057-『クラシック・ブレイブス』
「よしっ! やった!」
「ポワァア~!」
「いやごめん、近寄らないで。死んだ蛇みたいな匂いしそうだし」
「ポワ……」
クリムメイスが無言で戦慄する中、件のハイドラが件のウィンとハイタッチでもしようと彼女に向き直ったが、戦闘が終わった後の平和なタイミングで目にすると妖精となったウィンの造形は悍ましいで済まないレベルであり、尚且つ雪嵐の王虎の返り血や肉片に塗れたその姿は直視できたものではなかったので明確に拒絶の意志を示した。
それを見たウィンは一瞬悲し気な声を上げるが、まあ、気持ちは分からないでもないので少しだけ落ち込むぐらいにしておく。
「皆様お疲れ様ですわあ~! さてさて報酬は、と……」
実に半数のパーティーメンバーが強敵を撃破したことへの喜びよりも、仲間へのなんらかの恐怖を抱く中で、まるで全然気にしていないらしいカナリアが「この瞬間のために殺してますのよねえ」だなんて恐ろしい言葉を独り言ちながら雪嵐の王虎が散った場所に現れた宝箱を開けて中の報酬を取り出す。
すると、どうやらそれは一冊の古ぼけた本のようだった。
「うわっ、まさか『導書』!? こんな序盤のボスでも出るの!?」
カナリアが取り出して頭上に掲げた本を目にしたクリムメイスが声を上げて驚く―――間違いなかった、その古ぼけた外見の分厚い書物は『導書』だ。
第三位であったシェミーとフレイのうち、フレイが第一回のイベントにて『牙獣の導書』なる『導書』を報酬として入手し、それを配信の中で公表していたことで耳聡いプレイヤーはその存在を知っている『導書』……。
それらは全てが、今回わざわざカナリアとウィンが雪嵐の王虎を撃破することになった原因である『天術の導書』と同じく、特定の条件を満たすことによって特殊なスキルノートを発行する強力なアイテムであり、それをクリムメイスは当然知っていた。
「おぉお~! おぉ……おぉ…………うん……」
後ろで急にそわそわし始めたクリムメイスからあえて遠ざけるように、カナリアは回り込もうとするクリムメイスに背を向けながら手に取った『導書』をじっくりと見つめ何度か頷く。
まるで好きな子に意地悪しちゃう男の子めいたムーブを取られているせいでクリムメイスからはカナリアの表情が伺えないが……どのような顔をしているのだろうか? 反応が喜んでいるのかそうじゃないのか分かり辛い……。
しかし、と、ふとクリムメイスは考えた。
……この『導書』はいったい誰の手に渡るのだろうか? 戦績から考えると……やはり、ボスのHPを6割吹き飛ばしたカナリアか?
いやだが、彼女が吹き飛ばせたのは自分が作戦を立案したからだし、自分かもしれない。
それとも、ハイドラだろうか? 最初の四頭の雪鹿を彼女が手早く片付けなければ勝負は分からなかった。
いやだが、彼女が不用意に尻尾を切り飛ばして雪嵐の王虎のヘイトを買った際に、ヘイトを取り戻した自分が居なければやはり勝負は分からなかった、ならば自分かもしれない。
あるいは、ウィンかもしれないな……今回の四人のうち最も逆風が強かったのは彼女だが、それでも立派に自分の使命を果たして見せた。
いやだが、それならば正面で雪嵐の王虎の注意を引くという最も難しいポジションを成し遂げたのは自分なのだし、頑張ったからといって『導書』が貰えるならば、それこそ自分かもしれない。
悶々とするクリムメイス……真剣な顔をして悩む彼女の存在を背中で感じつつ、カナリアはもう一度頭上に掲げた『導書』へ視線をやった。
■□■□■
【獣舞の導書】
【いにしえの時代に失われた舞、『獣舞』を読む者に授ける導書。『獣舞』とは即ち、理性を捨てて自然へと回帰することであり、人が忘れ去ってしまった獣性を野獣の動きや声を真似ることで取り戻し、己、または周囲の仲間を奮い立たせ、時には傷を癒すことも出来る。非常に高い効果を持つが、それがいにしえの時代に失われた意味は想像に難くない。……どうにも滑稽に過ぎるとは思わないだろうか?】
■□■□■
「ふむ……」
効果自体は悪くなさそうだが、もうフレーバーテキストの時点でこの『導書』は臭わせている……この『導書』を用いて得られるスキルは、どれも見るに堪えないものだぞ、と。
……カナリアはそこまで外聞を気にする性質ではないが、わざわざ『滑稽に過ぎる』と公式に言われては手を出し辛い。
なので、とりあえずウィンの方へと向き直って。この『導書』欲しいか? といった意味の籠った視線をやる。
「ポワァア」
するとウィンは首を無言で横に振り、そして懐から『天術の導書』を取り出す……どうやら自分にはこれがあるからいい、そういうことなのだろう。
外見が既に理性を捨てているのだし、彼女ならばこれの踊りも様になるのではと思っていたカナリアは少々残念に思いつつ、次はハイドラへと向き直った。
ただでさえ戦闘に使えるスキルが手に入り辛い生産職だ……きっとこういうものは喉から手が出るほど欲しいはず―――。
「いんない。私、今回は極力そういうの頼りたくないから」
―――でもないようだ。
どうやら彼女は可能な限り非ドロップ品……つまるところ、同じ方法を取れば誰でも確実に何度も入手できるものしか……いや、恐らくは兄が自分の為に作ったものしか使いたくないらしい。
ならば、残るはクリムメイスか……カナリアはそっと背の向こう側の彼女の様子を伺う。
……真剣な顔でなにを考えているのだろうか? 急に現れ、露骨に怪しい媚び媚びなツンデレキャラを演じている彼女は、間違いなくこの先どこかで自分達に刃を向けるだろう……でなければ、先のイベントで4位だった彼女が急に自分達に絡むわけがない。
間違いなく情報を探るなりなんなりの理由で懐に入ってきているのだろう……だから、彼女にこれを渡すのは―――。
「…………うん」
―――しかし、それと同時に彼女をなんとか手中に収めたいともカナリアは考えた。
誰かの下で動いているかもしれない彼女だが、その実力は本物であり、ウィンが道中でそう言ったように特に自分と相性がいい。
それに、カナリアは生まれて初めてこんな感想を他人に対し抱いたのだが、なんとなく一緒に居ると気分が高揚するのだ。
「ねえ、クリムメイス? これ、いりまして?」
「えっ!? いいの!? いるいる!」
ならばこそ、この『導書』は彼女に与えよう、と―――そう考えて『導書』を差し出したカナリアに対しクリムメイスが凄まじい勢いで食い付く……まるで骨付き肉でも見せられた犬のように。
「ただし、条件がありましてよ」
クリムメイスが今にも自分の手から『導書』をひったくりそうなので、再び頭の上に上げつつカナリアは人差し指を一本立てた。
「な、なによ……」
だが、彼女は返事を返しつつもカナリアの顔を見てすらいない……物欲しそうな目で『導書』をじっと見上げている。
もう殆ど犬そのものな反応だ。
「わたくし、実は『連盟』を作ろうと思っているのですけれども。そこに所属してくれるというならば差し上げますわ」
「……! ふふん、別に構わないわよ? まだどこにも所属してないしね」
「あら」
目に見えて『待て』をさせられている犬のようなクリムメイスに、欲しければ自分の立ち上げる『連盟』に所属しろ―――そう告げたカナリアだったが、あまりにクリムメイスが簡単に自分の作る『連盟』への参加を決めたものだから、カナリアは思わず目を丸くしてしまった。
彼女の推測ではクリムメイスは、どこかの誰か(恐らくはアリシア・ブレイブハートのようなトップクラスのプレイヤー)と既に『連盟』を組んでおり、ここでは回答を渋る……ないし、他の連盟に所属しているから、と首を横に振ると思っていたのだ。
しかし、目の前のクリムメイスは不敵な笑みを浮かべ、自分はフリーだと自信満々で告げながら腕を組んでいる。
「なに? その反応は?」
「いえ、てっきり誰かさんの手先で、情報でも探りに来てるのかと思っていたのですけれど……」
「冗談! そんなキャラじゃないし? あたし」
やれやれと肩を竦めながら堂々と言い放つクリムメイス。
カナリアは思わず小首を傾げた……嘘を吐いている様子はないし、確かに言われてみれば彼女は誰かの言いなりになるタイプには思えない。
ここでカナリアの『連盟』に入るのを構わないと言ったのも、それが自分にとっての利益に繋がると……そう判断したからであって、間違ってもカナリアの力に臆したという雰囲気はない(実際には大分心は折れ掛け、屈しかけているのだが)。
「それじゃあ、オル・ウェズアに到着したら『連盟』を作って、そこに入って頂いて。そうしたら『導書』も差し上げますわね?」
「もお、随分焦らすのね? 別に構わないけど。……先にくれたって、あたしは逃げも隠れもしないわよ?」
「ふふ、どうでしょう? この『導書』の力を知ったら、気が変わるかもしれませんし」
「……!」
明確に『連盟』に入ることを告げた自分に対し、勿体ぶるような態度を見せるカナリアに思わず不服そうに唇を尖らせるクリムメイスだったが、意味ありげな笑顔を浮かべてカナリアが言うものだから、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
……勿論、悪い意味で―――こんなゴミ押し付けるような輩の連盟に入るのはゴメンだといった具合に―――気が変わる、ということなのだが、カナリアの表情と雰囲気に圧されたクリムメイスは彼女の手の内にある『導書』が凄まじい力を持っているのだと―――この場の全員を殺して『導書』のみを手に入れようと、そんなことを考えてしまう程に強力な『導書』なのだと―――錯覚してしまったのだ。
「……そんなに? 楽しみにさせてもらうわね」
「ええ、ぜひ」
にやり、という笑みを浮かべたクリムメイスへとカナリアが微笑みを返す。
……『連盟』を一度結べば最低ひと月は属さなければならない、だからこそカナリアは楽しみだった。
『連盟』に入った後に、この『獣舞の導書』なる奇書を手にした時、クリムメイスがどういう表情を浮かべるのか……。
「それと、ハイドラ。よろしければあなたにも所属して欲しいのですけれど、いかがかしら?」
カナリアにしては珍しい少々サディスティックな感情をクリムメイスに対し覚えつつ。
自分とクリムメイスのやり取りを聞いて……一見して興味無さそうにしていたが、チラチラと視線を寄越して自分も誘えと無言で訴えていたハイドラへと声を掛ける。
元々、クリムメイスが現れようが現れまいが、雪嵐の王虎と一戦交わした暁には彼女のことは当然誘うつもりだったのだが、クリムメイスを自分の『連盟』に引き入れるのにちょうど良いアイテムが手に入ったばかりに順番が逆になってしまった。
「……まあ。カナリアさんにはこの指輪のこととか、いろいろ恩はあるし。兄貴もその方が喜ぶだろうし。生産職の男共が早いうちに身は固めといた方がいいって口うるさく誘ってきてたから、断る理由作りにもなるし……うん、入ってあげてもいいよ?」
本当はガッツポーズを取るぐらいには嬉しいのだが、あくまで選択権は自分にあるといった様子でハイドラは首を縦に振る……なんとも本当に素直になれないお年頃である。
「ええ、優秀な生産職であり、戦士でもあるハイドラが入ってくれるならば百人力ですわ!」
「ふん、おだてても別になんもないよ」
ぱん、と手を叩いて喜ぶカナリアから視線を逸らし、腕を組んでそっぽを向くハイドラ。
遠目に見れば不機嫌そうだが、きっと彼女に尻尾が生えてれば喜びのあまりブンブンと振り回しているだろうことは容易に察せる―――そんな彼女の姿にクリムメイスは思わず迅速かつ密かに劣情を催し、一瞬で平静に戻ってみせた。
やはり『獣舞の導書』を使いこなせるのは彼女しか……理性と獣性を自在に操り本能に従いつつも完璧に本能をコントロールする彼女しかいない。
「というわけなんですけれども、ウィン……構いませんわよね? っていうか、あなたは無論入りますわよね?」
そして最後にカナリアはウィンを誘う。
既にウィンを自分の『連盟』の頭数に入れていたカナリアだったが、別に彼女に一切の相談もしていなかったし、意思の確認もしていなかったことを思い出し……万に一つだが、既に所属する『連盟』を既に決めてる可能性に気付いたのだ。
「ポワァア!」
しかし、そんな可能性はやはりなかったようで、ウィンはノータイムで大きく頷いて万歳をする。
どうやらYESと言いたいらしい。
「よし! 話は纏まりましたわね! では向かいますわよ、オル・ウェズアに!」
……喋れないとジェスチャーで意思を表現するしかないのは分かるが、そのジェスチャー、その外見でやれば単純に人間を襲おうとするエイリアンそのものだ―――なんて感想をカナリアは抱きつつ、この場の四人(+モニターの向こう側のダンゴ)の関係は、出来れば途切れることなく末永く付き合えるといいな……そう思い、少々の不安と大きな期待に胸を膨らませてオル・ウェズアを目指して歩き出す。
「ねえ、『連盟』立ち上げるのはいいけどさ、名前とか考えてあんの?」
そんなカナリアの背を追いながらクリムメイスが問う。
自分が所属することになる『連盟』の名前だ、プライドが恐ろしく高いクリムメイスならば当然気になるだろう。
「もしも考えてないなら私に任せなさい。そうね……『ヴェラドンナの騎士』とかどう?」
クリムメイスに続くハイドラが真剣な表情で言う。
恐らく彼女は和名:狼茄子の語感が気に入ったので、そこにとりあえず『連盟』っぽくなるように『騎士』と付けたのだろう。
……カナリアは思わず心の中でだけ、ナス騎士じゃないですのそれでは、と、ツッコミを入れつつ、自らが考えた『連盟』の名前を口にした。
「『クラシック・ブレイブス』。射手、剣士、僧侶、魔法使いなんて、大昔のゲームみたいなパーティーで構成されるわたくしたちにピッタリでしょう?」
ぱん、と手を合わせたカナリアが楽しそうに言う。
『クラシック・ブレイブス』―――、その由来は今この場にいる四人の装備と役職から……だろうが、今後メンバーが増えた際はどうする気なのだろうか? そうハイドラとクリムメイスは思う。
だが、でも、悪くはない。
クラシック、という言葉の響きが古風っぽく、かつ胡散臭いお嬢様言葉のようなものを使っているカナリアにある意味ピッタリだし、本人がそれがいいというならば、それでいいだろう。
「ま、及第点かな。別にいいよ、私はそれで」
「あたしとしては漢字五文字が最高だと思ってるけど、たまにはカタカナもありね!」
「そうでしょう、そうでしょう! ウィンもよろしくて?」
「ポワァア~」
振り向き際に聞かれ、どうせ喋れないしいいや、と相変わらずの万歳の姿勢を取りながらウィンが頷く。
頷きつつ―――でもね先輩、とウィンは心の中で付け加える。
先輩のパーティーは『射手、剣士、僧侶、魔法使い』じゃなくて『テロリスト、生産職、ツインテール、高次元生命体』の全くクラシカルじゃない、クレイジー極めたパーティーだよ……と。




