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053-吹雪く悪意の中で その2

「ふう、お見苦しいところをお見せしましたわね。それに、疑ってしまってごめんなさい、気を悪くしたでしょう?」


 密かにクリムメイスが泣き終わった頃、ようやっと落ち着いたらしいカナリアとウィンが戻って来て、まずカナリアがクリムメイスへと謝罪をする。

 気を悪くしたというよりは物凄く悲しくなったのだが……クリムメイスはぐっと堪える。

 これも目的のためだ、耐えるしかない。


「別に。デメリットが酷いのは本当だしね」


 何でもないような顔をしてクリムメイスは肩を竦めて首を振る……実際は、クリムメイスがデメリットを伝える前に飲んだウィンが悪いのだが(事実、ウィンは少々居心地悪そうに苦笑いを浮かべた)。

 兎にも角にも、これで全員の寒冷対策が済んだので心置きなく雪原エリアに入ることが出来る―――だが、いくらこの場に第一回イベントの1位組と4位の猛者が集っているとしても、悪名高き雪原に入るのだから緊張がないわけではなかった。

 ここまでの道中のように多くの言葉を交わしたりはせずに、エリアの境目を超えたことで急に吹き荒れ始めた吹雪に目を細めながら一行は、カナリアを先頭にして進んでいく。


「これ、方角はどうでも問題ないのですわよね?」

「ええ、そうよ。向かう方向で若干入手できるアイテムとか、遭遇する雪鹿の数とかは変わるみたいだけど、必ず最後に『雪嵐の王虎』に遭遇するのは同じ」


 間違っても東西南北が分かるような状況じゃない猛吹雪の中でカナリアが問い、それにクリムメイスは頷き返す。

 ……ようは、この雪原は蛇殻次と同じく、周りが壁で囲まれていないタイプのダンジョンなのだろう、と、カナリアはクリムメイスから返ってきた言葉を聞いてそう判断した。


「なら、前に進めばいいだけですわね」


 入手できるアイテムとやらを探しに来たのならば話は違うだろうが、今回の目的は打倒『雪嵐の王虎』のみ。

 であれば、余計なことは考えず、ただひたすらに前から襲い来る雪鹿を跳ね除け進めば良い……それはカナリアが最も得意とするプレイスタイルだ。

 ……まあ、とはいえ、その雪鹿が問題なのだが。

 雪原の攻撃力デバフによる異常なまでの耐久性こそクリムメイスの持つポーションで回避したが、まだ雪鹿には命中した全てを氷結させて『部位破壊』するという特性を持つ恐るべき攻撃手段がある。

 カナリアがそうされたように、それはアリシア・ブレイブハートが用いる『フェイタルエッジ』と同じく致死部位の破壊も可能であり、尚且つ『部位破壊』をするという性質があるだけでダメージ自体は発生しないため障壁も平気で突破してくる上、HPがいくらあろうと即死だ。

 どんなプレイヤー相手だろうと等しく苦しめるその姿は序盤の壁に相応しいだろう。


「……来た!」


 そんなことを考えていたからだろうか、不意にウィンが声を上げて指をさし―――そこには……居た。

 吹雪の中に紛れるような白い毛並みと、それに反する黒い肌、不気味に輝く紅い瞳……初心者を脱却し、ハイラントからオル・ウェズアへと飛び立とうとするプレイヤーを狩る死神……雪鹿が。


「先手必勝! 『夕獣の解放』からの『八咫撃ち』!」


 幸い、ウィンが持ち前の危機察知能力で素早く見つけたこともあり雪鹿はこちらに気付いていない。

 なので、カナリアは素早く自らのHPを200まで削りSTRを大幅に上昇させ、素早い三連射を放つ。

 すれば、それは見事、綺麗に全て雪鹿の横っ腹に撃ち込まれ、今までになかった勢いで雪鹿のHPを削り―――その一手で葬り去る。


「やった!」

「凄い……!」


 ウィンとハイドラが思わずといった様子で歓声をあげ、カナリアも満足げに頷く。

 元から倒せる計算だったとはいえ、あの雪鹿をたった一手で討ち取ったという事実はかなり大きい。

 ……一方でクリムメイスは、一同に見られないように少々眉をひそめた。

 なんと恐るべき火力だろうか……HPをごく僅かまで減らすデメリットを抱えているとはいえ。


「ですけれど、次はこうは行きませんわね……」


 即死する雪鹿を見て喜んだのも束の間、カナリアは苦し気な表情を浮かべた。

 だが、それも仕方がない……なにせ、呪殺の首飾りの効果で雪鹿に与えたダメージの24%を吸収して回復するとはいえ、雪鹿に与えられるダメージは雪鹿のHPと同値までであり超過はせず、回復したといっても微々たるもの―――カナリアのHPに換算すれば2%にも満たない―――であり、依然としてカナリアのHPは僅かなままだったのだ。

 よって、次に雪鹿が現れた時にはそもそも支払うHPがカナリアにはなく、回復をする他ないが……膨大なHPを手軽に回復できる手段を、クロムタスクという会社が早々用意するはずがないのだ。

 一応カナリアは『緩やかな回復』という回復スキルを持ってはいるが……HPが少なかった最初期はともかく、いまのカナリアのHP量では緩やかに過ぎるし、まさに焼け石に水だ。

 なので近頃はアイテムポーチを使い切る勢いで買いこんでいるポーションを用いて回復しているのだが、全快するには所持しているポーションの8割を潰さなくてはならず、そうしてHPを得たのであれば結局、たかが雪鹿一匹如きにそのHPを支払うわけにはいかないのだ。


「HPを回復すればいいワケ? だったらあたしに任せなさい! こう見えてヒーラーも出来るんだから!」


 しかし、このままのHPで進むわけにもいかず、仕方なくといった様子でカナリアがポーションを使って回復しようとした瞬間、まるで無い胸を張りながら自信満々にクリムメイスが告げる。


「あ、そっか! クリムメイスさん信術が得意って言ってたもんね!」


 そして直後に、ウィンがキラキラとした笑みをクリムメイスへと向け―――クリムメイスは無い胸を張ったまま思わず硬直した。

 ……自分が信術が得意だと彼女の目の前で言ったのは、前回のイベントの第二戦の作戦会議中に一回限りだし、挙手しながらぼそっと呟く感じだったと思うのだが。


「……ほんと、あんた。よく覚えてるわね」

「うん、いつ敵になってもいいようにね」


 えへへ、と朗らかな笑みを浮かべるウィンにクリムメイスは戦慄した。


 ……ふ、普通に怖い……!


 まあ、恐らくは『第三戦では敵になるだろうから、その時に備えてよく聞いていた』ということなんだろうが……だとしても、怖い……! なんで未だに覚えてるんだ、そんなちらっと言っただけのことを……!


「だ、『大回復』……」


 この子と結婚した相手は一瞬も気が休まらないだろうな、と思いつつクリムメイスは自らの得物である導鐘の大槌を頭上で細かく振り、ゴゥンゴゥンという鈍い鐘の音を響かせながら対象のHPを大きく回復する信術『大回復』を使用する。

 それによってカナリアのHPは5000ほど回復し、無事に1/5程度まで回復した。


「えっ」

「ザコくない?」


 そう、1/5程まで回復した。

 ……たった1/5しか回復していない。

 間違っても『大』回復はしていない。

 ……そんな馬鹿な、5000といえば現在の一線級プレイヤー達の中で平均とされているHPの総量に匹敵するはずだというのに……! クリムメイスは目を見開いて硬直し、ハイドラはそんなクリムメイスの回復量を鼻で笑った。

 やたらハイドラの当たりが自分にだけキツい……やはり、ツインテールだからなのか? クリムメイスは背中に浴びせられたハイドラの罵倒にゾクゾクとした感情を覚えつつ、もう一回『大回復』掛けたらもっと罵られるかもしれないし、もう一度やってみるかと検討する。

 残念ながらクリムメイスはアホだった。


「いや、ハイドラちゃん……こればっかはしょうがないよ。はい、先輩! 今のレベルとHPをお願いします!」

「ほ? レベルはついこの間40に到達したばかりで、HPは25000ですわよ」

「にまッ……!?」


 さらりとカナリアが口にしたレベルとHPの数値にクリムメイスは思わず絶句する。

 レベル40……というのはカナリアを含める一線級プレイヤーの中では平均的―――よりむしろ低いぐらいだろう。

 クリムメイス含めた一線級プレイヤー達―――ようは第一回イベントで勝ち残った25組だ―――は王都セントロンドへと移動できる関係で、非常に経験値の美味しいモンスター達を狩れることもあり60~70ぐらいが平均的で、人によっては現在のレベルキャップである100まで到達している。

 だが、HPが25000というのは少々異常と言わざるを得ない。

 レベルを考えると数値的にはおかしいところはないが、そこまでHPが増えるのは……いや、増やすのがおかしい。

 ……オニキスアイズというゲームは、レベルが上がっただけでは全く意味がなく、その際に得られる1点のステータスポイントをHP、MP、COR、STR、DEX、INT、DEV、LUCの8つのステータスのうちどれかに振らねば何も変わることがない。

 そして、上げることが出来るステータス7つに対し、レベルキャップにまで到達して得られるステータスポイントは100(レベルキャップ到達時にボーナスで1点入るため)に最初に貰える10ポイントを足した110が最大だ。

 ちなみにこの8つのステータスの概要と現在のトッププレイヤー達が振り分ける目安は―――。


【HP】

 ヒットポイント。

 ステータスポイント1につき500上昇し、この値がダメージなどによって0になると死亡する。

 現在の目安は9ポイント振った『5000』程度。

 現在のオニキスアイズでは重い攻撃を二発耐えるのは難しい場合が多いので、それを一発耐えられればそれでいいという意見が多い。


【MP】

 マジックポイント。

 ステータスポイント1につき50上昇し、この値を消費して魔術や信術、闇術などの『魔法系スキル』と、一部のMPを使用する『戦技系スキル』を使用することが出来る。

 現在の目安は魔法使いビルドであれば19ポイント振った『1000』程度。

 そうでなければ、使用したい魔法一回分を確保することが多い。


【COR】

 CORE―――体幹。

 ステータスポイント1につき1上昇し、この値1につき武器や体を使ったスキル……『戦技系スキル』のクールタイムを0.1秒短縮でき、防御行動における体勢の崩れにくさも上昇する。

 オニキスアイズにおけるスキルのクールタイムは一度発生するとゼロになるまで全てのスキルの再使用が封じられるため、最も長いクールタイムを持つスキルを1秒ないし0秒で再利用できるように振るのが良いとされている。

 多くて『40』程度。


【STR】

 STRENGTH―――筋力。

 ステータスポイント1につき1上昇し、大型の武器や重量のある武器など、筋力が重視される武器がこの値を参照して攻撃力を上昇させることが多い。

 振れば振るだけ火力は伸び続けるので、STRの補正が入る武器を使うならば振れるだけ振るのが良いとされている。

 しかし、武器を両手持ちした場合は1.5倍の補正が入るので、両手持ちした際に現在の片手持ちにおける上限である100に近い90となる『60』、ないし99となる『66』が最良とされている。


【DEX】

 DEXTERITY―――技術。

 ステータスポイント1につき1上昇し、繊細な扱いを要求されたり、取り扱いが難しい武器など、技術力が重視される武器がこの値を参照して攻撃力を上昇させることが多い。

 STRと同じく振れば振るだけ火力は伸び続けるが、そこを目的とするならば両手持ちすることで1.5倍の補正が入るSTRで良いので、こちらを重視する場合はDEXが高まると魔法系スキルの詠唱が短くなるのを利用した魔法剣士スタイルを取ることが多い。

 よって、詠唱短縮効果が最大となる『40』が目安となっている。


【INT】

 INTELLIGENCE―――知恵。

 ステータスポイント1につき1上昇し、魔術及び闇術の威力、または一部の魔法ダメージを有する武器の攻撃力、魔術及び闇術を使用する際に触媒とする錫杖や杖等の魔法適性値を上昇させる。

 これに振るだけで魔術及び闇術の基本的な威力が上がり、尚且つそこに更に倍率を掛ける触媒の魔法適性値を上昇させられるため、非常に火力貢献が高いステータス。

 振れるなら振れるだけ振るのが良いとはされるが、同時に魔術と闇術は膨大なMPを消費するため、そことの兼ね合いも考えて『60』から『70』が良いとされている。


【DEV】

 DEVOUT―――信心深さ。

 ステータスポイント1につき1上昇し、信術及び闇術の威力、または一部の魔法ダメージや雷属性を有する武器の攻撃力、信術及び闇術を使用する際に触媒とするタリスマン等の魔法適性値を上昇させる。

 INTと同じく信術及び闇術の基本的な威力が上がり、魔法適性値も上昇させるが、そもそも信術は基本的な威力は高いが、魔法適性値による補正が低いという特性を持っているため、もっぱら使いたい中で最も高い要求値を持つ信術に合わせた数字だけ振るのが良いとされている。

 多くても『50』には達しない。


【LUC】

 LUCK―――運。

 ステータスポイント1につき1上昇し、運が良くなる……だけ。

 アイテムドロップ率や、状態異常への抵抗率や、一部のイベントの発生条件、特別な武器の攻撃力に関与するらしいが、まず振る必要はないステータス。

 人がやらないことをやって喜ぶ奇人に全振りさせるためだけに存在している値。

 『0』が基本。


 ―――といった感じであり、現在HPというステータスはLUCの次に数字が大きくなるのが好ましくないステータスなのだ……だのに、このカナリアという少女は25000に到達するまでHPに振り続けている。

 つまりは、そう、49ポイントのステータスポイントを全てHPに振っているのだ……目に見えて異常だろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] はえー、多くのMMOだと全回復するアイテムとかあるものだけど、このゲームだと数値での回復なのか。 スキルの回復も割合での回復じゃないみたいだし。 主人公にとっては痛いな
[一言] HP特化の宿命ですね。割合回復ならいいんですけど。
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