032-公式生放送番組『最果ての篝火』第一回
本日は2話投稿させて頂きます。
「……さあ! 始まりました! オニキスアイズ公式生放送『最果ての篝火』第一回!」
グリーンバックの背景をクロマキーで透過してゲーム内の映像を流している他には、長テーブルが置いてあるだけの簡素極まりないスタジオに、椅子に座った四人の男女の姿が映し出される。
その中の男性の一人がテンション高めにオニキスアイズの公式生放送が始まったことを告げるものの、コメント欄は『信じられんぐらい前時代的なスタジオで草』『いくらなんでも低予算すぎる』『もう少しなにか無かったのか?』といった具合に、酷い有様のスタジオへのツッコミで溢れかえる。
「……くっ……もお! 深夜さんが神崎さんのアロエヨーグルトを食べちゃって、こんなところに左遷させられたせいでコメントで総ツッコミされてますよ!」
凄まじい勢いで低予算極まりないスタジオへのツッコミが入れ続けられるコメント欄を見て、唯一の女性の出演者が失笑しつつも説明感溢れる憤りの声を上げる。
当然ながらその説明感に満ちた台詞に対してもコメント欄は『笑ってて草』『かわいい』『唐突な謎設定と謎コントで笑う』とツッコミが続く。
「えぇ!? いやあ、だって……俺も……こんなところに送られるとは流石に思ってなかったよ……しかもこんな作業着着せられて……」
対する深夜は台本通りなのか、それとも素のコメントなのかは分からないが困惑したように自らの衣装に目を落とした……それは洒落っ気ゼロのライトブラウンな作業着である。
自分はまだしも、この隣の女の子にもこれ着せるのはどうなんだろう……深夜は心の中で静かに思う。
「まあ! そんなことはどうでもいいんだよ! 駒城ちゃん! 今日は本社……本社? ……本社から、ゲーム内初のイベントである『フリュウム縦断、大競技大会!』の実況をするっていう大役に抜擢されてるんだから!」
静かに思いつつも、番組開始直前になって渡された台本に露骨に目を落としながら深夜はこの放送の内容を軽く説明し、となりの女性……駒城へと目を向けた。
すると、どういうことだろうか……駒城は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で硬直しているではないか。
なかなか演技上手な女性のようである。
「そうなんですか!? わたし初めて聞きましたそれ!」
「えっ初めて!?」
「はい! 台本には『深夜は神崎(クロムタスク社CEO)のアロエヨーグルトを食べて左遷された』以外なにも書いてませんでした!」
まるで演技ではなかった。
困惑したような笑みを浮かべたまま駒城が自らの手元に置かれた台本をカメラに向けて広げる―――するとそこには本当に『深夜は神崎(クロムタスク社CEO)のアロエヨーグルトを食べて左遷された』と右端にちょこっと書いてあるだけで、残りは余白に支配されているではないか。
コメント欄こそ『草』『いや草』と賑わっているが、出演者の間にピリピリとした緊張感が走り出す。
……もしかしてこの番組、相当ヤバいのでは?
視聴者側はどれも仕組まれた段取りであって、こういうコントなのであると判断しているが、一切違う。
「アンコントローラブル……!」
出演者の中の一人、疲労困憊といった様子の中年男性が静かに呟いて顔を覆う……あの社長、やっぱなに考えてるかわかんねえ……! そう心の中で叫びながら。
「……えー。ということで、オニキスアイズ公式生放送『最果ての篝火』第一回が始まりました。今回のメンバーはわたくし、普段は声優をやらせてもらっています深夜と」
そんな男の小さな呟きを消し去るように左端の深夜が自己紹介を始めた……この空気に耐えるのは厳しく、そしてイベント開始までそう時間は残されてないのだから。
「同じく声優をやらせて頂いている駒城と」
「オニキスアイズを運営させて頂いてます、田村と」
「霊能力者のツキムラです」
だからこそ、ここからは円滑に番組を進めなければ……そう思っていたのに、自己紹介をしただけで未解除の爆弾がひとつ発見された。
なぜか霊能力者が居る……! ゲームの公式生放送なのに……! 確かにグラサンしてて怪しい風貌だとは思ってたけど、普通に配信者かなんかじゃないのかよ……!
深夜は背筋を冷たい汗が撫でるのを感じ、田村はあんまりにもアンコントローラブルな現状に吐き気を覚え始めた。
「えっ……霊能力者……?」
思わずといった様子で駒城が聞き返す―――仕方がない、なにせ本気でなぜこの場に霊能力者がいるのか分からないのだから。
「ええ、視えます」
困惑した様子の駒城の問いに対し、グラサンのブリッジを押し上げるツキムラ。
いや視えますじゃねえよ! 深夜はツッコミを入れそうになったが、それで口論にでもなったら番組は破綻してしまうので、慎重にこの爆弾を解除することにした。
「ちなみにゲームのほうはプレイなさって……?」
というわけで、まず知りたいのは彼はオニキスアイズをプレイしているのかどうか? というところだ。
いや、公式生放送に呼ばれているのだから間違いなくプレイはしているはずだが……むしろ、これでプレイしていない等と言われれば本気で彼がここにいる理由が分からない。
「一応CBTから。現在のゲーム内のレベルは60です」
「めっちゃやってる!!」
どうやらツキムラはオニキスアイズをプレイしているようだった……だったが、想像しているより遥かにプレイしていたので深夜は思わず声を張り上げてツッコミを入れてしまう。
事前に開発関係者の田村から聞いた話では、現在のトッププレイヤーの平均レベルは30程度という話だったのだが……。
「ということは、ツキムラさんはプレイヤーサイドからの出演……なんですかね?」
「まあ、VRMMOで霊能力は必要ないですからね。自然とそうなりますか」
驚きのあまり声を詰まらせた深夜に代わり、駒城が小首を傾げ、それに対しツキムラは微笑みながら首を縦に振った。
じゃあ霊能力者って名乗らないでくれよ! 深夜と田村は心の中でそうツッコミを入れ、駒城はツキムラの微笑みを見て職業のわりに案外まともな人間なのだと判断する……どうやら駒城はまともじゃない人間のようだった。
「……さて! 自己紹介も済んだことですし、早速イベントの実況に入りましょう! 時間も押してるしね!」
だが、とりあえずこれで霊能力者爆弾は解除された……なので素早く(他の爆弾が見つからないうちに)深夜は本筋に入ることにする。
「あ、ちょうど第一戦目の説明が終わったところですね。いや終わっちゃったよ第一戦目の説明。ただの妨害アリの障害物レースだからいいけどさ」
そして彼らの背後と、彼らの視線の先の大型モニターに映された映像は集まった大勢のプレイヤー達の目の前に、謎の脈打つ肉の塊が設置されたところだった。
……もうイベント始まってる! 深夜は己の力不足を悔やみ、田村は死んだ目でにへらと笑みを浮かべた。
「いいなあ、私も出たかったなあ」
「だよね!? レベル60だもんね!? え、なんでここに!?」
深夜が力不足を悔やみ、田村が死んだ目で笑う原因となった男ことツキムラが無感情にすら思える平坦な声で言う……深夜は当然ながら再び声を上げてツッコミを入れるしかなかった。
CBTから遊び続け、サービス開始からそう間もないというのにレベルを60まで上げている彼は参加すれば好成績を残すだろうし、イベントに出ない理由はないはずなのだ。
「まあ、コレ出るってお話だったんで」
いや、あった……極めて現実的な理由が。
ツキムラは己の人差し指と親指で輪っかを一つ作ってみせる。
「神秘性の欠片もないな、この霊能力者……」
田村は頭を抱えた。
……そうか、そうだよな……CBTから遊び続けて、サービス開始間もないのにレベルを60まで上げてしまうぐらいには暇なんだものな、金は欲しいだろうよなあ……。
「あっ、レース始まったみたいですよ! わー、ちっちゃい子もいるー、がんばれ~っ」
深夜と田村が完全にツキムラに引っ掻き回される中、そのやり取りに一切関心を持っていなかった駒城がレースが開始したことに気付き、楽しそうに走る子供たちを見て声援を飛ばす。
「……今回は第一回ということもあって、家族で楽しめるイベントを目指してみましたから、是非楽しんで欲しいですね」
駒城の声援を聞き、はっと我に返った田村は自らが製作の指揮を執ったイベントの素晴らしさを視聴者に伝えるべく、腕を組んで自信ありげに言う。
そう、今回の第一回イベントのコンセプトは『競技性を損なわず、かつ、真面目な雰囲気になり過ぎない、楽しいバトルロイヤル』だ。
言うならば幼稚園の運動会といったところであろう。
「とはいえ。そうそう簡単にゴールはさせてあげませんけど」
田村が自らの眼鏡のブリッジをクイッと上げた瞬間、真っ直ぐ駆けるプレイヤー達の先陣を切っていた黒い装備二人組の少女が『ヒドラゾーン』へと差し掛かる。
ここでは、森の中に配置された伸縮自在の首を持つドラゴン……『ヒドラ』がその首を伸ばして走者に襲い掛かる。
これによって、先頭を走っているであろうヘビーユーザー達は自分達に襲い掛かるヒドラ達に対応せねばならず、後続のライトユーザーが一足先に前に出れるというわけだ。
『あぁっ、先輩! ダメだってば! ちょっと下がって様子見よって先輩!』
『いいえ! 先んずれば人を制す、ですわ! 全速前進ですわよ!』
わけだった。
はずだった。
だがしかし、先頭を突っ走っていた二人の少女は危うげながらもヒドラの猛攻を全て回避して突っ切ってしまう。
「うわあ、今のよく避けるなあ」
華麗……とは行かないが、それでも全てのヒドラの攻撃を回避しきった二人の少女に対しツキムラが急にゲーマーめいた感嘆の声を上げ、田村は思わず硬直した。
……え? それ避けれるように作ってないんだけど……?
だが、まあ。大した問題ではない……いくらかの優れたプレイングスキルを持つプレイヤーが現れるのは想定済みである。
事実、二人の少女こそヒドラゾーンを抜けたが他のプレイヤー達はヒドラの対応に追われて足を止める。
その際、先頭側に居た少しばかりの子供たちがヒドラの餌となったが……まあ、些細な問題だ。
「うわっ、えっ、ちょっと待って。大丈夫これ映して……えっ?」
些細な問題だった。
そのはずだった。
カメラが抜けた二人の少女とはまた別の少女を映す……柔らかそうな栗色のロングヘアーを揺らすその少女は、手近な少年を捕まえると素早く四肢を切断してヒドラに向けて投げ捨てたではないか。
あまりにもショッキングな光景に思わず深夜はモニターを指差すが、駒城は、あ~……、と、まるで転んだ子供でも見るような顔をするだけだし、田村は俺の管轄外だと言わんばかりに目を逸らし、ツキムラは何を考えてるか分からない。
「……地上波じゃないし、いいか……」
なので深夜は、この映像を流したらマズいと考えてしまった自分がおかしいと思い込むことにして気にしないことにした。
……これは地上波に乗る番組ではない……ただのネット番組だ。
ちょっとぐらいショッキングな映像が流れたからってなんだ……問題ないさ。
そう深夜が自分を納得させている間に、ぐるりと栗色の髪の少女がその場で反転する。
「おや、なんで……」
唐突に逆走行為を始めるという少女の不可解な動きに思わずツキムラも疑問の声を上げ……そして、数秒後には彼女がなぜ逆走し始めたのか彼らは思い知ることとなる。
「え、あの……えっ、大丈夫……? ダメじゃないこれ……」
「わ、わあ……わあ……すごいなこれ……」
「妨害自由のレースですから、こういうのもありですよ、あり、ハハ……」
「悪霊より性質悪いですね」
逆走を始めた少女……アリシア・ブレイブハートが次に行ったのは、自分へと(というか、その先にあるゴールへと)向かっていくプレイヤー達への無差別攻撃だった……通りがかっていくプレイヤー達の足や腕を笑顔で素早く刎ねていく。
なんということだろうか、別段用意していないはずの障害物が現れてしまった。
「……そろそろ次の障害物に辿り着くプレイヤーが出始めましたね!」
殺人鬼と多頭のバケモノの手によって老若男女見境なくグチャグチャの死体に変わっていく現実から目を逸らし、田村は素早くスタッフに目で次の障害物にカメラを移せと指示を出す。
このイベントはカジュアルな和気藹々としたイベントなんだ……こんな惨たらしい映像いつまでも流してたまるか……!
『おっ、足場が細いな……シュン! 落ちないようにな!』
『分かってるよ父さん! へへ、こんなの大したこと……グワーッ!!』
『シュウウウンッ!』
そして映像を切り替えた先、そちらでは第二の障害物である『大木渡り』に挑戦している親子のうち、子供の方が突如遠方から飛来した大矢によって串刺しとなって死亡する光景があった。
「えっ、田村さん、これは……」
「ちがっ……違う……! あんなの我々は用意してない!」
針地獄の上に設置した細い道を渡らせ、そこを遠方からの狙撃で殺害する……決して楽しませる気のない殺意300%の障害物を田村が用意したのだと思った駒城が、信じられないものを見るような目で田村を見るが……田村はブンブンと首を振って否定した。
嘘ではない……この『大木渡り』は針地獄の上に設置した細い通路の上を歩かせることによって、体格の大きな大人達は進み辛く、逆に小さい子供たちは楽に先に進めるようにと考え作った障害物だ。
そのはずだった……。
「最初にヒドラゾーンを秒速で抜けていった二人組の仕業ですね。金髪の子が背中に大弓背負ってましたから」
「うわあ~、容赦ないなあ~!」
なにが起こっているのか今一つ理解できない開発陣の田村に代わり、霊能力者のツキムラが冷静に解説をし、それを聞いた深夜が恐ろしいものを垣間見たといった様子で眉をひそめた。
……一瞬、なにかが間違っているような気はしたが、深夜は考えるのをやめた。
別にこの場に最も相応しくない霊能力者が、一番この場に相応しいコメントをしていてもなにもおかしくはない……ないのだ。
『シュン……そんな……シュン……』
『おい、オッサン、立て! 走れ! はやくしないと……』
『いかせるかあっ! 死ねえっ!』
『なっ、おい、バカ……そんなことしてる場合じゃ……グワーッ!!』
『ヒヒヒ……大丈夫だぞ、シュン……お前が来るまで……お父さんがここを守り切るからな……』
ゆらりと剣を構え、次々向かってくるプレイヤーに無差別に噛みつく、子供を射殺された父親。
……たった一本の矢が、優しい父親の息子を射抜き、それが悪魔を生み出してしまったらしい。
そして、悪魔と化した男の悪意は他の命……老若男女関係無く命を襲い、それによって子供を失った親は、男と同じく自らの子供が戻ってくるまで大木の上で他者を足止めする障害物と化してしまう。
「…………」
「…………」
スタジオの中に沈黙が訪れる……これはもう、どう取り繕ってもカジュアルな和気藹々としたイベントではない。
ただの凄惨な殺し合いである。
大木で詰まるプレイヤー達、火に油を注ぐかのように飛来する大矢、大人達の抗争に巻き込まれて死に至る子供たち、そして追い付くアリシア・ブレイブハート……。
笑える要素など一つもない、凄惨的に過ぎる殺し合いの場。
「あはは、凄いゲームですね……」
駒城が静かに呟く。
……終わった。
終わってしまった。
俺達の『最果ての篝火』……小さく呟きながら深夜は静かに天井を見上げた。
―――最大級の爆弾がイベントそのものなのは、流石にムリ。
2話目は17時投稿となっております。




