043-闇の底で吠える。 その3
「ウオーーーーーーーーーッッッッッ!!!!」
クリムメイスが自らを奮い立たせ、再び蛮族めいた雄叫びを上げながら立ち上がり唯一残った装備品である得物を振り上げて巨躯へと突撃する。
勿論、その蛮族めいた雄叫びによってクリムメイスの存在に気付いた不気味な巨躯も、鉄板を引き裂くような金切声を上げて駆け出した。
その鳴き声はひとつ前の〝戦い〟で同じチームだったウィンが変身した後の声によく似ていて……お前も妖精かよ! 突撃しながらクリムメイスは心の中でツッコミを入れてしまう。
もしかすれば、このゲームにおいてグロテスクな外見のモンスターは全て妖精なのかもしれない。
ともかく、屍の山から走り出したクリムメイスと、洞窟の奥から現れた巨躯……互いが互いに向かい合って走り出し、その距離はぐんぐんと縮んでいく。
縮んでいき……どんどんとクリムメイスへと巨躯の顎が迫ってくる。
巨躯は、成人女性の背丈ぐらいはあるであろう異常な長さの舌をべろんべろんと揺らしながら迫ってきて……いや怖いだろ!
「あっ、あっ……ごめんなさい! ごめんなさい!」
あまりの恐怖にクリムメイスは情けない謝罪の言葉をしながら横に跳んで巨躯の突進から逃げてしまう。
遠くから見てもわかるぐらいにデカかった相手の図体が、近付くにつれて予想以上に大きいことに気付いてしまい臆してしまったのだ。
ロクな受け身も取らずにゴロゴロと転がったクリムメイスは、誰も見ていないし聞いてはいないと分かっていても無様に謝罪してしまったことに恥じらいを感じ、それを隠すように精一杯顔を引き締めて(けれど赤面はしつつ)素早く巨躯へと視線を戻す。
……もう一回! もう一回だ! いまのは予行練習……! 誰もいない場所で、誰かへの弁明を必死に心の中で繰り返しつつ。
「……ん?」
巨躯による次の突進に備えて立ち上がろうとしたクリムメイスは、自分が元々いた場所に頭から突っ込んだ巨躯が、こちらを一切見ずに先程まで自分が居たあたりの屍の山を食い荒らして暴れまわっていることに気付く。
そして、その巨躯の姿を見てクリムメイスの脳裏にひとつの考えが過った。
ここは閉じ込め型のダンジョン……であれば、あれほどまでに強力そうなボスモンスターは撃破せずとも済む方法があって然るべきだ。
つまり、あの巨躯にはなんらかの弱点があるのが道理、そして、それは目の前の状態を考えるに〝視覚を持ち合わせていないこと〟であり、あの巨躯に見つからないよう音を立てずにこっそりと動けば戦わずとも脱出が可能なのではないか?
さらに言えば、倒されることを前提としていないヤツを撃破すれば、大量のポイントが手に入るのではないか―――?
……逆転の好機! そこに気付いたクリムメイスの動きは素早く、足元に転がっていた手頃なサイズの石を適当な方向へと投げた……こういったシチュエーションでは定番の陽動だろう。
「あっ、やだもおっ……」
しかしクリムメイスはノーコンなので、投げたかった方向とは全く違う方向に石はすっ飛んでいき、思わずクリムメイスは小さく喘いだ。
だが、それでも石は無事に壁にぶつかってころんころん、と音を立てて転がり、それを耳ざとく聞きつけた巨躯はそちらへと凄まじい勢いで突撃していく。
やはり、奴は目が見えないらしい……代わりに聴覚が鋭いのもクリムメイスの予想通りだった。
己のノーコントロールっぷりに密かに少々赤面しつつもクリムメイスはゆっくりと、壁に向かって怒りの声を上げながら暴れまわっている巨躯の背後に近付く。
「おい! こっちだ間抜けが!」
十分に距離を詰めたところでクリムメイスが声を張り上げて挑発すれば、巨躯は怒号を上げながら勢いよく振り向き……そのままクリムメイスを食い千切らんと牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
だが、それに対しクリムメイスは自慢の大型のメイスを勢い良く振りぬいて、迫って来ていた巨躯の頭をフルスイングでぶん殴る―――クリムメイスはピッチャーの才能は壊滅的だったがバッターとしての才能は十分のようで、綺麗な一撃が入り、巨躯がたたらを踏む。
その大きな隙をクリムメイスは見逃さず、その巨体を支える二本の脚のうち片方を再度のフルスイングで殴り飛ばす……その顔つきに似合わない豪快な戦闘スタイルと、下着姿という恰好が相まってまさしく蛮族めいている。
「『招・雷』・『圧・壊』ッ!」
脚を狙った強烈な一撃によって完璧に姿勢を崩した巨躯が横倒しになると、クリムメイスは下りてきた頭部へと駆け寄り、自らの得物に信術『招雷』によって雷属性の攻撃力を付与した後、その頭部へと向かって、縦一文字に武器を勢いよく振り下ろすシンプルながら破壊力に優れたスキル『圧壊』を放つ。
この一撃には堪らず巨躯も倒れた体を跳ねさせて悲痛な声を上げる。
「『雷・槌』ッ!」
その一撃に確かな手応えを感じたクリムメイスは、続けて左手のタリスマン(信術を扱う際に必要となる装備)を強く握りしめ、その手に集まる雷を拳と共に相手に叩き込む究極の脳筋信術『雷槌』を追加で巨躯の頭部へと放つ。
クロムタスクにおいてドラゴンとは頭部が弱点であり、そして雷を苦手とする―――この目の前の巨躯がドラゴンかどうかは少々怪しいが、恐竜など半分以上ドラゴンのようなものなのだから、これもどうせドラゴンだろうとクリムメイスは判断しての選択であり……そしてそれは間違い無かった。
三度も強烈な一撃を弱点部位である頭部に撃ち込まれた巨躯は、短い断末魔を残し絶命に至る。
「これが私の怒りだ……」
大きな痙攣を二度三度した後に、ぐずぐずと粒子化して崩れ去っていく巨躯を見ながらクリムメイスが呟く。
イヤに簡単に死んだな、とは思うが、綺麗な攻撃が頭部に3発も入ったのだから撃破出来たことに不思議はない……。
不思議はないことにしておかないと心が不安定になるので、とりあえずそういうことにしておき、クリムメイスは手帳を開いて今のモンスターを撃破したことによって得られたポイントを確認する。
「さ、3万……ッ!」
確認し、驚愕して思わず硬直した。
3万……、3万ポイントも加点されている! 現在トップのアリシア・ブレイブハートが大体9万ポイント程度なのを考えれば十分すぎる点数だ!
流石に既に大差を付けられているアリシア・ブレイブハートに追いつくのは難しいだろうし、優勝は無理かもしれないが、まだ十分に時間はあるのだし、とっととこのダンジョンを抜けだせば2位……最悪現在2位のシェミーとフレイに続く3位には入れるかもしれない。
「あのクズ共の下に並ぶのは少々癪だが、この際三位でも……、いや、誰があいつらの下になど! 絶対に、絶対に蹴落としてやる! このクリムメイスから武器を奪わなかったことを後悔させてやる!!」
図らずも見えてきた勝機に心を昂ぶらせるクリムメイスの目の前に、件の巨躯を撃破したことによるボーナスらしい宝箱が出現し、同時にいくつかの称号も入手する。
『称号獲得:裸族、ヘヴィスマッシャー、盲目狩り』
が、称号に関してはウィンドウを即消しして詳細に目を通さない。
……これは確認する時間が惜しいと判断したためだ……決して最初に名前が出ていた『裸族』という称号を見て機嫌を損ねたからではない。
確認する時間が、惜しいと、そう判断したのだ。
決して『裸族』という称号で機嫌を損ねたわけではないが、若干苛立ちながら足で宝箱を蹴り開けたクリムメイスは中に入っていたものを取り出してみる。
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導鐘の大槌
基本攻撃力:180
雷攻撃力:105
魔法適性値:10
STR補正:A
DEX補正:-
INT補正:-
DEV補正:B
耐久度:300
:この武器は触媒として扱える。
:魔法を使用する際は大きく振る必要がある。
:譲渡・売却不可
:使用可能な魔法は『信術』と『闇術』の一部。
彷徨の防具(頭・胴体・腕・腰・足)
基本防御力:20+X
耐久度:300
:一定以上距離のある敵対者から姿を隠すことができる。
:譲渡・売却不可
:彷徨の防具を全て装備してなければ、この防具は特殊な能力は持たない。
:Xはレベルの1.6倍(小数点以下切り捨て)に等しい。
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「おぉっ、装備か! ちょうどいい……いい……が……」
どうにもあの巨躯……〝迷い子〟を防具無しかつ短時間で撃破したことが評価されたらしく、宝箱の中に入っていたのは上等な武器と防具一式だった。
それは、つい先ほどシェミーとフレイに防具を奪われたクリムメイスにとってはまさしく天の恵みであり、嬉々として装備して……自らの胸から下を見て思う。
「雌クサすぎる……」
これはあまりにも女性的に過ぎる防具だ、と。
そう、防具のデザインが、あの恐ろしい外観の巨躯が落としたものとは思えないような可愛らしいものだったのだ……特に頭装備に付けられた後頭部側へと伸びる触覚めいたパーツは、遠目に見ればツインテールのように見えてしまうだろうし、なんともあざとい。
クリムメイスは確かに中性的な顔付きで、男装をすれば美男子に見える……だが、逆にこう露骨に可愛らしい恰好をすると、途端に気が強そうな普通の少女と化す。
そういう路線で行くのはもう年齢的にもギリギリだと感じ、違う路線を模索していたクリムメイスは、折角手に入れた防具ではあるが無かったことにしようかな、と一瞬躊躇う。
……だが、だからといって希少そうかつ強力なこの装備を使わないのは愚の骨頂と言わざるを得ないか、とも考え、結局は意を決して装備し続けることにした。
「……雌クサすぎるぅ……」
そして思わず両手で顔を覆う。
初対面の相手ならばこの格好で問題はないだろうが、あの全身鎧で、あのキャラで一度対応してしまった相手に対してこれからどういう顔をして接したらいいのだろうか……。
いや、まあ……この格好でああいうキャラも無くはないが、少々滑稽に過ぎるだろう……もうちょっと格好選べとしか言いようがない。
「まあ、いい。……なんでもいい、あいつらを潰せる可能性があるなら……!」
だが、そう……なんだっていい、とりあえず今はどうでもいい、そんなことは。
それよりも今はポイントを稼ぎ、あの邪悪なる外道ネカマ配信者共をぶっ潰す方が大事だ―――そう考えたクリムメイスの耳へと、大きな足音がひとつ飛び込んできた。
なにかと思ってクリムメイスが振り向けば、そこにはつい先ほど倒したはずの迷い子がのそりのそりと歩く姿があるではないか。
クリムメイスは一瞬己の目を疑い、そして、ようやく本当の意味で、フレイが言っていた『崖は六ヶ所ある』という言葉の意味を理解した。
はずれの崖が五ヵ所ならば、そこに居座る迷い子も五匹であり……そして、彼らは設定上音に敏感なのだから、一匹と戦闘を始めようものならば、その音を微かながらでも聞きつけた他の地点にいる迷い子が寄ってくるのだろう。
クリムメイスは一匹目を手早く片付けられたので二匹目が到達するまでに時間が掛かったが、もしも一匹目の相手をしてる最中に合流されていたらクリムメイスとはいえ死を免れなく、そしてそれこそがシェミーとフレイの狙いだったに違いない。
だが、他の迷い子が合流する前に片付けられるだけの火力をクリムメイスが有していた結果、この厄介な迷い子の特性は喜ぶべきものへと変わった。
好機―――! 普段ならば冷や汗を流すところだったが、クリムメイスは逆にその口を笑みに歪ませる。
「来い! バケモノ! 殺してやる!」
先程手に入れたばかりの導鐘の大槌を構えながらクリムメイスが叫ぶ。
クリムメイスの孤独な戦いは始まったばかりだ―――。




