051-いや、誰だよ
やはり知名度が上がれば、人が集まる場所ではこうやって声を掛けられることも増えるのだろうか? ……それはなんとなく面倒だな、とカナリアは少し思いつつ声の先に視線をやる。
すると、そこに立っていたのは一人の少女。
身にまとう装備のゴシック調なデザインが、黒に赤の裏地という素材に良く映えて可愛らしく、そのツインテールと呼ばれる髪型も似合っている。
……いや、違う。
正確に言えば少女の髪型自体は肩程で切りそろえたショートカットで、その頭部装備にツインテールのように後ろに流れるパーツがあるらしい。
年頃がカナリアと同じぐらいだと考えると、顔付き次第では少々苦しくなるその格好だが、幸いなことに勝気そうながらも、どこか物憂い雰囲気のあるその少女にはよく似合っており、違和感はない。
「ええっと……どちら様で?」
……まあ、その少女の恰好などはどうでもいいのだが。
どのみち、全力で胸やら背中やらを晒しているカナリアや、首から下に一切露出が無いのに全裸に等しいともいわれるウィンの格好と比べればマシな部類で、その二人に並ぶハイドラと同程度といったところだし。
問題は、それよりも彼女が誰か? ということである。
どうやら彼女はこちらを知っているらしいが、三人の中の誰もが彼女に見覚えが無かった……カナリアが不思議そうな表情で少女に名を尋ねる横で、もしや兄を狙う女か? という被害妄想が一瞬で頭の中に満ちたハイドラはとりあえず少女を鋭い目つきで睨んでおいた。
「はあ!? 嘘でしょ、信じらんない! あたしのこと忘れたわけ!? クリムメイスよ、クリムメイス。ま、確かにちょっと装備は変わったけど……第一回イベント4位のクリムメイス!」
「えっ嘘でしょ別人じゃん」
はぁ~、なんて大きな溜め息と共に繰り出された少女……クリムメイスの自己紹介に、秒でウィンがツッコミを入れる。
いや、忘れるもなにも前回と装備が違いすぎる……ちょっと変わったというレベルではない……というか、そもそもキャラが全然違うし……そういう意味を込めてウィンはじとっとした目でクリムメイスをねめつけ、クリムメイスはクリムメイスで冷や汗を流しながらウィンから視線を逸らす。
「クリム、メイス?」
「先輩、忘れちゃったの? クリムメイスさんだよ、クリムメイスさん。あの全身鎧だった……」
「クリム……メイス……サン……?」
一方でカナリアは一切記憶にないらしく、かくんかくんと首を左右に傾けながらうわ言の様にクリムメイスの名前を繰り返している。
まあ、仕方がないだろう……クリムメイスは確かに第一回イベントで単独かつ4位という好成績を残しはしたが、いささか全体的に地味な活躍だった。
とはいえ、第二戦にてたったひとりでゴーレムを守り切った実力は確かだし、第一戦のレースにおいてもカナリアたちに続く2位だったのだから、ウィンは彼女のことを覚えていたが。
……だが、クリムメイスとしては、こういう装備に変わった挙句に、こういうキャラに路線変更した都合上、別に覚えていて欲しくなかったのは言うまでもない。
「ま、まあ、いいわよ! あたしのことは別に! それよか、やってくれたじゃない。あたしもそこの生産職、狙ってたんだけど?」
これ以上ウィンに追及されては芳しくないと判断したクリムメイスが、不機嫌そうに腕を組みながらハイドラへと視線をやる。
……もちろん方便だ、クリムメイスは別にハイドラを狙っていたわけではない―――が、独自の情報網で生産職の男達にチヤホヤされるロリ巨乳僕っ娘生産職の話は仕入れており、ハイドラのことを知らないわけでもなかったのでこうして使っている。
なんだかんだとイチャモンを付けてカナリア達のパーティーに入り込もう、というのが今回のクリムメイスの作戦だった。
「狙ってる!? やっぱりそうなんだ、殺さなきゃ……」
「えっ」
使いやすい言い訳が隣で立っててくれて良かった~、なんて暢気に考えるクリムメイスの顔を睨みつけながら、すちゃり、と急にハイドラが銀聖剣シルバーセイントを抜いて構える。
なんということだろうか、銀聖剣シルバーセイントが名前に似合わぬ暗い恋路の隠し味として使われんとしているではないか。
銀聖剣シルバーセイントという名前を付けたからには光属性の使い方をするべき……だがまあ、残念ながら持ち主のハイドラが根っからの闇属性なので仕方ない。
「いやここで殺すはいきなりすぎましてよ、ハイドラ」
「それ先輩が言うんだ……」
事あるごとに文脈を無視してNPCを殺害してきた経歴を持つカナリアが手をブンブンと振ってハイドラの言動にツッコミを入れるが、ウィンは死んだ目で苦笑せざるを得なかった……全くもって仰る通りである。
一方で、急に殺意を向けられたクリムメイスは、あくまでカナリアの懐に潜るための方便として使ったハイドラが自分に対し殺意を向けている理由が一切分からずに、え? ……え? と繰り返しながら自分がなにか殺されるようなことを彼女にしたか考えてみる。
分からない……分からないが……自分を殺そうとしているロリ巨乳はいいな……。
思わずクリムメイスは眉間に皺を寄せる……残念ながらクリムメイスはアホだった。
「だって……殺すしかないじゃない。狙ってるんでしょう? 兄貴をさ……」
「いや、あの別に命取ろうって意味の『狙ってる』じゃないんだけども……」
「言い訳しなくていいから抜きなさいよ……殺し合いで話し合いましょう、一生黙らせてやるわ……」
「ねえヤバくないこの子?」
ヤバいですわね。
ヤバいよね。
と、クリムメイスの問いに対して心では同意しつつもカナリアとウィンはそっぽを向いて無視した。
……巻き込まないで欲しい、我々にとってダンゴとハイドラは仲睦まじくて愛らしい双子、ただそれだけなのだから……それ以外の認識をせざるを得ない状況を引っ提げて近寄らないで欲しい……深淵に呑まれて死ぬならひとりで死んでくれまいか。
「……ああもう! 白状するわよ! どうでもいいのよ、この子なんて! あたしも倒したいのよ『雪嵐の王虎』を!」
聞いていた話では、ハイドラというプレイヤーは警戒心がまるで無くて人懐っこくて、どこか抜けているところが可愛らしい……凡そ地獄であるこのオニキスアイズという世界に舞い降りた天使のようなロリ巨乳とのことだったのに。
その実態が天使の顔してるだけの、とりあえず殺すことを解決プロトコルの最上位に起きがちな戦闘民族であると気付いたクリムメイスは、ハイドラからのターゲティングを外すため、彼女にそこまで興味がないことを正直に告げ、しばしの間カナリア達を尾行して仕入れた情報―――彼女達が『雪嵐の王虎』を討伐しようとしているという情報―――を上手く使うことにした。
「そうなんですの?」
「そうよ! だってボスを無視して先に進むのって凄いモヤモヤするじゃない! ……でも、やっぱひとりじゃ到底倒せなくて……。けど、そんな時、第一回イベントで優勝したはずのカナリアとウィンがハイラントに残って雪原に挑んでるって話を聞いたから……その……」
察して? とでも言いたげにクリムメイスが小首を傾げる―――なんというあざとさ……! 己の可愛らしさを十分に知っているが故のムーブだ。
これでカナリアたち三人が男であれば、気の強そうな彼女が不意に見せた弱さに即堕ちし、彼女を取り合って仲間割れを起こしてパーティークラッシュすること間違いないだろう。
だが、残念ながらカナリア達は女性率99.99999%のパーティなので、この子こうやって男を食って生きてきたんだろうなー、と面々が思ってクリムメイスに対する心象を若干下げるだけだったが。
「まあ、別に構いませんわよね? ウィン、ハイドラ」
「うーん、ちょっと怪しさ満点だけども……多い方が楽しいだろうし、少しでも戦力欲しいしね!」
「まあ、カナリアさんがそう言うなら……でも、私は断固反対だけどね。絶対敵でしょコイツ。敵じゃなきゃツインテールにしないって」
素直に頷く(ただし普通に警戒はする)ウィンと違い、(自分がポニーテールだからだろうか)ツインテールへの謎の敵愾心を剥き出しにするハイドラだが、それでもカナリアがパーティーに加えたいというなら文句を言うだけに留めるらしい。
であれば、クリムメイスもパーティーに加えるという方向で話が纏まったといえるだろう。
「それじゃあ、招待を送らせていただきますわね?」
「ええ、そうして」
自分のことを警戒した様子で見てくるハイドラの鋭い目つきにドキドキしつつも、あくまで余裕を崩さないクリムメイス。
この程度で狼狽えるわけにはいかない、そんなことは雲よりも高い彼女のプライドが許さない。
そしてなにより、この程度、あの日共に過ごしたアリシア・ブレイブハートのプレッシャーに比べれば可愛い方だ……。
…………。
……。
アリシア・ブレイブハート……?
クリムメイスはなにか滅茶苦茶ヤバいことを忘れている気がしたが、とりあえずは気のせいだと判断してカナリアから送られてきた招待を受理―――した瞬間、先程まで平和だったハイラントの街が突如として火の海やら瓦礫の山やら死体の道やらしかない地獄の一丁目へと変貌する。
「えっなにこれは」
「ほ? なにかありまして?」
途端に平和な剣と魔法のRPGの世界が世紀末となり、もしかしてカナリア、ウィン、ハイドラはこんな異常な街の中で暢気にくっちゃべって移動していたのか? とクリムメイスは戦慄し、雲の上まで届いているはずのプライドが急速に縮み始めて今やオケラでも飛び越せそうな高さしかない。
やっばーい、ヤバい人らに手を出そうとしてるかも。
一瞬で彼女達に声をかけたことを後悔し始めるクリムメイス……だが、同時に彼女は知っていた。
どう見てもツッコミどころしかないハイラントの現状を人に見せても、日常風景しか見せてない、とでも言いたげに小首を傾げるカナリアの隣を歩くウィンは常識人であるのだと。
独自の情報網ことSNSにはそう書かれていたのだ……。
「ねえこれ」
「あはは、慣れてね」
だから救いを求めてウィンに周囲の状況を説明して貰おうと話しかけるが、そこは突っ込むなと言わんばかりに食い気味に沼みたいな目で慣れろと言われてしまう。
……な、慣れ……? どうやって……? 空爆にでも遭ったみたいな状況なんですがそれは……。
優し気な笑みを浮かべるだけ浮かべて目が死んでいるウィンを見て、クリムメイスはやはりSNSの情報などなにもあてにならないのだと悟った。
「あの」
「話しかけないでくれない? 馴れ馴れしいんだけど」
ならば最後の望みとハイドラに話しかけようとするが、取り付く島もない。
……なんでこんなに嫌われたのだろうか、自分の防具がツインテールっぽく見えるからだろうか……? いや、確かに、古来よりツインテールとポニーテールは互いの存亡を賭けて血で血を洗う陰惨な戦争をしてきた間柄ではあるが……自分はツインテールに見えるだけのショートカットなのだし、そこまで嫌わなくてもいいではないか……。
というか噂の天使みたいなロリ巨乳の僕っ娘はどこだよ……そもそも僕っ娘じゃねえし……あいつらヤバいもんキメながらゲームやってんのか……?
クリムメイスは生産職たちは幾度となく雪原攻略に駆り出され、精神が破壊され尽くされたのだと判断した―――それまでにハイドラは噂とは違いすぎる。
「もう、そろそろ行きましょうよ! わたくし、なんだかこのメンバーなら『雪嵐の王虎』を倒せる気がしてなりませんの!」
なんだか知らないが、ウィンとハイドラに話しかけては固まっているクリムメイスにじれったさを覚えたらしいカナリアが、わくわく! なんて擬音が似合う様子で出発を急かす。
まあ、確かに倒せるかも……クリムメイスは再び進み始めた三人の後ろに続きながらぼんやりとそう考え―――るんるん気分で歩くカナリアへと斬りかかるものの、視線すら寄越されずに射殺された衛兵含む、ハイラントの現状その全てから目を逸らすことにした。




