048-兄+妹=美少女 その1
「ウィン! 大丈夫ですの!?」
「ポワポワ……」
猛吹雪の中でカナリアが叫ぶ、手の中には徐々に異形から人の形に戻り始めたウィンの身体―――死期が近い。
妖体化を一度使用したウィンが人の形に戻る時、それ即ち彼女の肉体の崩壊を意味する……。
「くっ……」
氷風に頬を殴られながら、自分と彼女をここまで追い詰めた強敵をカナリアは鋭い目で睨みつけた。
そこに居るのは一匹の大鹿だ。
吹雪の中に紛れるような白い毛並みと、それに反する黒い肌、不気味に輝く紅い瞳……その特徴から察せられる通り、カナリアの手の中のウィンと同じく、それもまた〝妖精〟だ。
度々繰り返すことになるが、この世界において〝妖精〟という存在には一般的にその言葉から連想できる可愛らしさなど一切ない。
彼らは、単純に元からこの世界に存在する生物よりも強靭な肉体を持ち、比べ物にはならない魔法への適性を持つ〝上位生物〟である。
そして、そんな〝上位生物〟達の仲間こと、カナリア達が対峙している大鹿―――ハイラントよりオル・ウェズアへと向かう際に必ず通らなくてはならない雪原に立ちはだかる通常モンスター、『雪鹿』は普通にスポーンして普通に徘徊する普通のモンスターだというのに、そんじょそこらのボスとは比べ物にならないスペックを誇っている強敵だ。
ここを越えなければプレイヤーはオル・ウェズアに到達することは出来ず、その先にある王都セントロンドなど夢のまた夢。
故に、先の第一回イベントでオル・ウェズアに到達出来た75組のプレイヤーと、その先にある王都セントロンドに到達出来た25組のプレイヤーは、自分の到達した街まで移動できるパスポートを入手したことで他のプレイヤーと大きな差を付けることとなり、カナリアもこの内の後者―――25組のプレイヤーに分類されるのだが……今回は、とある理由があってこの地に足を運び入れていた。
「……正直、慢心していましたわね。まさか、こんなにも強い敵がまだいたなんて……」
がくりと膝を雪の中に沈めたカナリアは(少々正攻法ではなかったとはいえ)自分は最後の戦いまで残った25組の内、最上位に位置したプレイヤーなのだから、強敵と噂されるこの雪鹿もなんだかんだで倒せるのではないかと思っていた。
しかし、実際にはまるで手も足も出ない。
なにせ、この猛吹雪の中では身体が凍えて攻撃力が著しく低下するし、加えて雪鹿は恐ろしいほど厄介な、とある攻撃を持つ。
「しかし! 散っていった者たちのために……負けるわけにはいかないのですわにゃーっ!?」
それは〝氷弾〟。
なんとか己を奮い立たせ、立ち上がったカナリアが高く振り上げた肉削ぎ鋸へと向けて、雪鹿の立派な二本角の間から放たれた氷の弾こそが、その攻撃である。
避けれない程速くはないが決して遅くはない……絶妙な速度で突き進むその弾が肉削ぎ鋸に命中すると、一瞬で肉削ぎ鋸は凍り付き、そのまま根元からぽっきりと折れてしまう。
「もおおっ! くそげーですわにゅう!」
『武器が壊れた!』というメッセージと、ステータス画面に表示される武器が破損したことを表すアイコンが執拗に肉削ぎ鋸が壊れたことを伝えてくるのを目にしたカナリアが、ゴアデスグリズリーとの戦闘以来、久々にクソゲー宣言を放つと同時、再度放たれた雪鹿の氷弾がカナリアの頭部に命中し、その頭部を一瞬で凍り付かせた後にバラバラに砕く。
そんなことをされれば、当然ながらカナリアは死亡……ウィンはとっくに死んでいたので全滅だ―――。
「あれ、どうする?」
「どうしましょう……」
―――コップの中の氷をストローでかき混ぜて遊びながら、カナリアは頭を抱えた。
とある理由からどうしても雪鹿を超え、その先へと進みたいウィンとカナリアだったが、その雪鹿の戦闘能力が異常に高すぎて、超えられる気がしないのだ。
第一回のイベントも無事(?)終わり、徐々にハイラント周辺でやる事が無くなってきたプレイヤー達はこぞって(順路と思われる)オル・ウェズアを目指しているのだが、未だに第一回イベントで得たパスポート以外を使ってオル・ウェズアに辿り着いたというプレイヤーは現れていない。
誰もあの雪鹿を、そして雪原特有の攻撃力の超デバフを超えられないのだ。
そのデバフをなんとかすれば……とは誰もが考えることだが、そうだとしても雪鹿を倒せるプレイヤーがいるかはなんとも言えないところだ。
あの大鹿の放つ氷弾は、一撃で装備や肉体を破壊する特性を持ち、肉体の破壊は勿論致死的であり、装備の破壊も雪原が与えてくるデバフよりも更に酷い戦力の低下を引き起こすので、到底無視できない。
であれば、前線に装備を修理することが出来る生産職を連れて行くしかないのだが、生産職という存在は最高のメンバーのベストコンディションでも厳しい戦いを強いられることになる雪鹿に対し、あまりにも脆弱だった。
というのも、戦場に出る旨味のあまりない彼らはそこで生きる術を知らず、雪鹿を前にしてしまえば十八番である『氷弾』によって頭部なりなんなりを破壊されて瞬く間に命を落としてしまう。
更に付け加えれば、雪鹿は〝ただのザコ〟だ。
流石に3~4頭で群れていたりはしないが、一分ほど歩けば出くわすし、運が悪ければ2頭ぐらいは同時に相手にすることもある。
「悪意の塊と言わざるを得ませんわよ、あれ」
「んまあ……クロムタスクだからね……」
唇を尖らせたカナリアに対し、苦笑気味にウィンが呟く。
なんせクロムタスク社は、所属するゲームディレクターが平然と公式生放送で『プレイヤー達を全員ぶっ殺すために作りました』と言い出す程、殺意を隠さないゲーム会社であることが有名であり、これぐらいのことは平然とやりかねない……というか、普段からやっている。
というわけなので、まあ、そこがいいんだけど……と、考えてしまうウィンは完全にクロムタスク社に調教されており、なんらかの調整ミスでは? と疑うカナリアのが(珍しく)正常な反応なのは言うまでもなかった。
「まあー、とりあえず他の人達みたいに生産職の人をパーティーに加えないとじゃない? なるべく死ななさそうな人をさ……」
「そうですわねえ……そうしましょうか……」
兎にも角にも、これ以上ここで座っていても状況は良くならず、別に雪鹿が弱体化されるわけでもないし、生産職が強くなるわけでもないのだから、自分達も他のパーティーと同じく生産職のプレイヤーをパーティーに加え、なんとか戦う方法を考えねばならないだろう。
そう結論付けたふたりは、ハイラントの中で最もプレイヤーの密集度が高い中央広場の方へと足を運ぶ―――。
「生産職募集中でーす! なんと今なら可愛い女剣士がついてくる!」
「生産職ー! 生産職はおらぬかー! 雪の中でもめげぬ強い生産職ー!」
「どこだ! いるんだろう! 生産職! 姿を現せ! 雪原に行くのだ!!」
―――すると、そこに広がるのは軽い地獄だ。
そう、現在ハイラントの中央にある広場はオル・ウェズアに到達したい多種多様なパーティーが目をぎらつかせて生産職を探し回る生産職狩りの場と化していた。
だが、以前までは通る人こそ多いが、足を留めるプレイヤーなど殆どいなかったこの広場には、ついこの間まで、どんな武器を作った、だとか、てんでダメージが出ない、だとか和気藹々と意見交換をしていた生産職たちの姿は殆ど無いに等しい。
……みな、雪原に連れていかれ、雪鹿に殺されているのだ。
「ヒャッハー! 親分! この男……生産職ですぜえ!」
「ひ、ひぃいっ! 許してくれー! もう雪原はいやだーっ!」
「ヘヘヘ……その装備は手製か? いい出来じゃねえか……こいつはとんだ上玉だぜ……お前ら! 丁重にもてなしてやりな!」
「へい! ヒヒッ……おとなしくするんだな! そうすりゃ悪いようにはしないぜえ~?」
「助けてッ! 誰かー! 誰かあーっ!」
事実、カナリアとウィンの前でまた一人、生産職が蛮族と化した戦闘職に捕獲されて雪原へと連れ去られていく。
生産職はスキルの関係上DEXこそ高い数値を誇るが、現状STRを参照する生産系のスキルが無いために力は(振る必要が一切ないので)無く、ああやって力づくで抑え込まれれば抵抗は出来ない。
「辛い時代ですわ……」
「圧倒的な生産職不足だもんね……」
ずるずると引き摺られていきながら誰でもない誰かへと救いの手を求める生産職の男を無視し、悲し気な表情で生産職を探し回る非生産職プレイヤーを見るカナリアたち。
そんなカナリア達へと向けて男は、助けて! と救いを求めたが……残念だが彼女達とて彼を引きずる男達となんら変わりはなく、助ける素振りを見せることすらしない。
「あら……?」
それどころか、あー獲物取られたー、などとウィンが死んだ目で呟くと同時……カナリアは視界の端に目ざとく素晴らしいものを見つけ、思わず目を輝かせた。
「あれはもしや!」
「へ? どったの先輩……」
カナリアの見つけた素晴らしいもの―――それは、歳不相応の豊満な胸、大胆にも肩や腹部を露出させた挑発的なデザインの装備、ぴこぴこと風に靡くポニーテールが特徴的な可愛らしい少女だった。
広場の端をそそくさと移動しているうえ、生産職にしては異常なまでに綺麗な身なりをしているので誰にも気付かれてはいないが……彼女が生産職であることを、カナリアは知っている。
「ねえ、あなた!」
「ひゃあ! ごめんなさい! 違うんです、僕は決して生産職じゃあなくて、ちょっと買い出しに来ただけの技術ガン振りの大剣使い……」
思いがけない所で素晴らしい人材を見つけたカナリアが思わず駆け寄って嬉々として声を掛けると、その少女は怯えたように腕をぶんぶんと振りながら苦しい言い訳を口早に垂れ流し―――その少女の反応に対し、カナリアは凄まじい違和感を感じて硬直する。
いや、結果的にその少女はカナリアの知り合いで間違ってはなかったのだが、近くで見ても、やはりその少女はカナリアが過去に一度パーティーを組んだことがある生産職のプレイヤー……やたら避ける生産職ことハイドラではあったのだが、しかし、なにかが違う。
いや、なにか、というか……。
「って、あれっ! カナリアさんじゃないですか! お久しぶりですね!」
「え、あぁ。はい、まあ……」
わー、僕のこと覚えていてくれたんだ! なんて無邪気に喜びながらカナリアの手を握り、ブンブンと振る少女……いや、少女……? カナリアの記憶が正しければ、この場合、彼女は少女じゃないのではないか?
「ちょっとちょっと、急にどしたの先輩……って! うわ、すっご! ハイドラちゃんじゃん! 奇遇だねえ! おっす~」
「あ、ウィンさんまで! いや、見ましたよ! ふたりがイベントで大活躍してるところ! 凄かったなあ~!」
「えっいや待ってハイドラちゃんじゃないじゃんダンゴさんじゃん」
硬直するカナリアを追ってきたウィンが少女―――かつて共に戦った、声だけ聞くと姉妹にしか聞こえないのに外見は兄妹だし実際のプレイヤーも兄妹であるという異常な状況になっていた双子のプレイヤーのうち、妹のほうであるハイドラと思わしき少女へと挨拶をすると、返ってきたのは妹よりも妹らしいと誰からも言われる兄、ダンゴらしき声と反応だった。
「あぁーっ、そうだ、ごめんなさい、ややこしくて……」
最早なにがダンゴでなにがハイドラなのか一切分からない状況でふたりが硬直するのを見て、頬を掻きながらハイドラ……いや、ダンゴ……? ハイドランゴがぺこりと頭を下げる……その様子は完全にダンゴだ。
しかし、なんと恐ろしいことだろうか、肉体がハイドラになるだけでここまで男らしさが壊滅するとは。
これではプレイヤーが男だと言われても誰も信じないだろう……。
「実はその……やっぱりあの後、あのアバターじゃ横に立ってるあいつが無理って言いだしまして、それで『共有申請』を出して、こっちのデータをふたりで遊ぶことにしたんです」
「ああ~……」
カナリア達がハイドランゴの異常に高い美少女っぷりに戦慄する中、ハイドランゴの口より続くのはなぜハイドラが現在ハイドラの肉体でありながらダンゴの魂を有しているかの説明だった。
それを聞いてウィンは納得したように頷き、カナリアはダンゴの口にした『共有申請』という言葉の意味が分からなかったのでウィンの脇腹を突いて説明を求める。
「ええっと、オンラインゲームってさ、拘束時間ヤバいじゃん? だから、人によっては『家族みんなでパーティープレイ!』よりも『家族で一人の勇者を育て上げる!』ってプレイのが好きな場合もあるわけで、そういう時に使われるのが『共有申請』。人数分の身分証明書と購入したシリアルコードを提出したらさ、そのシリアルコードを使用して作成されたキャラは提出された身分証明と合致する声紋のプレイヤーの間で限り、貸し借り自由になるシステム……って聞いたことある!」
「へえ、そんなのもありますのねえ」
ウィンが誰かから聞いた説明をそのまま口にすると、カナリアは感心したように頷いた。
ちなみに、今回はダンゴとハイドラという『家族』が共有しており、ゲーム自体もMMOという競技性の低いものなのでこういった説明になったが、他の競技性の高いジャンルのVRゲームならばプロゲーマーチームが個人戦用に育成しているキャラクターを共有する場合などもある。
なお、この申請をしない場合はそもそも声紋認識が通らないのでキャラクターの共有は行えず、1つのキャラクター、1つの身分証に対し、1つのゲームで申請できる『共有申請』は一度のみでもあり、育成を誰かに知り合いにでも任せることはともかく、育成を対価に儲けを出す等の行為はまず出来ない。
「なるほどなるほど。それで、ダンゴは妹の身体で遊んでるわけですわね?」
「……いや、まあ、そうなんですけど。そういう言われ方すると凄い悪いことしてるみたいだね」
とりあえず大体の事情を理解したカナリアが可愛らしい笑みを浮かべながら、ぱん、と手を合わせながら頷き、なにも間違ってないのだが、非常に誤解を招く言い回しをされたダンゴは苦笑しながら頬を掻く。
「いやあ~お兄さん、実際ハイドラちゃんの身体で悪いことしてるんじゃないの~? こっそり脱いでみたりとか、エッチなポーズ取らせたりとかさあ~、いまだって結構挑発的な格好してるし~?」
すると、そんなカナリアの言葉に悪乗りしたウィンがニヤニヤとした表情を浮かべながらダンゴの周囲をぐるぐると回り始めた。
確かに、いまのダンゴの装備はかなり扇情的と言わざるを得ない……大きく露出された肩や腹部もそうだが、短めのスカートからすらりと伸びた健康的な脚などは人によっては堪らないだろう。
「してませんよっ! 僕は意図せずそういう目で見られる辛さは知ってるつもりです!」
自分の身体をじろじろと舐めるように見るウィンに対し、羞恥というよりは憤りで頬を紅潮させながら身体を掻き抱いて唇を尖らせるダンゴ。
その姿はさながら男から下賤な目を向けられて憤慨する乙女といった様子だが、この場合性別が逆なのはどういうことなのだろうか……?
頬を朱に染め、眉間にしわを寄せるダンゴを見て、ほんとなんで男の子なのにそんな辛さ知ってるんだろうね? と、カナリアとウィンが耳打ちし合ったのは言うまでもない。




