054-吹雪く悪意の中で その3
「ちょっと、カナリアさん。そんなにHP伸ばしてどうすんの? レイドボスにでもなるつもり?」
「え、だってわたくしHP増えれば増えるだけ全てが強くなってくようになっちゃったんですもの」
呆れたように言うハイドラに対し、困ったように眉を八の字にしたカナリアが返す。
まあ、実際その通りで……HPが増えれば増えるだけ全てが強くなるようになってしまった以上、カナリアはHPを増やし続けるしかない。
(INTに振らない以上必然的に使用することとなる)戦技系スキルのクールタイムを短縮できるCORには振ってもいいかもしれないが、現状カナリアが使用できて、クールタイムの長い戦技系スキルは『八咫撃ち』だけであるし、『八咫撃ち』は一度放てば大概相手は即死、そしてクールタイムは10秒という尋常ではない重さであり、乱射するためにはCORに100振らなくてはならず、それはもうレベルキャップと同値……多少振っても意味がない。
「ま、実際強くなってるしいいとは思うんだけど……回復が大変なのだけは辛いよねえ」
ウィンが苦笑気味に言う。
ほぼ全ての面で順当にMPを伸ばすよりも優れていると思われたHP代償ビルドだったが、なまじ、減らしているのが数字が大きいHPであり、容易に全快してはならない値のため長時間の運用が難しいというのは明確な弱点だろう。
ちなみに、MP回復用のポーションは固定値回復のHP回復用ポーションと違い、割合回復のためウィンは特にその辺りは困ってはいない(とはいえ、効果の高いポーションはそれだけ値が張るので節約は必須だが)。
「あたしの大回復5回分って相当よ? あんた……『大再生』」
まあ、弱点とは言っても、実質MPを25000有しているようなものであるのは確かで、それが強力であることには変わりはない。
いったいどんなプレイをしていればそんなビルドに行き着くのか……と疑問に思いながらクリムメイスは再び導鐘の大槌を鳴らし、MPを使用し微量にHPを回復し続ける戦技系スキル『緩やかな回復』……その上位互換である信術『大再生』をカナリアに対し使用する。
3秒毎に10ずつHPを回復する『緩やかな回復』に対し、『大再生』は3秒毎に最大HPの2%ずつ回復する作中でもトップクラスに強力(ただし時間対効果は劣悪)なリジェネ効果を付与する信術だ。
効果時間も2分と長く、最大HPの80%分を回復することが確定しているため、膨大なHPを持つカナリアにとってはベストな回復魔法と言える。
……素直に大回復を5回使用した方が圧倒的に早いとはいえ、そうするとクリムメイスのMPが秒で尽きるため、お互いのことを考えるとこれが最良だろう。
「……あれ、もしかしてクリムメイスさんって凄い先輩と相性良い?」
「確かに、そうかもしれませんわね」
緩やかに回復していくカナリアのHPを見ながらウィンが小首を傾げ、カナリアも素直に頷いた。
カナリアは長距離超火力の遠距離攻撃と、その膨大なHPから生み出される異常な硬度の障壁が強みだが、逆に対多数は得意とは言えず、近接戦も肉削ぎ鋸で戦えるとはいえ火力は大分落ちる(それでも十分高いが)。
そしてなによりリソースの管理が難しく、瞬間的火力は素晴らしいものの継続力に難がある。
一方でクリムメイスは、信術による対多数戦と味方の回復等を得意としており継戦能力が抜群、そしてその大槌のリーチ内である近接戦では高い火力を発揮できる。
だが、逆に強力な長距離攻撃は有さず、瞬間的な火力にも劣る。
なので、見事に凹凸が綺麗にはまっているといえるだろう。
「ふふん、ようやっとあたしの有能さに気付いたってわけ?」
ウィンとカナリアが自分を見直した目つきで見ているのに気付き、思わずクリムメイスはツインテールっぽい部分を掻き上げつつドヤ顔を決め―――そんな彼女になにか物申したかったのだろうか、新たな雪鹿が一行の前に姿を現した。
さて、どうしたものか……カナリアはいまだ回復中だし、その継戦能力の難から気軽に戦わせるわけにはいかない。
「じゃあ、次はあたしが行くわ!」
と、ここで打って出ると言い出したのは当然クリムメイス……若干褒められたものだからテンションが上がってしまったのだろう。
やや掛かり気味であり、尚且つ少々自信過剰の気があるとはいえ、彼女も第一回イベントで4位の成績を収めた優秀なプレイヤーであることは間違いなく、別に引き留める理由もないので三人は頷いて見送った。
カナリアと違い、長距離からの超火力で即死させるなどという芸当は出来ないクリムメイスは、静かに頷いた三人へとウインクひとつだけ飛ばすと雪鹿へ向けて足を進め―――。
「……あんたが容易いってのは、リサーチ済みだしね?」
―――そして、後ろの三人に見えないよう冷笑を湛えて得物を構えた。
「『雷・槍』ッ!」
自分に気付き顔を向けた雪鹿に対し、クリムメイスはまず信術の中では数少ない単体攻撃用のものである『雷槍』を使用―――頭上で導鐘の大槌を振り回し、ゴゥンゴゥンと不吉な音色を響かせてその先端から金色に輝く雷の槍を放つ。
それは雪鹿に見事命中し、少しの怯みとダメージを与える……が、やはり、妖精の類に対しては魔法系スキルの通りが悪い。
魔法属性と雷属性のふたつを内包する『雷槍』だが、通るのは雷属性分だけだ。
「『重・撃』ッ!」
しかし、それは別に構わない、少し怯ませればそれで充分だったのだ。
クリムメイスは一気に雪鹿に近寄ると、自らの得物の射程内に入った雪鹿に対し『迷い子』を撃破した際に入手した称号『ヘヴィスマッシャー』によって習得したスキル『重撃』を使用する。
それはシンプルかつ、高威力な横殴りを放つ戦技系スキルで、少々の溜めこそあるものの『大型のモンスターを転倒させた状態で撃破する』という称号の習得条件に相応しく、サイズが一定以下の相手ならば確実に転倒させられる特性を持つ。
「そして、『招・雷』ッ!」
『重撃』での一撃を放つ寸前、クリムメイスは自らの得物に雷属性の攻撃力を付与する『招雷』を発動する。
それは勢いよく導鐘の大槌を振りぬく際に適用され、衝撃の瞬間に導鐘の大槌を金色の光が包む―――振って音を出したタイミングで信術が使用される導鐘の大槌の特性を上手く利用した、隙のないエンチャントだ。
先程の『雷槍』こそ通りが悪かったものの、今度は導鐘の大槌の高い物理攻撃力と、妖精が軽減できない雷属性によるダメージで、雪鹿は堪らず悲鳴と共に転倒する。
やはり、『重撃』で転倒する雪鹿は自分の敵ではない……! クリムメイスは己の勝利を確信し―――。
「『圧・壊』……あっ」
―――とどめの一撃を放とうとした所で、転倒した雪鹿が苦し紛れに放った氷弾が導鐘の大槌に命中。
結果、悲しくも一瞬で折れて壊れる導鐘の大槌。
……どうしようこれ、導鐘の大槌が壊れちゃった……なーんちゃって。
などとイヤに冷静に雪原の気温よりも寒くて下らないことを考えるクリムメイスだったが、このまま雪鹿を好きにさせるわけにはいかない―――転倒した状態でも氷弾を放てるというのならば殊更。
「『雷・槌』ッ! ふンンンンンッッ!!!!」
一刻も早く雪鹿を殺さねばならないクリムメイスは素早く懐から控えのタリスマンを取り出し、力強く握りしめるとその拳に雷を宿して雪鹿の頭部を殴りつけた。
その際に先程までの露骨なまでの媚びたツンデレキャラには相応しくない蛮族めいた掛け声が思わず出てしまったが、地面をかち割るような轟雷の音で掻き消された……はずだ、そう願おう。
ともかく、導鐘の大槌はぶっ壊れたが、無事に雪鹿の頭部を爆発四散させ殺害することにしたクリムメイスはツインテールっぽい部分をかき上げて自信満々の様子で三人の元に戻る。
「…………」
「…………」
「…………」
だが、戻った先では全員が真顔でクリムメイスの顔を見ながら沈黙していた。
……まさか、あの掛け声が聞かれてしまったのだろうか? だとしたら、どういう顔をすればいいか全く分からない。
クリムメイスもドヤ顔のまま硬直し、冷や汗を流す……なんだ、なんなんだ、この沈黙は。
「……あの、えっと……武器、壊れちゃったんで……修理……お願いするわね……?」
ついに耐えきれなくなって、クリムメイスは俯きながら震える声でハイドラへと真っ二つに折れた導鐘の大槌の修理を願い出る。
もしや、あんなにも余裕そうな雰囲気で立ち向かったのに、武器を壊されてしまった自分を彼女たちは軽蔑でもしているのか……? いや、そもそも武器が壊れるのが前提だから生産職のハイドラがいるんだし、別にそこまで大きな問題ではないはずだが……三人とも押し黙っている状況が、クリムメイスに三人が自分のミスを責めているように錯覚させた。
「まあ、別にいいけど。そのためにいるんだし、ほら、その惨めなモンと金出しなさいよ」
ふん、と鼻を鳴らしながらハイドラが手を伸ばしてくるのでクリムメイスは恐る恐る導鐘の大槌と少々のゴールドをハイドラに渡した……どうやらそこまで自分が武器を壊したことを責められているわけではないらしい。
では、なぜ彼女たちは黙っているのだろうか……? やはり、先程の掛け声を聞かれたのか……!?
「……なんか凄まじくキャラに合わない男らしい掛け声してましたわね」
「……いや先輩がそれ言う? 先輩もたまに変な声出すじゃん」
「……変とは失礼な、わたくしのあれは精神統一に必要なんですのよ」
やっぱり聞かれてる! クリムメイスはあまりの恥ずかしさに顔を茹蛸のように赤くしてより一層俯く。
無理だよ、もう……このツンデレキャラで今更やるのは……! ひそひそとクリムメイスの掛け声について話し合うカナリアとウィンの言葉をなるべく聞かないようにしながら、掛け声には十分注意しようとクリムメイスは心に誓うのだった……。
「ごめん、私も戦ってみていい?」
……それから数度の雪鹿との戦闘を終え、いよいよ作業気味になってきた頃、ハイドラが小さく手を挙げながら言う。
どうやら最初に『無理はしない』と口にしていたことを考えると、どうやら数度に渡るクリムメイスと雪鹿の戦闘を見て雪鹿の相手をするのは『無理』に入らないと判断したようだ。
とはいえ、(ハイドラのプレイングスキルを知らないこともあって)生産職が雪鹿と戦うということに不安を覚えたクリムメイスは一瞬止めようとするが―――知り合いらしいカナリアとウィンが特にためらいもなく頷きを返すのを見れば、黙って自分も頷くことしか出来なかった。
「ありがと、やっぱり戦闘職が戦ってたんじゃ、あんま参考にならなそうだからさ」
特に反対もせず頷いてくれたカナリアとウィンへ感謝の言葉を述べ(なぜかクリムメイスには感謝しない)ながらハイドラが肩を竦める。
なんせ、完璧に同じ手順でプレイを再現しなければ真似できない類の戦闘スタイルは問題外だし、別段珍しいスキルを用いることもないクリムメイスだって、順当な高レベルプレイヤーであり、ハイドラ……もとい、誰であろうと雪鹿を倒すことの出来る装備を作るのを目標にしているダンゴの参考には一切ならないのだ。
というわけで、次の雪鹿はハイドラが倒す、という方向で話が進んでからほどなくして雪鹿が姿を現す―――。
「ちょっと、二頭いるんだけど……手伝おうか?」
「別に平気よ、ほっといて」
―――だが、もしかすれば、これが最後の雪鹿との戦闘なのだろうか? なんと、雪鹿が二頭同時に姿を現した。
流石に心配になったクリムメイスは思わずハイドラへと声を掛けるが……ハイドラは口を尖らせてそっぽを向くばかり。
クリムメイスはそれが実際大丈夫なのか、それとも彼女が強がっているのか分からず対応に困ったが、カナリアとウィンが心配しなくていいといった様子で手を振っているので再び見守ることにする。
「それじゃ、しっかり見ときなさいよね」
クリムメイスのその心配そうな表情に対し鼻を鳴らして返した後、後ろの三人か、それとも、ディスプレイの向こう側で見ているダンゴか、はたまたその両方に声を掛けながらハイドラは二頭の雪鹿へと向かって足を進め、そして思い出す―――以前、兄と共にカナリア達とパーティーを組んだ際に覚えた敗北感を。
あの時ハイドラは、プレイスキルではカナリアとウィンのふたりに勝てると思えたが、圧倒的なキャラクター性能の差はそれだけでは埋められず、そしてそれこそが、このゲームにおいて生産職の道を選ぶということなのだと思い知らされた。
当時こそ、今回は兄を立てるためのプレイをするつもりだったのだし、仕方がないと諦めたが、その後、なんだかんだ結局、ダンゴが自分の肉体を用いて生産職に精を出すようになり、ハイドラはそんなダンゴが最も力を入れて作る装備を使用する『戦う生産職』という稀有な存在となった。
……であれば、見せてやりたくなるというものだ。
スキルを用いず、自分が自分のために作り上げた装備だけでどこまでやれるのか、ということを。
更に言えば、雪原までの道のりはカナリアとウィンが、雪原に入ってからは最初の一戦を除きクリムメイスが戦っていたのでハイドラは此処まで一切戦ってはおらず、この場の全員が今のハイドラの強さを把握していないのだから、余計に。
「私のこと、ズタズタに刻んであげるから」
目の前の雪鹿に己の刃を散々刻んだ後に、自分の戦いを目に刻んだ後ろの三人がどういう顔をするか―――それを早くも想像し、思わず、といった様子で楽しそうな笑みを浮かべて……ハイドラは銀聖剣シルバーセイントを構える。




