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055-聖剣は死なず

「毒は……いいかッ!」


 だからこそ、今回は反毒の指輪の効果に頼らない……自分(ダンゴ)自分(ハイドラ)の力だけで雪鹿二頭を片付けてみせる、みせてやりたい―――そう思いながらハイドラは己の得物である大剣を、細身の女性でも思わせる白い刃を腰だめに構えて雪鹿へと突進。

 その素早く静かな攻撃に二頭の雪鹿は気付かず、うち一頭がもろに突進を食らい横倒しとなった。

 与えたダメージこそクリムメイスの一撃と比べられもしないが、5発も当てれば倒せるダメージ量……生産職が生み出した武器による攻撃と考えれば悪くはない。

 だが、流石に仲間が攻撃されればあちら側も気が付き、最初の攻撃を向けられなかった雪鹿は仕返しとばかりに頭を下げてハイドラへと突撃してくる。

 それがなんでもない普通の攻撃とはいえど、生産職であり現状HPに回すステータスポイントの余裕がないハイドラにとっては致命的な攻撃なので横に跳んで丁寧に回避。

 そして身体を起こす勢いをそのままに、ハイドラの居た場所を通り過ぎてなお直進する雪鹿の背へと縦振りの一撃。

 今度は倒れ込みこそしないが雪鹿は大きく仰け反る……こちらもあと4発といったところ。

 と、ここで最初に倒れた一頭が立ち上がり、その大きな角の間から数々のプレイヤーやその武器を破壊してきた氷弾を放つ。

 ―――チャンス! ハイドラは銀聖剣シルバーセイントで甘んじて氷弾を受け止め、攻撃後の隙を見せる雪鹿に向かって飛び込むようにして肉薄する。


「『応急修理』!」


 その足元に飛び込んだ所でハイドラは数少ない生産職用スキルのひとつである『応急修理』―――金銭を対価に装備の耐久度を完全に回復する『修理』と同じ対価を要求しながらも、最大値の1/10しか耐久度を回復できず、武器が壊れてから1分以内にしか使用できない代わりに、瞬時に修理が完了するスキル―――を用いて氷弾の効果によって真っ二つとなった銀聖剣シルバーセイントを修復する。

 10%しか耐久度を回復できないとはいえ、真っ二つに折れているのは武器の耐久度が0になったことを目視で理解させるための演出であり、耐久度が0でさえなければ十全に武器として機能するため、折れた銀聖剣シルバーセイントは瞬間的に元の形状へと戻り……そして、淡い青色の光を纏った。


「教えてあげるっ! 聖剣は死なないのよ!」


 光を纏った銀聖剣シルバーセイントでハイドラが頭上の雪鹿の首を刈り取るように振る。

 それは美しい半月を描きながら雪鹿へと吸い込まれ、直撃―――すれば、今度は最初の一撃の二倍ほどのダメージを与えた。

 耐久度を回復された後の一撃目のダメージが倍となる。

 それが、銀聖剣シルバーセイントの持つひとつめの力。


「終わりっ! 『ブレイクエッジ』!」


 纏っていた青色の光が効果を終えて霧散し、元通りの白銀の剣となった得物を突き出しながらハイドラは銀聖剣シルバーセイントの持つふたつめの力を起動する。

 それは晶精の錫杖が持つ『結晶化』のような武器に与えられたスキルであり、その名は『壊身(かいしん)攻撃』。

 耐久度が残り40%を切った際に使用可能となり、次の一撃が耐久度を全消費する代わりに倍のダメージを与えられるようになるスキルだ。

 通常であれば操作の難しい耐久度を自在に操作することによって、耐久度に関する条件を持つ代わりに大きな効果を持つ能力を発動させて足りない火力を補う戦闘スタイル―――それこそが生産職であるからこその芸当。

 いま弾けるように輝く紅い火花を纏う銀聖剣シルバーセイントを振るうハイドラこそが、現時点における『戦える生産職』の理想形だった。


「次ッ!」


 耐久度を代償にした『ブレイクエッジ』によって砕け散る銀聖剣シルバーセイントと一頭目の雪鹿。

 それを見届けもせずハイドラは背後の二頭目へと目をやる……すれば、後ろの雪鹿は丁度頭を下げ、ハイドラへと突進を放とうとしているところだった。


「あははっ! 丁度いいわっ!」


 それを見たハイドラは楽しそうに笑い、回避した一度目とは違い折れた銀聖剣シルバーセイントを前に構え防御の姿勢を取る。

 ……危ない! ハイドラが回避しようとしていないことに気付いたクリムメイスが思わず口にする。

 なにせ、武器が壊れることによって下がるのは攻撃力だけではない、(元から無いようなものではあるが)僅かに存在していた防御性能までもが失われるのだ。

 確かに、オニキスアイズでは攻撃に対し防御行動を取ればHPが1%未満になる攻撃を1度だけ1%だけ残して耐えることができ、それは武器を用いた防御でも同じではある……だが、それは防御行為に使った装備が壊れていない場合の話だ。

 もしかしたら『応急修理』を用いて、防御の前に銀聖剣シルバーセイントを直すつもりなのかもはしれないが―――クリムメイスは理解できなかった。

 なぜそんなことをわざわざ? 普通に回避すればいいではないか。


「『応急修理』!」


 実際、クリムメイスの予想通りハイドラは雪鹿の角が自らに到達する寸前で『応急修理』を使い、その上で銀聖剣シルバーセイントを用いて雪鹿の攻撃を受け止める。

 無意味にも思えるハイドラのその行為にクリムメイスは眉を顰めるが、直後、目の当たりにした光景に目を見開いて驚愕する。

 突進を行った雪鹿は角を大きく弾かれて大きく仰け反り、クリムメイスの予想通りであれば致命傷を負うはずだったハイドラは無傷―――どころか『応急修理』によって次のダメージを倍に出来る銀聖剣シルバーセイントと同じ青い光を纏っている。

 ……そう、これがダンゴによって銀聖剣シルバーセイントに与えられた最後の力。

 耐久度を回復した直後に敵の攻撃を防いだ場合、ダメージを完全にシャットアウトし、攻撃主を大きく怯ませ、また、自らが次に与えるダメージを倍にする―――というもの。

 ひとつめ、ふたつめと違い極めて厳しい発動条件を持つこの効果は間違ってもダンゴの言う『雪鹿を倒せる武器』に搭載される予定のものではなく、ある意味で、この銀聖剣シルバーセイントを銀聖剣シルバーセイントたらしめる……ダンゴによる、ハイドラのためだけに付与された力だ。


「我らが剣は―――」


 大きく息を吸い込みながらハイドラが銀聖剣シルバーセイントを大きく引く。

 その切っ先が狙うのは仰け反った雪鹿の腹部。


「―――銀を唄う!」


 狙い澄まされた鋭い刺突。

 銀聖剣シルバーセイントのひとつめと、みっつめの力が乗ったその攻撃の威力は実に4倍―――当然、残っていた雪鹿のHPを綺麗に削り切り、その身体を大きく跳ね飛ばした。


「わっ、わあーっ! ハイドラちゃんすごーい! めっちゃ強いじゃん!」

「……まあ、これハナから雪鹿に武器壊されること前提の武器だし、他の相手じゃこう上手くはいかないけどね」


 見事、二頭の雪鹿を撃破したハイドラへとウィンが手を叩きながら賞賛の声を送り、それを聞いて一瞬ハイドラは嬉しそうにするも、すぐにその笑顔を潜めさせ物知り顔で腕を組む。

 彼女は褒められると素直に嬉しいものの、褒められたからといって素直に喜ぶのはなんだか子供っぽくて恥ずかしいと思ってしまうムズカシイお年頃だった。

 まあ、だとしてもハイドラが口にしたことは事実だ。

 現在、雪鹿のせいで多発している『装備の損壊』という現象だが、実際はこんな頻繁に起こることではない―――むしろ、普通にプレイしていれば装備が壊れることなど早々ないのだ。

 なにせ、オニキスアイズにおいて武器の『耐久度』はあくまで絶え間なく敵と戦い続ける『稼ぎ』をする際に若干の障害となるように実装されているだけの数値であり、0でなければ戦闘状態が解除されるだけで全快する。

 そして『応急修理』も武器が壊れてから1分以内にしか使用できず、普通の『修理』は多少時間が掛かる上に『応急修理』と違い耐久度は全快してしまう。

 よって、壊れかけの武器を持ち歩くなんてことは出来ないに等しい―――だから、あくまで銀聖剣シルバーセイントは雪鹿を倒すための武器のプロトタイプに過ぎず、汎用性があるわけではない。


「まあ、それもそうだけど立ち回りとかヤバいし! ねえ!」


 だが、ウィンが褒めたのはそもそも別に銀聖剣シルバーセイントではない。

 彼女が手放しで褒めた相手は、そのピンポイントメタ的な武器を丁寧かつ十全に扱いこなし、DEX以外のステータスは皆無といって良い生産職キャラクターで、希少なスキルや装備をひとつも使わずに雪鹿を撃破したハイドラだ。

 ウィンは振り返りながら、年下二人組を静かに見守っているカナリアとクリムメイスに同意を求め、当然ながら異論のない年上二人組は素直に首を縦に振った。


「……やめなさいよ、恥ずかしいから」


 まるで自分のことのように興奮気味に喜んでいるウィンに褒めちぎられ、より一層恥ずかしくなったハイドラはやや頬を紅潮させながら鬱陶しそうにウィンの肩を軽く叩く……が、まるで効果は無く。

 一切勢いを落とす素振りも無くウィンが自分を褒め続けるので、しまいには顔を真っ赤にして腕を組み、口をヘの字に歪めてそっぽを向いてしまった。


「そのくらいにしておいてあげなさいな、ハイドラが死んじゃいますわよ」

「えー! だって……」


 ハイドラという、レベルや所持してるスキルを鑑みれば間違いなく強いとは言い切れないキャラクターが、生産職の作り上げた装備だけで雪鹿を二頭も撃破した事を―――そこには本人のスキルの高さも関与していたとはいえ―――さながら新時代の夜明けのように騒ぎ立てるウィンをカナリアが苦笑しつつ落ち着かせる。


「素直に喜んであげりゃいいのに」

「……うざいな、そんなの私の勝手でしょ」


 一方でハイドラの方にはクリムメイスが向かうが、ハイドラは自分の肩に回されたその手を払いつつニヤニヤとしたクリムメイスの顔を見ないようにそっぽを向く。

 良くも悪くも年相応なその反応にクリムメイスは愛おしさを感じつつ、彼女は自分のことを口で言うほどは嫌ってないのだと理解した。

 そして、この三人は自分への悪感情から自分のことを敵ではないかと疑っているのではなく、ポッと出てきて点数稼ぎのような行為ばかりを繰り返している自分のことを順当に敵ではないかと疑っているのだと気付いた―――いやそれはそれで問題だな?


「でもみんないいなあ、先輩は言わずもがな、クリムメイスさんは攻守どっちも任せろ! って感じだし、ハイドラちゃんは生産職なのに前線出てるし……」


 クリムメイスが恐るべき真実を前に思わず眉をひそめる中、やっと落ち着いたらしいウィンが物欲しそうな表情で他の三人を見つめた。

 確かに、ウィンは今回唯一雪鹿と交戦していないし、交戦したとしても雪鹿が妖精である以上、中々ダメージは通らないのが目に見えている……負けはしないだろうが、他の三人の様に華々しく勝利することはできないだろう。

 ……だが、それも仕方のないことで、ウィンは意外にもこの中では所持スキルの数が少ない側に入り、その数少ない所持スキルもごく一部を除いて魔術を用いるキャラクターなら誰もが習得しているようなものばかりだ。


「魔術師はあたしたちと違って大器晩成なんだから焦っちゃダメよ?」


 とはいえ、INTとDEXを高める魔術師型のビルドと対極にある、DEVとSTRを高める聖職者型のビルドであるクリムメイスが言うように、多少の回復とエンチャントが出来れば完成であり、ハイラントで必須と思われる信術が全て揃うほどには早熟である信術師と違い、十全に魔術について学べる地に到達してようやっと戦いが始まると思われる程には魔術師は大器晩成型だ。


「相性もありますしね、適材適所ですわよ」


 カナリアが続ける。

 それも非常に大きい……今回の敵方が妖精であり、魔法ダメージへの耐性が高いというのはウィンに対して最も大きな逆風となっている。

 裏を返せばそれは魔法耐性を持たない敵はそれだけで障害足りえない、という程に魔術師という存在が大きいということでもあるのだが……だとしても、なにも出来ずに後ろで見ているのは歯がゆいものだ。


「オル・ウェズアって魔法使いの聖地なんでしょ? そこでなんか探せばいいじゃないの」


 そして最後にハイドラ。

 彼女が言う通り、確かにオル・ウェズアでは様々な魔術が手に入ることだろう―――それは当然シリーズ経験者のウィンとしても分かっていることだし、折角先のイベントで好成績を残したことで雪原を突破せずともオル・ウェズアに直行できる権利を持っているのだから、この地を訪れる前にオル・ウェズアを探索した方が良かったことも分かっている。

 だが、シリーズ経験者故大体なにが手に入るか分かってしまうオル・ウェズアの探索よりも、正体不明の『天術』を手に入れるべく雪原への挑戦を優先してしまったことは誰も責められまい。


「まあ、そっかぁ。INTで補正が掛かる武器とか売ってないかなあ……」


 三人に慰められ、はやった気持ちを落ち着けたウィンが腕を組んで軽く唸る。

 歴代のシリーズであれば、DEXで物理属性の威力を、INTで炎属性の威力を伸ばす物理属性と炎属性の二つの属性を持つような武器は必ず存在したのだし、今作にもそういった武器がある可能性は十分ある……が、それが店売りされてるかは相当怪しい所だ。


「……って、先の事考えてる場合じゃないかも……」


 まだ見ぬオル・ウェズアに思いを馳せていたウィンだったが、吹き荒れていた吹雪が止むのと同時になにかの接近を予感したらしく、雪原に入ってからまだ一度も振るわれていない錫杖を構える。

 少々唐突にも見えるウィンの動きだったが、その予知能力めいた直感は外れた試しがないため、カナリアはなにも聞き返さずに武器を構え、それを見たハイドラとクリムメイスも倣う。


 直後、響く咆哮。


 辺り一帯の雪という雪が一点に集まると、そこになにもない場所から現れた黒い触手が纏わりつき、プレイヤーの4倍はあろうかという体躯を持つ大虎の形を成す。

 その圧倒的な威圧感から、例え事前に雪原を支配する主の名を知らなくても彼こそがそうなのだと察せられるだろう。


「『雪嵐の王虎』……!」


 この過酷な大地を支配する無情な王の名を誰かが呟き、四人は己の得物を握る手の力をぐっと強めた。

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[一言] 妖精特効の武器とか作れねぇかな?
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