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025-蛇殻次の毒蛇 その2

 どうにも、その件の『蛇術師』はダンゴによれば、もっと奥まった場所……本堂の付近にいるとのことなので、そちらへと向かって移動する最中に―――。


「にしても……無理がありますわねえ、その顔は……」


 ―――カナリアが思わずといった様子でダンゴを見ながらぼやいてしまった。

 カナリア本人も言ってからしまった、とは思って軽く口を塞いだし、ウィンも物凄い表情でカナリアのことを見たが、ダンゴはダンゴで、やっぱそうですよねえ……、と頷いてしまう。

 そこには悲しみも怒りもあらず、あるのはただただ虚無といった感じだ。


「……あの、気を悪くしないで欲しいんだけどさ、本当になんでそういう顔にしちゃったの?」


 反論すらなく、ただただ真摯に事実として受け止めてしまうダンゴを見てウィンが心底不思議そうに聞く。

 ……似たようなことは妹から何度も聞かれているだろうが、それこそ妹の前だからこそ喋れない理由というのもあるだろう……そう思っての質問だったし、実際、それをハイドラが近くにいない時に聞かれたことに対し若干ダンゴが嬉しそうな表情を浮かべる。


「……小さい頃は、もっと普通の兄妹だったんです、僕たち。……いや、一卵性ってワケじゃないのに瓜二つなのはその頃からで、親もよく間違うぐらいだったので、言うほど普通じゃなかったかもしれないですし、当時から僕はよく女の子と間違えられてましたけど……その分だけ妹も男の子だと間違えられてましたから」


 まるでモンスターが現れる気配のない荒れ寺の道を進みながらダンゴは、ぽつりぽつり、と語り始める。

 今ですら声だけで姉妹かと思うほど似ているのがダンゴとハイドラだ……顔の差が出辛い幼少期であれば、どちらがどちらかを間違われることも多かっただろうし、どちらかの性別も間違われることは当然多かっただろう。

 とはいえ、それはそこまで珍しい話でもないし、なんら問題はない。


「でも、残念ながら僕ってば、何年経ってもこんな声のままだし。こういう顔に今回はしてますけど……リアルでは顔も、やっぱり妹に似てる……っていうか、ちょっとあいつってツリ目っぽくて、僕は逆にタレ目っぽくて……妹には悪いんですけど、まあ……僕のが……はあ……」


 問題なのは、どれだけ成長しても男である自分の顔や声が妹に似ていること……というか、それを通り越して妹よりも女っぽい顔つきや声色であることだ、と……ダンゴは言葉にまではしなかったが、そういうことなのだろう。

 カナリアとウィンは、それにしても本当にこの辺にモンスターの気配ないな、と思いつつ頷くことしか出来なかった。


「ともかく、来年には受験だって感じなのに、まだ僕は女の子と勘違いされるし、いや、それはいいんだけど……いやよくないけど……ついにこの間、上級生から『男だと知ってるが付き合ってくれ!』……なんて告白までされて……あ、もちろん男の先輩からですよ? ……いやもちろんってなんだよ……」


 自分の失言に対し自分でツッコミを入れながら、はぁー……と、大きな溜め息を吐くダンゴ。

 それは少年の吐いていいレベルの溜め息ではない、この世の全てに絶望していそうな溜め息だ。


「あー……気持ちは察せられないけど、キツそうだなあ……それえ……」

「わたくしも何度か同性からも告白されましたけれど、結構困りますわよね、あれ」

「え」


 そんな様子のダンゴに同情する際に、さり気無く自分にも同性からの告白経験があることを告げるカナリアの顔をウィンは一瞬見るが……まあ、確かに、絵に描いたようなお嬢様だもんな、先輩、口調までもが……と思って納得する。

 そういう趣味の一部の女子からは人気が高いのだろう。

 思い返せば自分も何回かカナリアこと小鳥の好きな食べ物とか誕生日とかを何度か同級生から聞かれた記憶がある(彼女たちの学校は中高一貫だ)。


「ですよね! だって、こっちは相手のこと全然そういう目で見てなかった、っていうか。ほんと頼りになる先輩だと思ってたのに……なんか、そういう目で見られてたのかな、って思うと……ちょっと……普通に目の前で着替えたりしてたし……」


 道端の小石を蹴り飛ばしながらダンゴが言う。

 言いっぷりは完全にテディベアから男性器が生えたと言っているようなものだが、この場合相手が同性なので仕方がないだろう。

 もはや周囲の男全員が自分をそういう目で見ている可能性を考えながら生活しなければならない……、などということになったら共同生活など無理だろうし、相手が男だからと多少油断するのが罪とは誰も言えないだろう。

 蹴り飛ばした小石が結構な距離を転がっても誰にも当たらない程モンスターがいない、本当に旨味成分がゼロのダンジョンを進みながらカナリアとウィンは頷く。


「いやまあ、もう、それもいいですよ。別に。しょうがないですもんね、好きになっちゃったのは好きになっちゃったんですもん。けど……そんなことがあったものだから、僕も流石に危機感覚えまして……なにか間違いが起こる前に、気になってた先輩に告白したんですよ。勿論女性のね」

「おおっ」


 なにか間違いが起こる前というのは、いったいどういう間違いが起こる想定をしたのかは少々気になったが、そこは流しつつ……気になってた先輩に告白した、という言葉を聞いてウィンがきらりと目を輝かせる。

 そんな反応を見てウィン……初香と海月は恋バナとかそういう類が大好きだったのをカナリアは思い出した。

 一方でカナリアはまるで興味がなく……結婚願望も皆無だし、子供が欲しいとも思わない(というか正直言えば子供が嫌いだ)し、その辺りは全て妹に丸投げして、自分は好き勝手に生きようと考えている。


「ま、ダメでしたけどね。『ごめん、男の子として見るお付き合いはできない』『けれど、女の子として見ていいなら付き合える』『ねえ、ずっと、私の母親の再婚相手の父親が連れてきた可愛い義妹でいてくれない?』とか言われて、え、ウソ今まで僕のこと妹として……しかも変な設定付けた義妹として見てたの? って感じですよ。だからやたらボディタッチ多かったんだなって……。……当然ですけど、破局する未来しか見えなかったのでお断りしました……。あれで相当、傷付きましたよ僕は……」


 ははは、なんて乾いた笑いを漏らすダンゴ。

 恐ろしい事だ……テディベアから男性器が生えたと思ったら、自分もまた、男性器を生やすテディベアになっていた……。

 そして、気になる先輩は自分を妹……しかも、変な設定が付いた義妹として見て妄想を捗らせる恐るべき女だった……そんな現実を知った時のショックを思い出したのだろう。

 ……声だけ聞いていれば己の性の曖昧さに戸惑う悲劇の少年の話だが、残念ながら今の彼の顔はバリバリのクールワイルドイケメンなので違和感がひどい。

 本当になんでそんな顔にしたんだ。

 というか、いつになったらその顔にした理由を話すんだろうか?


「それで、しばらく塞ぎ込んじゃってて……だけど。そんな時に励ましてくれたのが妹だったんです。……ほら、僕ってひとりで居ても女の子に間違われるのに、妹と一緒にいたら100%ですから。しかも大体僕のが妹だと思われるし……。いや、そこはいいか。……とにかく、一緒にいると絶対男として見てもらえないからって、あいつのこと僕が一方的に突き放して、ちょっと関係がギクシャクしてたんですよ。……だけど、あいつは落ち込んでる僕のこと一生懸命励ましてくれて、それが本当に嬉しくって。……それで、久々に一緒になにかやらないか? 小さい頃みたいに、って声を掛けたら……」


 カナリアとウィンがそんな疑問を抱く頃、ちょうど前置きが終わったらしくダンゴが本題に入り始める。

 一緒になにかするならこれはどうだ、と、挙げられたのがこのゲーム……というわけなのだろう。

 確かに、自己紹介の際にハイドラは『いつもは前に出てる』と言っていたな、とふたりは気付いた。

 どうやら彼女は元々趣味でVRゲームを嗜んでいるらしい。

 ……言われてみれば、あの動きは完全に手練れだし、逆にダンゴの方は本当にずぶずぶの素人といった感じだ……恐らくは、このゲームが初めてのVRゲームなのだろう。

 ああ、そうか、このゲームが初めてのVRゲーム……。


「だけど僕ってば、本当にバカなんですけど、やっぱり……! どうしても! 欲しくなっちゃって! 男らしい顔が!」


 ……というわけで、ダンゴがこういう顔になった理由をふたりが大体察したところで―――あああああ! なんて呻きながらダンゴが顔を手で覆いつつ空を仰ぐ。

 まあ、仕方ないかもしれない……ここまでの話を聞けば……分かる気がする。

 ずっと欲しがっていたのだ、彼は……この目の前のクールワイルド系イケメンのような顔を……男臭さ溢れ出る顔を。

 で、このゲームは自由に見た目を作りかえられるVRMMOだ。

 そりゃあ、こういう顔にするかもしれない。


「もう! どうしたらいいか! 続けたい、続けたいんです! このゲーム! だって……あいつにどんな顔したらいいのか分かんないじゃないですか! やめちゃったら! でも、だけどッ……! 自分でもわかる……この顔でこの声は気持ち悪すぎる……耐えられない……!」


 あー……、と思わず口にしてしまうカナリアとウィンの横で、気付かないふりをしていたけれど、今日、いろいろな人の反応を見て確信に至った……! と絶望的な表情で嘆くダンゴ。

 彼がそんな確信に至る手助けを間違いなくしてしまったふたりは、ほんの少し悪いことをした気持ちになってしまう……が、いや、だが……本当に無理なのは無理なのだから仕方がないのだと、理解して欲しい。


「……この様子ですと『マジックソード』が手に入るまでには時間が掛かりそうですし。その時間、めいいっぱい使ってなにか考えましょう! ねえ、ウィン!」

「……うん。うん! そうだね! なんか……なんかあるはずっしょ! 世の中どうしようもないことなんてそうそうないよ!」

「カナリアさん……ウィンさん……!」


 理解をして欲しいとは思うが、罪悪感がないといえば嘘になる。

 カナリアとウィンは思わずダンゴの手を握って励まし、そしてなにか一緒に考えようという。

 ダンゴは彼女たちが後ろめたさから行動に移ってるとは一切考えないお人好しなので、思わず感動のあまり涙を目尻に溜め込んでしまう……。

 しかし全然いないな、モンスター……このエリア、本当に旨味がゼロなんだな……と思いつつ……。


「あっ、いました」


 だなんて、先程までは自分語りに集中していて一切気付かなかったダンゴがようやく周囲になにもいない現状に気付いたからだろうか。

 ダンゴは涙で滲む視界の端に、その頭部にコブラを思わせる兜を装着した魔法使いのような姿のモンスター、蛇術師を発見する。


「あれです。HPが少なくなってくると急に動きが機敏になるので注意してください」


 前回やられた時は、珍しく自分でもついて行けるぐらいには速度が遅い蛇術師相手に調子に乗っていたら、急にマッハで攻撃されて死んだんだよなあ、と思いながらダンゴが発見した蛇術師を指差す。


「そうなんですのね。それでは失礼して……『夕獣(ゆうじゅう)の解放』! からの……破ァ!」


 ダンゴのアドバイスを聞いて、HPが少なくなると厄介なのであればHPを一撃で消し去るのがいいだろう……と、そう考えたカナリアは『夕獣(ゆうじゅう)の解放』でHPを200だけ残して代償にし、殺爪弓を構え、放つ。

 それは当然蛇術師を穿ち、死亡モーションを取る暇すら与えずに一瞬で粒子化させた。


「え、出ちゃったんだけど」


 そしてウィンの手元に現れたアイテム取得ログウィンドウには『マジックソードのスキルノート』と無機質に記されていたのだった……なんと運が良いことだろうか。

 ボスや希少なモンスター以外からドロップするスキルノートは、本来月単位で求め続けてひとつ出るか否かのレベルでドロップ率が低いというのに……。


「あら……」

「えっ」


 ……というのは普通の場合の話。

 いまこのタイミングで、この状況で、あっさりとスキルノートがドロップしたことは決して幸運とは呼べないだろう。

 時間が掛かるとはなんだったのだろうか。

 もう手に入ってしまった。

 まさかの一発ツモ、しかも戦闘自体も凄まじくあっさりとしたものだった……秒数にして10秒も経ってないだろう。


「ご……ごめん……あはは……」


 顔を真っ青にしたウィンが思わずといった様子でダンゴへと謝る……もう謝るしかないだろう。

 別段ウィンはなにも悪くはないのだが、謝るほかにこの場で取るべき行動が彼女には分からなかった。


「いえ、いいんです。ドロップして、良かったです」


 限りなく無表情に近い笑顔でダンゴがウィンの『マジックソード』の入手を祝福する。

 あまりにも痛ましいその笑みにカナリアとウィンは黙り込むしかなく、パズルを解いているハイドラの下へと戻る道すがらは、行きとは違って誰も一言も喋らなかった……。

 どうして世界はこんなにも彼を苦しめるのだろうか? もはや、世界から呪われているとしか思えない……そうカナリアとウィンがダンゴを評しつつ、ハイドラがパズルを解いている祭壇まで戻る―――。


「お兄ちゃん……解けないぃ……」


 ―――すると、そこにはぐずりながら、いくつかの塊を祭壇に転がすハイドラの姿があった。

 先程までのなんとも生意気そうな態度はどこへやら……カナリアとウィンの目を気にもせずに、目尻に涙を溜め込み、上目遣いでダンゴの胸に飛び込み顔を見上げる彼女は完全に兄に甘える妹の顔だ。


「まあ、だろうね……」


 最初からそうなるだろうと分かっていたダンゴは苦笑しながらハイドラの横に立ち、どの塊とどの塊が、どの角度ではめれば繋がるのか、とか、余っているピースを使う場所はここに使えるんじゃないか、とか、なんとも的確なアドバイスを出し始めた。

 ハイドラがぐずって兄に甘えだしたのもあるだろうが、そこには先程までテディベアから男性器が生えた、いや自分こそ男性器が生えたテディベアだった、というか勝手に妹にされた挙句妄想のオカズにされてた……等と深刻な表情で話していた男の姿はない。


「……あの感じは物凄くお兄様って感じですのにね」

「……声がねぇ……」


 ふたりで力を合わせてパズルを解き始めた兄妹を見ながらカナリアとウィンは思う。

 きっと、あのままの姿で、声もそれに似合うような男らしいものだったら、ダンゴはハイドラが胸を張って誇れる優しい立派な兄になったんだろうな、と。

 そしてまた、理解する……それが分かっているからこそ、ダンゴもダンゴであんなキャラメイクにしたのだと。


「……まあ、そのうち声変わりするっしょ……」

「……だといいですけれども……」


 結局は、時間が解決するのを待つしかないな……。

 それが、秒で『マジックソード』がドロップしたことによって解決策を考える時間を得られなかった、ふたりの出した結論だった。

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