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006-新たなる強敵!その2

「まだ即死じゃありませんの!」


 ―――見えていたが、それは幻覚であったらしい。

 再びゴアデスグリズリーのパンチ一撃で沈んだカナリアがベンチで目を覚ましつつ声を荒げる。


「お姉さん大丈夫ですか?」

「お黙りなさい!」


 そんな彼女に対し、待ち構えていたかのように声を掛けるナルアだったが、カナリアはそんな彼女に荒げた声だけをぶつけて再び夜の森の中へと入っていく―――。


「また即死!」

「そもそもHPが高すぎますわ!」

「マジックアロー威力ゴミじゃないですの!」

「獣性の解放はそこそこ火力上乗せできますわね!」

「でも即死だから意味ないですわよ!」

「というか火力高いくせに攻撃速度も速すぎますわ!」

「…………!」

「…………!!」


 ―――こうして再び始まる……再戦と死のらせん。

 幾度となくカナリアはゴアデスグリズリーに刃を向け、一発の熊さんパンチで顔面を消し飛ばされ続ける……。


「……さてはこれ真っ向勝負は無理ですわね?」


 そしてカナリアの辿り着いた答えはこうであった。

 確かにこのゴアデスグリズリーなる敵は、レプスさえいれば、彼女がゴアデスグリズリーの注意を惹いている間に、プレイヤーが背後から殴ってれば勝てる戦いなのでそこまで難しくはないのだが―――なまじレプスが存在している前提で作られたゴアデスグリズリーは、カナリアが言う通り真っ向勝負で勝てるようには調整されていない。

 そして残念ながらカナリアの横にレプスは存在しない……彼女は既に死んでいるのだ。

 誰がなんで殺したのかは分からないが。

 とにかく死んでいる。


「……であれば、なにかギミックがあるはずですわ……」


 むむむ、と唸りながら頭を捻るカナリア……その〝ギミック〟こそレプスに攻撃を集中させるというものなのだが、きっとカナリアは一生気付かないのだろう。

 己の罪の重さを一切把握していないカナリアは顎に手を当てて、この状況の打開策を本格的に考え始めた。


「……騎士団? 騎士団が怪しいですわ……! 意味もなく存在しているわけがありませんわよね!」


 そしてまず最初に彼女の頭に浮かんだのは、存在はしているが存在しているだけで現状存在意義が存在しない、宿屋を占領している聖竜騎士団のことだった。


「お姉さん大丈夫ですか?」

「…………」


 見落としていた可能性に気付いたカナリアへとナルアが何度目かも分からないお決まりの台詞を掛けるが、カナリアはナルアに対し一切の反応を示すことなく宿の中へと入っていく。

 彼女の中で死ぬたびに話しかけてくるナルアの存在は、もはや夏に騒ぐセミと同じぐらいなのであった。

 例え、彼女がこの辺鄙な村には不釣り合いな類稀なる才能を持ち、とある街の魔法学院にて主席を欲しいがままにする天才魔術師を姉に持つ将来有望な幼き魔術師なのだとしても、セミだ。

 セミなのである。

 カナリアにとっては、少なくとも。


「……まさか! ミスリード!? ゴアデスグリズリーという、分かりやすい〝敵〟は罠で、本当の敵は……この宿を不当に占領している聖竜騎士団という可能性が……!? 『夕闇の障壁』!」


 セミの視線を背中に受けつつ宿に入ったカナリアは様々な考えを巡らせつつ階段を上っていく……いや、まるで全然一切様々な考えを巡らせていない……彼女の中にはたったひとつのシンプルな考えしかなかった。

 階段を上がりながら既に障壁を展開しているのがいい証拠で―――。


「うん? 君は冒険者か、すまないこの部屋はひゃっ」

「悪行はそこまでですわよ!」


 ―――カナリアの中に生まれた、たった一つのシンプルな考え、この状況への打開策、それ即ち聖竜騎士団の殺害であった。

 二階に上がって最寄りの部屋に入ったカナリアは部屋の中に突っ立っていた騎士団の男へと秒でダスクボウを向けて引き金を引き、そのボルトが見事彼の喉を貫く……会話をする気すらない。


「な、なにをする貴様ッ!」

「別に宿泊施設を不当に占領する悪しき輩を討つだけですわよ!」

「ぐはあーっ!」


 続いてベッドに座っていたもう一人の騎士が、相方を殺害されたことで敵対状態になるがベッドから立ち上がる前にその胸を陽食いで貫かれて即死する。

 ……聖竜騎士団の皆様は不当に宿を占領しているのではなく、きちんと料金を支払って正当に宿泊しているだけなのだが、不当に人の命を奪うことに疑いを持つことすらないカナリアにそれを理解しろというのは酷というものだ。


「ほら! やっぱりそうですわ! 物凄く弱いですわこいつら! こっちを倒すのが正解でしたのね!? はあ~!」


 秒で惨殺できた二人の騎士団の死体を見ながらカナリアは『こいつは一本取られたぜ! ハハハ!』とでも言いたげな様子で天を仰ぐ。

 ……なぜ『討伐:ゴアデスグリズリー』というクエストを受けているのにゴアデスグリズリーの討伐以外が正しいと思えたのだろうか。


「まったく、面倒な……」

「貴様ーっ! よくも仲間をーっ!」

「え、まだ居ますの……ってんにゃあっ!」


 騎士団の男を二人殺し、油断しきっていたカナリアであったが、突如部屋の中へと突入してきた別の騎士団員に背後から押し倒され、跨られてマウントポジションを取られてしまう。


「くっ、この……淑女の上に乗るとは無礼ですわよ! 恥を知りなにゃーっ!?」


 何度も剣を振り下ろされながらもカナリアは自分に跨る騎士団員へと罵声を浴びせようとする……が、直後、部屋の中へと続々と騎士団員が雪崩れ込んで来ては全員が倒れこんだカナリアへと刃を突き立て始め、そんな余裕もなくなる。

 しかし、この騎士団員の攻撃力はどれも大したことがないらしく、どれもカナリアの障壁を突破することが出来なかった。


「あぁ~もうっ! 鬱陶しいですわ!」


 彼らの攻撃でダメージを負わないと悟ったカナリアはぶんぶんと虫でも払うかのように陽食いを振り回し、自分に集っている騎士団員を退けつつ立ち上がる。

 そして即座にダスクボウの引き金を引いてボルトを発射し部屋へと続々入ってくる騎士団員の殺害を試みる……が、それはどれも騎士団員の持つ中盾で防がれてしまう。


「くっ……なるほど、防御力だけは一人前ということですわね……!」


 だいぶ自分にも突き刺さりそうな評価を騎士団員たちに下しつつ、カナリアは頭をトップスピードで回転させる。

 恐らくここまでの選択は間違っていない……こうして部屋に聖竜騎士団全員を集められたのにはなにか意味があるはずだ。

 聖竜騎士団はどれも防御力は高いが攻撃力は高くないのも何らかのヒントに違いない―――。


「ハッ!? 全ての謎が解けましてよ!?」


 ―――自分を囲まんとする聖竜騎士団たち、彼らがこの地を訪れた理由、彼らの防御力偏重の性能である理由、彼らが宿ひとつ使い潰すほどの数が存在している理由……その全てを一つに繋げる答えにカナリアが辿り着く。

 カナリアは陽食いの柄尻で自らの背後の窓を割ると、そこから身を投げ出して部屋から脱出する。


「追え追え追えーっ!」

「お姉さん大丈夫ですか?」

「やはり……!」


 落下地点付近に突っ立っていたナルアがカナリアへと安否を問うが、今のカナリアはセミの声などに気を向けるほどの余裕がある状況ではない。

 哀れなセミを無視し、怒号をあげながらバタバタと階段を降り始めた聖竜騎士団の連中が来る前に森の中のある一点を目指して走り出す。

 その目指す一点とは、即ち―――。


「間に合いましたわ~!」


 ―――ゴアデスグリズリーがうろついているポイントである。

 野太い鶏のような不気味な声を上げながら、好物である果実を食していたゴアデスグリズリーへとカナリアはダスクボウでボルトを放つ―――それは見事に食事中のゴアデスグリズリーの右目を直撃し、激痛に襲われたゴアデスグリズリーは堪らず悲鳴を上げる。

 だが、そんな弱々しい姿は5秒と続かず、ゴアデスグリズリーは攻撃の主であるカナリアへと顔を向け、悍ましい咆哮と共に接近してくる……どうやら、食事を邪魔してしまったことで一層敵意が強まったらしい。

 ともかく、前門のゴアデスグリズリー、後門の聖竜騎士団という、まさしく絶体絶命の局面が出来上がってしまった……ここでカナリアはどのような選択肢を取るのだろうか?


「とうっ!」


 簡単だ、近くの草むらに転がり込んで隠れるのである。

 その結果、一瞬カナリアを見失うゴアデスグリズリー……そして彼の視界へと飛び込んでくる数多の人間、聖竜騎士団の面々。

 悍ましい体をしているとはいえ所詮は畜生であるゴアデスグリズリーは、カナリアのことなど一瞬で忘れ去り、こちらへと向かっている聖竜騎士団たちへと突撃していく。


「くそっ! なんだこのバケモノは!?」

「怯むなーッ! 聖竜騎士団の誇りを見せてやれ!」


 そして聖竜騎士団の面々も流石にゴアデスグリズリーが現れては殺人鬼の追跡を諦めるしかない。

 面々はカナリアを追うのをやめ、突如出現した六本腕の熊と対峙する。


「ふふふ、作戦通りですわね」


 片付けるべきふたつの敵が衝突したことを草むらの影からカナリアは確認すると、カナリアはゴアデスグリズリーの頭部を狙ってダスクボウを撃ち始めた。

 そう、彼女の作戦は単純かつ効果的。

 ゴアデスグリズリーへと聖竜騎士団をぶつけ、互いに攻撃しあっている間にゴアデスグリズリーのHPをダスクボウで削り切ってしまおうというのだ。

 ダスクボウによるゴアデスグリズリーへのダメージはお世辞にも大きいとは言えないが、それでも確実にゴアデスグリズリーのHPを削り、ゴアデスグリズリーはダメージを受けた一瞬こそ攻撃主を探そうとするが、すぐに周囲に群がっている聖竜騎士団の執拗かつ威力のまるでない攻撃によって意識を逸らされる。

 もしもこの状況が生まれた理由を知らない人間が見れば、カナリアと聖竜騎士団が見事な連携をとっているように見えるだろう。


「これこそ! まさしく仲間との協力(パーティープレイ)! 絆の力は最高ですわね!」


 本来であればレプスが務めたポジションに無理矢理聖竜騎士団を押し込んで、それを仲間(パーティー)と言い張った誰よりも孤独な少女がなにかを言っている。

 しかし、彼女の言葉の是非はともかくとしても実際作戦は上手くいっており、徐々にゴアデスグリズリーのHPバーは削れていった。

 このまま進めばゴアデスグリズリーを討伐することも出来るだろう……だが。


「ぜ、全滅しましたわ……」


 それは聖竜騎士団が全滅しなければの話だった。

 HPが残り5割弱となったゴアデスグリズリーは、けたたましい咆哮と共に赤黒いオーラを纏い始め、防御力以外に取り柄の無かった聖竜騎士団の面々を一撃で粉砕し始めてしまったのだ。

 そうなれば当然、カナリアが結成した(?)パーティー(???)が崩壊するまで時間はそう掛からない。


「くっ! 他の仲間はどこかに居ませんの!?」


 残ったカナリアをゴアデスグリズリーが見つけるまでの時間は長くないだろう。

 草むらの中より、自分を探しているらしいゴアデスグリズリーの動きを注視しつつカナリアは必死に今までの出来事を振り返り、この戦いの最終局面を自らの勝利へと導く仲間を……もとい、ゴアデスグリズリーのHPを削り切るまでの間、ゴアデスグリズリーの暴力的な攻撃力の被害を代わりに受けてくれる壁を探し始める。

 ……きっと、カナリアがレプスの命を奪ったことが原因で失われる命はこれからもこうやって増え続けるのだろう。


「……あぁ! 村民の皆様がいましたわね!」


 忙しく首を動かしていたゴアデスグリズリーがカナリアを発見するのと同時、カナリアはこのゴアデスグリズリーの被害を受けているらしき村の人々を思い出し、彼らもまた壁となることに気付いた。

 ……確かに、それはゴアデスグリズリーを倒すうえで非常に合理的な結論だろう。

 だが待ってほしい。

 カナリアは世のため人のためゴアデスグリズリーと粉骨砕身で戦っているはずである。

 ならばゴアデスグリズリーの被害をこれ以上受けないために聖竜騎士団に討伐を依頼した村人達をゴアデスグリズリーを討伐するための生け贄にするのは本末転倒ではないのだろうか?

 しかし残念ながら、そんなことをカナリアは気にしない―――どころか考えすらしないようで、結果、一人と一匹の悪魔が村に現れることとなる。

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