表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/162

052-吹雪く悪意の中で その1

「雪原のデバフを回避できるポーション!? マジ!?」


 雪鹿たちの待つ悪夢の雪原の直前、クリムメイスから手渡された赤いポーションを見てウィンが驚きの声を上げた。


「CBT組の知り合いから教えてもらったのよ、ちょっと授業料は高かったけどね」


 キラキラと目を輝かせるウィンを見ながら、苦笑交じりにクリムメイスは言う。

 そう、件の雪原に入ろうというところで、クリムメイスはかつて自分がシェミーとフレイに用いられた寒冷対策のポーション(飲むと麻痺するデメリット付き)をカナリア達に配っていた。

 だが、シェミーやフレイのように悪意があってこのポーションを配ったわけではない……実際、これ以外の寒冷対策をクリムメイスは知らなかったのだ。

 しかし、雪原の難易度を大幅に引き上げている攻撃力デバフ……それを回避する方法を教える、というのは、カナリア達の信頼を得るのに最高の手段だと思えたし、信頼されるまでには至らなくても、自分を警戒して全力を発揮しない……なんてことがなくなるだけでも十分情報収集になる。


「効果がマジだったら、先輩の火力なら雪鹿落とせそうじゃん!」

「んまあ、そうですわね」


 テンション高めに肩をぶつけてきたウィンに対し、カナリアが赤いポーションを無表情で揺らしながら答える。

 攻撃力デバフが入った状態であっても、カナリアの『八咫撃ち』は雪鹿のHPを1/8は削ってみせた……雪原の攻撃力デバフによって与ダメージが1/10近くまで減らされていることを考えれば異常な火力であり、デバフさえ入ってなければ確かに雪鹿は即死だろう。


「というか、デバフさえ無ければ攻撃自体は単調ですし、案外誰でも……それこそ生産職のハイドラでも倒せると思いますわよ?」

「そう? まあ、今回は武器の修理がメインなんだし、無理はしないと思うけどね」


 カナリアが自分と同じく訝し気な表情でポーションを見ているハイドラへと声を掛けるが、今回彼女は雪鹿によって破壊された武器の修理をする生産職としての立ち回りに専念するつもりのようだ。

 ……実際それで良いだろう―――この雪原という過酷な環境では、攻撃を避けて生き延びられる生産職とは、それだけで価値が高いのだから。

 そんなやり取りをするカナリアとハイドラを見て、しかし、こいつら全然信用してくれんな……と、クリムメイスは二人がポーションに向ける目を見て心の中で呟く。

 まあ確かに、シェミーたちにこのポーションを渡された時自分も彼女たちを疑いはしたが、流石にここまで露骨に忌避感は出さなかった。


「それじゃあ、いっただき~」

「あ、待ちなさい。飲む前に注意があって……」

「味が悪いとか~? へーきへーき、脳漿よりはマシっしょ!」

「脳漿!?」


 一方、そこまで疑って無さそうなウィンがポーションを口にしようとし、その前にデメリットの麻痺についての注意をしようとしたクリムメイスだったが、ウィンが笑顔で『なんでも脳漿よりはマシ』だなんてことを言うものだから、なんで脳漿の味なんか知ってんの!? とツッコミを入れそうになり、完全にタイミングを見失う。

 その隙に待ちきれないという様子だったウィンがポーションをぐいっと一気に飲み干し、思わずクリムメイスは、あっ、なんて声を漏らしてしまうが、もう遅い。


「おおっ……なんてキツい辛みと酸味……確かにまずんぎゃあ!」


 クリムメイスが固まっている間に、なんとも聞き苦しい悲鳴を上げながらウィンが前のめりにぶっ倒れる……ポーションのデメリットである状態異常『麻痺』に掛かったのだ―――瞬間、全員が沈黙し、カナリアとハイドラが一斉にクリムメイスへと目をやる……やって、瞬きすらせず、獲物を見つけた猫のように目を丸く大きく開いてクリムメイスを見ている。


 ……まずい、間違いなく敵対した。


 クリムメイスは思わず冷や汗と苦笑いを浮かべて後退する。


「やっぱり敵じゃない! よくもウィンさんを殺したわね! 死で償いなさい!」

「いや死んではいないけどやっぱ黒じゃん! 先輩、ハイドラちゃん、お願い!」

「わたくしは本当に仲間だと信じておりましたのに、こうなっては仕方がありませんわねえ」

「ち、ちが……あのお……」


 今にも食い掛ってきそうな視線を寄越すハイドラや、極めて不気味な薄ら笑いを浮かべるカナリア―――その反応は想定の範囲内なので良い(良くはない)が、やっぱ黒、ウィンがそう口にしたことによって、道中結構親し気に接してくれていたウィンすら腹の中では自分のことは信じてくれていなかったのだと知り思わずクリムメイス若干涙目になった……そこまで信用できないのか、自分という存在は。

 とはいえ、このまま涙目で固まっていても殺されることになるだろう、なんとかしなければならない。

 なにせ、ここはPK不可エリアだが、なんとも因果なことに、このゲームはPT内でなら設定でフレンドリーファイアをオンにすればPKは自由であり、真に信頼に足る存在以外とはパーティーを組むな、というクロムタスクからの警句が全力で信頼に足らない存在であるクリムメイスに牙を剥いてしまっているのだから。


「だ、だから注意しようとしたじゃない! 飲む前に! 飲んだら麻痺になるデメリットが付いてるって! ほ、ほらっ、解毒用のポーションよっ!」


 近付けば拘束されて殺されかねないので、カナリアとハイドラから更に距離を取りながらクリムメイスは懐から取り出した解毒用のポーションを(まだ話が通じそうな)カナリアの足元へと放り投げる……それは、麻痺を解毒する効果と一定時間麻痺を無効化する効果のあるポーションだ。

 先にこれを服用していれば麻痺に掛かることはなく、寒冷対策のポーションをノーデメリットで使用することが出来る―――のだから先にこれを渡すべきなのだが、あえて先に毒を見せた後に薬を見せることで少しでも心象を良くしようとするクリムメイスの小賢しさが仇となってしまった。


「毒! 絶対毒よ! 騙されちゃダメ! 飲むにしても殺してから飲むべきよ!」

「……どうしましょう? ウィン」

「うー、ほんとかどうか怪しいけど、麻痺のままは困るしなあ……わかった、飲ませてくれる?」


 この状況で出した解毒用のポーションすらハイドラに疑われ(いや当然なのだが)、クリムメイスは限りなく落ち込むが、とりあえずウィンは服用する気になったらしい……とはいえ、いまウィンは麻痺していて動けないので他のメンバーが飲ませるしかない。

 飲ませてくれ、と直接頼まれたわけではないが、ハイドラが絶対に買って出ないと簡単に察せられる以上、飲ませるのだとすればそれはカナリアの役目だが―――正直、先のポーションがバッドステータスを付与する物だった以上、自分が拾い上げたこのポーションも中々に怪しく見える……本当にこれをウィンに飲ませていいのだろうか?

 少しばかり判断に迷ったため、まずカナリアはハイドラの顔を見る、するとハイドラは(当然だが)『騙されてはいけない』とでも言いたげに神妙な面持ちで首を横に振った。

 ……その圧倒的なクリムメイスへの警戒心はなんなのだろうか、自分とウィンに対してはまるで見せないのに……もしかすると、ダンゴはツインテールが好きなのか……?

 その可能性は高いだろう……、とまで考えて、結局カナリアは、どうせゲームだし、といういつもの結論に達し、クリムメイスが放ったポーションを拾い上げるとウィンの背中にダバダバと掛け始める。


「えっ、あれ、先輩……ねえ、先輩、もしかして掛けてる? 背中に掛けたりしてる? ポーション? ねえ、飲ませてって言ったんだけど……ねえ!」

「いえ、経口摂取して毒だったら即死ですけれど、背中なら精々皮膚が爛れるだけで済むかと思いまして……」

「それ普通に解毒作用があったらただ背中がベチャベチャになって終わりなんですけど!?」


 ……そう、なぜか背中に。

 背中側から聞こえてくるべちゃべちゃという水音からカナリアが自分へとなにをしているか察したウィンが憤りに声を荒げる。

 どうやらカナリアなりにリスクヘッジした選択だったらしいが、だからといって背中に掛けるという選択肢をなぜカナリアは取ったのだろうか? ダメだ、わからない……珪素生命体の思考回路は炭素生命体とは根底から違う。


「平気よ。このゲーム、毒はどこに掛かっても毒になるだけだし、どんな毒も同じ効果だし、解毒薬はどこに掛かっても解毒できるし、どんな毒でも同じ解毒薬で解毒できるから。そこら辺そんなリアルじゃないのよ」

「そういう問題じゃないけど!?」


 (一応は)友を思ってのこととはいえ、普通に人の神経を逆撫でするような行為に走ったカナリアに対し、ウィンがぎゃあぎゃあと麻痺したまま騒いでいると、装備している指輪の性能の関係か、毒に詳しいらしいハイドラが冷たく言い放つ―――事実、背中を解毒薬でびちょびちょにしたウィンは麻痺から無事復帰した。

 彼女の装備する濡星の防具はぬめついた表面と、つるつるとした素材から簡単に察せられるように撥水性の非常に良い防具であり、実際ウィンが立ち上がれば背中に掛けられたポーションはぼたぼたと全て地面に流れ落ちて染みとなっていったのだが、ではいったいどうしては麻痺が治ったのだろうか……不思議である。


「ねえ先輩、なんで飲ませてって言ったのに掛けたの?」

「だって、経口摂取して毒だったら即死……」

「背中でも即死したよ! プライドが!」


 だが、そもそも自分で口にした通り麻痺が治る治らないどうこうの問題ではないので、まさか洋画でよく見る頭にお酒を掛けられる人の気持ちを知るとは思わなかったよ! と叫びながら、ウィンはうざったそうに顔を背けるカナリアに食って掛かる。

 そんな彼女の言葉を聞いて、いやこっちのがもっとプライドズタズタだけどな……と、クリムメイスは死んだ目で考えた。

 また、まさか渡した飲み物を経口摂取すらしてもらえない程に信用されていないとは、むしろ良くパーティーに迎え入れたなこいつら、とも……。


「このッ……腹立つな! このおっぱい!」

「にゅっ! あなたはまたそうやって人の胸をッ……! ハッ……それもしや弟!? 弟にやられてるんですの!? 弟にやられて一番いやなことわたくしにしてますのねさては!?」

「うるさーい! チビたちは関係ないでしょーッ!」


 そして仁義なき戦いが始まった。

 執拗にカナリアの胸を狙うウィンと、そのウィンの腕を取り押さえんともがくカナリア。

 『夕獣の解放』によって莫大なSTRを手に入れられるカナリアだが、平時はウィンと同じくSTR0のクソザコ筋肉ボディだ。

 よって、取っ組み合いの力は完全に拮抗し、極めて不毛な戦いとなる。


「ねえ、はやく寄越しなさいよ。解毒の方のポーション」

「ん? あ、ああ。はい、これね……」

「ふん」


 ギャーギャーと騒ぐカナリアとウィンを傍目にハイドラが(ウィンによって胸を揉みしだかれるカナリアをジッと無言で観察していた)クリムメイスへと解毒用のポーションを強請り、クリムメイスが慌てて差し出すと、それを奪うように受け取りながらふたつを同時に服用して一気に飲み込む。

 ……なんだかんだ言って、あの言い合っているふたりよりは仲間として自分のことを見てくれているのかもしれない……そんな錯覚をクリムメイスは自分の渡したポーションを飲んでくれたハイドラに覚え、心の中が暖かくなった。

 なるほど、これが彼らが言っていた天使か……。


「マジで最ッ高サイアクな味ね、次はもう少しマシにしときなさい」

「は、はいぃ……」


 その味に顔を顰め、ぎろりと自分のことを睨みつけながらも〝次〟があることを匂わせるハイドラの対応に思わずクリムメイスは泣きそうになった。

 最高最悪に不味いと言いながらも全部飲み干してくれる……ハイドラ……すき……。

 そう、恐ろしいほどクリムメイスはチョロかった。


「ほら、ふたりも取っ組み合ってないで飲みなさいよ! ボス倒すんでしょ!」

「はあはあ……それもそうだね、この借りは後で返すから、先輩……」

「はあはあ……あなた散々人の胸こねくり回しといてまだ借りがあるといいますの!? とんだ色情狂ですわね!」

「もう! やめてよ! 兄貴が見てるんだから! 目のやり場に困ってあんな奴のポーション飲みに行っちゃったじゃない!」


 が、クリムメイスの感情は秒で裏切られることになる。

 別にハイドラはなんだかんだ言って自分を仲間だと思っているからポーションを受け取りに来たのではない、仁義なき泥沼キャットファイトを繰り広げるカナリアとウィンを、どうにも彼女と視界を共有しているらしい兄に見せたくなかったが故に受け取りにきたようだった。


「ハハ……」


 クリムメイスが静かに涙を流す―――その涙は雪原から吹いてくる冷たい風にさらわれ、小さな結晶となるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 他プレイヤーの胸を揉みしだける仕様とかハラスメント受付忙しそうw。
[一言] クリイムメイスの受難はまだ始まったばかり…
[一言] クリムメイス強く生きて
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ