045-グランド・フィナーレ! その2
他のプレイヤー達を追う度、徐々に徐々にと離れて行ったとはいえ、基本的には街の近郊で他のプレイヤーを邪魔しつつ遭遇したモンスター全てを断頭していたアリシア・ブレイブハートは、移動に十分近くかけていたシェミーやフレイ、更にそこから穴の中に捨てられたクリムメイスと違い、五分とせずに王都セントロンドへと……いや、かつてそれがあった場所へと辿り着く。
「お母ちゃん……お母ちゃん……痛いよう……痛いよう……」
「どこだい……どこだい、ぼうや……見えない、見えない……」
「誰かァ~……誰かァ~……俺の、俺の脚……脚ィ……知らねえかあ……」
するとそこには既に他のプレイヤー達も集まっており、惨たらしい姿となったNPC達を見てざわざわと騒がしくなっていた。
なんと酷い地獄絵図か……! これに比べれば、自分がやったことなど子供のままごとではないか……! アリシア・ブレイブハートは戦慄した。
酷い火傷や四肢の欠損に見舞われたNPC達が這いずり回り、息絶え、元々は家だったと思わしき瓦礫の山からはうめき声が響く……なんて酷い。
「いったい誰がこんな酷いことを……」
「えっ!? あんたじゃないのか!?」
「『フェイタルエッジ』」
「ヒョッ!」
思わず呟いた言葉に対し、近くにいたプレイヤーが失礼極まりないことを言ってきたのでアリシア・ブレイブハートは秒で断頭した。
そういうことばかりしているから真っ先に疑われるのだが、残念ながらそれはまだアリシア・ブレイブハートに理解できないようだった。
「……でも、こんなことをできそうな存在……このアリシア・ブレイブハート、気付かないはずが……」
普通は気付くことに普通に気付けないアリシア・ブレイブハートだったが、王都にこの惨状を齎した相手がどのようなものか―――真っ先に考えられるのは凄まじく強力な力を持つドラゴン等だろう―――を考え、そして気付く。
モンスターと人を街の周辺で狩り続けていた自分が、街をこんな状態に出来るような存在の接近に気付かないはずはないのだ、と。
ならば、その存在は外部から王都にやってきたのではなく……最初から王都に居たのではないか? と。
そして、今回の第三戦は一度死んだら復帰できなかった第二戦と違い、第一戦のように死亡した際は街の中心から再出発となっていた。
であれば、この惨劇を引き起こした張本人は……それをプレイヤーだと仮定するならば、先程の爆発に巻き込まれて死んでおり、そこで復活しているのではないだろうか? と。
……もちろん、外部から何らかの方法で街を消し飛ばした可能性も無くはないし、そもそもこんな大それたことをプレイヤーが出来るとは現状考えにくいので、ただの行き過ぎた謎の演出(メガロマニアやそれ関連の演出を見れば間違ってもあり得ないとは言えない)の可能性もある。
だが、ともかく確認してみる価値はある、と、そう判断したアリシア・ブレイブハートが駆ける……街の中心部へ向かって。
別にNPCが苦しもうがアリシア・ブレイブハートは気にしないし、この街が滅びたからといって義憤にも駆られないが―――なんだか嫌な予感がするのは確かだった。
吐き捨てられたガムのように道端に倒れている数多のNPCの死体を超え、街の中心地へと辿り着くアリシア・ブレイブハート。
すると、そこには6つの影が立っていた。
うち4つはアリシア・ブレイブハートが頭部を跳ね飛ばして殺した家族が三人に失礼な物言いの男が一人。
つまり、残る2つが……あるいはそのどちらかが、この惨劇を引き起こした張本人なのだろう。
「ね、ねえ、先輩……先輩? なんで? なんでこんな……これ……テロじゃん! テロじゃんこれ!」
2つの影のうち、片方の……未だ幼さの抜けきらない少女が、もうひとつの影の肩を掴んでガタガタと揺さぶる。
アリシア・ブレイブハートは彼女を知っている、彼女の名前はウィン。
そして、彼女に『先輩』と呼ばれるもうひとつの影は―――。
「大義のための犠牲ですわ」
「いや言動までテロリストにならなくていいから」
―――確か、カナリアだ。
彼女は第二戦において自分に向かって『地獄を形成しろ』等という礼節を欠いた発言をしてきていたので、アリシア・ブレイブハートは顔を覚えていた。
ウィンや彼女の言葉をそのまま信じるならば、彼女たちが王都セントロンドを破壊したらしい……が、しかし、いったいなぜ? なぜこんなことを? そもそもどうやって……?
「お疲れさまです、諸君」
カナリアがなにを考え、どうしてこの王都セントロンドを破壊したに至ったかを何とかして理解しようとしたアリシア・ブレイブハートだったが、そんな彼女の思考を遮るように巨影が街を包む炎の中から姿を現した。
それは少々久々に姿を見る異形の者、妖精王ことメガロ・マニアだ。
このイベントの運営をシヌレーンに一任して裏に引っ込んだはずだったが、そのシヌレーンが死んだ(正確に言えばカナリアに殺された)ことで再び表に出てきたらしい。
「此度の宴、楽しんで頂けたでしょうか? ああ、いえ、仰らないで。街の様子を見れば分かります。……フフフ、大はしゃぎだったようですネ」
いや、この街の様子を見ても我々の感情はなにも察せないと思うが? と、この場の全プレイヤーが思うが、メガロ・マニアの感性が人間と著しく乖離しているのは周知の事実なので態々口にすることはない。
「まア、長い話はしないでおきましょう! 皆様連戦でお疲れでしょうし、手短に、最終順位の発表だけ!」
言い終わるが早いか空中にディスプレイが投影されると、NPC達の苦しめな呻き声が響く街中でランキングが下から順々に晒されていき、それを追ってメガロ・マニアが読み上げる……悍ましい造形の巨体が律義にプレイヤーの名前を次々読み上げているのは少々滑稽だ。
もしかしなくとも、シヌレーンが死んでいなければ彼女が読み上げたのだろうが、彼女は残念ながらカナリアに殺されてしまったしな―――と、なんとなくアリシア・ブレイブハートは考えた。
そう、カナリアに、殺されてしまったのだ、シヌレーンは。
そう、カナリアが、殺した、シヌレーンを。
「あッ……!?」
瞬間、アリシア・ブレイブハートは頭をトンカチでぶん殴られたような衝撃を覚えた。
シヌレーンを殺した時のカナリアの台詞を思い出したのだ。
《ほーん、人間は1ポイントしか入りませんのねえ》
人間は1ポイントしか入らない。
人間でも、1ポイントは入る。
嫌な予感がする……更に思い出すのは第二戦前、これまたシヌレーンと会話していたカナリアの姿だ。
《この街や王都のような大きな街の電力供給に用いられている発電設備『フィオナ・セル』は、このオル・ウェズアで生み出されたものなんです。王都は下街こそ未だに旧式の蒸気機関が主流ですが、その中央部はたった一つの『フィオナ・セル』で全ての電力が補われているんです! 『フィオナ・セル』は近年における人族最高の発明の一つなんですよ!》
《へえ! ぶっ壊したら街ひとつ吹き飛ぶぐらいの歴史的事故になりそうですわね!》
《アハハ……、まあ、そうですね。まずないとは思いますが……、もしも、私たちの歩いてる地面の下にある『フィオナ・セル』に万が一のことがあれば……ここなら数十万人ほど、王都ならそれ以上の人が灰になってしまうかもしれません》
淡々とランキングを読み上げていくメガロ・マニアを無視し、アリシア・ブレイブハートはシヌレーンに手渡された手帳を勢いよく開いた。
数十万、数十万以上の……人が、灰に! 地下の『フィオナ・セル』を破壊すれば……!
「は、はは……アハハ……」
「さあ、いよいよトップ3の発表ですヨ! 三位、シェミーさんとフレイさん。156,300ポイント! 二位、アリシア・ブレイブハートさん、165,227ポイント! 一位、カナリアさん、ウィンさん、1,837,564、565、566……アララ、増え続けてますネ。それじゃあ、まあ、とりあえず1,837,564ポイントで!」
「ひゃく……はちじゅう……さんまん……ななせん……ごひゃく……ろく……よん……」
アリシア・ブレイブハートは虚ろな目で手帳を眺めながら、ぺたんと座り込んでしまう……ダブルスコア等というレベルの話ではない……十倍以上の差がついてしまった。
なにが一位は揺らがない、だ。
自分はなんと愚かなんだろうか。
ただただ愚直に刃を振るってモンスターと人ばかりを狩っていて……なにも考えてなかった。
故に、二位。
一位のカナリアを見てみろ、シヌレーンがその口を通して、あるいは自らの命を張って、開発陣より与えられていたヒントを紐解いて王都セントロンドを派手に吹っ飛ばし、見事百万以上の人命を奪ったではないか。
全ての言葉を表面通りに受け取らず、その言葉の裏に隠された真実を知る……どこかで自分の力に慢心を覚え、それが出来なかったことが、今回の敗因。
「では、トップ3の皆様から一言ずつ貰うとしましょうかネ! さあ、シェミーさん、フレイさんどうぞ!」
『あ。これ繋がってんの? えー、まあ! 賞品同じらしいし、わたし的にはオーケーよ!』
『みんなの応援のお陰で3位になれたよー! たくさん応援してくれてありがと♡』
いえーい、なんて言いながらディスプレイに映った美少女のツラしたオッサン二人が指でハートマークを作ってウィンクをする。
それを見た男性プレイヤーが『貴重な可愛いだけの女性プレイヤー助かる……』等と言いながらふたりの姿を拝む。
彼女たちは残念ながら可愛いだけではないどころか女性ですらないのだが、いまの彼らがそれを知る由はない……いや、彼女たちのチャンネルに行って配信でも見れば一発なのだが。
表も裏も無く、チャンネル内には全てを曝け出すそのスタイルこそが彼女たちの人気の秘密だ。
「続いてアリシア・ブレイブハートさん! 今回、唯一単独での入賞ですヨ! よく頑張りましたネ!」
『もっと……もっと強くならなくちゃ……ダメだよ、これじゃあダメなの……全然足りない……』
続いて空中投影されるディスプレイに、底なし沼のような虚ろな目をしてブツブツとなにかを呟くアリシア・ブレイブハートがアップで映される。
全てのプレイヤーが思わず目を逸らした。
絶死の呪眼だ……! あの眼に見られれば死に至るに違いない……!
アリシア・ブレイブハートは、そのやたら丁寧な喋り口と可愛らしい笑顔こそが怖いのだと全員が思っていたが、そうではなかった。
真顔になって口調が崩れたアリシア・ブレイブハートは百万倍怖かった。
「そして栄光の第一位! カナリアさん、ウィンさん! あァ、壊した街については気にしないでくださいネ。私が適当に処置しておきますから」
『え? えー。あー。皆様、ゲームは一日一時間、ですわよ!』
『うわテロリストのくせに死ぬほどつまんないコメントするなあ! あーん! みんな、マジでごめーん!』
そして最後に信じられないぐらい面白味に欠けたコメントをカナリアが残し、ウィンが涙目で手を合わせて全プレイヤーへと謝罪をする。
誰もがそんなウィンを見て不憫に思い、そしてどうかもう少しだけでいいからカナリアを大人しくさせる努力をしてもらいたいと考え、でもそれは一介の女子には荷が重すぎるか……と諦めるのだった。
「よし! これにて第一回イベント、『フリュウム縦断、競技大会!』終了! 皆様お疲れさまです! それじゃあ解散!」
パンパンッ、とその手の大きさを考えたら明らかに軽すぎる音を鳴らしてメガロ・マニアがイベントの終了を告げ、そそくさと消え去ってしまう。
残されたプレイヤーたちは呆然と立ち尽くし―――そんな彼らの耳に相も変らぬNPC達の苦しむ声と、普段王都セントロンドの街中に流れているらしい華やかなBGMが流れ込んでくる。
「地獄じゃねえか」
誰かがぼそりと呟いた。
まったくもって仰る通りである。
 




