033-第二戦、魔学都へ その1
本日は2話更新となっております。
まだ未読の方は前回も合わせてお楽しみください(といっても超低予算公式生放送回なので読まずとも影響はほぼありませんが)。
「お疲れさまです、諸君! これにて第一戦は終了!」
クリムメイスが猫動画を見て心を癒す中、アリシア・ブレイブハートのゴールによって第一戦が終わったことをメガロ・マニアが告げ、それによりクリムメイスは自分が第二戦へと進出できたことを確信し喜ぶと同時に、アリシア・ブレイブハートと付き合う時間が増えたことに気付いて軽い絶望に襲われる。
「……仕事し過ぎだろう、アリシア」
軽い絶望の中で、いま自分の周囲にいるのが地獄の第一戦を抜けた猛者であると気付いたクリムメイスがまわりを見渡せば、殆どが第一戦より前の朗らかな雰囲気を纏ってはいなかった。
泥のような死んだ目をしているか、髪に浴びた血を払いつつ入村するアリシア・ブレイブハートを何か凄まじい覚悟を決めた面持ちで睨みつける者ばかりである。
特に、仁王立ちするアリシア・ブレイブハートの横を運よく抜けることが出来たらしい、三人組の親子が特に悲惨だ。
母親と父親は死んだ目で空を見上げ、息子はアリシア・ブレイブハートを強く睨んでいる……僅か2km走るだけの間にどれだけの災難が彼らを襲ったのだろうか? クリムメイスは猫画像を拡散しつつ幸福な家族を突如として襲った災厄に想いを馳せた。
そして、その視線の先で幼い少年に睨みつけられてることに気付いたアリシア・ブレイブハートが可愛らしく微笑み小さく手を振り返し、少年は拳を固く握りしめながら俯いてしまう。
「にしても。だいぶ静かになりましたわねえ。皆様あの蛇のようなモンスターに余程苦労しましたのかしら」
「いや大体先輩のせいだと思うんですケド」
そんな陰鬱極まりない雰囲気に包まれたイベント会場において、異質な雰囲気を纏ったプレイヤーがいる……黒い装備に身を包めた二人組……先の試合をぶっちぎりの一位で突破した二人組だ。
後輩らしきプレイヤーの方は周囲を見て肩身が狭そうにしているが、先輩らしきプレイヤーはまるでそんな素振りがない。
更に言えば彼女こそが仁王立ちブレイブハートを生み出した諸悪の根源なのだが、彼女はそんなことは記憶にないとでも言うかのようだ。
「さてさてさて。第一戦を勝ち抜いた皆様……お散歩は此処までですヨ?」
彼女の責任能力の無さには殺人鬼の片鱗が見えている……アリシア・ブレイブハートとの邂逅を経ているクリムメイスは二人をそう捉えて要注意人物とする中、口を大きく歪ませて含みのある笑みを浮かべたメガロ・マニアが楽しそうに言う。
が、それを聞いた大半のプレイヤーは〝お散歩?〟と小首を傾げる……もしかすると、運営の想定では第一戦はただの障害物競争にでもなる予定だったのだろうか?
残念ながらそんなものは無かった、あったのは多頭のバケモノに食い荒らされる地獄と、狭い足場の上にショタコンの殺人鬼が仁王立ちする地獄だけだ。
「これより皆様には『魔学都 オル・ウェズア』へと向かって頂きます。そこが第二戦の会場ですからネ」
勿論ながらプレイヤーたちのリアクションに反応することのないメガロ・マニアは相変わらず楽しそうに続けて言葉を連ねる。
どうにも彼はプレイヤー……ひいては人間達には一切の興味がないらしい。
「オル・ウェズアだと?」
逆にクリムメイスはメガロ・マニアが口にした地名、『魔学都 オル・ウェズア』に興味をひかれた。
その名は各地のNPCから聞くことは出来るが、その道中の険しさから現段階のプレイヤーは誰もが到達できていない街だ。
どうにも、そこでは現在多くのプレイヤーが拠点としている最初の街『ハイラント』のものとはレベルの違う、高位の魔法を習得できるらしいとの噂である。
クリムメイスも魔法の最大手である魔術こそ使わないが、回復と範囲攻撃に重点を置いた信術は愛用しているので、いずれかには辿り着きたいところであった。
「とはいえ、あそこまでの道のりは今の皆様には少々険しすぎますからネ。移動手段をご用意させて頂きました」
だが、未だ誰も辿り着けていない街へどうやって向かえというのか? というクリムメイスの疑問に答えるように、メガロ・マニアが突如として地面に広がった血だまりの中にずぶずぶと腕を沈めながら言う。
ここでクリムメイスは理解した……このイベントはプレイヤー達に未開拓のエリアを紹介する目的もあるのだろう、と。
残念ながら現状未開拓エリアよりもアリシア・ブレイブハートの方が目立ちそうだが。
……というか、もしかすると、最後の〝戦い〟ではアリシア・ブレイブハートと一騎打ちをさせられる可能性があるのか? とクリムメイスが今更気付くのと同時。
メガロ・マニアが血だまりの中から腕を引き抜き、〝移動手段〟を取り出した。
それは一言でいえば列車―――ただし車輪の代わりに無数の脚が取り付けられており、その材質も有機的なものに思える……艶々とした黒い車体に赤い血脈が走っているあたり、この生命体はメガロ・マニアと同じ類のものなのだろう。
つまりは、妖精だ。
妖精……妖精とはなんだ? クリムメイスは気味の悪い列車へと死んだ目をしながら乗り込んでいくプレイヤー達の後ろに並びながら思う。
……クリムメイスはまさかつゆほども思わないのだろう。
その死んだ目で気味の悪い列車へと乗り込んでいくプレイヤー達の中に人の皮を被った妖精がひとり混じっているとは……。
「ハァーイ! ようこそ妖精鉄道アクシェへ! 遠慮せず好きな席に座ってね!」
まるで自分達はあの世に向かう亡者みたいだな、と呟くクリムメイスを最後にプレイヤー達が全員車両に乗り込むと、列車の車掌をやっているらしい女性NPCが明るく敬礼をしてプレイヤーたちを出迎えた。
当然、つい先ほどまでは人語を解する怪獣とやり取りを続けていたプレイヤー達は面を食らってしまう……なぜこんな異様な車両の車掌は普通の女性なのだろうか、と。
「ああ、ご紹介しますネ。彼女はシヌレーン。ここより私の代わりに進行を務めてくれますので」
プレイヤー達が呆気にとられている中、車両前方に取り付けられた液晶の中に映り込んだメガロ・マニアが車掌……シヌレーンの紹介をしつつ、さり気無くフェードアウトすることを宣言する。
だが、考えてみればここより先の会場は街中になる……メガロ・マニアの巨体では不都合が多いのは明らかであり、進行役の変更は仕方がなさそうだ。
「妖精王様の代役だなんて、私には少々大役過ぎますが。ふふっ、よろしくお願いしますね!」
花の咲いたような笑顔でシヌレーンが挨拶をする。
運営はどうして最初から彼女にイベントの進行をさせなかったのだろうか、とクリムメイスは思いつつ。
なぜAIですら此処まで可愛らしい笑顔が出来るのに、生身の人間らしきアリシア・ブレイブハートの笑顔はあんなにも悍ましいのだろう……と頭を抱えた。
さり気無く隣の席に座っているアリシア・ブレイブハートを横目で見つつ。
「先のレース。二位、だったんですよね? やはりお強くて……素敵です……」
そう、アリシア・ブレイブハートはクリムメイスの隣の席に腰を落ち着けていた。
まあ、仕方はないだろう……この場の全員は彼女のことをどういう人物かはっきりと理解したが、彼女からすれば、この場で知っている相手はクリムメイスだけなのだろうから。
先程のレースでの行いが良ければ新しい知り合いも作れたかもしれないが、少なくともこの場で彼女に好意的な接し方が出来るのはクリムメイスよりも前の順位でゴールしたプレイヤーだけだろうし、それは一組しかおらず、その一組も当然ながら隣り合って座って楽しそうに喋っている。
ならば、この結果は必定だ。
「まあな、当然だ」
まるで好きな菓子類でも見つめるような、うっとりとした目でアリシア・ブレイブハートに見つめられ、なぜか動悸が激しくなるのを感じながらも、クリムメイスは己のプライドを守るために腕を組んでふんぞり返る。
……いや、己を守るためにプライドを奮い立たせているのだ……もはやプライドだけがこの悪魔の前でクリムメイスの人間性を守っていた。
「さっきの試合で、あなたがお爺さんを私に向かって突き飛ばしてきた時……。ちょっとドキドキしちゃいました」
悪魔の前でも人らしくあろうとする気高きクリムメイスの胸へと、アリシア・ブレイブハートがしなだれかかり……状況と相手が違うのであれば間違いなく異性を魅惑するであろう甘い声で、どこにときめく要素があるか人類には到底理解できないポイントで自らがときめきを感じたことを告げた。
クリムメイスはさり気無く天井を見て染みとかを探し始める……こんなものにロックオンされるぐらいならば、このゲームは引退したほうがいいかもしれない。
「……どうでしょう? このイベントが終わったら……私と連盟を作りませんか? 互いを研磨し合い、刃を研ぎ澄ます……私たちのような〝剣〟のための連盟を」
頬を紅潮させたアリシア・ブレイブハートが強請るような上目遣いでクリムメイスを見上げながら言う……。
『連盟』とは、一般的に『ギルド』や『ユニオン』等と呼ばれる代物だ。
連盟を組むとなれば、パーティーのようにその場だけではなく、比較的長期の協力関係(システムの関係上、最低ひと月)を結ぶことになる。
クリムメイスは、そんなものをアリシア・ブレイブハートと組むのは勿論ごめんだった……『互いを研磨し合い、刃を研ぎ澄ます』? 冗談ではない、人斬りを楽しむ彼女が気兼ねなく斬れる相手をストックしたいだけに違いない! クリムメイスはそう考えたのだ。
だがどうしたものか、面と向かって断れば怖気づいたと悟られる……それはクリムメイスのプライドが許さない。
こんな所でもしゃしゃり出てくる己のプライドの高さがクリムメイスは少々嫌になったが、これだけが自分をアリシア・ブレイブハートの前で人たらしめているのだから、大事にせねばならないだろう。
「私の刃があなたの身体に傷を付けて。あなたの刃に私の身体が傷を付けられて。私が殺し、あなたに殺される……まるで、愛し合うみたいに」
「勘弁してください」
だが、続くアリシア・ブレイブハートの熱っぽい声を聞いて、クリムメイスはプライドを捨て去って懇願した。
愛? 愛って言ったか、今? 愛し合うって言ったか今? 殺し合いを? どういう情操教育を受けてきたんだ、この女は? クリムメイスは泣きそうになりながら蚊の鳴くような声で懇願した……!
だが無情……クリムメイス達の搭乗する列車、妖精鉄道アクシェが発進する音でクリムメイスの懇願は掻き消されてしまう。
「んっ……ごめんなさい、ちょっと聞き取れなかったのですが。……ああ、でも、いいです。少し、尚早でした。全てが終わった後に……答えを聞かせてください? ふふっ」
「フン……」
しかし、結果はクリムメイスにとって最善のものとなる……彼女はクリムメイスの懇願を聞き逃した上に、回答を待つことにしたのだ。
……この場は無事切り抜けた、あとはなんとかしてイベント終了後に彼女から逃れられれば……!
クリムメイスは脳内で膨大な数のシミュレートを行う……なんとしてでも、この目の前の可愛らしい少女の皮を被った悪魔から逃れなくてはならない。
そして警鐘を鳴らすのだ……『わからせてやりたいVRMMOのメスガキランキング総合wiki』の雑談掲示板にアリシア・ブレイブハートの名を連ねて……!
「さて! オル・ウェズアに到着するまでに第二戦のルールを説明させていただきますね!」
ちゃんと席に座り直し、自分から離れたアリシア・ブレイブハートを横目で見て安堵しつつ、クリムメイスはシヌレーンの言葉に耳を傾けることにする。
例え戦いの先にアリシア・ブレイブハートとの戦いが待ってるのだとしても、その戦いの前に敗れることは自身のプライドが決して許さない。
「第二戦はオル・ウェズアの誇る世界最大の魔法学院『王立イリシオン学院』で行います! 1チーム25人の4チームに分かれ、学院の皆様が用意して下さった大きな4体のゴーレムを使います。自軍の1体は守り、そして敵軍のゴーレムを全て破壊する! シンプルなルールですね! それともちろん、第一戦と同じく妨害は自由です!」
第二戦の説明をしながらシヌレーンがパチンと指を鳴らす―――すると座席の間に淡い光で大きな四つの影と、それを囲むような25個のマーカーが描かれる。
今回は第一戦に比べてルールが複雑なので(……といっても単純だが、一応小さな子やゲーム慣れしていない親御世代もごく僅か死に体で残っているのでそこへの配慮だろう)、簡単な図解付きの説明をするようだ。
クリムメイスはシヌレーンの説明を話半分に聞きながら思う。
……運営が想定していたかどうかは分からないが、この戦いはアリシア・ブレイブハートと同じチームに属したものが勝者となるな、と。
「どうした?」
しかし、横目で盗み見たアリシア・ブレイブハートは不服そうに眉をひそめていた。
クリムメイスは初めて見るアリシア・ブレイブハートのネガティブな表情が気になって思わず声を掛けてしまう……そして直後に後悔した。
放っておけばよかった……なんで声を掛けたのだろう……。
「……ああ、いえ。私は防衛とか考えていないビルドなので。今回は役割を持てなそうだな、と。範囲攻撃や、遠距離攻撃は出来ないので……」
「なるほどな」
頬に手を添えて困ったように小首を傾げるアリシア・ブレイブハートを見ながら、クリムメイスは納得する。
第一戦でアリシア・ブレイブハートが地獄を形成できたのは、一本道の上に彼女が仁王立ちできた、という状況の関係もある。
対して、今回は多方向から大勢のプレイヤーが押し寄せることになるのだから、いくらアリシア・ブレイブハートが人に対して強いといっても直剣と中盾という装備構成では対応しきれないだろう。
その上、向かってくるプレイヤーはアリシア・ブレイブハートを避けてゴーレムに殺到するのだろうし。
であれば、この勝負で上手くアリシア・ブレイブハートと別のチームになることが出来て、尚且つ自軍のレベルが高ければアリシア・ブレイブハートとの一騎打ちを回避しつつ優勝することが出来るかもしれない。
……口端が思わず上がる。
なにせ、クリムメイスはアリシア・ブレイブハートとは違い、対多戦や対大型戦を得意とするビルドなのだ……。
 




