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035-第二戦、魔学都へ その3

「……で、どう戦う? カナリアさんとウィンさんが言う通り、このチームの人数は最小で、ヘイト値は最大だ。他3チームが結託して潰しにくれば危ない」


 勝利を確信してなにも考えずに空を見上げているクリムメイスと違い、この状況に逆に危機感を覚えたらしい全身鎧の男性プレイヤー―――リヴが声を上げる。

 それを聞いてクリムメイスは、確かにそうかもしれない、と小さく頷いた。

 目立つ三組を抱えているのに人数が最小……であるならば、他のチームから集中的に狙われる可能性は極めて高く、それでいてこの戦いにおいてはプレイヤー間の力量差というものはやや小さくなり、数的不利はより大きくなる。

 なにせ、この後ろに突っ立っているゴーレムが破壊されれば敗北なのだから。

 ……多少は自衛をするらしいが、恐らくは期待できないだろうし。


「3:1だけは避けたほうがいいですわね。どうかしら? まずは全員でとっとと1チーム潰しませんこと?」


 リヴの言葉に対し、真っ先に反応したのはカナリアだ。

 確かに、3:1になることが分かり切っているならば、むしろ全力で攻勢に出て潰すのはありかもしれない。

 ……だが、その作戦はあくまでこの場の全員で掛かればゴーレムを素早く破壊できる(少なくとも他のチームが自分達のゴーレムを破壊するよりも)という前提でしか成り立たない。

 そして勿論、この場の全員が今回の破壊目標であるゴーレムの耐久度がどの程度であるかを把握していない上、いくら良質なプレイヤーが揃っていたとて、流石にそこまで飛びぬけた火力があるかは分からない以上リスキーすぎる作戦ともいえる。


「悪くはないが……、デカブツ相手に火力を出す自信がいる奴はどれだけいる?」

「あー、ウィンと先輩はそこそこ出るかな。先輩はグロウクロコダイル即死させたんだよね?」


 しかし、そんな無謀に近い作戦ですら有りなのではないか? と一瞬でも思わせてしまうような、相当に威圧感のあるメンツに囲まれながらもチームの統率を取ろうとする勇敢なリヴの問いに対し、少々肩身を狭そうにしつつもウィンが隣のカナリアを見ながら答えた。

 すれば、当然ながら、え? とこの場の殆どが声を漏らし―――一斉にカナリアへと視線を向ける。

 グロウクロコダイルは、二番目に挑戦できるダンジョンのボスとはいえ、ダンジョンのボスはダンジョンのボスだ……もっとプレイヤー側の戦闘力が上がれば即死させられる場合も出てくるだろうが、まだこのゲームはサービス開始からそう経っていない。

 故に、カナリアが現時点で既にグロウクロコダイルを即死させているというのは少々人類には刺激が強すぎる情報だった。


「ほ? え、いいえ? 開幕五秒で殺しただけですわよ?」


 急に注目の的となったカナリアがパタパタと手を振ってウィンの言葉を肯定する。

 ……いや、本人的には否定しているつもりなのだろうが、残念ながら人類の感性から言わせてもらえば否定になってはいなかった。


「それ凡そ即死じゃん」

「ほーん、そうなんですの」


 開幕五秒で殺したのか、あのグロウクロコダイルを……苦笑するウィンの言葉に対して興味なさげに呟くカナリアを見ながら、クリムメイスはふたりの注意レベルを更に上げる。

 第一戦ではアリシア・ブレイブハートばかりが目立っていたが、彼女たちも相当なものかもしれない……。


「グロウクロコダイルを即死……か……ならば……いやでも、最低でも25人以上の相手をすることになるゴーレムだ、流石にもうちょっと固い……か? 他には自信のある奴いないか?」

「はいはーい! わたしとフレイはデカいヤツ得意よ!」

「やっぱ映えるからねえ~、配信的に!」


 急に計り知れない火力を持つカナリアが現れ、なまじ計れない分逆にどういう立ち回りをするのか悩ましくなった所でシェミーとフレイが元気よく名乗りを上げた。

 確かに、大型MOB戦……所謂ボス戦は配信映えするのだろうし、配信者である彼女たちがそこに注力したビルドにしているのは当然といえる。

 クリムメイスは配信者だというのに死に顔以外特にインパクトもなく、安心感すら覚える堅実なキャラクターを見せてくる二人組への好感度を無言で上昇させた。


「これで4人、と……。じゃあ、逆に火力に自信のない奴、数が多いのが得意な奴は? もうそいつらだけ防衛に回して後は全員突撃するか、それで行けるだろ。きっと」


 クリムメイスが堂々と腕を組んで、さも重鎮のような雰囲気を醸し出しながら無言を貫いて空気に徹する中、そんなクリムメイスとは対照的に先程から作戦会議の中心として頑張っていたリヴが急に投げやり気味になる。

 仕方がない、グロウクロコダイルを即死させたという情報は今の人類に処理するに難い事実であり、思考能力が低下するのもやむを得ないのだ。

 むしろ、まだ思考する努力をしているだけで賞賛に値する。


「……申し訳ないのですが、私はあまり……。防衛に回させて頂ければ、向かってくる者は殺せますが」


 この場の多くのプレイヤーがカナリアより発されたグロウクロコダイル即殺情報によって思考を乱される中、その程度のことでは微塵も動揺しない悪魔こと、アリシア・ブレイブハートがおずおずと手を挙げて気恥ずかしそうな様子を見せる。

 おずおずと手を挙げて気恥ずかしそうな様子を見せているのにも関わらず、『向かってくる者は殺せる』という言葉の圧が半端ではない。

 流石は第一戦で地獄を形成した殺人鬼なだけはある……恥ずかしがる程度では可愛らしく見えてこないとは。


「私も防衛でいいか? 信術を使うからな、攻めより守りのが得意なんだ」


 そんなアリシア・ブレイブハートを見ながらクリムメイスも続いて手を挙げた。

 理由は単純だし口にした通りで、確かに大型のメイスを扱っている関係上クリムメイスは対大型戦も得意なのだが、最も得意とするのは範囲攻撃に優れる信術を用いた迎え撃つ形の対多戦なのだ。

 加え、アリシア・ブレイブハートの隣にいれば否応にも注目されなくなるだろうから、それを狙っているのもある。

 なにせ、いまでこそチームメイトだが、勝ち進めば次はこのメンツとは戦うことになるのだし、なるべく情報を与えないほうがいいのは間違いないのだから―――。


「じゃあ、防衛は二人に任せて後は全員突撃ですわね!」

「え」


 ―――そう思って名乗り出たのだが、カナリアが急に話を終わりに向かわせ始めたことで状況が変わってくる。

 待て、待ってほしい……確かに防衛に回りたいと言ったし、アリシア・ブレイブハートの隣にいれば注目を避けられるから隣にいたいと思ったのも確かだ。

 だが、しかし……だからといってアリシア・ブレイブハートとふたりきりになりたかったわけではないのだ! クリムメイスは助けを求めるように手を伸ばして「あの」だとか「えっと」だとか繰り返す。

 なんと哀れだろう。


「えー、ちょっと極端じゃない? だいじょぶ?」

「大丈夫ですわよ。こちらが大人数で1チームに突っ込めば、そのチームは防衛に多く割かなければなりませんし、残る2チームも全員でわたくしたちの所へと突撃なんてすれば、もう片方に自軍が潰される可能性が出ますから。なんだかんだそんなに数は出せないはずですの」

「おー、言われてみれば確かに!」


 そんなクリムメイスのことなど当然知るわけがないカナリアの言葉に、クリムメイスのことを一瞥しつつも無視を決め込んだシェミーとフレイが賛成し、盛り上がる。

 クリムメイスは兜の中で密かに頬を涙で濡らした……ニッコニコで近付いてくるアリシア・ブレイブハートが視界に入ったのだ。

 ……そう、列車の中に引き続き、再びアリシア・ブレイブハートとふたりきりである。

 なんという悲劇か……チームのためを思って防衛に回った結果がこれだ。

 人のためになにかをするなど、やはりロクなことにならない……クリムメイスは孤高だけが人を幸せにできるのだと再確認する。


「えーっと、それじゃあ、頼むが……大丈夫か? その、いろいろ」

「あーだいじょぶあーだいじょぶ」


 心底心配そうな声色でリヴがクリムメイスに問うが、クリムメイスは乾いた声で大丈夫大丈夫と繰り返すことしか出来なかった。

 大丈夫、大丈夫だ……この面子の中でアリシア・ブレイブハートと共に時間を過ごして耐えられるのは現状自分しかいないのだから。

 これは、必要な試練なのだ。


「そうか……すまないな……じゃあ、あとはどこから潰すか、だな」

「最初に潰すのは、あのお爺さんたちがいる第三チームがオススメですね。あの方々、かなりの手練れでしたので」


 隣に立つだけで人に絶望を与えることができる少女ことアリシア・ブレイブハートが、遠距離型のプレイヤーが多めに割り振られている向かって左側の第一チームや、近接型のプレイヤーが多めに割り振られている中央の第二チームと違い、遠近バランスよく揃えられているチーム……向かって右側のゴーレムの足元に集うチームこと第三チームを―――特に、その中央に立ち、露骨にこちらに視線を飛ばしている年老いたプレイヤー4人組を指差す。

 と、そこでこの場の全員は、ふと気付く……そうだ、この場に居る殆どは仁王立ちするアリシア・ブレイブハートによって実力を計られているのだった、と。


「でもゴーレム潰すのは第一チームが早そうじゃん? あんな露骨に魔法使いが集まってるしさ」


 ならば、アリシア・ブレイブハートの言う通り最初は第三チームを潰すか、と話が決まりかけたところでウィンが第一チームを指差しながら異論を唱えた。

 そして、その意見もまた、確かに頷けるものだ……なにせ、クロムタスクの作品において魔法使い型のビルドは非常に高火力であるのが常であり、更には確実にアリシア・ブレイブハートとクリムメイスの間合いよりも射程が長い。

 となれば、最も強気に攻めて来るのは恐らく第一チームであり、真っ先に対応した方が良いのも同チームで間違いないだろう……まとまりかけた話が崩れ、そこにクリムメイスは勝機を見出す。


「じゃあ、アリシアがあそこに単独で突っ込むのはどうだ!?」


 力強く右手を挙げたクリムメイスが、元気いっぱいにアリシア・ブレイブハートを第一チームに単騎で突撃させ―――自分の横から退かすプランを提示する。

 それが吉と出るか凶と出るかは分からないが……とりあえずアリシア・ブレイブハートが隣に立たなければクリムメイスはそれで良かった……だって怖いんだもん。

 しかし、そのアリシア・ブレイブハートへの恐怖心から出ただけの適当なプランに全員が振り向き、そして静かに頷き始めてしまう……そうだ、それだ、それが一番に違いない、と。


「……まあ、確かに。あの方達ならば、潜り込めればかなり有利に動けるとは思いますけれども。クリムメイスさんは大丈夫ですか? お一人で」

「あまり私を甘く見るなよ、最初にお前を超えたのは誰だ?」

「まあ……はい。確かに」


 かなり無茶苦茶な役回りを押し付けられたアリシア・ブレイブハートだったが、彼女も彼女で実力に裏打ちされた自信があるからか、単騎突撃する自分のことよりも、単騎防衛となるクリムメイスを案ずる言葉を零す……が、クリムメイスは大層自信ありげに腕を組んでふんぞり返ってみせた。

 瞬間、この場の全員が、そうだ、そういや確かにこの人二位だった……と頷き始める。

 そう、グロウクロコダイルを即死させたカナリアとその仲間であるウィン、配信者であり惨殺死体となったシェミーとフレイ、数々の死体を作り上げたアリシア・ブレイブハートのインパクトで存在が希薄となっているが、クリムメイスは第一戦においてアリシア・ブレイブハートを最初に抜き、二位でゴールした猛者なのだ。

 それに、第三チームに殆ど全員が、第一チームにアリシア・ブレイブハートが突っ込むのだとすれば、クリムメイスの元へと辿り着くプレイヤーの数は知れている……第一チームが余程上手くアリシア・ブレイブハートをやり過ごせない限り、問題はないだろう。


「よし、話は纏まりましたわね! 我々カナリア鏖殺班は右側へ突撃、左側はアリシアさんが突撃して虐殺地獄を形成、ですわね! やりますわよー!」

「「おーっ!」」

「お、鏖殺班……」


 いよいよ立ち回りが完全に固まったことを察し、音頭を取るべく、おー! とカナリアは右手を突き上げ、それに続いてシェミーとフレイが右手を突き上げるが……ウィンを含む、カナリアと共に第三チームに突撃する面々はカナリアが口にした『鏖殺班』なる悍ましい部隊名にドン引きする。


「地獄なんて作れませんよ、私。悪魔じゃあるまいし。失礼な方ですね、人をなんだと思っているんですか?」


 カナリアのパーティーメンバーでありながら、自分達と同じようにカナリアの言葉に引いてみせたウィンにこの場の殆どが同情していると、カナリアが口にした言葉の一部がどうにも不服だったらしいアリシア・ブレイブハートが唇を尖らせる……が、お前それはジョークか? と、クリムメイスを含む大多数の面々はアリシア・ブレイブハートにツッコミを入れざるを得なかった。

 ……口にすれば地獄の一部にされてしまうのは間違いないのだから、心の中だけで。

 お前が悪魔じゃないなら、世の中には天使しかいないだろ、と―――。

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