムメイスは聞いてほしくなさそうに視線を逸らしているので聞かないでおくことにする。
実技、実技を重視するタイプの家とは……なにか特殊な仕事を生業とするお宅なのだろうか。
「……ま、いいや。ともかく、そういうわけだから。じゃあね」
「勉強頑張って~」
手を振るウィンに頷きだけ返し、行儀悪くテーブルの上に寝転がってハイドラは操作をダンゴと交代し始める。
すれば、前回同様ハイドラの身体は完全に弛緩し、打ち捨てられた人形のように四肢をぶらりとテーブルから放り投げだし―――。
―――そんなハイドラの様子に思わずクリムメイスはなんとも言えない興奮を感じる……これが無防備の極致……!
いや、興奮している場合ではない。
昨晩の食事会の最中にハイドラが実の兄とキャラクターを共有している話は聞いていたが、それがどんな人物かまでは聞いていないのだから……どういう男が姿を現すのかを心配するべきだ。
「……ってか、どんなんなのよ? ハイドラのお兄さんって。妹がああなんだし、結構苛烈な感じ?」
「いや全然、見れば分かるけどね」
「苛烈っていうよりは、強烈って感じですわね」
「ふぅん……?」
いまいちはっきりしないカナリアとウィンの言葉に首を傾げつつも、まあ、あと数秒も待てば分かるか、とクリムメイスは考えるのをやめた。
やめて、(もちろん自分を含め)こんなにも美少女揃いの『連盟』に属する男とはなんとも幸運な奴め、憎い、憎いぞ……このクリムメイスの目が黒い内は貴様に好き勝手はさせん……充実したVR生活など絶対に送らせはせん……! という理不尽な憎悪を燃やすことにした。
……そう、クリムメイスは面倒な女だった。
「んー……おお! ちゃんと対策してくれたんだ! やった、これで脚じろじろ見られなくて済む!」
「アレッ」
だが、そんなクリムメイスの憎悪の炎は、再び意識を取り戻したと思えば自分の脚を振り上げ、サイハイソックスが装備されていることを確かめて喜ぶハイドラの姿……もとい、ダンゴの姿を……いや、声を耳にしたことで一瞬で消え去った。
お、お兄さん……? 妹の間違いじゃなくて……? いやこの声でお兄さんは無理でしょ……。
「ダンゴー、パンツ丸見えですわよー」
「女の子としてそれはどうなんだーダンゴさーん」
ダンゴによる開幕ヘヴィブローによって硬直したクリムメイスと違い、既にその攻撃への耐性を得ているカナリアとウィンは丈の短いスカートを履いているのにも関わらず、足を高く上げて自らの脚に装備されたサイハイソックスを満足げに見ているせいで、思いっきり下着を丸出しにしていることをダンゴへと棒読みで教えた。
「わあっ!?」
そんなふたりの声を聞いてダンゴはバッと起き上がり、自分の股座へと手を突っ込んで顔を真っ赤にする。
アレレ……仕草モ女ノ子ダゾ……兄貴が来ると聞いていたのに、実際来たのが兄貴とは到底呼べない存在だったことによって、クリムメイスの脳内コンピュータは致命的なエラーを起こし、硬直したままガクンと首を横に傾けた。
「ま、またあいつに怒られる……ったく、なんで僕がこんなスカート履かなきゃいけないんだよ。あいつ全然僕のこと考えてないよな……っていうか! 誰が女の子ですか! 違いますよ!」
当然だが、普段スカートを履かないダンゴはその辺りのガードが緩い……なので、ハイドラより事あるごとにスカートを履いた上での動き方についてお小言を貰っている―――。
そういった事情を容易に想像させることを不満そうに片頬を膨らませながら呟き、直後にさり気なくウィンが自分を女子扱いしていることに気付いてダンゴは声を荒げた。
「ちょっと、変なこと言わないでよダンゴさん! クリムメイスさんがバグっちゃうじゃん!」
「チガウ……? チガウナンデ……? オンナノコチガウ……? ワカラナイ……ワカラナイ……」
「し、知りませんよ……!」
不満そうに口を尖らせるダンゴに対し、ウィンもまた頬を膨らませてガクンガクンと頭を揺らし始めたクリムメイスを指差す……が、そこに関してはダンゴは本気で知らないとしか言えなかったので、なぜか若干の罪悪感を覚えつつも視線を逸らした。
「大丈夫ですの? クリムメイス」
「ごめん、大丈夫じゃないわ。これちょっと理解に時間が掛かりそう」
「別に難しいことじゃありませんわよ。おっぱい大きいから女の子ですわあれは」
「やめてください! これは妹の身勝手な願望です!」
しかし、直後に自らを襲うカナリアの理不尽極まりない女子判定に、ダンゴは思わず自分の身体を掻き抱いて悲鳴に近い声を上げた。
恐らくその一言はパンツが見えた見えないよりもよっぽど後々ハイドラに根に持たれると思うのだが、残念ながらダンゴは実際には男の子なのでそこを察せなかった。
変なところで男なのである、彼は。
「そうか、そうね! おっぱい大きいものね、女の子ね! …………それじゃあ、あたしは男だった……? ウィンも……?」
「ちょっ、やめて!? 変なのに巻き込まないで欲しいんですけど!?」
カナリアのアドバイスにより、無事にダンゴは女子であると理解できたクリムメイス。
だが、直後にその理論で行けばリアルに則してまな板極まっている自分は男であるという事実に気付き、絶望的な表情で自らが女子ではなく男子であった可能性を考え始める。
同じく貧相な胸をしているウィンを巻き込みながら。
「ウィンは育つ可能性があるので、まだ女の子になれる可能性はありますけれど……クリムメイス、あなたは……」
「そっか……あたしって男の子だったんだ……ウィンもまだ……」
「ねえ! 勝手に男の子になるのはいいけど、ウィン巻き込むのやめてくれない!? まだってなに!? こっちは普通に女の子なんですけど!」
意味不明な方向へとどんどんと突き進んでいくカナリアとクリムメイス、ウィンは戦慄した。
まさか、このふたりの息が合うとこんなにも自らのツッコミが意味を成さなくなるだなんて……こうなればダンゴに協力を求めるしかない。
「デカすぎんだろ……」
そう思ってダンゴに視線をやるが、ダンゴは自分の―――ハイドラの胸を持ち上げて若干引いていた。
いや妹おっぱい触ってないで手伝って……!
「なんなんでしょうね……性別って……もう産ませたいほうがオスで産みたいほうがメスでいいじゃないですか……面倒くさい……」
「えぇ……」
「いやぁ……」
ウィンが思わず涙目になってしまう中、妹の乳房を弄んでいたダンゴは、不意にそれがいま自分に装着されているものだと思い出し、そして誰もそれがおかしいと笑ってくれさえしない現実に気付き、突如として危険すぎる思想をぼそりと呟いた。
これには思わずカナリアとウィンはドン引きしてしまう……まさかの全人類ヒラムシ化計画である。
「いいわねそれ! 楽しそう!」
「えぇ……」
「うわぁ……」
恐るべきダンゴの全人類ヒラムシ計画に対し、有り得ないことに全面的に同意らしいクリムメイスが目をキラキラさせて両頬に手を添え―――これにまたカナリアとウィンはドン引きする。
なんということだろうか、我らが『連盟』こと『クラシック・ブレイブス』はその半分がヒラムシ化を望んでいるではないか……ただでさえ半数がカナヅチなのに……。
「クリムメイスさんも分かってくれるんですか!? いいですよね! 僕はそんな自由な社会が欲しいです! あっ! っていうか初めまして! ダンゴって名乗ってます! ハイドラの兄です!」
「ええ! とっても素敵だと思うわ……! クククッ……! よろしくね、ダンゴ……ふふふ……」
口にはしたが、誰からも同意は得られないだろう……と、そう思っていたダンゴだったが、意外なことにクリムメイスが全面的に同意してきたので、思わず満面の笑みを浮かべてクリムメイスの手を取ってしまう。
……それに対するクリムメイスは笑顔は笑顔だが、非常に獰猛な笑みを浮かべてダンゴのことを見ている。
間違いない、あれはオスをメスにしようとするオスの顔をしたメスだ。
「この『連盟』、性の乱れパネェですわね」
「普通の性の乱れじゃなくて、性の法則が乱れてるみたいなの、ヤバいね」
笑顔で互いの手を握り合うダンゴとクリムメイスを見ながらカナリアが呟き、それに対しウィンがどこか遠くを眺めながらにへらとした笑みを返す。
……もはやなにがオスでなにがメスなのか、オスとメスがくっつけばいいのか、オスとオスがくっつけばいいのか、メスとメスがくっつけばいいのか―――一切理解の及ばない雰囲気になり始めたことを静かに察しながら。
ちなみに崩壊の序曲を奏でたのはそこのカナリアである。
さも自然に壊れたみたいな顔をしているが、ぶっ壊したのは彼女だ。
「まあいいや。ねえねえ、ダンゴさん。今日なんか先輩とクリムメイスさんがデートするらしいから、ウィン達もしよ!」
「うわっ!」
……とりあえず、もうこの壊れた世界観は修復不可と考えて違いない。
ウィンはなにも『まあ』よくないことを『まあいいや』で全て放り捨てると、中々手ぇ離さないなこの人……と、クリムメイスに未だ手を握られながら笑顔の裏で考え始めたダンゴの背に飛び掛かりながら、その細い首に腕を回す。
「あらあら、可愛らしいカップルの誕生ですわね」
そんなふたりの様子を見てカナリアは、ぱん、と手を合わせて微笑む。
クリムメイスも無言でそれに同意しつつ……でもウィンのほうはあんな顔して高次元生命体だからな……と心の中で付け加える。
一方ダンゴもダンゴで、可愛らしい少女に飛びつかれて抱き着かれたことへの驚きや喜びや照れよりも先に、脳を啜られて死ぬのではないか? という原始的な恐怖に襲われてしまった。
更に言えば、その脳裏にはかつて自分の目の前で彼女に脳を啜られ絶叫していたクールでヒールな男の顔が浮かび上がってしまっていた。
まあ、仕方がないが。
「え、ていうか。デートって……僕でいいんですか?」
「いいよ~、別に戦いにいくとかじゃなくて、街見てまわるだけだからさ! ほらいこっ!」
可愛らしい顔と常識人ぶった挙動の裏に、全然可愛くない顔と非常識極まるスキルを持っているウィンに背から抱き着かれてしまい、思わず少々戸惑うダンゴが、そうじゃなくて、とか、でも、とか口籠っている間に、ウィンはその手を引いてふたりは『ギルドハウス』を後にする。
「では、わたくし達も行きましょうか?」
「…………うーん。ごめん、実はあたしも今日はやりたいことがあってさあ……」
「……あら、そうなんですの? 残念ですわね……」
「今度、埋め合わせはするからさ!」
というわけで、カナリアは唯一『水泳』と『潜水』を自分以外に習得しているらしいクリムメイスをデートに誘うが、クリムメイスは申し訳なさそうに手を合わせてウィンクを返してきた。
本人はあざといつもりなのかもしれないが、その仕草は少々前時代的だろう……黒いトカゲにブラックホール撃ち込んでる時代ぐらいのリアクションだ。
「じゃあ、ほんとごめんね!」
「いえ、お気になさらず。仕方がありませんもの」
自分の誘いを蹴り、今日はやりたいことがある―――だなんて、元々やりたいことがあったかのような口振りで言ったわりには、まるで急用でも出来たかのような急ぎっぷりで『ギルドハウス』から飛び出していったクリムメイスを笑顔で送り出しつつも、カナリアは、はあ、と大きいため息を吐く。
「わたくしの誘いよりも子供を追い回すことを優先しますのね」
そして独り言ちる。
クリムメイスがウィンとダンゴをストーキングするために出て行った―――そうなのだと、カナリアには分かってしまっていたのだ。
別に確証があるわけではないが、とにかく、カナリアの目はそうであるのだと判断していたし、カナリアは自分の目が出した判断が早々外れるものではないことを理解していた。
「ふぅん」
……尚、この際のカナリアの表情は底冷えするような絶対零度の無表情であったと、この場に偶然居合わせた、オル・ウェズアの女学生NPCを観察するのが趣味の男性プレイヤーは後に語る。
そう、まるで我が家のような雰囲気で『クラシック・ブレイブス』の面々は騒いでいたが、ここは『ギルドハウス』、普通に公共の場であった……。




