024-蛇殻次の毒蛇 その1
四人が辿り着いた件のダンジョン、『蛇殻次』は荒れ寺のようなダンジョンだった。
『大鰐の棲家』や『小鬼道』とは違って天井が無く、迷路のように入り組んだりはしていないので、目指すべきポイントは中央の本堂らしき建物だと簡単に察せられるし、恐らくクリアするだけならば直進すればいいだけなのでクリア自体は容易いことだろう。
「で、ここから先はどうしますの?」
「んー、まずは『武器組み立て』取りに行こ? ふたりもそれでいいっしょ?」
だが、今回の目的は別にクリアではない。
ウィンは今日最初にカナリアに見せたものと同じように、これまた手描きらしい蛇殻次内のマップを宙に広げて提案し、ハイドラとダンゴがそれに無言で頷く。
元より急かすつもりはないが、自分達の目的を優先してくれるのならば当然その方が良い。
と、いうわけで『武器組み立て』を入手するべく移動を再開する四人組。
『武器組み立て』の入手方法は、このダンジョン内のどこかに現れる特定のパズルを解く……というものだが、その出現場所というのはいくつかのパターンが存在しており、入場時に決定する。
「えっと、カナリアさんとウィンさんはどうしてここに?」
「あ、それ私も気になってたの。ふたりとも生産職じゃないし、なんでだろって」
運が良ければ5分も歩かずに辿り着けるだろうが、最悪の場合だと入り口と真逆に出現しているので、結構な長期戦を強いられることになるかもしれない……だから、雑談のひとつでもしておかなければ間がもたないだろう。
そう考えたダンゴが、とりあえず一番近いポイントに向かって移動する最中に先導するふたりへと質問し、ハイドラもそれに追随する。
繰り返すが、蛇殻次は現状旨味成分の一切無い焼肉の完全に焦げ切った部分のような存在であり、長く滞在すればメリットどころかデメリットが目立ち始めるダンジョンだ……。
というのも、このオニキスアイズにおけるスキルは『称号』の収得や、スキルノートの使用で得られるわけだが、この『称号』というものが厄介で、そのキャラクターが所持している称号と関連性のある称号は戦闘やイベントで習得しやすくなり、逆に関連性のないものは習得し辛くなっていくのである……平たく言えば、この世の全ての称号を得る、ということは出来ず、なにかを得る度に常になにかを犠牲にしているわけだ。
現に、カナリアはなんらかを殺害したり、死体を漁ったりする等、追剥めいた称号ばかりが手に入るようになっているし、まだ数は少ないもののウィンもウィンで『妖精』関連の称号を2つも所持しているので、今後はそういうものばかり手に入ることになる。
そして、生産職が生産職以外に生きる道を見つけられずにいるのもこれが関係している。
生産職の基本となるスキル『強化』と『修理』を得られる称号『鍛冶師』を得てしまうと、生産系以外の称号の取得率が著しく下がるのだ。
なので、生産職でありながらも戦闘に向いた称号も多数所持している……なんて完璧超人はそうそう存在しえない。
生産職はあくまで生産系のスキルがメインだし、そうでないならば生産系のスキルは扱えないのだ。
……というわけで、お分かり頂けるだろう。
『状態異常』に関係している称号や、『ある条件下のみで発動する効果』を持つ称号ばかりが手に入るここで色々な称号を多く手にしてしまうと、非常に取り回しのきかない扱い辛いキャラクターに育ってしまう可能性が高いのだ。
だから、そんな場所にこのふたりが来たがってことがダンゴとハイドラはずっと疑問だった。
強く育っているっぽいのに、なぜ態々弱くなりに来ているのだろうか、と。
「それは勿論、新たな力を求めて! ですわよ! ねえ、ウィン!」
「う、うん、そだよ」
なにを当然なことを? とでも言いたげな表情でカナリアが返し、思わずダンゴとハイドラは、え? と声を出してしまう。
瞬間、凄まじい勢いでウィンが顔を背け始めた。
「えっ、わたくし、なにかおかしなこといいまして? ウィン、ねえ」
「いや? なにも?」
ぎこちない笑みを浮かべるウィン。
なんて嘘を吐くのが下手な少女だろうか……、カナリアは真顔でダンゴを見て説明を無言で要求する。
ここでプレッシャーに弱そうなダンゴを狙うあたり、カナリアの性格の悪さがにじみ出ている。
「ええっと、ここは……『武器組み立て』ぐらいしか得るものがないことで有名な場所なんですけど……も……」
そのお、とか、あのお、とか言いながらダンゴが居心地悪そうに人差し指を合わせて視線を泳がせる……そのジェスチャーは可愛らしいが、致命的に顔に似合わないジェスチャーだ。
しかし、その声には全くもってピッタリなジェスチャーなのだから問題である。
「そ、そんなことないし! マジックソードとかマジックソードとかマジックソードとかあるにぃ」
口ごもるだけで精神にダメージを与えることが出来るダンゴの言葉に対し、早口気味にまるで弁明になっていない弁明を吐くウィンの頬を無言でカナリアが左右に引っ張る。
マジックソードとかマジックソードとかマジックソードとは……マジックソードしかないではないか。
「もう、最初から素直に手伝って欲しいと言えばいいですのに……」
「そ、そういうの慣れてないから恥ずかしくって……えへへ……」
指から解放された両頬を摩りながらウィンが照れ臭そうに笑う。
確かに、本人がそう口にしてカナリアは思い出した……最初に『小鬼道』の攻略に誘われた時も『手伝って欲しい』とは言われず、『一緒に遊びたい』というニュアンスだった気がする。
どうにもウィンは人に頼るのが下手なようだ。
「というわけで、わたくしはウィンの手伝い。ウィンは『マジックソード』とやらのスキルノート探し、らしいですわ」
やや騙された感はあるものの、まあ妹分に頼られれば悪い気はしないし別に怒るほどのことでもないので(面倒だから最初から素直に言えとは思うが)適当に流しつつ、カナリアは改めてふたりの質問に答えた。
「『マジックソード』っていうと、あれだね、蛇術師。……あれからのレアドロップ狙いかあ……」
「前来た時にこっちを殺してきた相手だから、いそうな場所とか見た目とかは教えられるけど、実際戦闘になったら私たちが手伝えることはなんもないね。悪いけど」
「いや! 多少のダメージソースには!」
「なんもないね、悪いけど」
それを聞いたハイドラが、どうやら前回『マジックソード』をドロップするモンスターの手で死亡することとなったことと、それと対峙する際に自分達が力になれないことを告げる。
そんなハイドラの言葉に対しダンゴの方は少々不服そうだが、まあ、残念ながら道中での彼の動きなどを見ても彼が戦力にならなそうなのは明白だった……。
ダンゴの動きは……なんというか、全体的に一拍遅いのだ。
攻撃が当たってから避けたり、相手が動いてから攻撃したりと、一挙一動が遅れており、その様は遠巻きに見ていると最早流れている時間が違うのではないかと錯覚させるほどで……むしろ動きならハイドラの方がよっぽどいい。
兄の被弾が多いことを知っているからだろうか、大量に買い込んでいるポーションを敵の攻撃を器用に避けながら兄へと投与する様は、武器を握っているのがハイドラのほうであれば10倍早く相手を倒せるだろうと思えるほどだ。
まあ、それはこのふたりもとっくに分かっているだろうし、自分をせっせと介護する甲斐甲斐しい妹へとダンゴは戦闘が終わるたびに謝っており、それに対しハイドラはあーだこーだと文句を言ったり弄ったりしながらも、なんだかんだ楽しそうなのでカナリアもウィンも特に口を挟みはしないが、勿体ないなあ、とはどちらも思っていたりする。
「なんかこう……上手く戦えないんだよなあ……なんでだろ?」
「兄貴はマイペースすぎんのよ、よっぽど強くない限り、相手のペースに食い付かなきゃ」
ちらり、とハイドラがカナリアを見ながら言う。
マイペース具合であればカナリアも格下相手には相当マイペースな戦闘をするのだが、彼女の場合はペースを崩されることがなければ、相手のペースに合わせる必要もないので話は別だろう。
逆に言えば、ダンゴが十分戦えるようになるためにはカナリア並に倫理観を捨て、ありとあらゆるNPCを殺し養分としなければならない……修羅となる必要があるのだ。
「やっぱ無理なのかな、僕には……」
ハイドラの言葉を聞いて、しゅん、と落ち込むダンゴ。
……正直無理だと思う、と、この場の全員が静かに思うが口にはしない。
たぶんそれは本人が一番良く分かっていることだろうし、言ってもやたらに彼を落ち込ませるだけだ。
「お、ラッキー」
なにからなにまで上手くいっていないダンゴを見て、もしかすると彼はありとあらゆる面で凄まじくツいてない男なのかもしれない―――カナリアがそう思い始める頃、件のパズルをウィンが見つける。
なんとも幸運なことに例のパズルの場所は入り口から一番近い場所にあった。
それを見て、こういう所は無駄に運がいいんですのねえ、とカナリアは思い、即座に自分の間違いに気付く……こういうどうでもいいところで運が良いから、大事なところで運が悪いんですのねえ、と。
「よし、それじゃあ……解きますか」
ダンゴへと憐みを含む視線をカナリアが静かに向ける中、指を軽く慣らしながらハイドラがウィンの発見した小さな祭壇の前へと進む。
その祭壇には大きな箱が載っており、その中に結構な量のピースが無造作に突っ込まれている……これを近くの樹に括り付けてあるサインボードに描かれた図と同じ形かつ、パーツがひとつも余らないように組み立てろ、ということらしい。
どうやら、有効活用手段が発見されていない現状ゴミスキルである『武器組み立て』を手に入れるためには、結構な難易度の立体パズルを解かないといけないようだ。
「……大丈夫? 僕も一緒に解こうか?」
「バカにしないで、こんぐらい余裕よ」
余裕、と口では言うが、箱の中に突っ込まれているピースの数を考えると相当難易度が高そうに見えるし、サインボードに描かれた図も一面だけの挙句に形状は(表面に模様があるとはいえ)ほぼ立方体になっているようで特徴が掴み辛い。
なまじ、ハイドラがこういったものが苦手なのを知っているダンゴは不安を覚えるが、本人が余裕と言っている以上あまり口出ししては機嫌を損ねるだろうし、放っておくしかない。
それに、ハイドラはこちらが手を差し伸べるとムキになって突っぱねるタイプの少女だ……こういう雰囲気の時はなにを言っても無駄だろう。
「近くに敵沸かないみたいだし、兄貴はカナリアさんとウィンさんの戦いぶり見て勉強でもしてきなさいよ」
「……だ、そうなんですけど……いいですか?」
「どの道、蛇術師の所に案内してもらわないとだしねー」
当然ながらハイドラも自分がこういったパズルは苦手であるという自覚はあるようであり、人前では解きたくないらしく露骨に人払いをし始める。
となれば……。
仕方がないのでカナリアとウィンはダンゴを引き連れてマジックソードをドロップするという『蛇術師』狩りに出ることにした。




