027-蛇殻次の毒蛇 その4
「ほっ!」
優雅に下りてくる大蛇に対し、カナリアが先手必勝とばかりに殺爪弓から大矢を放つ。
それは綺麗に大蛇の額に吸い込まれて深々と突き刺さり、大蛇は痛みに悶えながら紫色の毒液めいた血を周囲に撒き散らした。
「効いてる!」
カナリアの攻撃が通じていることにウィンが歓声を上げるのと同時か、それより早いか。
大蛇が撒き散らした血は地面に染み込むと、その土を肉体として新たな形を作り上げる……それは土くれの武者といった風貌であり、間違ってもただの無意味なオブジェクトではないだろう。
「聞いてなーい……」
明らかに大蛇の取り巻きである土くれの武者が現れたのを見てウィンが上げたテンションを下げて戻す。
どうにもこのボスは緩慢な動作をしている代わりに、ダメージを与えられると自らの配下を産み落とすらしい。
「どうしましょう、適時片付けたほうがいいんですの?」
「んいや、バカ真面目に付き合っててもジリ貧だろーし、一気に大物叩いちゃお! 『クリスタルランス』!」
「そういうことならば! 前回出番のなかった〝アレ〟を使わせて頂きますわ!」
大蛇の厄介な特性を前にカナリアが攻撃を躊躇うが、横に並んだウィンはこちらへとゆっくりと迫ってくる武者達を無視する方向で決めたらしく、こちらの様子を伺っている大蛇へと晶精の錫杖の効果で結晶化したマジックランスを放つ―――すれば、それも見事に大蛇の額へと直撃し。
先程カナリアの攻撃で現れた数の三倍近い土くれの武者が現れた。
「あー、無理かも、無理かもしれない、死ぬかも!」
「ごめん先輩やっぱ待っ……」
「『夕獣の解放』!」
「あぁっ……」
……気にしないで戦ってくれとは言ったものの、流石に三倍近くも武者達が姿を増やすのを目の当たりにしたハイドラは悲鳴をあげ、それを聞いたウィンもやはり一度ぐらい間引いたほうがいいと思えて来たので、カナリアに待ってもらうよう声を掛けるが、それよりも早くカナリアが〝アレ〟を使うべく、下準備として夕獣の解放を使用してしまう。
「……え、撃たないほうがよろしくて? 撃ちたいのですけれども、わたくし。〝アレ〟を」
「〝アレ〟!? 〝アレ〟ってなんですか!? カナリアさん! それは僕達の命を救うものですか!?」
「別に人の命を救いはしませんけど、命あるものを殺すことはできますわよ!」
「もういいーっ! なんでもいいから殺せーっ!」
どうしても〝アレ〟を撃ちたいらしく、非常にそわそわとした様子ながらも、ウィンの制止の声を聞いて待機に入ったカナリアだったが、彼女が下準備によってHPを200まで減らしていることに気付いたハイドラがヤケクソ気味に叫ぶ。
〝アレ〟がなんなのか誰にも分からないのは非常に不安だったが、このパーティーで最も戦力となるであろうカナリアが自らのHPを200にしてまで使いたいと言っているのだから、使わせて間違いはないだろう。
というか、間違ってたら全滅して終わりだ。
「では! 『八咫撃ち』ッ!」
ハイドラによるGOサインを受け取ったカナリアが大きく殺爪弓を引き絞る。
すると、矢尻に黒い羽のようなエフェクトが纏わり始め―――。
「一の矢!」
一連。
「二の矢!!」
二連。
「三の矢ァー! 破ァ!!!」
―――三連続で大矢を放つ。
それはグロウクロコダイル戦で入手したものの、次に戦闘となったボスであるオルフィオナが遠距離攻撃に耐性を持っていたがために使用されなかった、カナリアの所持する数少ない攻撃用スキル『八咫撃ち』……遠距離攻撃を二度コピーし、一度目のコピーは1.2倍の威力、二度目のコピーは1.4倍の威力にするスキルだ。
なにもバフが乗っていない最初の攻撃ですら大量に血を拭きだしてもがき苦しんでいた大蛇は、当然ながら夕獣の解放が乗った一発目の大矢でHPを半分近くまで減らされ、二発目の大矢でHPをほぼ瀕死状態にまで、そして最後の三発目の大矢にて完全にHPを失う……とはならず。
ごく僅かに、数値にすれば『1』だけ残ってしまう。
「ヤバい感じっ……ダンゴさん、ハイドラちゃん! 気を付けて!」
それは間違っても奇跡的に1だけ残して耐えた、というわけではないだろう。
不自然な残り方をした大蛇のHPに危機感を覚えたウィンが叫ぶと同時、大きく仰け反った大蛇の目に怪しい光が灯され、次の瞬間、目にも留まらぬ速度で大蛇は自らの血より生まれた武者達を巻き込みながら一行へと突っ込んでくる。
「先輩っ!」
「兄貴!」
ウィンはカナリアを、ハイドラはダンゴを、マイペースな相方をそれぞれ突き飛ばす形で大蛇の突撃を回避こそ出来たが、四人は綺麗に二組ずつに分断されてしまう―――。
「今更遅くってよっ!」
―――とはいえ、大蛇の残るHPは恐らく『1』であり、どのような攻撃であってもダメージを与えさえすれば撃破することが出来るだろう。
そう考えたカナリアは素早く立ち上がると自分の横を通り過ぎていく大蛇の身体へと肉削ぎ鋸を振るうが……ダメージはない。
「うわ! これ頭以外ダメージ通らない奴だ!」
似たようなことを考え、晶精の錫杖で大蛇の横っ腹を殴ったらしいウィンが顔を青くして叫び、思う……どうりで、今までまるで殆ど動きを見せていなかったわけだ、と。
このパーティーには異様に射手としての才能があるカナリアや、誘導性のある魔術を使えるウィンがいるのでそうでもないが、その手の攻撃手段に乏しいプレイヤーが対峙するとなれば、頭部以外にダメージが通らない上に、あまり動き回られてはダメージを与えるのが難しくなり過ぎてしまう。
故に、ここまで土くれの武者を呼び出すだけで動きが無かったのだろうし、逆に言えばあと一撃という状態になった今、こうして激しく動き始めたのだろう。
「頭を追いかけなくては……」
「つってもこれじゃあ!」
ならば自分達の横を通り過ぎていった大蛇の頭部を追わなければならない、そうカナリアが呟くが……あまりにも素早く大蛇のHPを削り切ったことで大量発生した土くれの武者達がそうはさせまいと激しく動き出す。
こちらも歩いてにじり寄っていた先程までとは打って変わって、手にした刀を振り上げて突っ込んで来ている―――思わず、無視できない! とウィンは悲鳴を上げた。
「頭一発殴ればいいんだね!? 僕がやる!」
「えぇッ!?」
大蛇の巨躯で分断された反対側、脈動する壁の向こうでカナリアとウィンが武者達との戦闘に追われていることを察したダンゴが叫び、ハイドラは悲鳴に近い声を上げながら首を振った。
いくらこちら側には殆ど(運よく)武者達がいないとはいえ……だからといって、あの大蛇を仕留めるほどのプレイスキルがダンゴにないことは、ハイドラが一番良く知っているから。
「無理無理! 絶対兄貴には無理!」
「それでもやるんだ! 男として!」
妹の制止も聞かず、得物である細身の大剣を構えるダンゴ。
そんな彼の戦意を感じ取ったのか、あるいは容易い獲物から片付ける性分なのか、大蛇はダンゴとハイドラの側にぐるりと頭を向け、爬虫類特有の無機質な眼でふたりを睨みつける。
カナリアとウィンが武者達を速やかに解体する音が響く中で、静かに睨み合うダンゴと大蛇、一人と一匹。
いつになく真剣な兄の様子にハイドラがごくりと喉を鳴らす―――瞬間、大蛇が動き、ダンゴもそれに合わせて大剣を上段に構えた。
「とぉおおおうッ!」
凄まじい速度で突っ込んでくる大蛇に対し、鬼気迫る掛け声と共にダンゴが上段に構えた大剣を振り下ろす……が、大蛇は突撃の途中で器用に一瞬後退し、ダンゴの攻撃を避けてしまう。
「ヘぇええええッ!?」
鬼気迫った表情はそのままにダンゴが男らしさの欠片もない悲鳴を上げる……大剣の切っ先は思いっきり地面を抉り、深々と刺さって早々抜ける雰囲気ではない。
対し、そんなダンゴの様子を好機と捉えたのだろう大蛇は、動きの止まったダンゴへと噛み付くべく再び加速する。
「ああ、もう!」
一転して窮地に陥った兄を庇うためか、あるいは兄に花を持たせなかった大蛇を殺すためか、ダンゴの後ろで様子を見守っていたハイドラが前に躍り出て護身用の小剣を構える。
そこからは一瞬だった、たかが女子供一人増えても構いやしないとばかりに突撃を続け、噛み殺さんと口を大きく開けた大蛇に対し、ハイドラはダンゴを後ろに突き飛ばして自らも一歩引き、ほんの目と鼻の先に大蛇の顔が来るようにして攻撃を回避する。
「くううっ!」
しかし、綺麗に回避したはずのハイドラの顔は苦虫を嚙み潰したように歪み、彼女のHPは一気に残り三割を下回る。
だが、同時に大蛇が目を見開き、閉じた口を大きく開けて全身を痛みに震わせる……その口腔内、上顎には深々とハイドラの小剣が刺さり、また逆にハイドラの腕を大蛇の鋭く長い牙が貫いていた。
「あに、きっ!」
ハイドラによる命を賭した拘束。
生産職が護身用に所持している小剣程度では1ダメージすら通らなかったが、それでもこの状況において、機動力と頭部以外ではダメージを負わない特性が武器であった大蛇に対し、この拘束は……いくら僅かな間しか効果がないとしても致命的だ。
「あ、ああっ! 食らえっ!」
ようやく地面から大剣を引き抜いたダンゴが、深く息を吐いた後にその目へと得物を突き立てる。
いくら戦闘のセンスが壊滅的であるダンゴであろうと、これだけ大きな相手が止まっていれば攻撃は外さない―――!
一瞬間をおいて響く絶叫。
「ハイドラ!」
大蛇がその眼に突き刺さった大剣をそのままに大きく仰け反り、それによってハイドラの腕に突き刺さった牙も抜け、それによって支えを失ったからか、今にも倒れそうなハイドラをダンゴが抱き抱える……大蛇が先端の頭部からぐずぐずと宙に解けていくのを見ることもせず。
「……あー、ごめん兄貴。ダメっぽいわ」
やや大げさなリアクションを見せるダンゴに対し、ハイドラがヒラヒラと手を振る……そんな彼女のHPの下には『毒』の状態異常を表すアイコンが点灯していた。
ハイドラの残りのHPを考えれば自然治癒まで耐えきれるとは思えず、即座に解毒しなければ死は免れないだろう。
しかし、ダンゴは解毒用のアイテムもスキルも魔法も所持していない。
「やりましたわねえ! ダンゴさん!」
「カナリアさんっ、ハイドラが……」
互いを遮っていた肉壁が消え去ったことによって、ダンゴが大蛇を討ったことを察したらしいカナリアが喜びの声を上げながら駆け寄ってくる。
ダンゴは彼女ならば解毒の手段を持っているのではないかと思い、そちらに視線をやる―――。
「ポワァアア」
―――するとそこにはカナリアと、異様に伸びた指と触手を髪の代わりに揺らす、黒くぬめついた肌と十字に裂けた花のような口が特徴的なバケモノがいた。
「うわあ! バケモノ!」
「まだなんかあんのねッ!」
ダンゴに男らしく抱きかかえられて静かに甘える妹の顔を晒していたハイドラだったが、ひたひたと足音を立ててカナリアの背中に近寄る謎のバケモノを目にして雄々しく小剣を振り上げる。
「ほ? バケモノ……? ああ! これはウィンの真の姿ですわよ!」
「ポワァルア!」
そんなふたりの反応を見て一瞬戸惑ったカナリアだったが、ふたりがなにに対し敵意を見せているのか察して、ぱん、と手を叩きながら妖体化によって高次元の妖精に等しい肉体を手に入れたウィンを紹介する。
……が、ウィンはウィンでこの姿こそが『真の姿』と表現されたのが気に食わなかったのだろう……顔全てにも及ぶ花のような口をバックリと開いてカナリアを威嚇した。
「……確かに言われてみれば面影がある……?」
「いやないでしょ、バカ兄貴。ねえ、カナリアさん。解毒かなんかできる? 私、毒で死にそうなんだけど」
高次元の妖精に等しい肉体を手に入れたウィンは全く元の姿と似ても似つかないのだが、どこかに面影を感じ取ったらしいダンゴが顎に手を当てて考え込み、そんな兄の頭を軽く叩きつつハイドラはカナリアに解毒手段の有無を確かめる。
「わたくしは特にないですわねえ、ウィンはありまして?」
「ポワァルル」
ふたり……一人と一体も特に持っていないらしく、頭を振る。
まあ、仕方はないだろう……オニキスアイズ……というより、クロムタスク社のゲームは状態異常の解除手段が異様に乏しいことでも有名で、こんな序盤で解毒用のなにかが手に入るわけはなかったのだ。
この場に解毒手段がないことが分かり、己の死が免れられぬものだとハイドラが理解すると同時。
大蛇の頭部から発生していた崩壊が本堂の上にある〝眼〟まで達したらしく、ぎょろぎょろと辺りを見回しながら悲鳴のような声を残して爆発四散―――そしてカナリアたちは一瞬光に包まれたと思えば、次の瞬間には見たこともない花畑の上に立っていた。
「蛇殻次が消滅した……」
ダンゴが呟く。
最後までその正体は不明だったが、やはり、この場に似つかわしくない和テイストな例のダンジョンは、なんらかの怪異によって齎されていたのだとこの場の全員が理解する。
そしてまた『蛇殻次』というダンジョンの名前の意味もそれとなく。
「ジャガラに続く道……いや、ジャガラからこちらに続く道、だったのかな」
『ジャガラ』がなんなのかは分からないが、恐らくそういうことなのだろう。
「はあ、まあ、なんでもいいけどさ。それじゃ、私、先に街に帰るからね」
顎に手を当てて考え込むダンゴの肩にハイドラが手を置き、ため息混じりに告げる……もう死ぬ、と。
そして、言葉をダンゴが返す前にハイドラは膝を折ってばたりと倒れ込み、消滅―――生命活動を停止したのだ。
「ハイドラ……惜しい人を亡くしましたわ……」
カナリアがそっと目を伏せて胸に手を当てる。
ハイドラ……なんとも生意気な言動と、目に見えて現実世界での身体的コンプレックスの裏返しであろう年頃に似合わぬ豊満な胸が特徴的な少女……生産職でありながら、卓越したバトルセンスを持ち、逆に壊滅的なバトルセンスをしている兄に対し、前線で敵の攻撃を掻い潜りながらポーションを与えるのを得意とする、優れた戦士だった。
「あはは……、じゃあ、あの。僕も失礼します。あんまり待たせるとあいつ怒りそうだし」
なんとも大袈裟に黙祷までし始めたカナリアに対し苦笑交じりにダンゴが告げた。
蛇殻次のボス『蛇殻次の呪眼』を撃破し、蛇殻次が消滅した今、カナリアとウィン、ダンゴとハイドラのパーティーは解散という流れになるのが当然だ。
他のゲームであればここでフレンド登録でもするのだろうが、クロムタスク社はそんな甘えた機能を実装しない。
あくまで旅は一期一会、他のゲームでいうところのギルドシステムである『連盟』でも組めば話は別だが、現実世界で知り合いでもない限り基本的に出会いには別れが伴う。
「そうですわね。あぁ、そうそう……」
やや名残惜しさも感じるが、ウィンをこのまま街に戻すわけにはいかず、妖体化を解除するために何処かで死ぬまで戦い続ける必要があるカナリアとしてもダンゴとはここで別れるしかない。
なので、別れの餞別代わりに先程のボス……『蛇殻次の呪眼』がドロップしたアイテムをダンゴへと渡すことにした。
「これは……」
「反毒の指輪、毒状態の時に自らの力を増させる効果を持つらしいですわ」
「えっ」
笑顔でカナリアが告げた指輪の効果を聞いて、正直いらない……と、ダンゴは率直な感想を漏らしそうになる……が、なんとか堪える。
折角厚意でくれると言っているのだから、貰っておくべきだろう。
間違っても、ゴミを押し付けてきているわけではないのだから……たぶん……。
それに先程の戦いでとどめを刺したのは自分だとしても、あそこまでHPを凄まじい速度で削ったのはカナリア達なのだし、普通に考えれば戦利品は彼女たちのものだ。
だのに、わざわざくれるだなんて……好意だ、好意がそこにあるには違いない。
「わたくしはファイトスタイル的に状態異常とは相性最悪ですし、ウィンは腕力で戦うタイプではないので……」
「ポワァア」
ウィンが首を縦に振る。
いや、十分腕力だけで特殊部隊の首をもぎ取ってそうな見た目してるけど……ダンゴは率直な感想を漏らしそうになる……が、なんとか堪える。
そんなことを口にしたら、もしかすれば自分の首がもぎ取られるかもしれないし。
「ありがとう……ございます……」
やや引き攣った笑顔で差し出された指輪を受け取る。
名前こそ毒々しいし、その効果も果てしなく微妙だと思うが、ピジョンルビーのような宝石がはめ込まれたデザインだけは綺麗だ。
……街で待ってるハイドラにあげよう。
自分が付けるよりも、女の子が付けたほうがこの指輪も喜ぶだろうし。
そう、ダンゴはなんとなく考える。
決して、妹に綺麗なだけのゴミを押し付けるわけではない……とどめを刺したのは自分だといっても、とどめを刺す機会を作り出した真の功労者はハイドラだから、その戦果に見合った報酬を彼女に与えるだけだ。
決して……綺麗なだけのゴミを押し付けるわけではないのだ。
決して……。




