039-『あれは最初から生きていない』などと供述しており
激戦だった―――やたら座り心地のいい妖精鉄道アクシェの座席に身を沈めながらクリムメイスは第二戦における自分の戦いを思い出す。
第四チームを壊滅させたカナリア鏖殺班や、第二チームのリーダーらしき二人組を惨殺したアリシア・ブレイブハートなどの活躍も大きかったが、自軍のゴーレムを守り抜き、第二チームを皆殺しにした自分の功績こそが一番大きかっただろう……。
クリムメイスは満足げに腕を組んでそう考えるが、残念ながらクリムメイスの活躍を見るほど余裕のあったプレイヤーはいない。
「しかしキモいな……」
間違いなく良い戦績を上げているはずなのに、それが誰の目にも留まらない怪奇現象に襲われ続けるクリムメイスが、平気な顔をして乗車してきた妖精状態のウィンを見ながら思わず呟いてしまう。
顔が花のように裂ける、黒くぬめぬめとした肌を持つ生命体がちょこんと椅子に座って鉄板を引き裂くような声で喋る姿は相当にシュールだし、そんな姿の彼女へと楽し気に話しかけるカナリアには軽く狂気を感じる。
……と、そこで異形の怪物に話しかけるカナリアよりも悍ましい狂気を秘めた少女、アリシア・ブレイブハートが乗車してくる。
なにか良いことがあったのだろうか、第二戦が始まる前よりも艶々としているし、頬が上気している……クリムメイスは即座に目を逸らす、また隣に座られては堪ったものではない。
「ねえねえ! おにーさん!」
と、そこで、恐るべきアリシア・ブレイブハートから目を逸らし、窓から外の景色(真横に建物があるので壁が一面に広がっている)を見ていたクリムメイスへと急に媚びに満ちた少女の声が掛かった。
なにごとかと思って視線をやれば、そこにはくりくりとした大きな目を輝かせた少女がひとり。
「……なんだ?」
……やたらと距離が近い、恐らくこれはガチ恋距離という奴だろう。
そして、その距離で少女は座席の柔らかさを楽しむように上下に揺れ、その金色のサイドテールと顔に似合わぬ豊満な胸を揺らしている……中々に媚びてきやがるな、フレイ……!
クリムメイスは目の前の少女、クリムメイスが第一戦で最初に憤りを感じた相手こと、配信者タッグの片割れ……フレイの縦揺れを冷静に解析しつつガン見した。
「ちょーっと、美少女から提案なんだけどさあ、聞く気ある?」
「むっ……」
幼い顔つきに似合わぬ豊満な胸という、フィクション・オブ・フィクション美少女造形を持つフレイの蠱惑的な縦揺れに目を奪われていると、前の席の背もたれを勢いよく倒して悲しいほどまでに胸がないもう片割れこと、シェミーが顔を見せた……どうにも囲まれてしまったらしい。
……側面のロリ巨乳、前面のロリ絶壁……! 急にVR美少女ゲーめいてきやがった……!
クリムメイスはハニートラップの可能性に気付き、シェミーとフレイへの警戒レベルを上昇させる。
と、ここでクリムメイスは自分がギャーギャーうるさいパリピ系配信者タッグに囲まれていることで、アリシア・ブレイブハートが自分に近寄れていないことに気付き、ふとアリシア・ブレイブハートがどうしているのか気になって周囲に目をやる。
「…………」
「オ……ッ!」
が、秒でやめた。
彼女は光を失った目でこちらを見ていた。
反対側の席から。
クリムメイスは即座にアリシア・ブレイブハートのことを頭の中から消し去り、目の前で興奮した犬みたいに縦揺れしているフレイと、常識皆無な角度まで背もたれを倒して上目遣いで顔を覗き込んでくるシェミーに視線をやることにした。
消費者へと媚びに媚びた媚びの極み乙女である彼女たちであっても、あのアリシア・ブレイブハートを見るよりはマシというものだ。
「てっ、提案とはなんだ?」
「お、食いつきはっやーい! 興味アリアリね! いやさいやさ、さっきの戦いであんたの戦いを見せて貰ったんだけどさ?」
「おにーさん、すっごい強かったからさ、ちょっと、ねー」
「ほぉ」
マシだからと、フレイとシェミーに視線をやったクリムメイスだったが、シェミーとフレイが自分の戦いを見ており、そして自分の戦いぶりを評価していると知って一気にふたりへの警戒レベルを低下させる……クリムメイスは単純かつ他者に認められることに飢えた人物だった。
そう、戦いぶりを評価されたから気を許したのだ―――決してフレイが足に上半身を乗せてくるなどしてサービス精神に満ちたボディタッチをしてきているからではない……決して。
おぉ……なんとリアルな感触か……! 流石はクロムタスク、ゲーム制作に妥協がない……! クリムメイスは兜の下でこっそりと感涙する。
ちなみにふたりがクリムメイスの戦いぶりを見ていたというのは真っ赤な嘘であり、それを気付かせないためにフレイはクリムメイスの足の上に最強兵器を乗せているのだ。
VRゲームなんぞにハマり散らかす哀れでさびしい男などこれで一撃……長いストリーマー生活の中でフレイはそれを理解していた。
「ねえ、協力してアリシア、倒しましょうよ?」
そんな哀れで寂しい存在ことクリムメイスが、容易い嘘とフレイの最強兵器によって騙されて気分を良くしているのを察したシェミーは怪しげな笑みを浮かべてひとつ、提案をする―――。
「なんだと? 貴様正気か? 奴はVRMMOでキャラネームに名字を付けるような狂人だぞ? それに第三戦のルールも分かるまい。お断りだ」
―――が、いくらクリムメイスが嘘と胸によって魅了されている状態だとしても、アリシア・ブレイブハートを話題に出されれば正気に戻るのが当然で。
快適な湯船につかっている相手の顔に冷水をぶっかけるようなシェミーの所業に少々腹を立てつつ、クリムメイスは秒でその提案を突っぱねた。
第三戦のルール次第ではあるが、今までの二戦の傾向からプレイヤー同士を面と向かってやり合わせるようなことはさせないだろうし、仮にそうだとしても三位までは同じ報酬なのだから、アリシア・ブレイブハートとわざわざ剣を交える必要は無いはずだ。
故に、アリシア・ブレイブハートに関しては倒すだなんだと言わず、関わらないようにするのが最も賢い選択と言える。
「そんな焦んないでよ! ま、確かに急な話だとは思うけどさ。でもそれは、わたし達がそれだけあんたを買ってるってこと! あんたみたいに強いプレイヤーは引っ張りだこになる前に抑えておきたいのよ!」
「第三戦のルールがどうであれ、おにーさんが一位、フレイたちが二位でいいからさあ、仲良くしよーよぉ~?」
「むぅ……」
……言えたが、続くふたりの甘言とフレイの圧倒的質量兵器によってクリムメイスは秒で意思を揺らがせた……一位、一位とは……なんと甘美な響きか。
繰り返すようだが、確かに今回のイベントでは一位から三位までに与えられる報酬は同じだ。
であれば、アリシア・ブレイブハートが一位、その下に自分……それで構わないといえば構わないが、やはりそこは高いプライドを持つクリムメイス……一位になれる機会があるのであれば、一位のほうがいいと当然考える。
そして凄いぞ……クロムタスクの疑似感触演算は。
「第四チームの皆様、まずは最終戦進出おめでとうございます!」
シェミーによる魅力的な提案と、フレイによる質量攻撃にクリムメイスの心が悪路を突っ走る暴走ベビーカーのように揺れる中、車内へとシヌレーンの声と妖精鉄道アクシェの汽笛(のように聞こえるが、間違いなく蒸気機関ではないので何らかの鳴き声)が響く。
「最終戦は王都セントロンドで行います! ルールは単純、王都セントロンドの周辺に生息しているモンスター等を倒し、より多くのポイントを稼いだ方が勝利! 制限時間は30分間! もちろん、強力な相手を倒せば倒すほど高得点ですよ! それと、もう言う必要もないですね。ここでも妨害は自由です!」
パチンというシヌレーンのフィンガースナップによって、車両内の宙へと無数の光と25個のマーカーが現れ、25個のマーカーが光を攻撃しては消滅させていく。
これまた分かりやすい図解ではあるんだが、もうこの場の人間はほぼ全員がアリシア・ブレイブハートと戦わずとも一位になれる可能性に希望を見出し、シヌレーンの言葉を聞いてなどいないのは言うまでもない。
「王都セントロンド……!」
一方で、クリムメイスは会場が『王都セントロンド』であるという情報に胸を躍らせていた。
そこは、かつて開催されたCBTの舞台となっていた、オニキスアイズに初期実装されている中では最大規模の街であり、そこに辿り着くまで……に必ず通らねばならない街こと『魔学都 オル・ウェズア』にすら当のCBT組ですら到達出来ずにいるため、現在は最早神話の時代の幻の都市と化している街だ。
「へえ! これはまたわたし達に都合がいいルールじゃない! ねえ、クリムメイス。改めて提案させてもらうわ! ―――わたし達でアリシアを倒しましょう? CBT組のわたし達と、あんたでね……」
憧れの都会に行けることに胸を躍らせる田舎者のクリムメイスへと、ぎらり、と怪しげな光を瞳に灯したシェミーが耳打ちする。
「なに……!?」
クリムメイスはシェミーに告げられた衝撃的な事実を前に思わず驚愕し、目を見開く……CBT組だと……!? 実在したのか……!
VRMMOのCBTなど無名の会社が開催する場合であっても応募者が殺到し、非常に高い倍率をたたき出すというのに、あの名高きクロムタスクがVRMMOを作り出したということで、ウィンのような普段はVRゲームに手を出さないコンシューマ勢までもが応募し、『自宅で就寝中に人工衛星が形を保ったまま墜落してくるものの生存してしまう確率と同等』とまで言われるほどの倍率になっていたことで有名な、あのオニキスアイズCBTに参加していた……!? こいつらが!?
「あはっ! 驚きすぎだっておにーさん! ……これがストリーマー特権、てヤツなんだよ?」
「実は特権階級になれるぐらいには、わたし達って有名なのよ? その筋ではね」
右耳にフレイが、左耳にシェミーが耳打ちをする。
なんということだ……! CBT組に……神話の時代の人間に挟まれた……!
だが、クリムメイスには高いプライドがある。
こんな見え透いた色仕掛けには屈さぬ。
屈さぬのだ!
「喜んで手を組ませていただきます……」
色仕掛けには屈さなかったが、CBT組というキラーワードには屈した。
仕方がない……だってCBT組なんだぜ? こいつら神話の時代の人間だ……逆らえねえさ。
「さあ、皆様到着しましたよ! ようこそ、王都セントロンドへ!」
クリムメイスがシェミーとフレイに屈し手を組んだり、二人組の幼い少女に誑かされるクリムメイスの姿を見てアリシア・ブレイブハートが言い様のない憎悪に駆られたり、妖精と化したウィンの皮膚から放出される粘液によって一部の座席が二度と使用できないレベルにまでベトベトにされる等のイベントを経て、ようやく妖精鉄道アクシェが最後の目的地である『王都セントロンド』へと到着する。
「おぉお~! わりと近代的な街並みですわねえ!」
「ポワァア」
妖精鉄道アクシェから降りたカナリアがきょろきょろと周囲を見渡しながら感嘆の声をあげた…… 横のウィンもなんだか嬉しそうだ、表情が一切ないので雰囲気から察するしかないが。
ひとつ前の戦いの舞台であった『魔学都 オル・ウェズア』の時点でも、そこかしらに電灯のような装飾が見え、純粋な剣と魔法の世界よりも技術レベルがひとつ上がっていたが、『王都セントロンド』に至っては足元から頭上にかけて全てが人工物であり、完全に魔法と科学の世界に足を突っ込んでいる。
オカルトの力で成り立つ科学……という人類の正史とは全く違う進化を遂げた技術によって作り上げられたレトロフューチャーなセントロンドの外観は、眺めるだけでカナリアの好奇心をそそり、心を昂ぶらせる。
そして、それはカナリアの心だけではない。
アリシア・ブレイブハート等の手によって生み出された数々の地獄を超えた勇者たちは全員、辿り着いた神話の時代の都市の魅力的な姿にため息を漏らしていた。
「うふふ、観光はイベントが終わった後にごゆっくり、どうぞ! 此処だけの秘密ですけれども、もう少しで世界各地を自由に行き来できる飛行船が運行開始するんです。そして、その時皆さんにはここ『王都セントロンド』と、『魔学都 オル・ウェズア』を自由に行き来できるパスポートを発行させて頂きますから!」
頑張った皆さんへの、私からのちょっとしたご褒美ですっ! と、シヌレーンがウィンクをしながら告げ、おおおっ! とプレイヤー達が色めき立つ。
その道中の険しさから辿り着くことすら出来なかった『魔学都 オル・ウェズア』、さらにその先にある『王都セントロンド』へと自由に行き来できる権利を得れる……それだけで勝ち残った意味があったと気付いたのだ。
「さて! では最後の〝戦い〟を始め……る前に、こちらをどうぞ。モンスターを撃破するたびに獲得できるポイントの一覧が掲載される手帳です! 参加者の誰かが倒すたびに空欄が埋まっていきますので、上手く活用してくださいね!」
思いもよらないプレゼントに会場が盛り上がる中、シヌレーンがプレイヤーひとりひとりに黒いツルツルとした革製の手帳を配っていく……その材質はカナリアの隣に突っ立つ妖精となったウィンの肌に似ており、プレイヤー達は盛り上げたテンションを割かし下げる。
テンション上げたいのか下げたいのかどっちなんだよ、このゲームは……誰かがぼそりと呟くが、誰もその声には答えなかった。
そんなのこっちが聞きたいと言わんばかりに沈黙する。
「では気を取り直して……最終戦、スタート! でヒュッ」
微妙に冷めた空気を一切気にしないシヌレーンが最後の戦いの幕開けを宣言し、直後、その首にボルトが突き刺さり絶命する。
……え? とプレイヤーの中の誰かが声を漏らし、それを最後に会場の全員が沈黙し、この中の誰かがペラペラとページを捲る音だけが響く。
「ほーん、人間は1ポイントしか入りませんのねえ」
そして、お目当てのページを見つけたらしいシヌレーン殺害実行犯が意外そうに呟く。
それは誰か?
当然、カナリアだ。
そもそも、この中で一撃で人を仕留められるほどクロスボウの扱いに精通しているのは元より彼女だけだ。
「ポワァッ……ポワァアアア! ポワァアアアアア!」
「え、ちょ、どうしましたの? ウィン? え? えっ? どうして怒ってますの? せっかく最初にポイントを得ましたのに……」
「ポワァルルルル!」
自分の連れの衝撃的な行いに妖精化したウィンが身振り手振りで彼女の非常識さを訴えるが、残念なことにこの場において最も非常識な存在となったウィンは人の言葉を発せない―――鉄板を引き裂くような鳴き声で喚くだけで、カナリアに常識を説くことができない……!
やがてウィンは言葉を発せても無理なのに、この状態ではカナリアに常識を説くのは土台無理であると察してがっくりと肩を落とし、とりあえずこの場の他のメンツへと頭を下げた。
それにより、この場の全員はウィンに同情し、人は外見が全てではないと改めて知り、この場でイベントを進行しているのがシヌレーンではなくメガロ・マニアであれば死ぬこともなかったのだろうか、とぼんやりと考えてしまう。
「もうっ、ほら、行きますわよ! ウィン! 先んずれば人を制す、ですわ!」
一方カナリアはウィンが見せる行動の全てに疑問符を浮かべたが、その全ては意味のない行動だろうという結論を出し、ウィンの悍ましい形状となった手を引きながら街の中央へと向かっていく―――いやなぜ中央へ向かう? ウィンを含めたカナリア以外の全てのメンツが彼女の行動が理解できず硬直する。
「……このままじゃシヌレーンを殺したあの子が優勝しちまう……」
困惑に包まれる中で誰かがぼそりと呟く……確かに、確かにそうだ。
喉に深々とボルトが突き刺さり、自らの血で出来た池の中に顔を沈める哀れなシヌレーン……このままでは彼女をこんな姿にしたカナリアが優勝してしまう。
固まっていたプレイヤー達は静かに次々と街の外へ向かって走り出した。
ダメだ、勝たせてはいけない、あいつだけは……! アリシア・ブレイブハートよりひでえ……! NPCだってこの世界の中じゃ生きてるんだぞ!
互いに蹴落としあう仲でありながらも、不思議な一体感を得たプレイヤー達が光の中へと消えていく―――。




