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005-新たなる強敵!その1

 ハイラントにて買い物と殺人と情報収集を終えたカナリアは、数人のプレイヤーから情報を集めて街を後にしていた。

 向かう先は初心者御用達と名高いダンジョン『大鰐の棲家』―――。


「すまねえな、満室なんだよ。嬢ちゃん……」

「えぇえ~!」


 ―――で、あったのだが。

 『大鰐の棲家』までの距離は徒歩で向かうには少々遠く、ゲーム内時間で丸一日使ってしまう。

 そして、夜間の行動はランタンなどの照明器具をきちんと用意していなければ視界の確保が難しいうえ、モンスターも活発的かつ凶暴になるので危険極まりない。

 なので、ちょうど日が暮れるぐらいに到着するポイントに設置されている、やや寂れた小さな村の宿を用いてゲーム内の時間を昼間まで進めるといい……と、カナリアは親切なハイラントのプレイヤーから聞いていたのだが。


「お話が違いますわよ!」


 いざ村唯一の宿泊施設を訪ねてみると、そこはなんと満室だという。

 ゲーム内の時間を進めるのには宿泊施設の利用が必要とはいえ、オニキスアイズにおいてはパーティーメンバー以外の他プレイヤーとは時間の流れは同期しておらず、カナリアにとっては夜であっても他のプレイヤーにとっては昼である、ということは平然とあるので夜だから混雑する……などということはない。

 更に言えばプレイヤーは一瞬で就寝と起床を終えるので部屋を占領しない。

 というか、そもそもこの村に入ってから自分以外のプレイヤーを見た記憶がない……道中はそこそこの数が居たと思ったのだが。


「ちなみに、どのような方々が宿泊してますの……?」

竜都(りゅうと)から来てくれた聖竜騎士団の皆様だよ。数日前から森に住みついちまったモンスターを討伐しに来てくれてんだ」


『討伐:ゴアデスグリズリー(サブクエスト) 開始しますか? YES/NO』


「あぁ~……やっぱりそうですのね~……」


 殺意の塊のような名前をしたモンスターを討伐しろという内容のクエストが突如カナリアの目の前に出現し、彼女は全てを悟る。

 おそらくこれは件のゴアデスグリズリーとやらを討伐しなければ、この宿が聖竜騎士団とやらに占領されたままということなのであろう。

 特定のクエストをクリアするまで施設の利用を禁ずるイベント……RPGの十八番である。


「なんて迷惑な騎士団なのかしら……」


 はあ、と大きな溜め息を吐くカナリア……これに関しては珍しくカナリアの言葉が正しかった。

 プレイヤーがこのクエストを攻略しなければゴアデスグリズリーがいなくならないということは、ここに宿泊している聖竜騎士団とやらは宿泊しているだけであって別段なにをしているわけでもないのだから。


「でも仕方ないですわよね。世のため人のため、粉骨砕身で戦うのが勇者ですものねっ」


 ぐっと握り拳を作って意気込むカナリア。

 ……既に三人の罪なき市民を亡き者にしておきながら自分を勇者と言い張れる彼女こそ、真なる勇気の持ち主であるのかもしれない。


「それに、予定とはちょっと違いますけれど、いい経験になりそうですものね!」


 真なる勇気の持ち主かもしれないカナリアが腕を組んでうんうんと頷く。

 実際その通りで、ダンジョンで戦おうが、ここでゴアデスグリズリーと戦おうが、どのみち戦闘経験を積めることには違いはない。

 であれば、やらない理由はないので、カナリアは選択肢のうち『YES』をタップする。


「おお! あんたもゴアデスグリズリーの討伐に向かってくれるのかい? 助かるよ! 確か今は東の森に居るとか騎士団の人達が言ってたっけな……」

「なるほど……ちょっと殺してきますわね!」


 亭主が頼もしそうに大きく頷き、カナリアはビシッと左手で敬礼を亭主へと返すと宿屋を後にした。

 ……その左手の敬礼にはなにかの意味があるのだろうか、もしかすると『お前も後で殺す』という殺害予告なのかもしれない。

 または、単純にカナリアが敬礼は右手が基本であるのを知らないのかもしれない。

 可能性としては前者の方が確率が高いだろうか、彼女の今までの行いを見るに。


「さてさて、これの実戦テストですわね……! 『夕闇の障壁』!」


 宿屋を後にして森へと足を進めたカナリアは、異様な形状に歪んだ不気味な木々の生い茂る〝いかにも〟な森の入り口にて『障壁の展開』を使用し、そのMPの支払いに『夕闇への供物』を使ってHPを498/500……つまり、2を残し全て使用する。

 この際、さり気無くカナリアは二つのスキルを一度の名称指定(ワード)で使用した挙句に、そのスキル名もオリジナルのものにするという中級テクをさり気無く見せたが、彼女の今までの行いと比べれば大したことではなかった。


「そして『緩やかな回復』と……ふふふ、これで即死以外は無効化できますわね……」


 続いてMPを消費し、自らを持続的に回復し続ける『緩やかな回復』を使用して消耗したHPを回復していきつつ、カナリアはハイラントにて手に入れた『障壁の展開』と『夕闇への供物』の相性の良さを改めて感じる。

 なにせ、即死以外のダメージが無効化されるというのはつまり、余程実力差の開いた相手か余程相性の悪い相手以外には絶対負けないのと同義なのだから。

 事実、ゴアデスグリズリーらしき熊と虎を足して二で割らなかったような六本足のモンスターを発見するまで、カナリアは一切のダメージを負わず、襲い掛かってきたモンスター達を一方的に陽食いで切り伏せた。


「あれが目標の……ちょっと威圧感が凄いですわね」


 そんなカナリアが森に入って五分ほどの地点にて発見したゴアデスグリズリーらしきモンスターは、顔は虎のようで、身体は熊のよう……そしてその肩甲骨のあたりから、直剣にも等しいほどに鋭く長いかぎ爪の生えた、自らの身長ほどにも二対目の腕が生えている恐ろしい外見をしていた。


「まっ、怖がっていても時間の無駄ですわね! 覚悟ーっ!」


 どう見ても自然界の殺意を限界まで詰め込まれているモンスターを前にしても、一切の怯みすら見せない豪胆なカナリアは、ダスクボウで牽制しつつ距離を詰めていく。

 彼女の放ったボルトがゴアデスグリズリーの肌に突き刺さり、彼にカナリアの存在を感知させると同時に少量のダメージを与える。

 カナリアを視認したゴアデスグリズリーが鶏めいた奇妙な鳴き声で吠えると同時に、カナリアの陽食いによる袈裟切りがゴアデスグリズリーに直撃し―――。


「ふにゃあ!」


 ―――お返しと言わんばかりなゴアデスグリズリーのカウンターパンチ一撃で、展開した障壁ごと顔面を熊さんパンチで吹き飛ばされ即死するのであった。


「くそげーですわ!」


 死より舞い戻ったカナリアは、宿の前のベンチで目を覚ましつつ声を荒げた。

 確かにいまの一戦はクソゲーみがあったかもしれない……まさかのワンパンである。

 だが、これはゴアデスグリズリーに非があるわけではない。

 本来であればこの場にいるはずであるメインヒロイン……レプスがゴアデスグリズリーのヘイトを稼ぎ、強力な攻撃を引き受ける予定だったのだ。

 つまり、レプスを引き連れていないカナリアに問題がある。

 クソゲーを生み出したのはカナリア自身であり、端的に言えば因果応報だ。


「お姉さん大丈夫ですか?」


 よもやこの状況は己が作り出したものだとは一切考えないカナリアが、今度の強敵はどうやって撃破するかを考えていると、彼女に声を掛ける少女がひとり。


「ほ?」


 気の抜けた返事を返しつつカナリアが顔を上げると、そこに居たのはひとりの幼い少女―――ファンタジーに造詣が深い人が見れば、一発で彼女の得意分野を察せるであろう、露骨なまでに大きい三角帽が特徴的な少女が立っていた。


「ええっと、あなたは……?」

「よくぞ聞いてくれました! 私はナルア! やがて誇り高きアークウィザードとなる魔法使いですよ!」


 ふふん、と胸を張りながら名乗りを上げたのはショートカットの茶髪が可愛らしい魔法使い……このVRMMO、オニキスアイズにおけるレプスに続くヒロインのひとり、ナルアであった。


「まあ! 魔法使い! もしかしてわたくしと共にゴアデスグリズリーと戦ってくれますの?」


 その雰囲気から一瞬で彼女をNPCと判断したカナリアは、先程の一戦が負けイベントであり、彼女を仲間にしてゴアデスグリズリーへと再戦を挑むのだと一瞬で理解する。

 そんな洞察力があるのならば、自分がレプスを殺害したことで窮地に陥っていることも一瞬で理解して欲しかった。


「いいえ! 私はやがて誇り高きアークウィザードとなる魔法使い……ゴアデスグリズリーごときも倒せない人の仲間にはなってあげませんよ!」

「なら失せろですわ」

「ふふふ、私を仲間にしたければゴアデスグリズリーを倒すことですね!」

「失せろと言っていますわ」


 しかし残念ながら、彼女の加入タイミングはゴアデスグリズリーの撃破後であるようだった。

 ……どうにもこのイベントはゴアデスグリズリーに敗北したプレイヤーに対し『勝てば美少女ロリ魔法使いが仲間に加わりますよ!』という励ましをするだけのイベントらしい。

 だが、残念ながら美少女ロリ魔法使いが加入することに一切の利点を感じないカナリアにとっては、ただの煽りイベントにしかならない。


「うーん……ステータスポイント、振ってみましょうかしら」


 ナルアが仲間にならないとなれば、この状況はひとりで打開するしかない……であれば、初期から有している10ポイントと、レベルアップ時に1点ずつ貰っていたステータスポイントをいよいよ振り分け、キャラクターの育成を本格的に始める必要がありそうだとカナリアは考え始める。


「スキルとかを見るにHPが丸そうですけれども……」


 しかし、振るとしても振れるステータスがHP(ヒットポイント)MP(マジックポイント)COR(体幹)STR(筋力)DEX(技術)INT(知恵)DEV(信心深さ)LUC()と8つもあれば、ゲーム初心者であるカナリアが振る先に迷うのは必定……指を行ったり来たりして振り分け先を考えてみる。

 攻撃力が必要ならばSTRやDEX? INTを上げて遠距離攻撃を強化? ぶつぶつと呟きながら、各種ステータスに1点振ってはキャンセルを繰り返す。


「HPとMP以外は1ポイントにつき1上昇、MPは50、HPは500……HPが一番数字伸びますわね。 やはりこれが丸いかしら」


 そして行き着くのは、振った時数字の変動が一番大きいHPへの全振りであった。

 カナリアは15点のステータスポイントをHPへと全て注ぎ込んでいく。

 ……HPというステータスは、様々な計算式を経て算出される最終計算値である〝ダメージ〟を受けるステータスだ。

 ならばこそ、その数字が大きいのは当然であり、別に数字の変動が一番多いことにメリットはそれほどない……というのは通常時の話。

 HPをMPとして利用できるカナリアに限った話ではあるが、彼女のHPが500から8000へと大幅に上昇すれば、同時に彼女が生み出せる障壁も16倍の固さを得ることになり、これは他のMPを消費するスキルにおいても同じである。

 そしてそれは当然、強力だ。


「ふふふ、これで負けはありませんわね……いざ、再び!」


 知ってか知らずか、最も強力となる(そして最もキャラビルドが歪む)選択を選んだカナリアは、比べるのも馬鹿らしいほど伸びたHPバーを見て満足気に頷いて勢いよくベンチから立ち上がり、先程の16倍の固さを誇る障壁を展開しつつ再び森の中へと入っていく。

 彼女の瞳には既に見えていた、ゴアデスグリズリーを無事打ち倒し、ナルアを仲間として迎え入れる自分が―――。

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