036-お前か、ゴーレムか その1
「さあ、皆様! 準備はいいですか? 第二戦、そろそろ始めますよーっ!」
全てのチームが大体話を纏めたであろう頃合いで、グラウンドの中央に立つシヌレーンが間もなく第二戦が始まることを宣言する。
その声にグラウンドに集結したプレイヤー達は気を引き締めて、自分達が破壊するべき巨大な土くれ人形を睨みつける……いや、よくよく見てみれば学院の生徒たちが用意したらしいゴーレムは確かに石や鉄で作られた装備を付けてはいるが、その素体は何かしら有機的なモノのようだ。
肌は黒く、赤い血管這い回っていて……これも妖精かよ! クリムメイスはゴーレムに向けた視線を切った……妖精を見続けるのは人間にとって有害である。
視線を切った先の相変わらずドクドクと脈打つ球体を、校舎の窓から見ている観客代わりの学生NPC達はどう思っているのか、などと考えながらクリムメイスは不気味な球体が破裂するのを静かに待つ。
「全員こっち見てますわね」
静まり返った戦場にカナリアの声が響く。
実際、3チーム全てが第四チームの方に向き直っていた。
まあ、仕方がないだろう……やはり、アリシア・ブレイブハートを筆頭にこのチームのメンツは目立ち過ぎている。
……いくら質の高い面々が揃っているとはいえ、75組を相手取ることが本当に出来るのか? とクリムメイスが思わず考えてしまうと同時、球体が再び聞くに堪えない音と共に閃光を撒き散らした。
一瞬、遅れて3つのチームとカナリアの引き連れる鏖殺班とアリシア・ブレイブハートが走り出す―――。
「……なんだ、あれ」
―――と、同時。
クリムメイスは思わず目を剥いた、なんと真正面に位置している第二チームの全員が、遠距離型のプレイヤーが集められていた第一チームを強襲したのだ。
他の2チームもクリムメイス達の第四チームへと視線を向けていることを確認し、ほぼ全員が第四チームを注視していた上に、半数近くが第四チームへと向けて足を進めていた第一チームは背後から攻撃を仕掛けられることになり、(第二チームが近接型のプレイヤーが集められていたこともあって)大多数のプレイヤーが為す術もなく撃破されていく。
「お、お前ら! なにを考えている……!」
「……気が済まないから、あの女を潰さなきゃ。……あなた達はその犠牲」
第一チームの元へと雪崩れ込んでいく第二チームを先導する少女が、ゴーレムを防衛していた第一チームのリーダーへと呟く。
どうにも少女はアリシア・ブレイブハートへの報復を目的として動いているらしい……この場に女性はアリシア・ブレイブハート以外にも多数存在するが、潰さなきゃ気が済まないとまで言われる女性はひとりしか存在していないだろう。
「だ、だからって俺達を襲う意味はないだろ!?」
「……嫌いなの、……ゴチャゴチャした戦い」
先導する少女―――肩まで伸ばしたシャギーの入った黒髪と、両腕に装備した大型の拳武器が特徴的な少女―――キリカが振りぬいた拳で第一チームのリーダーの頭部は血飛沫と赤いポリゴンを残して消し飛んだ。
耐久力にステータスポイントを回す余裕のない遠距離ビルドのプレイヤーとはいえ、火力の伸び辛い拳武器を用いて一撃で屠るのは容易くはないはずだというのに。
……その様子を初期位置から1mmも移動せずに観察していたクリムメイスは思い出す―――彼女こそ、自分の後ろにピッタリとくっ付いて三位でゴールした影のような少女であると。
「せ、先輩! 大分予定と違っちゃってるけど……」
「……わたくし達は役目を果たすだけですわ!」
第一チームが第二チームに強襲されて容易く崩壊し、ゴーレムも凄まじい勢いで破壊される様子を見て鏖殺班のウィンが足を止めかけるが、カナリアはその手を掴んで第三チームへと向かう。
明らかに第二チームの動きは不穏だが、第一チームのゴーレムが壊れるまでは自分達に影響があるようには思えない……ならば、優先すべきは第三チームの撃破だろう。
そうすれば他のポイントに救援に向かうにしろ、空いている第二チームのゴーレムを破壊するにしろ集中することができる。
「悪いが、ここから先は通せないよ」
だが、そう容易くはいかないようで―――鏖殺班の前に件の四人の老いたプレイヤー達が躍り出た。
先頭は刀を持ったプレイヤー……クリムメイスの手でアリシア・ブレイブハートの前に突き出されたプレイヤー、マツが努め、そこにタケと呼ばれた大斧を持つプレイヤーが並び、後ろをウメというヒーラーらしいプレイヤーと、マドという魔法使いらしいプレイヤーが固めている。
全員50歳程若ければ見目麗しい勇者御一行様だったことだろう。
「あの、申し訳ありませんけれども……。わたくし、あまりご老体に手をあげたくはなくて……道をお譲り下さらない?」
自らの前に躍り出た、なんとも見事な教科書通りの四人組のパーティーに対し、カナリアは思わず眉を八の字にして上目遣いで頼み込んでしまう。
いくらVRゲームの中では外観の年齢と身体能力は全く比例せず、アバターが老いていてもプレイヤーは少年などということが当然あり得るとはいえ、この四人に関しては声や姿勢からも老いていることが簡単に察せられてしまったからだ。
老人は大切にしよう……そのぐらいの思いやりの心はカナリアにもあった。
カナリアにも仏心だ。
「悪ィな、嬢ちゃん。譲るのは昔っから若ぇモンの仕事だ。」
「なら少しばかり早く寿命を迎えてもらうしかありませんわね」
しかし、タケが斧を担ぎなおしながらまぶしい笑みでカナリアの頼み込みを断った瞬間、カナリアの目が見開かれ恐ろしいほど素早くダスクボウからボルトが放たれた。
この場のウィン以外の全員がカナリアの豹変ぶりに驚愕し、そのボルトが向かっている先のウメでさえ硬直してしまう。
老人だからといって殺す時は容赦なく殺す……全ての命が平等であると理解しているカナリアは老人だけを大切になどしない。
カナリアは仏すら殺す、間違っても心に仏を飼っていない。
「そう容易くはさせないよ」
「あら」
しかし、放たれたボルトはウメに到達する前にマツの刀で切り伏せられてしまった。
……どうにも、アリシア・ブレイブハートが言っていた通り、この四人組は確かな〝障害〟足りえるらしい。
その歳に見合わぬ曲芸めいた防御を見て、カナリアは目の前の老人たちが只者ではないこと、アリシア・ブレイブハートの目に間違いがないことを理解する。
「でも、これは止められませんよね? ウィン! 殺人ベーゴマですわ!」
「えっ、なに、べえいごま? って、ウィンそれ知らな……」
「『夕獣の解放』ッ! 破ァッ!!」
「わっ、うわあっ、あああ~っ!?」
ならば、曲芸には曲芸を―――そして曲芸の代名詞といえば、独楽。
そう考えたカナリアはSTRを強化しつつ、無言で自分を睨みつけるマツへと向かって手を握っていたウィンを三度ほど振り回して放り投げた。
理解不能なその行動に再びこの場の全員が硬直し、投げられたウィンは悲鳴を上げながら独楽の如く回転して敵陣へと突入していく。
「く、『クリスタルソード』!」
凄まじい速度で回転し続けながら敵陣に突っ込んでいくウィンは当然ながら恐怖心に駆られ、自衛のために初級魔法の1つである『マジックソード』を晶精の錫杖の能力で結晶化しながら使用―――こうして、両手に結晶化された魔法の刃を生み出し、それを握りながら恐ろしい速度で回転するウィンはカナリアの言葉通り殺人ベーゴマと化した。
「うわッ!? みんな! 伏せるんだ!」
マツの言葉を聞いて咄嗟に回避した老人四人組はともかく、その後ろに追随していたプレイヤー達は殺人ベーゴマと化したウィンに反応できず、その多くが無残な肉片と化してしまう。
いくらマジックソードが初級魔法とはいえ、晶精の錫杖の極めて高い魔法適性値によって火力を増加させたうえに、結晶化によって物理攻撃力までもを得れば当然ながらこの時点のプレイヤーではそうそう受け止めきれない。
「き、きみっ! 仲間をなんだと思っているの!?」
「……? 信頼に足る存在ですわよ?」
突如として後輩をぶん投げることによってスプラッターな殺人現場を作り上げたカナリアに対し、ウメが心底ご尤もな怒りの声を浴びせるが、カナリアは心底困ったような表情で小首を傾げるばかりだ……珪素生命体に炭素生命体のお小言は通じない。
老人四人組は近頃の若者の狂気に思わず恐れおののき、珪素生命体カナリアは炭素生命体の独特の思考回路に困惑し、やはり自分と人類は分かり合えないと考えたことだろう。
「信頼に足るって、武器としての信頼に足るってこと? あはっ! ヤベーわね! この人!」
「せっかくだし記念撮影しよ! いえーい、ピースピース!」
そんなカナリアのなにに興奮したのかは分からないが、配信者二人組がカナリアを挟み込んで反転させ、その手で平和の象徴であるピースサインを作り上げさせる。
「……? な、なんですの……?」
急にパーリーピーポーめいた絡み方をされたカナリアは更に困惑しつつ、控えめに小さくピースサインを作り上げた。
それによって、スプラッターな殺人現場を作り上げながらもやや赤面しつつ困り顔で小さくピースをするカナリアを見て、シェミーの配信には『平気な顔して人殺すのに照れててかわいい』『恥ずかしがり屋の殺人鬼かよ推せるわ』等のコメントが大量に寄せられ謎の盛り上がりを見せる。
人類はもう取り返しのつかない所まで倫理観を失ってしまったのだろう……そろそろ人類に文明を与えた異星人が見かねて地球を滅ぼしに来る頃合いに違いない。
「ねえーっ! 殺り顔ダブルピースしてないで助けてくんない!?」
一方で敵陣の中に殺人ベーゴマとしてぶん投げられたウィンは、生き残った残存兵に周囲を囲まれ危機一髪の状況だった。
……それも当然で、初手こそ殺人的であったが、ウィンは純魔法使いタイプのキャラビルドであり接近戦は間違っても得意とは言えない。
そのことをウィン本人は当然のこと、周囲のプレイヤーもウィンの装備からそれを把握しており、ひ弱な野兎でも追い詰めたかのように薄ら笑いを浮かべながら包囲網を狭めていく。
「ヘヘ……悪いが死んで貰うぜ」
「これも戦いだ、恨むなよ……」
「……もぉーっ! 人前で使いたくなかったのに! 『妖体化』ぁ! ポワァルルルルァ!」
だが、彼らが追い詰めていたのは野兎ではなく野兎の顔をした異次元の怪物である。
子供っぽい癇癪を起こすぐらいの雰囲気でウィンは『妖体化』を使用し、顔が開花でもするかのように裂けて中から赤くぬめついた触手が伸び、正面のプレイヤーの顔面を食い散らかして殺害する。
「えっ……いや……え? それはなんか違うだろ……」
「ふざけんなよ、顔面くぱぁ女子は流行らねえよ」
唐突な『妖体化』により、怯えた表情を見せていた少女がただの怪物へと変化し、仲間の顔を食い千切る光景を目の当たりにした第三チームのプレイヤー達は急速に正気を失い、同時に戦意を喪失しする。
……が、追い詰められた野兎の顔をした異次元の怪物は、自分達を取り囲む人類への恐怖で周囲の反応を見る余裕がない。
異様に伸びた指の鋭い爪で手近いプレイヤーの肉を引き裂きつつ、結晶化した『マジックアロー』を連射して無抵抗な人類を蹂躙していく……異次元の怪物と人類のファーストコンタクトは惨劇に終わってしまったようだ……。
「……あなたの番だね。……次は」
一方その頃。
カナリア鏖殺班の手によって鮮血地獄が生み出され、順調に第三チームが崩壊するのを横目で確認するアリシア・ブレイブハートと、燃え盛って崩れる第一チームのゴーレムを背にしたキリカは互いの一挙手一投足を見逃さぬよう睨み合っていた。
「……っ」
その瞳には強い意志……いや、殺意が感じられ、思わずアリシア・ブレイブハートは僅かな恐怖心から盾を構える。
……単純な殺意であれば第一戦で地獄を形成していた時にも何度か向けられたが、彼女の放つ殺意は第一戦で向けられたような怒りを多分に含んだ熱の籠ったものではなく、まるで氷の刃のように冷たく、鋭く、アリシア・ブレイブハートへと深々と突き刺さってきたのだ。
「おいおい、アンタそいつともやり合うのか!? 俺達はゴメンだぜ!」
手早く第一チームのゴーレムを片付け、続いて第四チームのゴーレムの下へと駆け付けようとする第二チームのひとりが、どうにもアリシア・ブレイブハートとやり合う気らしいキリカの様子を見て悲鳴に近い声を上げる。
当然だ……キリカが今殺意を向けている相手に苦手意識を抱いていないプレイヤーなどこの場にはいるはずもなく、可能な限り関わりたくないと考えるのが普通だ。
「……いいよ、別にひとりで。……そのかわり、ゴーレム潰してぇ?」
だが、もちろんキリカはその事を咎めたりなどはしないし、そもそも元からアリシア・ブレイブハートとの戦闘における頭数には彼らを入れていない。
拒絶の色を示したチームメンバーへと振り向くこともせずに、キリカはひとりでアリシア・ブレイブハートへと挑戦することを告げ、ジェスチャーだけで残りのメンツに第四チームのゴーレム破壊を指示する。
「マジか、ひとりでやり合うつもりかよ! パネぇな! キリカさん! じゃあ任せたぜ!」
アリシア・ブレイブハートと対峙しながらも、微塵も恐怖心を抱いている様子がないキリカの背に頼もしさを覚えながら、多くのプレイヤーがアリシア・ブレイブハートの横を通り抜けていく。
その連中をアリシア・ブレイブハートはなんとか止めようとするが、目の前の自分を睨むキリカの鋭い眼差しに気を取られて動けない……まるで身体が凍り付いてしまったかのように。
「そう簡単には負けませんよ、私は」
「……知ってる」
その瞳は気だるげに半分伏せられているのにも関わらず、言い様のないプレッシャーを放つキリカに対抗すべく、自らを奮い立たせるように睨み返したアリシア・ブレイブハートの言葉に対してキリカは興味無さそうに返し―――。
「……でもゴーレムはどうかなぁ♥」
「っ……」
―――口を大きく割いて楽しそうに笑いながら言う。
その顔つきは、まさに子供を甚振って殺している時のアリシア・ブレイブハートそのもの……言うならば、悪魔のようだった。




