031-第一回イベント、開幕! その3
その後は大した障害もなく(普段通りのモンスターとは遭遇したが、あの地獄を抜けたプレイヤーたちには足を止める必要などない相手ばかりだ)、順調に進んでいたクリムメイス達だったが、ちょうどコース全体で見れば折り返し地点となる第二チェックポイントを通り過ぎ、第三チェックポイントまで残り半分といったところで再び地獄に出くわした。
そこにはメガロ・マニアの用意したらしい障害として、落ちれば即死必須の針山の上に掛けられた丸太を渡るというポイントがあったのだが。
「落ちろ! 死ね! 落ちろッ……!」
「お前が死ね……! 死ね……!」
その丸太の上で、意地でも前に進ませたくない殺意に目覚めた連中(大半が子を失った親である)と、人を殺してでも前に進みたい連中(大半が独り身のさびしい者共である)の凄惨な殺し合いが繰り広げられているのだ。
……なにも、最初からこのような人間の醜さを露呈するような状況になっていた訳ではない……最初は普通に全員が渡ろうとしていたのである(後ろから悪魔が追ってきているのだし)。
だが、それを妨げるかのように遠方から大矢が飛来したのだ。
その弾道を考えるに、第三チェックポイントから放たれたように思われる大矢は何人かのプレイヤーを射抜き、殺し。
それによって子供や交際相手などを失ったプレイヤー達が自らの勝利よりも他者の死を望む恐ろしき獣と化し、このような状況を作り上げることとなった。
「たった数度の攻撃で悪意を伝播させるとは……」
その射手は間違いなく最初に多頭のモンスターの攻撃を見事回避してロケットスタートを切ったあの二人組の……金髪のロングヘアーが特徴的な彼女なのだろう。
クリムメイスは射手の見事と言わざるを得ない残虐性に素直に感心し、そして前門の悪意の塊、後門の殺意の塊の状況に自分が置かれていることに心が折れかけた。
なにも態々自分たちの後ろを走る者たちにちょっかいを出すことないではないか……! 既に後ろから殺人と幼い子供の死に顔を見るのが大好きな悪魔が追ってきているのに……!
「おや、楽しそうなことになっていますね」
「ひぃッ、悪魔……っ!」
待ち構える第二の地獄を前にクリムメイスが二の足を踏んでいると、後門の殺意の塊ことアリシア・ブレイブハートが追い付いてきた。
彼女はやたら執拗に家族連れのプレイヤーを殺害し回っていたので相当順位は後ろの方(とはいえきっちり100位は切らないようにしていた)だったはずだが、それが追い付いてくるとは相当ここで時間を食っているらしい。
とはいえ、悪魔に追いつかれたとしてもクリムメイスは進む気にはなれない。
不安定な足場の上で何人ものプレイヤーが殺し合いをしている状況を突っ切るなど正気の沙汰ではなく、下手にここで落ちるなり巻き込まれるなりして死ねば大幅なタイムロスとなるし、その瞬間に通る隙が出来ようものならば目も当てられないのだから。
事実、相当数のプレイヤーが丸太の上を占拠する連中のせいで足止めを食らっていた。
「私も混ぜてくださいよ。ずるいです」
「うわなんだコイツ……ギャアアアアア!」
もたつくクリムメイス達と違い、平気な顔して第二の地獄に飛び込んだアリシア・ブレイブハートがその卓越した剣技で子供や夫や妻を失った悲しみから悪鬼と化していたプレイヤー達を粛清していく。
彼女は片手剣に中盾という標準極まりない装備だったが、故に、極められたその動きには一切の隙がない。
「お、おお! 助かったぜ、アンタ!」
オールラウンドを超えてオールマイティ。
そう表すのが相応しいアリシア・ブレイブハートによって、悲しき悪鬼達による通行止めから解放されたプレイヤー達のひとりが感謝の言葉を述べる。
「いいえ? 助かっていませんよ、あなた」
だが、その言葉に対し、アリシア・ブレイブハートが可愛らしい笑顔でおかしなことを言い―――。
「え? なんで―――」
―――そして、そのプレイヤーは突き落とされて針山の餌食となる……クリムメイスは戦慄し、恐怖し、そして今更気付いた。
一番前に置いちゃいけない奴を前に置いてしまった、と。
「私、質の良い戦いで勝ちたいのです。そこに必要なのは、高い技量を持つプレイヤー、あるいは長い経験を持つプレイヤー、もしくは凄まじい運を持つプレイヤー……。なんであれ、高品質なプレイヤーが欲しいんです。ここから先にはね」
言いながらアリシア・ブレイブハートが驚愕に固まっている足場の上の全てのプレイヤーを切り伏せ、突き落とし。
びしゃり、とその剣を振るって血飛沫でまだら模様を地面に描く。
「さ。本当のゲームを始めましょう? ……私は準備できていますよ。あなた達はどうでしょうか。ふふっ」
切っ先をクリムメイス達へと向け、現在二位(まずないだろうが、先行した二人が同じチームでなければ三位)となったアリシア・ブレイブハートが頬についた血を手の甲で拭ってぺろりと舐め、可愛らしく微笑む。
どうにも彼女は〝己〟という自分が用意できる最悪の障害物を超えた者とだけ、ここから先のイベントを楽しみたいらしい……クリムメイスはもしかすればとっくにゴールに至ったかもしれない最前列の二人組が羨ましくなった。
まったくもってあのボディコンティシャス装備の少女の言った通りである。
『先んずれば人を制す』……変に玄人ぶらず彼女たちのように全速力で突っ走っていれば、こんな最悪な障害物に出くわすこともなかったのだろう。
「や、やってやる……やってやるぞーッ!」
「たかが一人だ、敵じゃねえーっ!」
あまりにも恐ろしいアリシア・ブレイブハートの笑みに中てられてしまった雑多なプレイヤー達が次々彼女へと突撃し始める……確かに、これでアリシア・ブレイブハートが普通のプレイヤーなのであれば数で押せば良かっただろう。
しかし、違う! 奴は―――!
「あっ、ダメ! バカっ! 相手は名字付けてるような狂人……!」
―――己のキャラクターネームにフルネームを付けるようなヤバい女である。
クリムメイスが悲鳴のような声を上げるが、恐怖に呑まれてしまったプレイヤー達の耳にその言葉は届かない……!
「まったく、あなたたち。賢くない判断をしましたね」
ぎたり、なんて表現が似合うような笑みを……彼女の本性に相応しい、一切気取っていない恐ろしい笑みをアリシア・ブレイブハートが浮かべる。
直後、あるプレイヤーはその直剣で首を刎ねられ。
あるプレイヤーはその盾で地に伏せられた後に首を踏み付けられて圧し折られ。
あるプレイヤーは鋭い回し蹴りで針山に突き落とされてしまう。
全てたったの一手。
たったの一手であった。
それぞれたった一手で、彼女に向かっていった全てのプレイヤーが命を奪われた。
「ああ、もう。これでは私がまるで弱い者いじめをしてるみたい……なにしてるんですか? たかが女の子一人ですよ? すんなりと超えてくださいよ、だらしのない。ふふ……」
びしゃっ、びしゃっ、と再び地面にまだら模様を増やしたアリシア・ブレイブハートがギラギラした瞳で残ったプレイヤー達をねめ回しながら言う。
……なんだこの女!? クリムメイスは思わず頭を抱えた……どうすればいい、この状況……どうすれば!
「あのお」
あまりにも強すぎる障害物に完全にレースの進行が中断される中、一人の少女がアリシア・ブレイブハートへと声を掛ける。
それは先程クリムメイスが憤りを覚えた、ライブ配信をしているらしい少女二人組のプレイヤーのうち、白髪貧乳の少女のほうであった。
手を合わせ、小首を傾げ、なんとも可愛らしいあざといポーズを浮かべてアリシア・ブレイブハートへと接近する。
「お楽しみの所ごめんなさいね。いま、配信中で……ちょっと、絵面が固まっちゃうのは困るんですよね」
そして言い辛そうに告げる。
まあ、確かに困るだろう……というか、配信をしていない我々も困っているのだし……と、クリムメイスは思う……ついでに、完璧に自分の都合の話だよな、それはな、とも……。
クリムメイスは少女たちにアリシア・ブレイブハートを退けて欲しいという思いと、アリシア・ブレイブハートに身勝手な少女たちを惨殺して欲しいという思い、矛盾したふたつの思いを抱く。
「おや、そうなのですか? これは失礼しました。どうぞお通り下さい」
「「「!?」」」
まあなんにせよ、そんなふざけた理由でこの狂人が絶対に通すわけがない……この場の全員がそう思っていたが、意外なことにアリシア・ブレイブハートは体を半身ずらして配信者の少女たち二人組に道を譲った。
なんということだろうか……! クリムメイスは素早く配信機材の準備を始める……自分も配信中だからというのを理由に通して貰うしかない……!
「わあ! ありがと! とんだサイコパスかと思ったけど話が通じるようで助かったわ!」
「なんでも相談してみるものだね! お姉さま! んじゃ、おっさき~☆ バイバイ~!」
白髪貧乳の少女が小さく跳ねて喜び、金髪巨乳の少女は手を振ってクリムメイス達を煽りながらアリシア・ブレイブハートの横を通り過ぎていく。
クリムメイスはこのイベントの後に彼女たちの配信に低評価を付けることを心に誓った……ふざけたメスガキ共だよ……!
「その方が、いい絵面が撮れますから」
「うえぇッ!?」
直後、金髪巨乳の少女の背へと急にアリシア・ブレイブハートが刃を突き立て、刺し殺す。
いよし! クリムメイスは思わずガッツポーズを取った。
流石はアリシア・ブレイブハート様だぜ! 配信者等という他人の褌巻いて土俵に我が物顔で突っ立つ連中には靡かねえ!
クリムメイスは秒で配信機材の準備を止めた。
「え、なっ……! ちょっ、あん……えぇ!? これ、ネットに記録として残るんだからね!? 言っとくけど、わたしの配信は今同接1.7万だからね!?」
「別に構いませんよ。このアリシア・ブレイブハート……なにも人に恥じるような真似はしていませんので」
「い、イカれてるわよ、あんた……ぎゃあ!」
目の前で相方を殺され、腰が抜けた白髪貧乳の少女の肩へとアリシア・ブレイブハートの刃が突き立てられる……続いて脚、もう一方の反対の脚、最後に残った腕。
「でも、そんな私のお陰で貴重な光景が収められるではないですか。感謝のひとつでもして欲しいですね。ふふ……」
「はぁ……またわたしのR18Gイラストが増える……」
そして最後に白髪貧乳の少女は喉を掻っ切られて殺害された。
なんという恐ろしい絵面を提供するのだろうか、あのアリシア・ブレイブハートという女は……いくら仮想現実の中だからといってやって良いこととやってはならないことがあるだろうに―――。
「フッ、助かったよ。名も知らぬ配信者共が!」
―――等々と思いつつ、クリムメイスは白髪貧乳の少女の断頭に夢中になったアリシア・ブレイブハートの背後を全速力で通り過ぎていく……いや、クリムメイスだけではない、先程の老人四人組を含む何人かのプレイヤーもだ。
カメラを意識するあまり注意力が落ちるあたり、アリシア・ブレイブハートにもまだ人間の部分が残っているらしい。
「おや」
白髪貧乳の少女の死体を放り捨てたアリシア・ブレイブハートが嬉しそうにクリムメイス達の後を追いかけ始め―――下手なホラーゲームの数千倍の恐怖がクリムメイスを襲う。
当然だ、いま自分たちを追い始めた相手は配信中の相手を惨殺して眉の一つも動かさない恐るべき女である……VR内での残虐行為を取り締まる法がこの国に存在しないことが悔やまれて仕方がない。
「やらせねえーッ! ジジイーっ! 犠牲になりやがれェーッ!」
「なっ!? うわっ!」
「ああっ、マツさん!」
恐怖によって突き動かされたクリムメイスが、自分のすぐ後ろを追走する老いた男性プレイヤーをアリシア・ブレイブハートへと向かって突き飛ばし……突き飛ばされたプレイヤーはアリシア・ブレイブハートと対峙する形となり、それに釣られて仲間らしき残りの三人もアリシア・ブレイブハートと対峙する。
……好機! クリムメイスの口が兜の中で三日月形に裂ける。
「ああ、なんてことを……ご老体には優しくせねばなりませんのに。酷い方ですね……」
言いながら自分の方へと突き飛ばされた老いた男性プレイヤーの上半身と下半身を一刀で分離させた、まったくご老体に優しくないアリシア・ブレイブハートが不満そうに唇を尖らせる。
なんとでも言うがいい! クリムメイスは結果の分かりきっている背後を気にするのを止めて全速力で走り出す……恐らくは、この丸太を超えてしまえば奴は追ってこないだろう―――!
実際、自分を抜き去った者達を追うことよりも、未だ丸太の向こう側で足を止めているプレイヤー達を相手取ることを選んだらしいアリシア・ブレイブハートは丸太ゾーンを超えたクリムメイス達を追ってくることはなく。
クリムメイスは何故か大量に設置されていた多頭のモンスターの死骸を乗り越えて見事二位でゴール……順当な結果がそこにはあった。
こうして、一戦目から既に阿鼻叫喚の地獄絵図が多発する恐るべき第一回イベントが幕を開ける。
その光景は公式チャンネルのライブ配信や、先程惨殺された白髪貧乳の少女……シェミーのライブ配信などで生中継され、(主にアリシア・ブレイブハートの悍ましさで)大変盛り上がっているようだ。
そのことをクリムメイスはゲーム内からSNS等を通して知り、今更になってアリシア・ブレイブハートに少しだけ感謝をした。
幸せな家族が休日に過ごすためのオアシスではない、もう一つの圧倒的な〝リアル〟。
いくらでも簡単にやり直しの効き、命が非常に軽い〝非現実〟であるが故に人の醜さ、悍ましさ、……美しさ。
その全てが前面に押し出される最高にエキサイティングな世界……それを彼女はたった一人で作り上げようとしているのだから。
「これがお前の言う〝質〟の良い戦いか? アリシア・ブレイブハート」
空中投影されるディスプレイに映るアリシア・ブレイブハートの姿を……、後続全員の脚を切断することで、死ぬに死ねず、ゴールすることも出来ない状態にし、優雅に歩いて綺麗に100位でゴールするアリシア・ブレイブハートの姿を見てクリムメイスは呟く―――さりげなく、好敵手っぽく。
そして、夥しい量の血に塗れた自らの得物を愛おしそうに頬ずる画面の中のアリシア・ブレイブハートの悍ましさに気付いて視線を下した。
怖すぎるだろ……なんで態々脚を斬り落とした挙句に笑顔で頬ずるんだ……!
クリムメイスはSNSで流れてくる猫画像や猫動画を見て心を癒すことにした。
恐らくきっと、自分はこの日のために数多の猫アカウントをフォローしたのだと確信しながら。
 




