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034-第二戦、魔学都へ その2

「とうちゃーく! 前の方からお降り下さーい!」


 その後しばらくの間、アリシア・ブレイブハートとの雑談に身を興じて精神にダメージを負ったクリムメイスだったが、シヌレーンのオル・ウェズアへの到着を知らせる声で試練の時が終わったことを知った。


「おや、もう到着ですか。ふふっ、楽しい時間は一瞬ですね」

「ソウダナ」


 花の咲いたような笑顔を浮かべるアリシア・ブレイブハートに対し、クリムメイスは感情のない平坦な声で返答する……。

 ……まあ、楽しいかどうかは諸説あるが、正直、アリシア・ブレイブハートの口から出た情報は為になるものが多かった―――例えば〝部位破壊〟というシステムの仕様に関しての情報とか。

 この『オニキスアイズ』が出て間もないゲームだからというのもあるが『部位破壊』というシステムに関しての情報は全くといっていいほど解明されていない。

 基本的に知られているのは四肢や尻尾、ものによっては胴体などの部位へと、その部位に対応した属性で一定以上のダメージを与えることで切り離したりすることが可能であり、それによって相手の行動を制限し、撃破後のドロップアイテムの質を上げたり、場合によっては特別なアイテムを手に入れられる……という、公式ガイドに載っている情報だけだった。

 しかし、そこは第一戦で老若男女の四肢胴体頭部切断ショーを繰り広げた部位破壊の達人である殺人鬼、アリシア・ブレイブハート。

 どうにも、より細かい仕様や専用のスキルがある事などを把握しているようで、部位へのダメージや部位破壊専用スキルはSTRとDEXの値のうち低い値が参照される、と嬉しそうに語っていた……そして自らはSTRとDEXが並ぶように多くステータスを振り続けていることも。

 だが、最大の情報はアリシア・ブレイブハートのその圧倒的な強さの秘訣に関する情報で、それを聞いてクリムメイスは、なるほど、それは強いわけだと納得した。


(まさかもう80台に突入しているプレイヤーがいるとはな……)


 アリシア・ブレイブハートの強さの秘訣―――それは単純なレベルの高さだった。

 なんと単純明快なことか、やはりVRMMOにおいてもRPGの最高の攻略法はレベルを上げて物理で殴ることなのだ。

 しかし、80、80とは、かなり私生活を捨てている自分ですら30前後だというのに……もしかしなくとも、アリシア・ブレイブハートは学校や職場に通ってないのではないか?

 クリムメイスは無言で思う……やはり、名字を付けているだけあって格が違う。


「この街や王都(おうと)のような大きな街の電力供給に用いられている発電設備『フィオナ・セル』は、このオル・ウェズアで生み出されたものなんです。王都は下街こそ未だに旧式の蒸気機関が主流ですが、その中央部はたった一つの『フィオナ・セル』で全ての電力が補われているんです! 『フィオナ・セル』は近年における人族最高の発明の一つなんですよ!」

「へえ! ぶっ壊したら街ひとつ吹き飛ぶぐらいの歴史的事故になりそうですわね!」

「ね、先輩。なんで発想がテロリストなワケ?」

「アハハ……、まあ、そうですね。まずないとは思いますが……、もしも、私たちの歩いてる地面の下にある『フィオナ・セル』に万が一のことがあれば……ここなら数十万人ほど、王都ならそれ以上の人が灰になってしまうかもしれません」


 オル・ウェズアに関する色々な情報をプレイヤー達に話しながら進むシヌレーンの後を追いながら、クリムメイスはアリシア・ブレイブハートの私生活が少しばかり心配になった。

 彼女は明るく親しみ易そうな雰囲気を最初だけ醸し出していたが、案外、そういう人物のほうが闇が深かったりするものだ……。


「話を戻しますね。それで、その『フィオナ・セル』を生み出した天才魔術師が、学友と共に目まぐるしい日々を過ごしたのがこの学院……『王立イリシオン学院』なんです!」


 しかし、この流れには作為的なものすら感じられる……第一戦であれだけ目立ったアリシア・ブレイブハートが苦手とする対多戦を、恐らくは彼女が嫌いであろう学校で、間違いなく嫌いであろう団体戦で行う第二戦とは、まるでゲーム全体がアリシア・ブレイブハートを殺しに掛かっているようだ。

 と、クリムメイスはなにやら恐ろしいことを口走っているプレイヤー―――第一戦を一位で駆け抜けた二人組の片方だ―――から目を逸らして考えつつ横目にアリシア・ブレイブハートの表情を盗み見る。

 いや、見ようとしたが、アリシア・ブレイブハートが既にそこには居なかった。

 アリシア・ブレイブハートはクリムメイスの隣を離れ、シヌレーンのことも追い抜き、環状に建てられた校舎に囲まれるグラウンドにまで入り込み、興味深そうに、楽しそうに……グルグルと回ってあたりの景色を見回している。

 無邪気な子供のように、まるで、学校という施設を初めて見たかのように。

 思わずクリムメイスは眉をひそめた……あのアリシア・ブレイブハートの様子は、クリムメイスの中での彼女の境遇に対する考察と一致しない。

 なにか、もっと深い事情があるのだろうか? いや、もしや……奴はやはり、人類鏖殺が趣味の人工知能なのでは? クリムメイスは深くアリシア・ブレイブハートについて考えるのをやめた。

 考えれば考えるだけ恐ろしくなる。


「そんな素晴らしき学び舎で戦えるのだから、感謝して欲しいものだな。旅人達よ」


 アリシア・ブレイブハートの周囲に渦巻く闇の気配にクリムメイスが肝を冷やしていると、校舎から教員らしき男性NPCと、学生らしき女性のNPCが姿を現して、プレイヤー達を(あまり歓迎してなさそうに)出迎えた。

 普通の人が普通に出てきて普通に物語を進めそうな雰囲気を出している―――あのメガロ・マニアとかいうバケモノさえ居なければ、こんなにも普通に物語が進むのか……クリムメイスは殊更メガロ・マニアの存在が理解できなくなる。

 そして、教員らしき男性NPCの高圧的な物言いに微塵も心が動かなくなってしまったことに密かに悲しみを覚えた。

 第一戦のアリシア・ブレイブハート、そして移動中のアリシア・ブレイブハート、数々のアリシア・ブレイブハートによって心が摩耗してしまったのだろう。


「あー、オッサンオッサン、眼鏡のオッサンさー。マーケティング的にサイアクだからやめてくれねーですかね。そーゆー学者特有のエラそーな高圧的な態度はさー」

「……偉そうなのはどちらだ、オリア。貴様、首席だからといって教師に対する態度がそれなのはおかしいぞ」

「ハァ~? 敬語使ってンですケド。最大限のケーイ払ってンですケド? これ以上センセー如きにどんな媚び方をしろってーンですか?」

「マジで腹立つなこのメスガキ」


 実に平和なNPC同士の牧歌的会話で、徐々に摩耗された精神が回復していくプレイヤー達。

 そして彼、彼女らの心に芽生えるのは……この恐ろしい祭典を必ず生き延びて、平和なオニキスライフに戻るのだと……その際に少しばかり日々を豊かにする〝何か〟を得て帰るのだと……そういう決意だ。

 恐らくはこの街に辿り着いて以降のメインストーリーにおいて、主役となるのであろうキャラクター達の紹介を兼ねているであろうNPC同士の会話に対し、既に一切の情動を覚えなくなってしまった悲しきプレイヤー達は静かに耳を傾け続ける。


「このオリア様をメスガキ呼ばわりとは、何様ですか? ……て、いうか。自己紹介もまだなのにウチに絡むのやめてくれねーですか? なに? カレシ気取り?」

「フン、言ってろ。……私はヴェンリス。この『王立イリシオン学院』で操魔(そうま)学を教えている。操魔学というのは、その名の通りゴーレムを生成し、操る事に関する学問であり。今回貴様らが使うゴーレムは私が直々に用意したモノだ。感謝しろ」

「まー、用意したっつっても椅子に座って指示出してただけですけどね。実際に汗水流して作ったのはウチら生徒だし。あ、どもども。天才魔術師のオリアちゃん様でーす。ナルアからウチのこと聞いてた旅人サンもいますかね? ひとりぐらい」


 しかし、こんなにも静かな湖で囀る鳥達でも眺めるかのような空気で今回のイベントの目玉であろう新NPC達の紹介イベントを見られて開発陣はどう思っているんだろう……なんて考えていたクリムメイスだったが、オリアの言葉を聞いて一つ思い出した。

 確かにそういえば、主人公とパーティーを組むNPCのひとりである魔術師のナルアが自分の姉は魔法学院の首席をしているのだと言っていた……どうも彼女のことらしい。

 言われてみれば髪色や瞳の色、顔の雰囲気等が……似てない、まるで似てない……なにやら、あまり似てない姉妹のようだ。


「あの子、めーっちゃ手紙で旅人サンのこと自慢してきますよー? どなたか知らねーですけど、可愛がってくれてありがとーございます。ホントホント。寂しがり屋で泣き虫だから仲良くしてやってくださいね?」


 似てないにしても程があるほど妹に似ていない姉ことオリアが、ぱちん、とプレイヤー達に向けてウィンクをする。

 実際ナルアはNPCにしては高い火力を誇るキャラクターで、クリムメイスも重宝していたので心の中で首を縦に大きく振ったし、この場の殆どのプレイヤーも同じだっただろう。


「ナルア……本当に惜しい人材を失いましたわ……」

「失った……? え、失った……? いや、失ったともいえるのかな……うーん……?」


 ……その、『殆ど』に含まれていないプレイヤー、第一戦を一位で駆け抜けた二人組の片方ことカナリアが静かに目を伏せて胸に手を当てて呟く(そして当然ながら隣のウィンは深く首を捻る)。

 どうにも本気で自分がナルアを殺したとは思っていないらしいカナリアの呟きは、普通であれば人の耳に届くような大きさではなかったが、この場の大多数のプレイヤーが惨い目に遭いすぎた弊害で異様な程静かだったため、全員の耳に届くほど響き渡り―――この場の全員を混乱させる。


 ……失った……失った? どういうことだろうか……もしかして、ナルアが死んでしまった、ということか? 馬鹿な、そんなイベントがあるのか……? この先に? あんな典型的冒険活劇のような王道シナリオしているメインストーリーに……?


 ヤマカンが綺麗に当たったが故に第一戦を一位で駆け抜けられただけ……だと思えた、いや、思いたかった二人組のうち、少なくとも片方は底知れぬなにかを持っているのかもしれないのだと気付き……クリムメイスはカナリアの注意レベルを一段階上昇させた。

 隣のウィンはどうかは分からないが、少なくともカナリアの方はかなりのストーリー進行度のようで、現状人死にが出る気配のないストーリーを人死にが出るまで進めているらしく―――ハイラントで進められるメインストーリーを全て攻略し終えている(はずの)クリムメイスからすれば、その事実は不気味な事この上ないのだから仕方ない。

 ……なんにせよ、第二戦も第一戦と同じか、あるいはそれ以上の地獄が繰り広げられそうだ。

 クリムメイスは思わず自分を待つ未来に頭痛を覚えた。



 第二戦のチーム分けが決まった。

 クリムメイスは周囲を見渡す。


「というわけで、わたしとフレイは第四チームになったわ! この人達と勝利を目指すわね!」

「強そうな人がいっぱいで楽できそうだね!」


 まず目についたのはライブ配信を行っている白髪貧乳と金髪巨乳の二人組の少女……シェミーとフレイ(同チームということで表示された名前を見る限り、白髪貧乳の少女がシェミーで、金髪巨乳の少女がフレイだ)。

 彼女たちはアリシア・ブレイブハートに惨殺された姿が記憶に新しいが、シェミーの持つ長槍と大盾、フレイの持つ大斧は見るからに上質な金属製の装備でレアリティが高そうだし、なにより彼女たちは惨殺されながらもきっちり百位以内でゴールしている。

 配信者ということもあって無条件で見下していたが、どうにもゲームに打ち込む姿勢は本物らしい……実力には期待できるだろう。


「近寄るな! 父さんと母さんには手を出させないぞ!」

「出しませんよ、今は。仲間なのですし。そうでなくとも、あなたのお父さんとお母さんにはもう手を出しませんよ、ふふっ」


 次に目に付くのは少年に震える切っ先を向けられて、恍惚とした表情を浮かべているアリシア・ブレイブハートだ。

 ……勝ち、勝ちである……クリムメイスは腕を組んで自らの勝ちを確信する。

 この戦いにおいては役割を持てないと彼女は自分をそう評していたし、実際そうかもしれないが、勝ちだ、勝ちなのだ……アリシア・ブレイブハートと同じチームになれれば勝てると宇宙はそう言っている。

 クリムメイスは目先の勝利で将来の彼女との対峙から目を背け、幼い子供相手に殺意と愛欲の混じった悍ましい感情を抱く彼女から物理的にも目を背ける……怖い。


「露骨にこのチーム人数少ないですわよね?」

「その分めっちゃメンツ濃いけどね」


 そして最後に件の学生(?)二人組……カナリアとウィンだ。

 第一戦をぶっちぎりの一位で潜り抜けたが故にその実力は未知数なのだが、先程からの発言を見るに少なくとも先輩と呼ばれる少女……カナリアの実力は期待できるだろう、ナルアが死んでいるようだし……それに、二人ともかなり装備が異質だ。

 ……あとは雑多なプレイヤー達ばかりだが、クリムメイスは既に勝利を確信していた。

 このチームは露骨に強い、強すぎる……明確に悪意のあるメンバーの分け方だ。

 例え、カナリアが言うようにソロプレイヤーの数が最も多く、このチームは数的に圧倒的不利なのだとしても勝利は間違いないだろう……。

 更に言えば、この三組に加えて自分もいるのだし、と、クリムメイスは大きく頷きつつ思うが、恐らくこの場でクリムメイスの戦力を評価しているプレイヤーはアリシア・ブレイブハートだけだろうことは言うまでもない。

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― 新着の感想 ―
「おや、もう到着ですか。ふふっ、楽しい時間は一瞬ですね」 「ソウダナ」  花の咲いたような笑顔を浮かべるアリシア・ブレイブハートに対し、クリムメイスは感情のない平坦な声で返答する……。  ……
[一言] すんません、その子気付いてないだけでNPC(間接的或いは直接的に)やっちゃってるんすよ
[一言] 良く考えてみればNPCが普通にPCに殺傷される想定がされているこのゲーム自体がオカシイノデハ? 重要NPCが死んでも普通にシナリオ進行に影響無いですし(難易度爆上がりだが しかも奪ったアイテ…
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