038-お前か、ゴーレムか その3
「フフッ、逃げないので関係ない、ですね。『ネゲイト』!」
だがここで余裕を見せたのはアリシア・ブレイブハートの方だった。
スキルを用いずに高いINTを誇る魔法使い(に分類されるキャラクター)を殺害することで得られる称号『魔術師殺し』。
そして、それによって得られる特殊スキル『ネゲイト』は相手が最後に使用したスキルを消費MPと同じだけのMPを消費することで効果を打ち消すことができる。
それは非常に強力ながら習得条件が厳しいことで有名で、また、どこかのカナリアがナルアを殺害した証拠として所持していることでも有名なスキルだ。
「……しまった」
「貰いましたよ。『フェイタルエッジ』!」
不用意なプレイングを『ネゲイト』によって咎められ、一気に減速したキリカへと再び直剣に装備を変更したアリシア・ブレイブハートの凶刃が迫る―――それはまっすぐにキリカの首を狙っていた。
基本的に〝部位破壊〟は四肢や尻尾などの生命活動に直接は関わりのない部位にのみ有効なシステムであり、例え首や胴体等が刎ねられることがあったとしても、それは最後の攻撃によってHPがゼロになった場合の特殊演出でしかない。
だが、アリシア・ブレイブハートの持つ部位破壊専用スキル『フェイタルエッジ』は名前の通り〝致命的〟で、『生命活動に直接関わりのない部位にのみ有効』という部位破壊の縛りを無効化するスキルだ。
これによりアリシア・ブレイブハート相手のHPを大幅に無視し、部位破壊に必要なダメージのみで即死させることが可能となる。
彼女の驚異的なレベリング速度は、その膨大なプレイ時間の大半を生物の四肢切断に費やすという蛮行によって偶然入手したこのスキルによるところが大きい。
「キリカッ! くそっ……!」
相方がこのままでは死ぬと理解したルオナが素早く二人の間へと割り込み、アリシア・ブレイブハートへと向かって悪態つきながら右腕ごと剣を突き出す。
妖しい紫色の光を纏いながらキリカの首へと向かう刃の横をすり抜ける形で、その刃はアリシア・ブレイブハートの喉元を狙うが、アリシア・ブレイブハートは僅かに首を傾けて回避―――その一方で、ルオナの右腕はキリカの首の代わりにアリシア・ブレイブハートの『フェイタルエッジ』を受けて斬り飛ばされてしまう。
だが、それでいい……ルオナの右腕を斬り飛ばしたことで『フェイタルエッジ』の部位破壊効果は終了し、キリカの首を剣が切り裂くものの、ダメージを与えるのみで必殺の一撃にはならないのだから。
それを確認したルオナはアリシア・ブレイブハートを盾で押し飛ばすことで素早く距離を作る。
「へえ、よく見てますね」
「でしょう? ククク……」
失った右腕と背後のキリカを左手の盾で庇いながらルオナが顔を無理やり笑顔にする……余裕は既に無いようだが、死ぬ寸前までその顔から笑みを絶やさないつもりらしい。
……そんなルオナを見て、いじらしいな、と、アリシア・ブレイブハートは思った。
好意を抱く相手の前では決して弱い姿を見せようとしないルオナのその姿は、彼女の中に燻る暗く大きい嗜虐の炎を大きくする。
「……ごめん、……ルオナちゃん」
「謝ってもアタシの腕は戻んないから! 気合入れなおしなさい!」
「……オッケー、……よっしゃ次いこ」
「いやごめんやっぱ少しは落ち込んで?」
落ち込んだ顔を秒で消し去ったキリカにツッコミを入れつつ、ルオナとキリカはアリシア・ブレイブハートとの睨み合いの状況に落ち着く。
……状況は膠着しているが、問題はない―――盾の裏でルオナはニヤリと笑ってアリシア・ブレイブハートの所属する第四チームのゴーレムへと目をやる。
彼女さえこの場に縛り付けておけば、残りのメンツが第四チームのゴーレムを破壊してくれるはずなのだから。
確かにひとりは防衛に回っていたが、あれは二位でゴールしたとはいえ別段実力のありそうな相手には見えなかった……残る24組を相手にして生き残れるわけが―――。
「なっ……」
―――そう思っていたルオナの視界に映り込んだのは、死屍累々の上で仁王立ちする白い全身鎧のプレイヤー……クリムメイスの姿だ。
肩で息をしているし、背後のゴーレムも大分損傷が目立つがなんとか破壊はされていない。
倒したのか!? たったひとりで! 全員を!?
驚愕のあまりルオナは呼吸すら忘れて、立ち尽くす。
「お互い、相手を甘く見過ぎましたね」
そんなルオナを見て、くすり、と可愛らしくアリシア・ブレイブハートが笑った。
……そう、アリシア・ブレイブハートもキリカとルオナをノーマークだったが、同じようにルオナとキリカもクリムメイスをノーマークだった……それが互いの窮地を招いた。
そして、それがより致命的だったのはルオナとキリカだ。
これではいくら自分達がアリシア・ブレイブハートを引き付けていても勝てない……むしろ、急がなければ自分達のゴーレムがカナリアたちに破壊されてしまう。
「くそっ! ……いや……、いやッ! いいや! まだ! まだよ! アンタさえ、アンタさえ殺せば! キリカぁっ!」
「……ラジャ」
焦燥からルオナはキリカへと攻撃指示を出し、名前を呼ばれたキリカは低い姿勢でアリシア・ブレイブハートへと突っ込む。
下からの攻撃というものに人間は弱く、それを積極的に狙うのは非常に効果的であり、クロスレンジでの戦闘経験が豊富なキリカがそれを狙わない理由はない。
そして、キリカとの接近戦をアリシア・ブレイブハートは嫌がることだろう……嫌がり、距離を取る、迫りくるキリカに注視するだろう。
……そこに勝機がある! ルオナは右腕を失ったことによってインベントリへと戻った自らの愛剣を見ながらニヤリと笑う。
最初に仕掛けた不意打ちに使用した隠密スキル『姿隠し』―――相手の視界外に居る際に、自らの発する音を大きく抑制するスキル―――をもう一度使い、今度こそ致命の一突きをあの狂人にくれてやる。
「ふふっ」
……そう思っていたのに、ルオナの予想に反してアリシア・ブレイブハートは防御姿勢すら見せることが無い……ただただ楽しそうにニコニコと微笑んでいる。
ぞくり、とルオナの背筋を冷たいものが撫でる。
しまった、そう思った時にはもう遅い。
アリシア・ブレイブハートはもう自分達を相手に構えていない! 第一戦にて丸太の上で待ち構えていた時と同じだ。
あれは餌が飛び込むのを待っているだけ……!
「あなた達が私を殺すのと、ゴーレムが死ぬの。どっちが早いでしょうね。ふふふっ」
ルオナが止める間もなく、アリシア・ブレイブハートは楽しそうに笑い、キリカの鋭いアッパーカットを最小限の動きで避ける―――そして、攻撃後で不安定になったキリカの足を素早く払った。
これが真人間同士の戦いであれば、いくら不安定になっているとはいえちょっとした足払いでキリカが態勢を崩すことはないが、いまキリカが相手をしているのは片手で大剣を振り回す怪力の持ち主である。
キリカは成す術もなく顔から地面に突っ込んでしまった。
「……んにっ」
うつ伏せになる形で倒れ込んだキリカの背に素早くアリシア・ブレイブハートが乗りかかり、そのうなじへと剣の柄と剣先を握って押し当てる……それはさながら手製の即興ギロチンだった。
キリカはうなじに当たる冷たく鋭いものに恐怖し、固まる。
「キリカっ!」
「動いたらこの子、殺しますよ?」
相方の生殺与奪を握られたことに気付いたルオナが近付こうとするが、なんとも楽しそうな様子でアリシア・ブレイブハートは手に込める力を強めながらルオナの顔を見上げる。
その言葉に嘘偽りはない……たった一言、『フェイタルエッジ』とアリシア・ブレイブハートが告げるだけでキリカは死ぬことだろう。
だから、ルオナも動けない。
まるで身体が凍り付いてしまったようだ。
「それとも……見てみたいですか? お友達の頭が斬り落とされて、死ぬところ。……そうそう見れたものじゃないですものね。言い様のない感覚を味わえるかもしれませんよ? 案外、経験してみたら気持ちよかったりして。ふふふっ」
すっかり自分の調子を取り戻したアリシア・ブレイブハートがルオナへと問い……ルオナは今更気付く。
自分達が対峙する少女がどれだけ危険な思考の持ち主なのかということ。
まるで警戒が足りなかったこと。
そもそもコイツは自分の想い人のストーキング相手だけじゃなくてもっと大量の人間を殺しているのだということ……。
「……ステイ。……ルオナちゃん。……キリカ、こんな死に方はやだよ」
「……オーケー、アタシもアンタのグロい死体は見たくない。……分かった、やめてちょうだい、降参するから」
すっかり怯えた様子でキリカとルオナが降伏を告げ、その背後でふたりが所属する第二チームのゴーレムが激しい爆炎を撒き散らして自らの死が近付いていることを叫ぶ。
「どうやら、もう私が時間を稼ぐ必要はないようですね?」
その音を聞いて、戦いの終わりが迫っていることを感じたアリシア・ブレイブハートが、一瞬、ぎたりと非常に気味の悪い笑みを浮かべた。
もう、これ以上はチームのために戦う必要はないらしい。
「私、好きなんです。あなたみたいな友達思いの優しい人の前で、大切なお友達を殺してあげるの―――『フェイタルエッジ』!」
ならば、ここからは自分のために戦ってもいいだろう。
「……うわこの人あたまおかし」
「ひッ!?」
ずとん、とギロチンの刃が落ちる。
キリカの頭がルオナの足元へと転がって来て、赤いポリゴンとして弾けて消えた。
「い、いやっ! やめてっ!」
どくどくと赤黒い粒子を流しながらぴくぴくと痙攣を繰り返し崩壊していく親友の死体を目にしたルオナは、先程までの余裕を全て捨て去って素に戻り、アリシア・ブレイブハートに背を向けて逃げようとする。
だが、その背にアリシア・ブレイブハートは素早く近付き、無防備な脇の下から両腕を通して抱きしめるような姿勢で拘束し、そのまま喉元に刃を添える。
すれば当然、首筋にアリシア・ブレイブハートの生暖かい息がかかり、ルオナは思わず声にならない悲鳴をあげた。
「私があなたを殺すのと。ゴーレムが死ぬの。どっちが早いでしょうね。ふふふっ」
「や、やだ……お願い……」
先程までのキリカと同じ状況に陥ったルオナが震えた声で懇願するが、アリシア・ブレイブハートはその声を聞いて、ほぅ、と熱っぽい吐息を漏らすだけだ。
「賭けをしませんか? いまから10数えます。その間にゴーレムが死ねばあなたは助かる……死ななければあなたが死ぬ……さあ、いきますよ? 10……、9……、8……、7……」
耳元で囁かれる死へのカウントダウンがひとつ進むたびにルオナの身体がびくりと跳ね、その度にアリシア・ブレイブハートの心の中に燻る暗い炎が大きくなっていく。
ああ、そんなにも煽られると……!
現実世界では絶対に味わうことの出来ない、他者の全てを支配しているかのような感覚、自らが絶対的な存在になったことを感じさせる昂ぶりに、アリシア・ブレイブハートは思わず身をぶるりと震わせた。
「ああ! もう我慢できません! ゼロです! 『フェイタルエッジ』!」
「こんなのに喧嘩売らないでよ、ばかぁ……」
第二チームのゴーレムが爆発四散し、破壊されると同時。
ルオナは首が落ちる直前に、蚊の鳴くような声で珍しく素直な思いを吐露したが―――当然ながらそれは爆音に掻き消されてしまった。
「そこまでっ! 試合終了です! 勝者、第四チームでーす!」
哀れな少女の断末魔を消し去った爆音が静まると同時、会場にシヌレーンの声が響く。
アリシア・ブレイブハートの足元に無残な少女ふたつの死体、カナリア鏖殺班が通り過ぎた第三チームのゴーレムの足元に血だまりと肉塊の盛り合わせ、クリムメイスが守った第四チームのゴーレムの足元に多数のプレイヤーの感電死体。
シヌレーンが告げずとも誰もが一目に分かるだろう戦場が出来上がっていた。
「やったー! いえいいえーい!」
「いえーい! ほらー、カナリアさんもいえーい!」
「い、いえーい……」
この惨たらしい戦場の最中、血塗れになってイエイイエイとサラウンドタイプのパーリーピーポーめいた喜びの声を上げるシェミーとフレイ、そして、それに絡まれるカナリア……どうやら気に入られてしまったらしい。
再び配信のコメント欄は盛り上がりを見せるが、カナリアは心底迷惑そうに眉をひそめて、助けを求める意味を込めてウィンを見つめる。
「ポワァア」
しかしウィンは『妖体化』したままだ……そう、死亡するまで『妖体化』は解かれず、そして妖精と化した者は人の声を発することができない。
カナリアはパリピライバーに囲まれて死ぬほどげんなりしつつ、もし第三戦が殺し合いの内容であったら、この煩わしいふたりを殺そう―――と、ぼんやり思うのだった。
いや、今日の夕飯はカレーにしよう、みたいなノリで思うような内容ではないのだが。




