050-兄+妹=美少女 その3
昨日、二話更新しています。
未読の方は合わせてお楽しみください。
「あの、すみません!」
無事ダンゴがテロリストの正当化を終え、そろそろ移動することを考え始めた三人の背へと不意に声が掛かり、何事かと振り返ってみれば、ひとりの少年がカナリア達を見上げていた。
まだ小さな身体には不釣り合いな大剣を背負った、その少年にカナリアとウィンはなんとなく見覚えがある気がするのだが……いまいち思い出せない。
「この間のイベントで1位だった、カナリアさんとウィンさんですよね!?」
「そうですけれども、……なにかご用かしら?」
どこかで見たことがあるような気がする少年が熱い眼差しをカナリア達へと向ける―――普通に考えれば、その眼差しの熱は羨望等によるもの……だろうのに、なんだかその少年の眼差しには身を焼き焦がすような妖しさが見えており、カナリアは少しばかり眉をひそめて警戒した。
「俺を弟子にしてくださいっ!」
もしかすれば、どちらかが死ぬ事態に発展するか―――と静かに考えていたカナリアの予想を裏切り、少年は地面に頭を叩きつけそうな勢いで頭を下げる。
なんということだろう、どうにもこの少年はカナリア(もしくはウィン)の弟子になりたいらしい。
「えぇっ!? やめた方がいいよ!?」
「もう少し別の生き方を見つけたほうが……」
そんなこと―――カナリアに師事すること―――を望む少年に対し、秒でウィンとダンゴは思い止まることを進めたが、当然だろう。
なにせ、彼が弟子にしてくれと頭を下げている女はつい先日百万人超のNPCを爆死/焼死させた当ゲーム随一のテロリストだ……いくら吹き飛び焼け死んだNPC達がメガロ・マニアの手で修復されたとはいえ、彼女が働いたテロリズムが無かったことになるわけではないのだから。
「ええっと……わたくし、別にお弟子さんは募集してないのですけれども……」
当然の反応とはいえ、非常に失礼な反応を見せたウィンとダンゴにカナリアは一瞬ずつ視線だけ飛ばして、少年へと向き直るとやんわりと断りを入れる。
そんなカナリア……微妙な笑顔を浮かべながら、人に物事を教えるの苦手ですし、と付け加えるカナリアを見て、それに加えて子供も苦手だもんね、とウィンは静かに心の中で添える。
彼女の妹―――勇 海月と同年代である自分のことすら時に扱い辛そうにしているカナリアだ、それよりも明らかに年下の……小学生高学年になるかどうかといった目の前の少年は絶対に避けたい相手だろうし、本人の言うように間違いなくカナリアは人になにかを教えるのは苦手だろう。
なにせ、珪素生命体は感性が炭素生命体とは違いすぎる。
「それは分かってます! 分かってるけども……! 俺は力が欲しいんだ、アリシア・ブレイブハートを討ち……両親の仇を取るために!! だから、頼む! 俺を鍛えてくれっ!」
しかし、どうにも少年は簡単には諦める様子がなく、怒りを噛み締めた様子で拳を握る……その姿を見てカナリアとウィンはようやくこの少年が誰なのかを思い出した。
この少年は、先のイベントでアリシア・ブレイブハートに家族まとめて酷い目に遭わせられていた少年だ―――確か、その名はXX。
「……どうしよう、先輩」
「……わたくし、別にアリシアさんには勝てませんのに……」
XXのことをようやっと思い出したカナリアとウィンは眉を八の字にして思う、……非常に困ったことになった、と。
なんせ、事情が事情なので、なにか教えてあげられることがあれば教えてはあげたいのだが……そもそもとして、カナリア達はイベントで1位にはなったものの、別にアリシア・ブレイブハートと正面切って戦い、勝利して1位になったわけではない。
その上、単独かつ、3位のシェミーとフレイのようにCBT組故に美味い狩場を知っていたというわけでもあらず、王都セントロンド周辺のモンスターとプレイヤーを殺し続けるだけで途中まで1位を独走し続けていたアリシア・ブレイブハートは明らかに異常であり、カナリア達とは実力が違いすぎる。
……まあ、彼女はそれ故に正々堂々とした真っ直ぐな戦い方を取り、奇抜すぎる一手を取ったカナリアに敗北したのだが。
「……ねえキミ! 気持ちは分からなくもないけど、これはゲームだよ? 苦しいこと、辛いことばかりに目を向けてないでさ、楽しいって思えることをしよう? 特訓にはならないかもしれないけど……一緒に遊ばない? きっと楽しいよ!」
アリシア・ブレイブハートの手によって悲しき憎しみの道へと堕ちてしまった哀れな少年を前に、カナリアとウィンがどうしたものかと手をこまねくのを見て、これは放っておいても事態は改善しないと気付いたダンゴが、どこか手慣れた様子で前かがみになって視線の高さを彼に合わせつつ、柔らかな花のような笑みを浮かべてXXを今回の雪原攻略へと誘う。
どうやら、少年は今どう見ても頭に血が上っており、間違いなく話が通じなさそうな雰囲気なので、一旦時間を置き、その上でもう一度話をする……という考えらしい。
「う、うるさいっ! 俺はそんな綺麗ごとを聞きたいんじゃないっ! 力が欲しいんだっ!」
流石は似たようなタイプの妹を持つ兄、完璧なお姉ちゃんムーブをしている……と、カナリアとウィンは感心するが、残念ながらそんなダンゴの姿を見て、XXは顔をやや赤らめつつ視線を逸らして反発してしまった。
それも仕方がない―――なにせ、その格好かつそのポージングかつその胸だと、そろそろ女体への興味が出てきた頃合いのXXには少々刺激が強すぎる。
故に、ダンゴの言葉に対する是非を考える前に照れからの拒絶が出てきてしまうのは当然だろう……掛けた言葉に関しては問題無かったのだが、ポージングと恰好は非常に問題があり、ダンゴはそこに気付かなかった。
……いや、普通気付かない、なんせダンゴは普通に男だし……身体と声と表情は少女そのものだというだけで。
「……恋に落ちる音が聞こえましたわね……」
「……魔性の女だね……あっ女じゃなかった……」
ドキン、なんて効果音が似合いそうな素振りを見せたXXを見て、カナリアとウィンがひそひそと目の前のパーフェクト初恋強盗お姉ちゃん(兄)ことダンゴについて耳打ちをする。
一方でダンゴはXXが自分の誘いに反発して拗ねたものだと思ったらしく、困ったような笑顔を浮かべて頬を掻いていた。
……そういう風だからきっと上級生の男子なんぞから告白を受けたのだろうな、とふたりが確信したのは言うまでもない。
「……あ、そういえば! アリシアさんを討ちたいのであれば、指導者として適任の方がいましてよ!」
「なんだって!?」
いよいよもってこの少年にカナリアのテロリズムを手解くしかないのか―――そうウィンとダンゴが思ってしまった時、不意にカナリアが、ぱん、と手を合わせて素晴らしいことを思いついたとでも言いたげな表情を浮かべる。
「第二戦でアリシアさんと互角の戦いを繰り広げていた方がいましたの! 名前はちょっと分からないのですけれども……どちらも目を惹く美しい顔立ちの女性でしたし、こちらだと目立つ黒髪でしたから聞いて回れば情報も得られると思いますわよ! 片方は拳で戦っていて、もう片方は直剣と中盾なのですけれど……」
「あー、いたねえ……」
復讐に燃える少年に紹介する相手など……いやそもそも、この場のメンツ以外の知り合いなどカナリアにはいただろうか……? と、思わず首をひねったウィンだったが、カナリアの言葉で、ある二人の少女を思い出せば合点がいったように大きく頷いた。
カナリアが適任だと称する人物たち……それは、アリシア・ブレイブハートの手によってストーキング相手が(もちろんゲーム内で)殺されたことを恨み、必ずやアリシア・ブレイブハートを殺すと誓っている(こちらは別にゲーム内外問わず)恐ろしい少女……キリカと、その恐ろしい少女をストーキングしている悍ましい少女……ルオナだ。
ウィンはふたりの少女の惨すぎる最後を思い出しつつ、また一つ大きく頷く。
確かに、あの少女達はXXと歩む道は同じだし……教えを乞うなら適任かもしれない。
「……あの人達か、確かに……いいところまで行ってたな。分かった、そっちを当たってみる。ありがとうございます!」
再び地面にぶつけそうな勢いで頭を下げるXX。
カナリアが明らかに自分のことを面倒事として処理したにも関わらず、聞き分けよくキリカたちを探す路線に切り替えるあたり、恐らくアリシア・ブレイブハートに両親共々痛みつけられたという過去さえなければ明朗快活で好感の持てる少年なのだろうな、と三人は思う。
アリシア・ブレイブハート……別の意味で……いや、逆に本当の意味で罪作りな女である……―――。
「……よし、探してみるか」
―――それじゃあ、わたくし達はこれで。
と、頭を下げ続けるXXへとひらひらと手を振りながら去っていくカナリア達を見送り、XXは顔を引き締めて件のふたり……キリカとルオナを探すことを決意した。
今だ幼さの残る身体に宿すのは、母と父をこのゲームから追いやったアリシア・ブレイブハートへの憎悪と……『守りたい』という感情だ。
「…………綺麗な人だったな……」
思わずぼそりと呟く。
脳裏に浮かぶのはカナリアとウィンに並んでいたもう一人の少女の笑顔―――苛烈な印象を与える少々吊り目気味な顔立ちに似合わない、柔和な花のような笑みだった。
それは戦いとは真逆の世界にあるような笑顔で……近頃XXが夜な夜な夢に見るアリシア・ブレイブハートの悍ましい笑顔と対極に位置している。
……ああいう人こそ、アリシア・ブレイブハートの魔手から守らなくてはならない……自分のような男が、この手で……!
「強く、ならねえと……!」
覚悟に満ちた顔で拳を握りしめ、空を見上げるXX。
……きっとその空から見下ろす神は、届かないと知っていても思わず彼に言ってしまうことだろう。
いやお前、それ男だけど、と……。
「それじゃあ、妹に変わりますから。ちょっと待っててくださいね」
無自覚ながらも少年の初恋に関する記憶を滅茶苦茶にし、脳を徹底的に破壊し尽くして性的倒錯者予備軍を生み出さんとするダンゴが、急に街と平原の境目で城壁に背中を預けながら腰を下ろして言う。
……変わる? その意味をふたりが測りかねていると、すうっとダンゴの目から光が消えさり、両腕をぐったりと地面に投げ出した―――まるで糸が切れた操り人形のように。
「ログアウトしないでセブンス外すとああいう風になるんだね……」
「シュールですわね……」
恐らくダンゴは今自分が装着しているセブンスを外し、操作をハイドラと交代しているのだろう……それが〝変わる〟ということなのだと気付いたウィンとカナリアが興味深そうに操縦者を失った〝ハイドラ〟というアバターを眺める。
オニキスアイズを含め、多くのVRMMOゲームのハードとして選ばれているセブンスは、プレイ中でも普通に取り外せるVR機器だが、取り外している間は勿論キャラクターは無防備になるし別段良いことなどないので、よっぽどのことが無ければ外す前にログアウトするのが普通だ。
故に、人がこうしてオンラインのままVR機器を外してぐったりしているところは中々に見られるものではない。
「よし、お待たせ。久しぶりね」
可愛らしい少女が事切れたように道端に体を投げ出している絵面は中々にインモラルですわね、とカナリアが心の中で思った頃。
ぐったりとしていた〝ハイドラ〟が身体を起こしてカナリアとウィンに簡素な挨拶を返す、その声も口調も、既に完全にダンゴではなく、その妹であるハイドラのものだ。
「うん、久しぶりー、……そんなに無理だったの? あのアバター」
「当然。いや無理でしょ、あんな顔してる兄貴の横歩くの」
兄から変わった自分へと、小首を傾げながら問うウィンに対し、ヤレヤレと首を振るハイドラ―――ぱっと見ればあの声であの顔をしているダンゴの不気味さゆえに無理、といった様子だが……。
カナリアは訝しむ。
お兄ちゃん好き好き大好き超愛してるなハイドラのことだ、きっとその『無理』というのも、ただでさえ普段から兄にジュンジュンしているのに、クールワイルドなイケメンにまでなられたら脳が焼き切れて死ぬから無理、という無理なのではないだろうか、と……。
まあ、勿論口にはしない。
カナリアはダンゴに対するハイドラの深淵めいた感情を覗くか覗かないかの距離で反復横跳びするのは楽しみつつも、その深淵を覗き込むことは決してしないと心に誓っているからだ。
「まあ、それはそうですわね。……ところで、聞きましたわよハイドラ。あなた、グロウクロコダイルをソロで撃破したらしいですわね?」
「そうよ」
なので、ハイドラの言葉に対し適当に頷くことにした、そんな危険な遊びに人知れず身を投じるカナリアの言葉を聞いて、ハイドラは待っていましたと言わんばかりに目を輝かせ、ニヒルな笑みを浮かべると己の背から得物である大剣を抜き取り、ふたりに対し見せつけるように構えてみせる。
それは、白に近い銀色の刀身と、十字架を思わせるデザインがなんとも洒落ている、大振りながらも女性的な意匠を感じさせる美しい武器だ。
「正確には私だけじゃないけどね。兄貴が作ったこの武器、銀聖剣シルバーセイントと、同じく兄貴が作ったこの防具……オートクチュール・シリーズがあったから勝てたのよ」
「…………」
「…………」
その武器も手製だったのか、とか。
手製の武器……つまるところ『武器組み立て』で作られた武器は火力が酷いという噂なのに、その武器のお陰とは、とか。
同じく防具を作る『防具仕立て』で作られた防具も見た目だけで性能は比例しないという噂なのに、それも強いのか、とか。
ドヤ顔で武器を見せつけるハイドラに対し、いくらでも感想は抱けたのだが、それ以上に気になったのは装備の名前だ。
「あの、その名前はダンゴが付けまして?」
「んなわけないでしょ。兄貴に任せてたら武器はギンイロゴー、防具はカタデテルとかいうマジで最ッ高サイアクにザコな名前にされかけたから自分で付けたわ」
「ごめん、もう一回装備の名前聞いてもいい?」
「銀聖剣シルバーセイントとオートクチュール・シリーズよ」
どっちもどっちだな、とカナリアとウィンは無言で思った。
武器はともかく防具に関してはカタデテルのがまだマシかもしれない。
そのまんまではあるが、なんだか異国っぽい雰囲気が上手く出ているし……なにより、ハイドラのその名前……一点物だと、防具を新調した時に新しい防具の名前はどうなるのだろうか。
次の防具もオートクチュールなのは一緒なのに。ネオ・オートクチュールとかになるのだろうか、いや普通になりそうだな……。
「……へえ! 『防具仕立て』とか『武器組み立て』って出来上がる装備が酷いって聞いてたけど、そんなこともないんだね!」
このまま無言ではまずいと感じたウィンがとりあえず最初に気になったことを聞いてみることにした。
そう、どうやらハイドラは現状指輪以外の装備する全てがダンゴの手製のもののようだが、一般的な手製装備と違って十分な性能を発揮しているらしいのだ。
「それがね。ほら、そのふたつって材料とゴールドさえ使えばなにもない状態から武器とか防具を作れるじゃない? ……そもそも、その使い方が間違ってたのよ。確かにそれでも装備は作れるんだけど、それはあくまで緊急時用で。本来はきちんと自分の手で鉄とかなんかをセーレン? とかなんかしてさ、きちんと武器か防具として作ってから、ゲームとしての『装備』っていう概念を与えるためのスキルだったんだってさ。私にはよく分かんないけど」
ウィンの問いに対し、ハイドラが肩を竦めて、どこか呆れた様子で近頃判明したという『武器組み立て』と『防具仕立て』に関する仕様を(本当の意味で理解しているかは怪しそうな口振りで)説明する。
……それはまあ、なんとも一般人向けではないスキルではないだろうか。
果たして、この現代日本において何人が武器の製造方法など知っているのか……まあ、流石に簡略化こそされているのだろうが、それにしても一朝一夕で身に付く技術ではないだろう。
「ダンゴは凄いですわねえ、その仕様できちんとした武器を作るなんて」
「うん、まあ。確かに手先がめちゃくちゃ器用なのもあるし、そういう才能がないとは言わないけど。ほら、兄貴が今通い詰めてる生産職のグループがさ、男ばっかだから。で、今って兄貴、私の身体使ってるしさ」
「あっ……」
だからこそ、驚きなのはダンゴがそれを知っており、その成果物が目の前にあるということだ……どうにも、彼には本当に戦いの才能は無いが生産職としての才能はバッチリらしい―――そう思ってのカナリアの言葉だったが、どうやら少々違うようで、彼に本当にあるのは姫としての才能のようだ。
全てを察したウィンが悲し気な表情を浮かべ、カナリアは無言で真顔になる……間違いない、女に飢えた鍛冶師たちが手取り足取り丁寧に教えてくれているのだろう。
それは、かつて彼を襲った悲劇……同性の相手から愛の告白をされる、という事件を繰り返す切っ掛けになりそうなものだが、ハイドラは一切心配している様子がない。
……もしかしなくとも、そうなることを願っているのだろうか? なんとも恐ろしい妹である。
「とにかく、だんだんと研究進んできてるっぽいよ? 生産職の本当の力がさ。雪原の雪鹿を倒すための武器は僕達が作るんだーって、兄貴はしゃいでたし」
自分に戦慄すら抱くカナリアとウィンの様子にまるで気付かない(あるいは気付いていて無視する)ハイドラがからかうように言い、カナリアとウィンは、なるほど、と納得した。
雪鹿を倒すことを彼ら生産職が目標としているから(そうしないと無限に雪原に連れ出されるので当然だが……)実地調査の意味もあって、ダンゴはあれだけ快く首を縦に振ってくれたのだろう、と。
……とはいえ、カナリアとウィン、そしてハイドラの雪鹿との戦闘データが使い物になるぐらいまともなものになるかは少々微妙なところだが。
「見つけたわよ!」
とにもかくにも、話も一段落したところだし、それじゃあ行こう―――と、三人が足を進めた瞬間、再びカナリア達に声が掛かる。
……どうやら本日二人目の来客らしい。




