004-最初の街でショッピング
「『緩やかな回復』は対象のHPを一定時間回復し続けるスキル、『獣性の解放』は消費したMP200につきSTRを1加算するスキル、『マジックアロー』はシンプルな単体攻撃……と」
翌日。
カナリアは森の中を歩いて街へと向かいつつ馬車の荷台に詰め込まれていたアイテムのうち『スキルノート』という、使用することでスキルを得られるアイテムを3つ使用し、その結果得られたスキルの効果を確認していた。
「ふふふ、3つもスキルが手に入りましたし、装備も沢山もらえましたし、回復アイテムまで! 強敵を倒した甲斐がありましたわねっ」
鼻歌交じりに昨日の激闘を思い出すカナリア。
ちなみに彼女が手に入れたアイテム群は、昨日レプスがプレイヤーとパーティーを組んで入る予定であったチュートリアルダンジョンの突破報酬だ。
本来であればプレイヤーが選択したプレイスタイルに応じてカナリアが手に入れた1/3ずつをレプスから渡される予定であったのだが……そこにカナリアが気付くことは未来永劫ないだろう。
「にしても、馬肉って回復効果が高いんですのね」
手に入れたアイテムの内、『馬の肉』を眺めながら独り言ちるカナリア。
……そう、彼女は馬車に括り付けられていた馬を盗んで乗って街へ向かおうとしたのだが、残念ながらその馬はそういうタイプの馬ではなくカナリアを乗せてくれなかった。
故に殺して肉にしてしまったのだ。
悍ましい。
お前には心が無いのか。
「や~っと着きましたわ~!」
歩くこと10分程度、ついにカナリアはプレイヤーが最初に訪れる街『ハイラント』へと到着する。
その街は城壁に囲まれてこそいるものの、その壁も決してそこまで高いものではなく、壁の縁からは木造の三角屋根がちらちらと姿を見せている。
なんと暢気そうで平和そうな街だろうか……間違いなくこんな街にカナリアを入れてはいけないだろう。
「いよいよオンラインゲームらしくなってきましたわね!」
いくら最初の街とはいえ、オニキスアイズ自体が発売されてから日が浅いゲームということもあって、いまだ結構なプレイヤーが忙しく街へと入ったり、街から出たりと行き交っており―――その光景を見てカナリアは己を待つ冒険への期待に胸を躍らせるのであった。
果たしてメインヒロインを殺害してしまった今からでも始められる物語があるのだろうか。
「待て、止まれ!」
「へ?」
そんな彼女が街に入るため門を通ろうとした瞬間。
おそらくNPCであろう門番の男が鋭い声でカナリアを呼び止め、カナリアはそれに対し気の抜けきった声で返す。
成人男性に大声で呼び止められてもこの反応な辺りから、彼女の神経の図太さが窺える。
『占領:ハイラント(メインストーリークエスト) 開始しますか? YES/NO』
そして、何事かといえばクエスト開始のイベントのようで、簡素なメッセージがカナリアの前に出現した。
「えぇ!? いきなり街の占領から話が始まりますの!? いきなりどうしましたのこの主人公!? 大罪人を打ち倒さんとする正義感の強い若者ではありませんでしたの!?」
そこに記された『占領:ハイラント』というクエスト名にカナリアは目を剥いて驚くが、いったい彼女はなにを驚いているのだろうか。
大罪人を打ち倒さんとする正義感の強い若者は昨晩、彼女がレプスを殺害した時に共に死んでおり、いまここに居るのは無情なる簒奪者カナリアだというのに。
「……うーん、街の占領なんてまだ難しそうですわよね。最初のボスもあんなに強かったのですし」
そして大仰に驚いてツッコミを入れたクセに、秒で『まあ、そういう展開もありますわよね』と頭を切り替え街の占領をどうやったら出来るかと考え始めるカナリアだったが、昨晩のメインヒロインとの壮絶な殺し合いを思い出して己の力不足を感じる。
力不足以上に自分の選択が間違っていた可能性を感じて欲しかったのだが、どうにもその時は未来永劫来ることが無さそうだ。
「とりあえずは後回しですわね!」
現状ではこのクエストをクリアするには力不足だろう。
となれば、まずやるべきはレベリング……それがゲームの鉄則というやつだ……メインヒロインを殺害する暴挙に出たカナリアであろうとも、それぐらいは分かっている。
なので、迷うことなく『NO』の選択肢をタップする。
「……いや、見間違いだな。すまない、あなたの顔が指名手配犯のカナリアに似ていたものでな。非礼を詫びよう」
「指名手配犯でしたのわたくし!?」
口に手を当て再び大仰に驚くカナリア……いったいなにをそこまで驚いているのだろうか? 罪なき善良な女騎士と罪無き心優しき御者を殺害しているのだから当然の結果であると思うが。
驚いた表情をそのままに、『王道シナリオかと思ったら意外な設定が出てきましたわね~』などとぼやきつつ、街の中へと入っていく指名手配犯カナリア。
なんと無能な門番であろうか、こんなにも残虐な人間を見逃してしまうなんて。
こんなにも暢気な街に、こんな恐ろしい犯罪者を招き入れてはなにが起こるか分かったものではない……人のひとりやふたりは死ぬことだろう。
「ふんふんふふーんっ、ふんふっふっふ~んっ」
上機嫌に鼻歌を歌いながらスキップで街中を行くカナリア……その様子から簡単に察せられる通り彼女は一切気付いていないが、その姿は非常に目立っている。
なにせ、カナリアはレプスが装備していた全身黒タイツに局所的な鎧とヒラヒラとしたフリルパーツが散らばらせてあるだけの独特な鎧『黄昏』シリーズ一式を身にまとい、レプスの得物であった直剣『陽食い』、クロスボウ『ダスクボウ』を背負っているせいで、既に初心者に似つかわしくない煌びやかな格好になっている。
しかも、『シュテレーの指輪』を装備したことで夕闇の悪魔『シュテレー』と契約を交わした(本人に交わしたつもりは一切無いが)結果、レプスと同じく髪色が黒髪に黄昏色のメッシュという超ファンタジックな色合いに変わってしまっているのだから。
「えっ、レプスちゃんじゃん。なんでいんの?」
「いや髪の長さとか全然長いだろ、それに身長も低いし……っていうかそもそも5~6歳ぐらい若くないか?」
「でもレプスちゃんより胸あるよね、いやレプスちゃんが胸皆無なだけなんだけど」
「言ってやるな。……レプスの妹とかか?」
なので、カナリアの姿を見た二人組のプレイヤーが小首を傾げながら彼女の正体について話し合うのは仕方のないことであり―――そして、ふたりの間ではカナリアは〝レプスとなんらかの関係性のあるNPC〟ということで決着が付いたようだ。
それもそうだろう……レプスの装備はレプスを殺害しないと手に入らないが、レプスはHPが半分を切った瞬間に尋常ではない速度で自らのHPを回復させ始めるので、通常の手段では殺害することはできないし、そもそもまず殺そうという考えが普通は起きない。
オープニングの演出の最中に馬車から突き落としてまで殺害しようとするのはカナリアぐらいなものである。
「ねえ、お尋ねしてもよろしくて?」
「「!?」」
と、ここでカナリアを観察していた二人組のプレイヤーは、ふたりが自分を見ていることに気付いたカナリアに声を掛けられる。
オンラインゲームはオンライン上でのコミュニケーションを楽しむゲームジャンルとはいえ、VRMMOともなると見知らぬ人物に声を掛ける難易度は跳ね上がるはずだが、この人を殺す程にマイペースな少女には別段関係が無いらしい。
……しかし、二人組のプレイヤーはそうもいかないので、NPCだと思っていた少女に急に声を掛けられれば硬直してしまうのも仕方がないだろう。
「えっと?」
「あ、ああ! すまない。なんだ? なにか用か?」
急に凍り付いた二人組を見て小首を傾げるカナリアだったが、二人組のうち斧槍を背負っている男性プレイヤーが慌ててカナリアへと向き直って要件を尋ねる。
「わたくし、所持品を売却したいのですけれども。どこへ向かえばよろしくて?」
「あ、あー。それならほら、あの突き当たりにある建物があるでしょ? あそこはNPCの経営してる武器屋だよ。テキトーなものを売るならあそこでいいんじゃない?」
なんとも初心者丸出しなカナリアの質問に対し、二人組のもう片割れである女性プレイヤーが一つの店を指差しながら答える。
「まあ! そうなんですのね! 丁寧に教えて頂きありがとうございますわ!」
ふたりの慌てっぷりになど一切気付かない、殺人級のマイペースっぷりを発揮し続けるカナリアは、ぱん、と手を合わせて喜びつつ、二人組に手を振りながら別れの言葉を残して去っていく。
その様子を見ても数秒の間は固まっていた二人組であったが、カナリアが自分たちの紹介した店の中へと入っていくのを見て、ようやく溜め息と共に緊張をほぐす。
「……あー、ビビったー。NPCじゃなかったのかよ」
「いや、話しかけてくるタイプのNPCだったんじゃない?」
「だよ……なあ。じゃなきゃ、よっぽど変わった子じゃなきゃ、今時あんな『ですわ~』口調で喋らないよな……」
「それね。アレでNPCじゃなかったらヤバいでしょ。親はどういう教育してるんだろうね」
「……個性を尊重する……アメリカンな教育じゃねえの?」
「それは草」
どれだけ個性を尊重すれば、あんなフィクションめいた喋り方を平然とする子に育つのか? と、考えて真顔で草と言い放つ女性プレイヤーであったが、当然彼女はカナリアの全てを理解していなかった……彼女の個性が強すぎるのは口調だけではないのだ。
「いやでも可愛かったぐえっ!」
一方で男性プレイヤーの方は、カナリアのファンタジック色合い&ファンタジック口調に違和感の出ない彼女の容姿の良さを思わず褒めようとしたが―――言い切る前に脇腹へと女性プレイヤーの鋭い肘が突き刺さる。
「なにすんだよっ!」
「NPCとはいえ、あの年の子に手を出すのは犯罪じゃん?」
不意の攻撃に対し、不満げに声を荒げた男性プレイヤー……しかし、女性プレイヤーも女性プレイヤーで非常に不愉快そうに眉をひそめ、男性プレイヤーの眉間にびしりと人差し指を突き立てる。
その瞳には明らかな敵意が籠っていた。
「手を出すって……ちょっと可愛いって言っただけだろ」
「は? セクハラなんだけど」
「は? 女こわ」
「でしょ。だから私以外のこと可愛いって言ったらダメだよ」
「は? 女こわ」
「は?」
は? は? と現代のネット住民カップル夫婦漫才を繰り広げる男女の二人組―――。
「まったく、商人さん。あなた、賢くない判断をしましてよ」
―――その一方で男女の二人組が紹介した店の中では、NPCである店主の男が頭をダスクボウでぶち抜かれて殺害されていたのであった。
いや殺すまでが早すぎる……いったいなにがあったのだろうか。
「わたくしが出した装備品などを買収したまではいいですけれど、こんな素晴らしいスキルノートを展示しておきながら『それは客寄せ用のだから』だなんて……もう! なにを考えているのか分かりませんわね!」
どうにも、カナリアはこの店に飾ってあったスキルノートが欲しくて……たったそれだけの理由で、罪なき店主を出会いから五分足らずで殺害するに至ったようであった……なんと恐ろしい少女であろうか。
恐るべきカナリアはぷんぷん! といった様子で肩をいからせつつ、倒れこんだ店主の死体を蹴って仰向けにし、その懐を探っていく……なんと追剥ぎらしい死体の扱い方であろうか。
「……まあ、まあまあまあ! なんということですの! 先程売却した装備と同じものが手に入りましたわ!」
そして店主のドロップアイテム一覧を見てカナリアは目を輝かせる。
そりゃ売った直後に殺せば売ったものがそのまま全て手に入るだろう……いったいなにを『すごーい! アタリが出たからもう一本!』みたいな感じに喜んでいるのだろうか? 悍ましいに過ぎる。
「更にお金まで……ふふふ、また正しい選択をしてしまったわね。わたくし、ゲームの才能があるのかもしれませんわ」
自らが売り払った装備だけでは飽き足らず店主の持ち金まで奪い取るカナリア。
ゲームの才能があるかどうかは別として、間違いなく悪役の素質は十分にあるだろう……しかも自分の悪行を悪行と思ってすらいない一番悪質なタイプの。
「そしてこれが……展示品ケースの鍵~っ!」
さながら『やった! ボス部屋の鍵を手に入れた!』みたいな顔して、カナリアは殺した罪なき店主から鍵を強奪する……彼女はどこへ向かっているのだろう。
「では、この『障壁の展開』のスキルノートは頂いていきますわね!」
そして展示品ケースを開け放ち、その中にしまってあったスキルノートを手に取り既に語る口を失った店主へとにこやかな笑顔で告げ……いったいカナリアは死んでいる店主になにを求めているのだろうか?
「使用して……ステータスを表示!」
■□■□■
障壁の展開
:使用したMPと同じ数値を持つ『障壁』を展開する。
(障壁:定められた数値以下の攻撃によるダメージを無効化する。ただし状態異常等によるダメージは除く)
■□■□■
「素晴らしいですわ~!」
行動のひとつひとつがあまりにも悍まし過ぎるカナリアが罪なき店主を殺害して手に入れたスキル、それは攻撃を防ぐ障壁を展開するだけの初歩的なスキルで、多くの魔法使いビルドのプレイヤーが細々とした攻撃でダメージを食らわぬように使用している有用なものだ。
……そう、多くの魔法使いビルドのプレイヤーが使用している……なにせ、このスキルノートはもう少し店主と話を進めて、簡単なお使いクエストをこなせば手に入ってしまう代物だ。
「このスキル、『夕闇への供物』と相性ばっちりですわね!」
事実上特に理由もなく無駄に殺されただけの店主であったが、なぜカナリアがこんな暴挙に出たのか……? 一応、彼女がどうしてもこのスキルノートが欲しいと思ってしまうだけの理由はあるにはある。
それは、このスキルと、レプスを殺害した際に手に入れたスキル『夕闇への供物』と称号『暁の継承者』の相性の良さだ。
『夕闇への供物』はHPをMPに2:1で変換する驚異的なスキルで、称号『暁の継承者』はHPを代償とするスキルの効果を2倍にする。
なので、これらを用いて『障壁の展開』を起動すればカナリアは、HPとほぼ同値(HPが奇数なら-1、偶数なら-2)のMPを使用した障壁を展開可能であり、HPを一撃で削り切る攻撃や、毒に代表される攻撃に起因しないダメージ以外では死ななくなるのだ。
「こんな強力なスキル。きっと本来であれば手に入れるのにもっと苦労するはずですけれど……まあ、昨日頑張った分で帳消しですわよね!」
腕を組んでうんうんと頷くカナリア。
繰り返すが、このスキルは別に簡単に手に入る挙句、カナリアが昨日頑張っていたことは『頑張ったね、えらいぞ』と褒められるようなことではなく、糾弾されるべき悪行なので帳消しもなにもないし、むしろ罪の上塗りであるのは言うまでもない。
「さて、他のアイテムは……いいえ。それをとるのは流石に良くありませんわよね。『障壁の展開』はわたくしが店主を撃破した報酬ですから別ですけれど、他のものはきちんとした商品ですもの。とったら泥棒になっちゃいますわね」
泥棒どころか既に立派で極悪非道な強盗殺人犯になっているカナリアが意味の分からないポイントで常識的な考えを起こす。
そこでそんなにも常識的な判断が出来るのならば、店主を殺害するに至る前に何度か喋ってあげたりとかしないものだろうか。
しないのだろうな……常識的な考えを起こしたと思わせておいてさり気無く店主をモンスターかなにかのように扱っている時点で。
……彼女は店主を撃破したのではなく殺害したのである、そこは間違えてはいけない……のだが、残念ながら彼女にそのことを教えてくれる存在はこの場に存在しない。
「さて、資金も手に入りましたし……次は回復アイテムですわね! それとなにかレベルアップに良さそうな手頃なダンジョンを探しましょう!」
いよいよゲームっぽくなって来ましたわね! と、はしゃぎながら退店するカナリア……店内にはからんからんという寂しさを漂わせる鐘の音と店主の死体ばかりが残っている。
このゲームにおけるNPCはプレイヤー毎に存在の有無が管理されており、この店主が死んだことで他のプレイヤーが困ることはない……カナリアが利用できる商人がひとり減り、今後この商人が関与するイベント全てが潰れるだけだ。
つまり、カナリアがこの商人を殺したことで困る人間はカナリア以外には存在しない―――だからきっと、彼女に罪は無いのだろう。
無いったら無い。