044-グランド・フィナーレ! その1
「や、やめろっ! 来るなっ、来るなーっ!」
「私たちがなにをしたって言うのよぉーっ!」
―――クリムメイスが迷い子たちと激闘を繰り広げる中、地上では穏やかな気候に包まれた地獄絵図が広がっていた。
「……『フェイタルエッジ』」
もちろん、その地獄の中心にいるのはアリシア・ブレイブハートだ。
しかも最悪なことに、唯一の話相手だったクリムメイスをシェミーとフレイに取られたせいで機嫌を損ねている。
いつも浮かべている不気味さすら孕む可愛らしい笑顔はすっかり消え去り、顔にはなんの色も浮かんでいない……能面のような真顔で人やモンスターの首を落とし続けている。
「またッ……俺の父さんと母さんを……なんで! もう手は出さないんじゃないのかよ!」
己の苛立ちを叩きつけるように目の前の夫婦を断頭し、その返り血を無言で浴びていると子供の怒鳴り声がアリシア・ブレイブハートの背へと浴びせられた。
アリシア・ブレイブハートは首だけで振り向き、その声の主を見て彼の言葉の意味を理解する。
そこに立っていたのは、怒りか、恐怖か……あるいは両方か―――握る大剣をガタガタと震わせながら自分を睨みつける少年だった。
その少年には確かに第二戦の際に『あなたのお父さんとお母さんにはもう手を出しませんよ』と言った記憶がアリシア・ブレイブハートにもあった。
「ああ……ごめんなさい。つい、うっかり」
軽く頭を下げながらアリシア・ブレイブハートは地面に視線を落とす。
相手が少年とはいえ、自分の無差別な殺戮行為を咎められて、少々冷静になり……、すると、途端に先程までの自分の行いが恥ずかしくなってきたのだ。
思い通りに行かず、怒りに身を任せて暴れる……この、望むもの全てを己の力で叶えることが出来るVRMMOにおいて、なんと無意味な行為か。
非生産的にも程があるし……この目の前の子供となんら変わりがないではないか。
「うっかり……? うっかりだと!? それで殺したのか! 俺の両親を!」
再び少年が叫び―――思わずアリシア・ブレイブハートは少し笑ってしまった。
……どうしてこの子はこんなにも自分に憤っているのだろう? 確かに彼の両親を殺したのは本当だが、別に仮想現実の中なのだし気にしなくてもいいではないか。
それに、個人の差が激しい現実世界でならともかく、究極的には全てのプレイヤーが平等であるこの場所ならば、憤るべき相手は両親を殺したアリシア・ブレイブハートではなく、アリシア・ブレイブハートを止められなかった自分自身ではないか?
そう思うと、急に目の前の少年が愛らしく見えてきた。
まるで餌を貰えずにキャンキャンと騒ぐ子犬のような可愛らしさがある。
「ふふっ、ええ。つい、うっかり……くすくす」
「なにがおかしい……ッ! やめろ! 笑うんじゃねえーっ!」
急に笑い出したアリシア・ブレイブハートを見て、恐怖を怒りが上回ったらしい少年が大剣を振り上げて突撃してくる。
「うわっ!」
「ふふふっ、本当に可愛い……」
その突撃を盾で軽くいなし、地面に倒れ込む少年を見てアリシア・ブレイブハートは再び微笑む……まるで全力疾走していたら不意に足がもつれて転んでしまった子犬のように少年が見えてしまって。
一方で少年は背後にアリシア・ブレイブハートがいることへの恐怖をバネに素早く立ち上がり、大きく距離を取って振り返り、相変わらずにこやかな笑みを浮かべたままのアリシア・ブレイブハートを睨みつける。
「ふむ……」
自分を睨みつける少年を見て、アリシア・ブレイブハートはとりあえず手帳を開いて残り時間と自分の順位を確認する。
最後に少々ペースを上げたのもあって自分の持ち点は16万5千ポイントで、順位は相変わらず一位……二位にはシェミーとフレイ、三位にクリムメイスがギリギリ今食い込んだところだ。
そして残り時間は1分もなく……これなら一位は揺るがないだろう。
……ならば。
「いいですよ、遊んであげます。……XXくん?」
「XXだッ! 二度と間違えるな!」
「あ、はい」
XXと書いてテンテンとは中々読まないだろう、と思いながらアリシア・ブレイブハートは盾を構える。
そろそろモンスターとプレイヤーを『フェイタルエッジ』で処理する作業にも飽いていたし、一位が確定したのなら、自分に限りのない憎悪を見せるこの少年の相手をしてやるのもいい、そう考えたのだ。
「うおおっ!」
XXが声を上げて再び突撃する、先程と同じ愚直で稚拙な攻撃だ。
だが仕方がないだろう、現代日本において剣を用いた戦い方なんて教わる機会はないのだし……今でこそ違うが、もちろんアリシア・ブレイブハートだって最初は彼と同じだった。
だからこそ、アリシア・ブレイブハートは剣の扱いに長けたスケルトンやリザードマンといったモンスターの下に通い詰め、幾度となく殺され、死にながらその剣筋を覚え、真似た。
幸い、アリシア・ブレイブハートは普通の人間よりも少々観察眼が優れていたし、とにかく時間というものはいくらでもあったから。
「『パリィ』」
そして、剣を持つ異形達との切磋琢磨の中で手に入れたスキルを戯れに使用してみる。
手に持った装備で相手の得物を弾いて相手の体勢を崩すという、単純ながらも高い影響力を持つ―――だが、使用するタイミングを間違えれば、盾を介していれば受ける必要のないダメージまでもを食らってしまうリスキーなスキルを。
だが、このアリシア・ブレイブハートに限っては『パリィ』を外す等というミスは起こらず、XXの振るう大剣をアリシア・ブレイブハートの盾が―――妖しい紫色の光を纏った盾が弾き飛ばす。
「うわあああっ!?」
いや、剣だけではない……腕ごとだ。
突如として持っていた剣を右腕ごと吹き飛ばされて失い、XXはごっそりと消えた肩から先を二度三度と見て、しまいには左手で目を擦ったりなどするが結果は変わらない。
マジで右腕が……無い! パリィされただけで……!
「えっ、いや……え? おかしくね?」
先程までの怒りすら完全に霧散し、XXは自らの右肩があった場所をペタペタと触って震えた。
なぜ自分は防御用のスキルで腕を吹き飛ばされているんだ……!?
目に見えて狼狽するXXの姿を見てアリシア・ブレイブハートはより一層笑みを深いものにし、口にする。
「『スレッジハンマー』という称号で得られる効果の影響ですよ」
自身のスキル全てに部位破壊ダメージを付与する、という効果を与える称号『スレッジハンマー』……それによって自分のスキル全てには部位破壊判定があるのだ、と。
故に、通常ならば攻撃スキル以外に発生することがない部位破壊ダメージを防御スキルである『パリィ』が有しており、攻撃を弾かれることで『パリィ』による体勢崩しの対象となったその際、同時にXXの右腕に対し部位破壊の可否判定が行われ、結果、XXの右腕の耐久度をアリシア・ブレイブハートの部位破壊ダメージが超過したために腕が吹き飛んだのだ、と。
「なるほどな……だが! たかが右腕失った如き……父さんと母さんが受けた苦しみに比べれば!」
右腕が本当に吹き飛んだことを確認したXXは、一度消え去ったはずの怒りの炎を再燃させ、インベントリから予備の武器を取り出すと、残った左手に装備して再びアリシア・ブレイブハートへと突撃していく。
どうやらXXは余程両親を大切にしているようだし、これぐらいの歳からVRゲームにどっぷりだとVRの中ですら命を重んじる非常に素晴らしい道徳心が芽生えるようだ。
「本当に右腕だけで済みますかね? 『フェイタルエッジ』」
そんなXXとは逆に、道徳心の欠片も無さそうなアリシア・ブレイブハートは左手の直剣を適当に放り捨てながら『フェイタルエッジ』を使用し、突撃してきたXXの頭部を鷲掴みにしてみせる。
「ぐあっ!? やっ、やめろ! 放せよちくしょう!」
「ふふっ、……ほら、グ・ラ・ぁ……」
『フェイタルエッジ』を使用し、その左手に紫の光を纏わせたアリシア・ブレイブハートに頭部を鷲掴みにされる―――それが意味するところを瞬時に察したXXはバタバタと暴れて逃れようとするが、アリシア・ブレイブハートは圧倒的なステータス差でそれを抑えつけつつ、楽しそうに謎の言葉を発し始めた。
その正体は……掴んだ物を勢いよく投げ飛ばすスキル『グラップル』の名だ。
『スレッジハンマー』の影響によって、アリシア・ブレイブハートは全てのスキルに部位破壊ダメージがある。
それはもちろん投擲スキルである『グラップル』……その予備動作の〝ものを掴み拾い上げる〟というところも当然含まれる。
そして、現在アリシア・ブレイブハートの左腕は『フェイタルエッジ』の影響下にあり、その左腕を用いられた一撃は、頭部や心臓部などの失えば生命活動を停止させるに至る部位すら破壊することが可能となっている。
つまり、このままアリシア・ブレイブハートが『グラップル』と言い切り、スキル発動の意志を固めれば……XXは頭をもぎ取られてぶん投げられることになるのだ、XXの察した通り。
……さて、どうしたものか、とアリシア・ブレイブハートはこれから少しだけ先のことを考えてみた。
このまま頭をもぎ取って投げ飛ばしてしまうのも悪くはないが、もうちょっと遊んでてもいいかもしれない。
そうだ、足を一本ぐらいもぎってモンスターの前に突き出すのはどうだろう? 彼はどのようにして窮地を抜け出すだろうか、それとも、あのリザルスマッシャーの手で無残に殺されるか? その時、どれだけ自分のことを憎しみながら死ぬだろうか?
なんにせよ、凄い顔で睨んできそう……。
アリシア・ブレイブハートは口の中で最後の言葉を転がしながら目の前の少年をどうするか考え、思わず頬を緩ませ……。
そこで、ふと―――凄まじい音と光、そして熱風に横殴りにされた。
「きゃあっ!?」
「ぎにゃあーっ!」
突如自らを襲った衝撃と爆音に、驚きのあまりアリシア・ブレイブハートは曖昧な状態で止めていた『グラップル』を発動させてしまい、XXの頭部はアリシア・ブレイブハートの女の子らしい可愛い悲鳴と共に無残にも身体からもぎ取られ、ぶん投げられて捨てられてしまった。
だが、もはやアリシア・ブレイブハートはそんなことはどうでも良かった。
それよりも気になったのは先程の爆風だ……いったいなにが起こったのだろうか? さながらドラゴンが暴れて火を吹いたような衝撃だったが……。
「……え?」
頭部をもぎり取られ、両親と同じように首無しの死体と化したXXの血で全身を濡らしながらアリシア・ブレイブハートは思わず気の抜けた声を出してしまう。
なぜなら、彼女が爆心地と思われる方に向けた視界の先、そこには―――なにもない、なにもないのだ。
「王都セントロンドが……消えた?」
そう、間違いなくそこにあるはずの都―――王都セントロンドがないのだ。
あるのは不自然にその場にだけ暗雲が立ち込め、ざあざあと雨が降る廃墟だけ。
いったい、王都セントロンドでなにが起こった……?
真実を確かめるため、アリシア・ブレイブハートは放り投げた直剣を拾いなおして走り出す。




