029-第一回イベント、開幕! その1
日間VRランキング2位です!
拙い作品ではありますが、続けてお楽しみください!
雲ひとつない青空の下に広がる広々とした草原、そこには多種多様な格好のプレイヤーが集っていた。
「…………ふん」
「どうかしましたか?」
その中でも一際目立つプレイヤー……さながら金属製の強靭な鬼でも思わせるような白い全身鎧を身に纏ったプレイヤーが不満そうに鼻息を漏らすと、その怒気の籠った声を聞き拾った少女が不思議そうな顔をして声を掛けた。
「……なに。手応えの無さそうな奴ばかりだと思っただけよ」
相当な数のプレイヤーが集まったこともあって、ざわざわと騒がしくなっているこの状況で彼女が自分の声を聞き拾ったこと。
かなり威圧感のある全身鎧に身を包んでいるにも―――しかも目に見えて不機嫌そうにしているにも―――関わらず、平然とした様子で声を掛けてきたことに、そのプレイヤー……クリムメイスは少々驚きながらも、周囲のプレイヤーを軽く見渡しながら自らが機嫌を損ねている理由を軽く少女に話した。
「ああ。なるほど、確かに。それは分かりますね」
クリムメイスの言葉を聞いて少女は可愛らしく微笑む。
そしてその姿に再びクリムメイスは驚き、思う……いくら仮想現実の中とはいえ、所詮ゲームの中の世界で武人のような台詞を自分は吐いたというのに笑顔で肯定するとは。
この少女はちょっと変わっているか、だいぶ変わっているかの二択だな、と。
「皆様皆様、友達、恋人、家族と……楽しそうにしてますものね。私たちと違って」
ゆっくりと辺りをもう一度見回した少女が言う……それを聞いてクリムメイスは『まったくだ』と思い、頷いて答える。
VRゲーム……中でも、VRMMOの誕生は、オンラインゲームという界隈に良くも悪くも変化を齎した。
その変化というものは、かつては若干『日陰者向け』というイメージのあったオンラインゲームから、その印象を完璧に払拭したこと。
なにを隠そう、誰もが理想の自分となって現実世界では考えられないほどのエキサイティングな体験に満ちた世界に没入できる……、物語の世界に自らが登場人物として入り込める……、そんなVRMMOの長所は一般的にゲーマーと呼ばれる人たちよりも、惰性的に続く変わらない日々に嫌気を覚える主婦層に受けが良かったのだ。
余計、近年は白物家電の著しい発展によって〝家事〟なんてものの概念は消えつつあり、専業主婦はもっぱら自動で全てを行ってくれる家電たちの動きをモニターするだけの〝監視者〟となっており。
ならば働くか、と職を探したとしても、オフィスレディがオフィスに出向く時代などとうに失われている。
特殊な技能を持つわけでもなければ自宅で書類の作成や整理などをリモートで指示され、それに応えるだけ。
……別に悪いことではないが、楽な業務内容で稼げるのだし。
そもそもとして、未だ古臭い風習に縛られ出社などという非効率的なことを求められる男性社員ですら週三休が普通の時代なのだから、むしろ仕事があるだけ有難い。
そして、家事をやらずに済むのだって、まったく悪いとは言わない。
たまにはやりたくもなるのは確かだが、毎日やるとなれば3Kのブラック職場と言わざるを得ないのが家事というものだ。
ただ、ただただ暇であったのだ、世の中の主婦たちは。
といったところにどうだろうか? 暇な時間に見るドラマや映画のような世界を実体験できるゲームがあったのだとしたら。
それは当然、手を出す。
そして、不思議なものだが世の中お母さんが良しといえば全て良しとなるもので……子供も、旦那もこぞって遊ぶわけだ、VRMMOを。
それに、子供に関してはヘタに現実世界で外に出て友達と遊ばれるよりは、仮想現実の中で顔を合わせて遊んでくれたほうのが事故や怪我の心配もなくて安心なのだから、むしろ遊ぶことを勧めるし。
リアルよりも仮想現実の中のほうがパパも家族サービスしやすいし。
普段は頼りないパパが剣と魔法でドラゴン倒したりしたらちょっとカッコいいし。
パパもやっぱ男の子はいつまでも男の子だからVRMMOやりたいし。
最後にVRの中だといつまでも奥さん綺麗なままだし。
こうして、世の中には急速にVRMMOというものが広まっていき、オンラインゲームという世界は『現実世界で居場所のない日陰者が集う場所』から『空虚な日常に疲れた人々が、その心に潤いを取り戻すオアシス』へと変わった。
まあ、世間的に見れば良い変化―――だが、実際の所それは悪い変化でもあった……と、いわゆる〝日陰者〟であったクリムメイスは考える。
オンラインゲームを遊ぶ客層のカジュアル化は、オンラインゲームに遥かなる深淵の世界を……リアルを捨て去った者にのみ栄光が齎される闇深き世界を望んでいた一部の者たちにとって大打撃であった。
余計、そういう者たちがVRMMOに求めていたのは〝別世界〟なのだ……間違っても〝休息所〟ではない。
リアルでの疲れを癒す場所なんて必要なかったのだ……むしろリアルがVRMMOでの疲れを癒す場所になるぐらいで丁度よかった。
だからこそ、クリムメイスはこの『オニキスアイズ』に期待をしていた。
VRゲームにコンシューマゲームが淘汰されつつある世の中になっても、頑なにコンシューマゲームを出し続け、どんなゲームも製作者側から与えられた困難を超えた達成感を楽しむこと……いわゆる『苦しみも含めた面白さ』を与えることよりも、カジュアルかつシンプルなゲーム性、その場だけの刹那的な快楽を与えることを優先する中で、なにかに憑りつかれたかのように太古の時代の……コンピューターゲーム黎明期のようなゲーム性の作品を出し続けた〝クロムタスク〟が、ついに、ついに販売してしまった『オニキスアイズ』に……期待をしていたのだ。
「なにも変わらないのか、結局」
だが、現実はこうであった。
クリムメイスの周囲にはきゃあきゃあと騒がしくお喋りをする幸せそうなプレイヤーばかり……クリムメイスは失望の色を隠さずに呟き、その腰に走り回っていた子供が衝突し、謝りもせずに走り去っていく。
いやそれは謝れよ……思わずクリムメイスは口にしそうになったが、黙る……泣かれて親を呼ばれれば面倒だ。
お前は最初Aしかいなかったのに仲間を呼び続けてB、Cと増え結局FかGぐらいまで増える類のモンスターかよ……と、思いながら、黙る……深くため息を吐きながら。
「ふふふ。居心地悪そうですね」
そんなクリムメイスの姿を見て少女がころころと笑う。
「君も、ひとりなんだな」
目の前の少女……柔らかそうな栗色のロングヘアーを揺らす彼女も、クリムメイスから見れば周囲のプレイヤーと同じ側に見える。
年頃は……中学生ぐらいだろうし、身に纏う雰囲気も明るくて親しみやすそうだ……友達を作るのに苦労しないタイプだろう。
だが、彼女は一人でここに……オニキスアイズ、記念すべき第一回のイベント『フリュウム縦断、競技大会!』の開始会場である『そよかぜ平原』に来ている。
もちろん、友達や家族を待っている可能性もありはするが、先の彼女の発言を考えるにその線は薄そうだ。
「ええ、当たり前じゃないですか。これから全員殺すかもしれないのに。誰かと一緒では、取り分が減ってしまうでしょう?」
クリムメイスの質問に対し少女は、ぱん、と手を合わせ朗らかな笑みを浮かべながら答えた。
……えっ、怖い。
クリムメイスはフルフェイスの兜の下で密かに目の前の少女にドン引きする……いきなり全員殺すとか言い出しましたよ、こいつ……と、ついでに心の中で誰かに言う。
残念ながらクリムメイスは心の中にさえ友達が一人もいないので誰にも拾って貰えなかったのだが。
「ああ。ごめんなさい、私、初対面の人になんてことを……とても恥ずかしいです」
そんなクリムメイスのことなど全く気にしていない様子で少女は顔をかあっと赤くして俯く。
そして、もじもじと身体を捩りだした。
えっ、全然可愛くない普通に怖い。
その捩りはなんだ、人を殺すエネルギーを蓄えているのか? クリムメイスは無言で腕を組みながら自らの生存の可能性を探る。
目の前にいるのは少女の姿をした珪素生命体、または殺人が趣味の人工知能の可能性が高い。
なんとしてもこの場を生き延び、人類に警鐘を鳴らさねばならない……なんとしても、生きねば。
「でも、私。そんな変なことを言いましたか? 不可能を可能に変えてくれるのが仮想現実ではないですか。だったら、幸せそうな家族を惨殺する。とか。現実じゃ絶対にできないことをしたい! って思うのも……おかしくはないんじゃないですか?」
「……まあ、そうかもしれないな」
思っても口にしないのが普通だけどな……と、クリムメイスは心の中だけで付け加える。
……病んでいる。
間違いなく病んでいる、この女……機嫌を損ねたらなにをされるか分かったものではない。
クリムメイスは出来る限り彼女の感情を刺激しないことを静かに決意した。
「……ふふ。冗談ですよ。ああ、いえ、半分本気ではあるのですが―――それよりも、私は欲しいのです。自分の力で、自分だけの力で、栄光を掴んだ。という事実が」
クリムメイスが引いていることに気付いたのか、少女が愉快そうに笑う……どうにも、彼女はソロプレイでこのイベントに挑み、そして優勝する気らしい……クリムメイスと目指すところは同じのようだ。
が、クリムメイスはそこよりも〝半分本気〟という言葉の方が気になって仕方がなかった。
どこまでが冗談なのか分からないし、その冗談を面白いと思って言っている彼女はやや残虐に過ぎる趣向の持ち主に違いない。
平気でヒロイン殺したり、御者殺したり、道具屋殺したり、魔法使い殺したりしていそうだ。
「それは……無理だな。この私、クリムメイスがいるのだから」
だが、彼女の空気に呑まれっぱなしというのもクリムメイスのプライドが許さない。
クリムメイスは首だけを少女へと向けて告げる―――このイベントで優勝するのは自分である、と。
「ええ、存じております。他にも何人か、私の障害になりそうな人たちがいましたが……ふふっ、あなたもとっても手強そう」
自信に満ちたクリムメイスの言葉に対し、少女はぱん、と手を合わせて目を輝かせながら言う。
かなり威圧感のあるクリムメイスの言葉を前にして、やはりたじろぐ様子はない。
むしろ可愛らしい小動物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべている。
「ふん。面白い女だ。名は?」
「アリシア。私は、アリシア・ブレイブハートです」
「えっ」
少女の嗜虐的な笑みを見て、おもしれー女とでも言っておかないと気圧されそうだったので、クリムメイスはおもしれー女と言っておいたのだが対する少女……アリシアの返しに戦慄する。
……いま、彼女はなんて名乗った? アリシア・ブレイブハートと名乗ったか? なんだ、そのブレイブハートというのは……もしかすると名字か? 名字なのか? 嘘だろこいつ、キャラクターネームにフルネーム付けてやがる……! そして自信満々に名乗りやがる……!
お、おもしれー女……! クリムメイスは完全に気圧された。
「ええと。その、ブレイブハートって、いうのは……」
気圧され、思わず聞き返してしまう……声が裏返っていた。
もう完全に目の前の少女に恐怖しかない。
「名字ですが?」
「ヒッ……!」
恐る恐るといった様子の自分の問いに対して平気な顔で返してきたアリシアに、思わずクリムメイスは悲鳴をあげた。
なんだ、なんだこの女……いや、バケモノは……!
こんなにも馴染み易そうな雰囲気をしているというのに、キャラクターネームにフルネームを付けてやがるし、それを一切恥じている様子がない……闇が深すぎる! そりゃあ、友達いねえでしょ……クリムメイスは泣きそうになった。
が、気付く―――いや、待て……もしや、この女……天然なだけなのでは?
クリムメイスの中で目の前の少女がただのド天然なだけであるという可能性が浮上した。
「……なぜ、名字を?」
「それだけ私がこのゲームに本気だということです」
「ヒィイッ!」
アリシアが真顔で恐ろしすぎる言葉を発し、思わずクリムメイスは尻餅をついた。
こいつは……闇だ! こいつに比べれば、自分など……! 繰斑という名字をちょっと弄って名前と合体させ、クリムメイスという名前を作り上げて名乗っているだけの自分など……! 先程腰に衝突してきたのに一切謝らなかったクソガキとなんら変わりない……!
クリムメイスはこの大会で己が優勝するヴィジョンを完全に見失う。
二番……、二番でいいか……一番じゃなきゃダメということはないだろう。
今回の大会は三位までなら報酬は同じなのだし。
「そこまで露骨に怖がられては、私。傷ついてしまいますよ?」
「えあ、あぁ、その……ご、ごめん……」
不満そうに唇を尖らせて自分を見下ろすアリシアを見て、クリムメイスは早くなり続ける鼓動を何とか鎮めながら立ち上がる。
……早くイベントを始めてくれ! 頼む! 心の奥底からクリムメイスが願う。
それだけ隣のアリシアは恐ろしかった―――。




