表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/162

041-闇の底で吠える。 その1

 カナリアが街の外れにある謎の施設を訪れる十分程前、重厚な雰囲気の全身鎧に身を包めたプレイヤー―――クリムメイスはCBT勢であることが発覚した配信者二人組こと、シェミーとフレイと共に『王都セントロンド』近郊に広がる野原を進んでいた。


「雪原に囲まれているのに、周囲の気候は温暖なのか……」

「なーんか街の地下にある施設で天候を操作してるらしいわよ? 詳しい設定は忘れたけどさー」

「で、無理矢理環境を弄ってる影響でモンスターも異常な進化をしてるんだよね~……『デスラプトエッジ』!」


 言いながらフレイが得物である大斧より紫の光刃を放ち、少し離れた場所を闊歩していたゴリラのような体格を持つトカゲことリザルスマッシャーへと攻撃する―――その際に使用したのは近接武器のスキルながらも、MPを大きく消費することによって遠距離へと攻撃できる『デスラプトエッジ』。

 突如背後から襲い掛かった一撃によってリザルスマッシャーは大きく揺らめく……ものの倒れはせず、むしろ激昂し凄まじい勢いでフレイへと突撃してきた。

 流石は王都セントロンド近郊に生息するモンスター……早々簡単に倒れはしないらしい。


「お姉様ぁ、あとよろしく~」

「お任せお任せぇ」


 だが、フレイとリザルスマッシャーの間にシェミーが素早く割り込み、自慢の大盾でリザルスマッシャーの一撃を完璧に防ぐ。


「『ハーツベイン』!」


 そして、攻撃を大盾によって受け止められたことで若干怯んだリザルスマッシャーの胸へと、カウンター気味にシェミーの長槍による一撃……『ハーツベイン』がすかさず叩き込まれた。

 それは被弾した相手に〝毒〟の状態異常を付与するスキルであり、相手が怯んでいる際に命中させることで確実に毒を付与できる特徴を持つ。

 なので、当然ながらシェミーのガードによって怯んでいたリザルスマッシャーは3秒毎に最大HPの2%のダメージを受ける状態異常……〝毒〟状態となった。

 60秒以内に解毒しないと死に至る毒に掛かったことがまず致命的だが、シェミーと対峙しているのであれば〝状態異常に掛かっている〟という状況がリザルスマッシャーをより死に近付ける。


「『シールドスラム』!」


 『ハーツベイン』によってリザルスマッシャーが態勢を崩している間に、得物である長槍を地面に突き立てたシェミーがポールダンスの要領で長槍を中心に回転―――勢いをそのままに左手に装備する大盾でリザルスマッシャーの顔面を殴り飛ばす。

 すると、その一撃でリザルスマッシャーは〝スタン〟の状態異常に陥り、逞しい四肢を投げ出して地面に倒れ伏した。

 付与された相手を完全に無効化する〝スタン〟は、その強烈な効果に見合う程度には入り辛い状態異常だ。

 では、なぜその入り辛い〝スタン〟が一撃で入ったのかといえば、それは決してシェミーの運が高いから、というわけではなく、シェミーは自身の持つ称号『トラブルメイカー』によって『状態異常に掛かっている相手へと、現在付与されていない状態異常を付与する確率をとても大きく上昇させる』という能力を得ており、それによって通常は極低確率であるスタンの付与率が無理なく狙える程度にまで上昇していたのだ。

 相手の攻撃を綺麗に受け止めることで怯ませられる大盾、怯んでいる相手へと放つことで確実に毒を付与することが出来る『ハーツベイン』、命中した相手を低確率でスタンさせられる『シールドスラム』、状態異常に掛かっている相手へと更なる状態異常を付与する確率を大幅に上昇させる称号『トラブルメイカー』……。

 その四つを組み合わせた状態異常コンボ、それによってどのような強敵だろうと隙を無理矢理生み出し、戦いのペースを握るのがCBT勢の片割れことシェミーの戦闘スタイルであった。


「さ、どーぞ?」

「うむ」


 舌をだらしなく垂らして昏倒するリザルスマッシャーを手で指しながらシェミーがクリムメイスへと微笑み、それを見たクリムメイスは満足げに頷きながら得物である大型のメイスを振り上げて一撃でその頭を潰す。

 さながらその姿は親鳥に餌を与えられる雛鳥のようだ。

 ……正直言ってクリムメイスは自分が少々情けないとは思いながらも―――この二人組の少女たちはCBT時代を生きた神話の時代の人間であるのだからまさしく親鳥であり、自分などまさにひよっこならぬヒヨコそのものだし、仕方がないと自分に言い聞かせる。


「……なあ、こんな調子で本当にワンツーフィニッシュを決められるのか?」


 が、その程度の言い聞かせではクリムメイスのプライドは黙らない。

 餌を与えられる雛鳥の分際でクリムメイスはいっちょ前に親鳥の少女達を疑ってみせた。


「あははっ! 心配しないでってば、今は移動中! この先に超おいしい狩場があんのよ!」

「めちゃくちゃ強いドラゴンの夫婦を頭上から一方的に殴れる崖があるんだぁ~、ねぇ、お姉様ぁ~♡」

「ふぅん……?」


 不信感を露わにするクリムメイスの言葉に対し、シェミーはけらけらと楽しそうに笑い、フレイはそんなシェミーに後ろから抱き着いて同意を求める。

 強力なモンスターを頭上から一方的に殴れ、楽に狩ることが出来るポイント……そんなにおいしいモノが、よりによってあのクロムタスクが作ったゲームの中にあるだろうか? とクリムメイスは思う。

 だが同時に、ドラゴンは頭部を頭上から攻撃されると即死する、というのはクロムタスクのお約束でもあるので有り得ない話ではないとも。

 しかし、その場をCBT勢以外が見つけないとも限らず、到着したはいいが既に誰かが占領している可能性はあるだろうし……挙句、もしかすればそれがアリシア・ブレイブハートかもしれない。

 そうなれば全てが終わるというのに、なぜこの二人は急ぐ様子がないのだろうか、という疑問もついでに抱く。

 ……まあ、なんにせよ、今更彼女たちから離れても土地勘の一切ない自分がこの移動によって損失した分のポイントを巻き返せるとは到底思えない。

 乗りかかった舟というやつだ、彼女たちに最後まで付いていくしかない……クリムメイスは余計なことを考えるのは止めた。


「んでね、その場所ってちょっと雪原に入ったトコにあってさ。寒冷対策しないと頭ぶん殴ってもドラゴンが死なないぐらい攻撃力にデバフ入っちゃうんだよね」


 抱き着いてきたフレイを引き剝がしつつ、自分達の後を付いてくるクリムメイスへと顔だけで振り向きながらシェミーが一本の赤いポーションの栓を開けて一気に飲み干す―――その赤いポーションは、リザルスマッシャーを屠りながら野原を移動している最中に彼女たちが採取していた木の実で生成したらしいものだ。

 なぜ態々現地で素材を集めて作っているのか疑問に思っていたそのポーションを飲み干しながら口にされる、自分の不信感を払拭するためらしいシェミーの言葉を聞いてクリムメイスは、なるほど、と呟いて納得する。

 攻撃力にデバフの入る雪原の中にある狩場……それならば、そのデバフを無効化する術を知っている(らしい)CBT勢以外は利用できないだろうし、辿り着いたはいいが他のプレイヤー……最悪なところではアリシア・ブレイブハートと刃を交えなければならない、なんてことになったとして然したる問題にならないだろう……相手側は攻撃力に強烈なデバフが入り、自分達はそうではないのだから。

 ちなみに、アリシア・ブレイブハートが振るう『フェイタルエッジ』は通常の攻撃力とは計算式が別であり、攻撃力にデバフが入ろうが、ダメージを『障壁』で無効化されようが、然るべきところに当たりさえすれば普通に向けた相手の命を奪える無情な刃であり、別段雪原の中でも通常通り機能するのだが……それをクリムメイスが知る由は(幸運なことに)ない。

 とにもかくにも、無知故に心に安寧を抱いたクリムメイスは頭の中から完全にアリシア・ブレイブハートへの警戒心を消し、次の可能性―――誰かがシェミー達の持つものと同じポーションを作り出して服用する可能性を考えるが……それに関しては即座に〝無い〟と判断する。

 なにせ、あんな物陰にばかり群生している木の実を(普段ならともかく勝負の最中に)わざわざ採取する奴はいないだろうし、それから生成できるアイテムが対寒冷地用のアイテムだと気付くようなプレイヤーはそういないはずだ。


「だから、はいっ! おにーさんもこれ飲んでねっ?」


 だとか、なんとか、いろいろとあれこれ考え、必死に自らの選択が誤ったものではないと自分に言い聞かせるクリムメイスへと、フレイがシェミーの服用したものと同じポーションを差し出してくる。

 血のように赤いそのポーションは、なんというか……辛そうだ。

 採取していた実もなんとなく唐辛子のような形状をしていた気がしてきたし、なんだか凄い不味そう……クリムメイスは小学生並の感想を抱く。


「……いや、お前が飲もうとしていたものを寄越せ。毒が入っているかもしれないだろう」


 だが、クリムメイスは心は小学生でも頭は高校生ぐらいのものを持っており、ここまで来てもまだシェミーとフレイが二位確実(本人的には真っ当な自己評価)な己をハメて蹴落とし、三位以内を確実なものとしようとしている可能性を考え、差し出されたポーションは素直には受け取らなかった。


「あはは、信用ないねー。ま、いいけど……はいどーぞ!」

「うむ」


 自分達の甘言に乗っておきながら、いまだに警戒する素振りを見せるクリムメイスに苦笑しつつ、フレイは逆の手に持っていたポーションを差し出し、それをクリムメイスは満足そうに受け取ると一息に飲み干した。

 瞬間、口の中に広がる強い酸味に辛み……! やはり凄い不味い……! クリムメイスの小学生並の舌がこのポーションは好んで飲むべきものではないと判断を下し、思わず顔を顰め―――。


「んっ? オアーッ!?」


 ―――そして急に全身から力が抜けてぶっ倒れた。

 四肢の自由が効かない……! 慌ててクリムメイスが自分のステータスを唯一自由の効く目で確認してみると、そこには『麻痺』の状態異常を示すアイコンが点灯している。

 まさか、ハメられた……!? クリムメイスは薄っすらと考えていた可能性が現実になったことを悟り、地面に突っ伏しながらその背筋を凍らせる。


「無駄な警戒ご苦労サン、ってな」

「……っ!?」


 唐突な展開に混乱するクリムメイスへの耳へとひとつの声が入り込んでくる。

 第三者が急に現れる可能性を考えなければ、それは恐らく先程までこの場に居たシェミーかフレイのものなのだろうが……なぜだろうか。

 その声は少女のものとは思えぬ程野太くて……間違いなく男の声だった。


「騙して悪いけど、半分仕事みたいなもんでね。これぐらいする覚悟がなきゃ食ってけないんだよ、配信者ってのはさ」

「なに……? どういうことだ……!」


 突如自分の耳に飛び込んできた謎の男の声に驚くクリムメイスだったが、まるで追撃でも仕掛けるかのように別の男の声が更にクリムメイスの背に降りかかる……それは最初に聞こえた声よりも幾分か高く、若そうで利発的なイメージを与える声だ。


「どういうこと、って説明しなきゃダメかよ? いや、認めたくねえのかな。ま、いいや、あんたさえ消えてくれりゃあ、俺達は三位以内確定だ」


 地面に突っ伏す形で倒れたクリムメイスの身体を蹴って仰向けにしながら少女が……いや、少女の顔をした野太い声の男が、シェミーが、いやらしい笑みを浮かべながら楽しそうに言う。


「アリシアは目に見えて勝てる相手じゃない。いまのところ最下位だけど、あのカナリアって子もなにをするか分からない。で、あんたも実力は確かで、僕たちと同等……か、もしかしたらそれ以上かもしれなかった。……けど幸いなことに、あんたは話が通じるし、一人だし、それになにより……好きだろ? こういう女の子達がさ?」


 自分がハメられたことよりも、先程まで可愛らしい声で喋っていたシェミーの声が一瞬で野太いものになったことになにより衝撃を受けているクリムメイスを、利発的な男の声に急に変わったフレイが小馬鹿にした様子で見下す。

 そこに先程までの頭の悪そうな媚びた様子は一切無い……あるのは冷徹な表情だけだ。


「俺達のこと見過ぎだぜ、バレバレだよ。このおませちゃん。あーっと……、パンツ見んじゃないわよっ! なんてな、ハハハッ!」


 器用に一瞬だけ少女の声に戻りながらシェミーは自らのスカートを抑えて数歩下がる。

 いやもう貴様のパンツなど一切興味はない! クリムメイスは怒鳴り散らしそうになるものの、ぐっとこらえる……そんな言葉を声にしては奴らの思うツボだ……!


「貴様ら両声類か!」


 けらけらと笑うふたりを睨みつけながらクリムメイスが叫ぶ。

 ……両声類―――男でありながら女の声を持つ者、またはその逆……それらを示す言葉であり、まさしくこの場のシェミーとフレイを言い表すに相応しい言葉だ。

 だがしかし、それを聞いてふたりはわざとらしく顔を見合わせ、揃って額に手を当て『分かってねえな』とでも言いたげに頭を振る……クリムメイスは大仰なふたりのリアクションに対する怒りで絶叫しそうになるが、これもまたなんとか堪える。


「まー。それはそうだが、違う。ちょっと違ェんだよなァ」

「僕達は自分達のことを超古代電子世界エルダー・インターネットに遺っていた記述に準えて、こう呼んでる―――『バ美肉』ってね」

「バビニク……!?」


 なにかに陶酔したかのような……うっとりとした表情でフレイに囁かれたその言葉に、クリムメイスは目を大きく見開き、そして恐怖した。

 『バ美肉』、なんと恐ろしい雰囲気を纏う言葉だ……しかも由来が超古代電子世界エルダー・インターネットとは……!

 クリムメイスはCBT勢であり神話の時代の人間であるこのふたりが、現実世界においても神話の時代の遺物を漁っていたことを察して恐怖する―――こいつらもキャラクターネームに名字を付けるアリシア・ブレイブハートと大して変わらないレベルの狂人ではないか……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 地下にある環境を操作する施設の話がでた時点で結果がよめた。
[一言] う~んカオスカオス、こんな奴等の配信でも金が稼げてしまう社会の闇を感じる。 しかし超古代電子世界……え、この世界は一体何百年後が舞台なんだ?wwwww
[一言] ちょこちょこ名字へのこだわりぶっこんでくるのほんと草
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ