058-スタイリッシュ・ダンシング・ビョーブ・イン・トラ
オル・ウェズアの『ギルドハウス』にてカナリアは自らの『連盟』である『クラシック・ブレイブス』の立ち上げを行い、ウィン、ハイドラ、クリムメイスの三人をそのメンバーとして迎え入れる。
そして、当『連盟』の当面の目標を『連盟』の活動の本拠地となる『拠点』を購入するための資金集めと決め、その後は適当に飲み食いなどをしながら話に花を咲かせていた。
「さて、と。わたくしはそろそろログアウトさせて頂きますけれど……クリムメイスさん?」
「あによ」
「あの、くっつきすぎですわよ」
「『導書』くれるまで逃がさないわよ」
二時間ほど仲間達との身体にまったく影響のない最高の夜食を楽しんだ後、雪鹿のみならず雪嵐の王虎を撃破し、『連盟』の立ち上げまで出来てしまったことで十分すぎる満足感を得たカナリアがログアウトしようとするが、そんな彼女の腕にクリムメイスが抱き着いて離れない。
言ったことを忘れるな、と言わんばかりにじとりとした目でカナリアの顔を睨んでいる。
「まったく、分かってますわよ。欲しがりさんですわねえ……」
「くれるって言ったあんたが悪いんだから、とっとと寄越しなさいよ」
額に手を置いて大きくため息を吐くカナリアに対し、はやく、はやくと急かすクリムメイス。
その様子は間違いなく餌を強請る犬そのものだが……まあ、それも仕方がない。
流れで食事会になってしまったから黙っていたが、彼女はもう既に二時間ほど焦らされているのだ……我慢も限界である。
「……ねえウィン。あいつ、絶対私達より年上のはずなのに、なんか子供が増えたみたいよね」
冷めた目をクリムメイスに向けつつ、ハイドラは手に顎を置きながら隣で……どんだけ食ってもカロリーゼロなら食えるだけ食うしかねえ! とでも言いたげな様子で骨付き肉にかぶり付くウィンへと声を掛ける。
「そだねえ~……って、ウィン?」
そんなハイドラの言葉―――クリムメイスは子供っぽいよな? という言葉―――にウィンは同意しか無かったので頷きつつ、そこで不意にウィンはハイドラがさり気無く自分の事を呼び捨てにした事に気付いた……どうやら、気軽に名前を呼ぶぐらいには自分に心を許してくれたらしい。
「……なに? なんかおかしい?」
「……ううん! なにも!」
なんとなく、そう簡単には心を許さなさそうな(特に同性である自分には)雰囲気があったハイドラが、思ったよりも簡単に自分への態度を軟化させたことに気付いたウィンは少しばかり目を丸くして驚いてしまうが、そんな反応を見せたウィンに対しハイドラは軽く唇を尖らせつつ視線を逸らして見せ―――思わずウィンは明るい笑みを浮かべた。
「ねえ~、くれるって言ったでしょ! ちょうだいよお!」
年下組が打ち解ける一方。
年上組は……その片割れであるクリムメイスがついに我慢が効かなくなったらしく、幼女めいて片頬を膨らませつつ、もう片割れであるカナリアの肩を揺さぶっていた。
「あーはいはい、わかりましたわよ。まったくもう、急に遠慮がありませんわねえ、あなた……」
「だってもう仲間だもん。悪いけど遠慮なんかしないわよ、あたし」
されるがままの自分に対し、覚悟しろ、とでも言いたげな笑みを浮かべるクリムメイスに思わずカナリアは苦笑しつつ、肩を一度だけ竦めた後にインベントリから『獣舞の導書』を取り出して渡す―――直前、ほとんどひったくる形でクリムメイスは『獣舞の導書』をカナリアの手から取り、そして自らの頭上に掲げてくるくると回り始めた。
「やったぁーっ! くぅう……! 欲しかったのよ、『導書』! トッププレイヤーの証みたいなもんだもんねっ……!」
クリムメイスは実に五、六回ほど回った次は大事そうに胸に抱える―――もう二度と離さない……なんて呟きながら。
……どうにも先のイベントにて本当の本当にギリギリ『導書』を含む報酬を手に入れられない4位だったのが余程悔しかったらしい。
「ありがと、ありがとう! カナリア! これ、大事にするから!」
そして最後にカナリアへと深々と頭を下げて感謝する。
……普通に考えれば急にパーティーに入り込んだ自分に、こんなにもレアなアイテムを渡すだなんて有り得ない。
だのに、彼女は自分の力を買って、こんなものまでプレゼントしてくれたのだ。
感謝以外のなにをすればいいというのか……!
「ええ、ええ。是非ともそうしてくださいましね」
自分の手からひったくった『導書』を胸に抱え、再びぐるぐると回り始めたクリムメイスを見つつ、カナリアは意味あり気な―――少しばかり嗜虐的な笑みを浮かべる。
その笑みを……普段あまり見ない類の笑みを、少しばかり自分の直感が生命の危機を訴えてくる笑みを浮かべたカナリアを見てウィンは、間違いなく自分の先輩がなにかをやらかしたと察して真顔になり、ハイドラは横のウィンが真顔になったのを見て、表情豊かなウィンが無言で真顔になったことから、なにか面白いものが見れるのかもしれないという考えに至り、真顔で期待した。
「はぁ~……イベントの時はとんでもないサイコパスお嬢様テロリストだと思ってたけど……めっちゃいい人じゃない……カナリア……」
そのとんでもないサイコパスお嬢様テロリストが隣にいるにも関わらず、クリムメイスはかなり失礼なことを独り言ちながら自分の手元に舞い降りた『導書』を見て思わず再び笑みを深くする。
『導書』! 自分だけの『導書』……! 『獣舞の導書』! いったいどんなスキルを作り出してくれ―――。
「え、『獣舞の導書』?」
―――るかどうかなんだか一発で分かりそうな名前してるぞ。
あれ……?
クリムメイスは先程までの喜びが急速に消え去るのを感じつつ、急いで『獣舞の導書』のフレーバーテキストを確認する。
件の配信でフレイは『導書』から得られるスキルは大体フレーバーテキストに書いてあるみたい! と言っていたし、フレーバーテキストを読めば、この謎の……あんまり謎じゃなさそうな『導書』がどういうスキルを作り出すか分かるはずだから、と。
「…………」
そして読み終えたクリムメイスは硬直する。
えっ、踊るの……? っていうか、それ以上に獣の動きとか鳴き声を真似するって……真似しないといけないの……? つーか思いっきり滑稽って書いてある……。
「これ、は……これは……!」
フレーバーテキストだけでクリムメイスは理解ってしまった……この『導書』は恐らくネタ枠だ。
いや、効果は高いかもしれないが……きっと、ネタ枠だ。
クロムタスクの作るゲームは基本真面目な作風だが、一度ふざけ始めると手が付けられないぐらいふざけることでも有名であり、きっとこれはそういう類のものだ。
そして、つまり自分は―――!
「カナリア―――ッ」
「みなさま~、お疲れさまでしたわ~! ごきげんよう~!」
「逃げんじゃねえわよぉおおおおお!」
―――間違いなくハメられた! 『導書』を餌に……『導書』の形をした(恐らく)ゴミを餌に! 一ヵ月間脱退することの出来ない連盟に加入させられた!
ついに真実に辿り着いたクリムメイスが形相を変えてカナリアへと向き直るが、カナリアは恐ろしく素早い操作でログアウトしてしまう……まさしく脱兎のごとく。
「もおっ……このッ……く……ぐ……! んああ……ッ! くそっ! やられたっ!」
謀ったカナリアへと罵倒のひとつでも浴びせたかったクリムメイスだったが、彼女があまりにも素早くログアウトしてしまうものだから怒りのやり場を失い―――そして、結局近場のテーブルへと頭を抱えて突撃した。
なぜカナリアは『連盟』に入るまで『導書』を渡すことを渋っていたのか……理由が分かった、分かってしまった。
ゴミと呼ぶには『導書』はやや強力に過ぎるが、それでも違いはない―――これはゴミであり、それをカナリアも察していたのだ……!
「いや……いや! 違う、違う……これは、これは私だけの力だ……!」
ゴミだとカナリアが気付いていなかったのならば、まだ許しようもあったが、彼女の挙動は完全にこの導書がゴミだと気付いていたと察せられ―――考えれば考えるほど完全にハナからカナリアは自分を騙す気満々であったと分かってしまう。
そこに気付いてしまったクリムメイスは、あまりのショックに普段演じてるツンデレキャラが消し飛び……そしてそれにすら気付かずに『獣舞の導書』を捲って中身を確かめ始める……どうやら最初のページの『王虎の舞』というスキルのスキルノートは、雪嵐の王虎を撃破するだけで入手できるようであり、もう入手条件を満たしているので手に入れられる。
クリムメイスは素早く『王虎の舞』を習得し、そして―――。
「『王虎の舞』!」
―――効果も見ずに使用した。
瞬間、クリムメイスは中腰気味になりながら両手を猫の手の様に丸めて顔の横に並べる……それは、なんとも完璧なおにゃんこポーズだ。
「なんだこれは……私はなにをされているんだ……」
キャラを作ることも忘れ、戦慄を顔に浮かべながらクリムメイスが呟く。
「いやこっちの台詞だけど、ナニソレ?」
「にゃん?」
恐ろしい状況になっているクリムメイスの言葉をそのままそっくり返しながらハイドラは冷笑を浮かべ、ウィンはクリムメイスのポーズを真顔で真似てみせた。
「く……う、動けん……! ふ、ふざけるな! このクリムメイスを……このっ……こんな……屈辱的なポーズで固定するなど!」
ハイドラの冷笑と、あざといウィンのポーズに少々の興奮を覚えつつもクリムメイスは、自らが取ってしまった完璧なおにゃんこポーズを崩そうともがくが、完全にシステムによって制御されているらしく、クリムメイスの身体は一切動かない……。
ここで説明しておくと、彼女達が食事を取っていたこの施設―――『ギルドハウス』は、クエストの受注や達成報告が出来るのは当然、彼女達がそうしていたように食事まで可能であり、疲れたプレイヤーが腰を落ち着けて食事などを取りながら他のプレイヤーと交流する憩いの場だ。
となれば(オル・ウェズアに到達した人間がいくら数少ないとはいえ)当然ながら『クラシック・ブレイブス』の面々以外のプレイヤーも普通にいるし……その連中は第一回イベントで1位だったカナリアとウィンが入ってきた時点で『クラシック・ブレイブス』の面々に注目していた。
そして今、その全員が……ほぼ全てのプレイヤーがクリムメイスの屈辱的な完璧おにゃんこポーズを見てしまっており、このご時世、VR空間にて視界に入ったものは全て記録される。
クリムメイスは恥ずかしさのあまり目尻に涙を浮かべるしかなかった。
「ちゃんと踊らないとダメなんじゃない? 知んないけど。ほら踊れ踊れ~」
なんとも恥ずかしいことになっているクリムメイスを実に楽しそうにハイドラが煽り立てる。
踊れ!? 踊れと言われても……なにを!? 混乱するクリムメイスだが、彼女はふと視界の右下になにかが表示されていることに気付く。
『がおーっ、がおーーーうっ、がおがおっ、があーーーおう、がおーっ…………』
それは、小学生が考えた虎の鳴き声みたいな字面だった……クリムメイスは恐怖を覚える。
フレーバーテキストにあった『獣の動きや鳴き声を真似る』という文章―――動きの方を真似ろ、というのは難易度が高すぎるとは思ったが……まさか、鳴き声を真似させられ、それに合わせて身体が勝手に動き、舞が終わるまで自由に動けないというのか!? なんという地雷スキル……! いや、効果は高いのかもしれないが……!
「が、がお……」
しかし、歌わないことには動けない。ログアウトすら出来ない。
クリムメイスは歌うことを決意し、声に出そうとするが……想像より遥かに恥ずかしい。
これが周囲に誰もいなければ―――せめて『クラシック・ブレイブス』の面々しかいなければ―――まだマシだが、残念ながらめちゃくちゃ周囲の目はクリムメイスを見ている。
なんたる羞恥プレイ……! クリムメイスは心の底からカナリアを呪った。
こんなものを渡してくるなんて……許せねえよ……! カナリア……!
「あははっ! がお、だって! ほら、がんばれっ、がんばれっ!」
顔を真っ赤にして口をもごもごとさせるクリムメイスを見て、手を叩きながらハイドラがけたけたと笑う。
クリムメイスはあまりの悔しさに涙を流した。
なんということだ……ロリ巨乳にバカにされながら応援されている……意図せずこんなことになるとは……! もう踊るしかない! クリムメイスはとりあえず踊ってみることにした。
「がおーっ、がおーーーうっ、がおがおっ、があーーーおう、がおーっ!」
クリムメイスは力の限り、先程の戦いで自分へと致死級猫パンチを連打してきていた雪嵐の王虎の鳴き声を思い出しながら―――歌う! ああいや違う! あいつ妖精だから鳴き声虎じゃねえわ! 鉄板引き千切ったみたいなグロい音だったわ! がおーっ!
するとどうだろうか、先程までは石像のように硬直していたクリムメイスの身体がダイナミックに動き始める……そう、『王虎の舞』が始まったのだ……!
顔を真っ赤にして涙をその目いっぱいに溜めたクリムメイスが、がおーがおーと鳴きながら壁で爪を研ぐ猫みたいな謎の踊りを始める。
……もういっそ、女豹めいたアダルティックなエロティシズムに満ちたダンスならば良かったが、残念ながら『王虎の舞』はその滅茶苦茶強そうかつ中国大陸に伝わる伝統舞踊めいた名前の割に、その内容は幼稚園児の虎さんダンスと言わざるを得ない内容だった。
文字に表すとすれば……やはり、壁で爪を研ぐ猫みたいな謎の踊りだ。
「……いやいっそかわいそうになってきたわ……」
先程までは楽しそうに笑っていたハイドラだったが、あまりにも酷い虎さんダンスを前に、もはやクリムメイスに同情を抱いてしまう。
そして、身震いする―――。
あの時、強がってドロップ品なぞいらない、と言っていなければ。
手にしていれば。
―――もしかすれば、自分がこの踊りをするハメになっていたかもしれないのだ。
そんなことになったら死んだ方がマシと言わざるを得ないだろう。
「あっ、そうだ!」
あまりにも無様な姿を晒させられているクリムメイスに同情したのは勿論ウィンも同じだ。
そして、なにかを思いついたらしく、彼女は彼女で自分の『天術の導書』を取り出し、自らも雪嵐の王虎を撃破したことにより手に入れられるスキルノートを入手―――そこに記されたスキル『天候操作:雪嵐』を習得し、即座に使用する。
雪嵐の王虎とは、雪嵐の中にあって、初めて王虎となる。
であれば『王虎の舞』を踊るクリムメイスの周りに『雪嵐』が揃えば、荘厳な雰囲気が出るだろうと考えたのだ。
「がおおおおおーっ!」
結果、室内だというのに、突如として吹雪に見舞われクリムメイスは絶叫した。
いったいウィンはなにを考えているんだ? ただでさえ幼児の虎さんダンスを踊らされて惨めなのに、更に天候が吹雪となってしまうと……もはや意味不明だ。
クリムメイスは思わず全力で虎さんスクリームをあげる―――吹雪の中で虎さんダンスを踊り、虎さんスクリームを発するその姿は最早人知の及ばぬ領域に達していた。
「なにやってんのよ……」
「いや、なんか……良い具合になるかなって」
「そもそも雪嵐の王虎は雪嵐の中に居なかったじゃない……」
「あそっかぁ……」
確かに……! 呆れたようなハイドラの言葉を聞いて、ウィンは思い出す。
そういう問題ではない気がするが、吹雪の中で虎さんダンスを踊るクリムメイスの存在が強すぎて、ウィンは思考を破壊されていた。
……その後もしばらくの間、クリムメイスはがおーがおーと鳴きながら壁で爪を研ぐ猫みたいな謎の踊りを続け、最後にバッと身体をX字に広げる死ぬほどダサいフィニッシュポーズを取って舞が完成。
ギャラリーからのぱち、ぱち、という疎らで控えめな拍手と共に、クリムメイス、ハイドラ、ウィンは『王虎の舞』の効果によって3分もの間STRを+15する超強力なバフを得たのだった。
「強い……強いが……二度と使いたくない……」
未だ吹雪が吹き付ける室内で、丸まって頭を抱えたクリムメイスがぼそぼそと呟き……それに対し、そりゃ使いたくないでしょうね、とハイドラは吐き捨てるように呟く。
尚、後日この場を録画した映像がSNSで拡散され、クリムメイスがひっそりと枕を濡らしたのは言うまでもない。
 




