040-第三戦、光を目指して
「ポワァアウンッ」
謎の団結を見せる他のプレイヤー達とは真逆の方向―――即ち、街の中央へ向かってどんどんと進んでいくカナリアに対し、ウィンが心配そうに声を掛ける。
どう考えたって街の中央に向かうより、街の外に向かった方がポイントは得られるに違いない……事実、ウィンの持つ手帳には次々とモンスターの名前と姿、得られるポイントが浮かび上がり、それらは一番少なくてもカナリアがシヌレーンを殺害して得たポイントの10倍以上の数値だ。
もしかすればカナリアは街の中で人間を大量虐殺しようと考えているのかもしれないが、それではどう考えたって追い付けないし、こんなにも発展した街で虐殺行為など起こそうものならば、どれだけ強力なNPCが来るかもわからない。
なによりも、その強力なNPCを撃破しても1ポイントしか貰えないのは明白……どれだけ強くとも、それは恐らく人間なのだから。
「まあまあ、大丈夫ですわよ。わたくしには考えがありますの」
「ポァワワ……」
ぱちん、とカナリアがウィンクをしながら振り向く―――いや、全然安心できない! その考えが一切読めないから全くもって安心できない! ウィンは空腹に喘ぐ子犬のようにか弱く鳴くことしか出来なかった。
……その後も、カナリアは街の中を行ったり来たりするだけで、一向に外に出る気配は見えず……手帳には他のプレイヤーが撃破したモンスターの名前とポイントが次々と浮かび上がっていき、時間がただただ無意味に過ぎていく。
ウィンは幾度となく外に行こうとカナリアに身振り手振りで訴えるが、その度にカナリアはウィンを簡単に宥め……結局、自分のアドバイスに耳を傾ける様子は一切ないので、ウィンはもうどうすることも出来ず、手帳に浮かび上がる現在のランキングに目をやって暇を潰していた。
いまのところトップに躍り出ているのは……やはり、アリシア・ブレイブハートだ。
恐らくは『フェイタルエッジ』によって強力なモンスター及び狩場に侵入したプレイヤーを即死させ続けているのだろう……時折1刻みの細かなポイントの変動があるのがなによりの証だ。
そして、その下になんとかといった様子で食いつくのがシェミーとフレイの二人組。
アリシア・ブレイブハートよりはポイントが変動するタイミングが遅く、ちょこちょこ三位のプレイヤーに抜かされているが、一定のタイミングで大量のポイントを得て抜き返している。
常に固定の数値が増え続けているところから見るに、なにやら〝秘密の狩場〟のようなものを見つけたらしい。
そして、三位以降の実力はある程度拮抗しているらしく、常に順位が激しく入れ替わっている―――が、そのランキングの底の底……未だに1ポイントで最下位となっている自分たちの一つ上にて、一切順位が動かない存在がひとつあった。
それを見てウィンは思わず首をかしげる。
彼……彼女? 中性的な声色と背丈、ガチガチに固めた全身鎧のせいで性別すら分からなかったそのプレイヤーは、第二戦での活躍を見る限り別段そこまで実力が無いようには思えなかったが―――。
「お待たせしましたわ! ついに見つけましたわよ、目的の場所を!」
―――と、そこで情報収集をしていたカナリアが酒場から出てきた。
妖精と化したウィンは、街を探索している間にNPCが相手でも近付けば騒がれるということが判明していたので、カナリアが酒場で情報収集をしている間は外で待ちぼうけを食らっていたのだ。
だから、軽く不貞腐れて手帳を眺めていたのだが……。
「あら、ランキングを見てましたの? トップは……アリシアさんで、えーっと、大体5万ポイントぐらい。ふふっ、これなら全然余裕ですわね!」
「ポワァ……?」
ウィンの手帳を横から覗き込んだカナリアが、ぱん、と手を合わせて満面の笑みを浮かべる……なにを言っているのだろうか、彼女は。
我々はいまだに1ポイントで、アリシア・ブレイブハートはこうしている間にもぐんぐんとポイントを伸ばしている。
いくらカナリアがレベルにそぐわない強さの持ち主だとしても、アリシア・ブレイブハートは間違いなく今回のイベントにて最強のプレイヤーだ。
最初から並走して追い抜くならともかく、これだけスタートが遅れたのに追い越すのは不可能だろう。
「さ、行きますわよ! 善は急げ、ですわ!」
「ポヨル……」
今更急いでも遅いんじゃない? と呆れるウィンの手を引いてカナリアは進んでいく……が、今度は街の中央ではなく、外れのほうへと向かって進んでいるらしい。
ようやっと外に出る気になったのだろうか? もしかして、酒場で強力なモンスターの巣窟の場所でも聞いてきたのだろうか? だが、その程度5万以上の差をひっくり返せるのだろうか? ひっくり返せるとして、それは自分達で倒せるのだろうか……?
いろいろな疑問が浮かび上がるが、その疑問は全て吹き飛ぶ。
「むっ、なんだ君達ぐあっ」
自分達のポイントが1ポイントから2ポイントに増えたことによって。
……ふたりが向かった先―――街の外れにあった、謎の地下施設へと続いているらしい扉。
その前にて警備にあたっていたらしい男を無言かつ迅速に殺害したカナリアの姿を見て、ウィンは最早疑問の声すら上げられない。
今まで考えていた疑問全てが『なぜここで殺人歴の更新をしたのか』という疑問に置き換わっていく。
そもそもこの施設はなんなのだろうか、警備する存在がいたのだし、なんらかの重要施設なのだろうが……。
「ごめんあそばせ、あなたの命に付き合ってる暇はありませんの。……よっと! これですわ、これこれ……おおっ、予想以上のいい餌ですわね……ふふっ……」
呆然とするウィンの前で、カナリアが手慣れた様子で殺した男の懐を弄っていく。
それはもう鳥は鳥でもカナリアじゃなくてバルチャーだよ先輩……と、静かに思うウィンだが、言葉にはしない。
する意味もないし、どうせできないのだ。
妖精と化し、言葉を失った自分は死ぬまでカナリアを黙って眺めることしか出来ないのだ。
早く死にたい、早く死んで言葉を取り戻したい……目の前のカナリアへ言葉を色々とぶつけなければ気が変になってしまう……。
「では、えーっと……。……うンッ、んあっ……ちょっと? もぉっ、バカぁ……ふふっ、まだお仕事中ではなくって? コールさん……んっ……!」
静かに狂気へと向かうウィンの前で、カナリアは男―――コールの懐から手に入れたレシーバーを握りながら、発情した猫の如く壁に背中をこすりつけつつ悩ましい声を上げ始めた。
……いったい彼女はなにをしているのだろう? ウィンはいよいよもって頭が変になりそうだった。
幼馴染の姉が死体の前で血塗れになりながら喘いでいる……自分が聞いたこともないような〝女〟の声で……。
なんだ? なんなのだ、これは? 罰か? なんらかの罰なのか? ウィンは自分が前世で大罪を犯した罪人である可能性を考え始めた。
そしてこの目の前の光景はそんな自分への罰なのだとも。
「ほらっ、ウィン、ぼーっとしてちゃダメですわよ! こちらへこちらへ!」
「ポヨルル……」
ひとしきり喘ぎ終わったカナリアはコールの死体の胸へと大弓を一発打ち込むと、その死体を近くの物陰へと運び込み、胸に突き刺さった大矢を支柱に使って器用に膝立ちの状態にさせてみせた。
それは傍から見れば、物陰で情事に及んでいる男の背中姿に見えなくもない―――ウィンは手を引かれて反対側の物陰に移動させられながらそんなことをぼんやりと思う。
本当にこの人はなにをしようとしているんだろう? なんて考えながらウィンがカナリアの隣にしゃがみ込んでから間もなく……コールが背にして立っていた扉から、ひとつの女性の影が現れた。
その女性―――銀色のポニーテールを揺らす女性NPCは、先程カナリアに殺されたコールと違って確実に重要人物だろうことをウィンは一瞬で察する。
というのも、頭のてっぺんからつま先に至るまで造形が桁違いに凝っていたのだ。
間違いなくモブではない。
「おま……おまえっ! おまえ、おまえっ! なんて……なんてヤツだ! 仕事中に、おまえ……女を! 私というものがありながらーっ!」
どうみても重要そうな人物が居るこの施設はいったいなんなのか……そして、ここでこの先輩はなにをしようとしているのか……?
ウィンが(まだ一つも解決していないのに)新たに二つの疑問を抱く中、露骨に主要人物な女性は草むらの陰に隠れているカナリア達(正直ウィンが発光しているのでそこそこ隠れられていない)には一切気付かず、肩を怒らせて物陰に放置されたコールの死体の背へと罵倒を浴びせ始める。
……なんということだ、どうやら彼女はコールの恋人……または、それ以上の間柄だったらしい。
ウィンは静かに自らの顔を覆った―――自分に非はないとはいえ、この隣でなんかそわそわしている先輩の手によって彼氏が浮気していると勘違いさせられた挙句、その彼氏を殺されてしまうなんて……あまりにも彼女が不憫で。
「すぐに彼氏の元に送ってあげましてよ……『夕獣の解放』! ヌゥウウウンッ! 破ァ!!」
心の中で名前も知らない銀髪ポニーテールの女性に謝り続けるウィンとは違い、自らがしたことに一切の罪悪感を覚えていないカナリアは物陰から飛び出すと同時、『夕獣の解放』を使用して自らのHPを200まで減らし、引き換えにSTRを底上げしながらその大矢を放つ。
それはかつて、ウィンの目の前で大ゴブリンを一撃で粒子化させた絶死の一矢―――。
「な―――」
―――カナリアが放ったその一撃は、女性が振り向くよりも早く銀髪ポニーテールの女性に命中し、大した音も立てずに彼女の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばして即死させる。
なんということだろうか……! ウィンはあまりにも銀髪ポニーテールの女性が不憫に過ぎて思わず涙を流した……!
いや、正確には流そうとした……流そうとしたが、妖精の身体に涙腺などというものは備わっていないようで流れなかった……というか、そもそも目が無かった。
……いったい自分はどうやって視界を確保しているのだろう?
ウィンは極限状態において、心底どうでもいいことを考えることで、幼馴染の姉が2ポイントから3ポイントに得点を伸ばした現実から目を逸らす……物理的には目など既に無いのだが。
「いよっし完璧っ! ですわっ! さてさて……ほぉお~! ほら! ウィン! マスターキーですわよ! 勝ちですわ勝ち!」
どうせ目がないなら、いっそ全て見えなければ気を揉まなくて済むのに、なんてウィンが考え始める傍ら。
頭部が吹き飛んで死に至った女性NPCの懐から装備やら金品と共に一枚のカードを抜き取ったカナリアがキラキラとした目でウィンにそれを見せてくる。
マスターキー……というと、この謎の施設の? ウィンはカナリアがやろうとしていることが未だに理解できず、小首を傾げるばかりだ。
「ふふふっ、さぁ~、稼ぎますわよ!」
そんなウィンの姿を見ながら、ぱん、とカナリアは手を合わせる。
百万……稼ぐ……? どうやって稼ぐんだろうか……いや、どうでもいい……だから、お願いだからこれ以上は変なことしないでね……?
ウィンはインベントリから回復ポーションを取り出しては浴びるように飲みながら施設の中に入っていくカナリアの姿を見つつそんなことを考えるが、なんかHP貯めてるし、きっと酷いことが起るんだろうなぁ、という諦めの感情を抱きながらその背を追う。
「侵入者だ!」
「即刻排除しろ!」
すれば、即座に無数のNPCが敵対状態となってカナリア達を出迎えた。
……ウィンが薄々感付いていた通り、目に見えて重要人物であろう銀髪ポニーテールの女性が出て来るようなこの施設は、どうにも、やはり重要なものらしく……相対する男達の表情には怒り、ではなく焦りや恐怖に近いものが見えている。
間違いない、ここは恐らくカナリアのような人物が入った時点で相当緊急事態となるような施設だ。
「『夕闇の障壁』! ……ほら、行きますわよ、ウィン! ここが正念場ですわ!」
再びHPを極限まで減らし、凄まじく強固な障壁を展開したカナリアがウィンへと手を差し伸べ―――ウィンはその手を取るのか悩む。
……なにせ、近頃はあまり仕事をしていなかったウィンの危機察知能力がギンギンに働き、ウィンの耳元で叫び続けているのだ。
ヤバい、間違いなくヤバい、このまま付いて行ったら……いや、ここでカナリアを止めなければ、凄まじくマズいことが起きる……と。
「ポワ……」
思わずウィンは自分の手を引っ込めようとして―――自らの手を見て。
不意に脳の奥底から無責任な声が響いた気がした。
……いやぁ、あの日先輩と一緒に遊んだ時点でもう既に引き返せるラインとっくに超えてねぇ……?
…………。
……。
確かに……!
もう超えちゃったものはしょうがない。
一回その線超えちゃったら、超えたその線から1cm先に居ようが、1憶光年先に居ようが、どちらもラインを超えてるのは一緒だし、例え線の内に戻ろうが一度超えた過去は消えない、人生という白いキャンバスから付いた色を落とすことは出来ない。
なら―――もう、優勝できるなら後のことはどうでもいいかもしれない。
まあ、なんか酷いことになったら……なった後で適当にどうするか考えればいっか……どうせゲームだし……。
「ポワァ~」
なにひとつとて疑問が解決していないのに、次々と疑問が浮かび上がるせいで、その全てに対し真面目に考えることが面倒になったウィンは考えるのをやめ、カナリアの差し出す手を取った。
……果たして、その手は救いの手か、それとも地獄への誘いか―――いやあ、まあ、十中八九後者だろうよなあ……。




