022-プレイヤーキラーというもの その3
なんとなんとの難破船、日間VRゲームランキングで5位まで来ました!ありがとうございます!夢の一桁!
「耳が無事ならまだいけるな! 『バレットファイア』!」
「その通りだぜ! 『ニードルアイス』!」
だが、心が折れた程度では戦いを止めないのがワルという存在だ。
まさしくこれが本当の悪足掻き。
「『夕闇の障壁』」
「しかしINTが足りなかった! ってね」
といっても、カナリアに向かって放たれた『バレットファイア』はHPを2まで減らして展開された無情なる『夕闇の障壁』によってノーダメージで容易く受け止められ、ウィンに向かって放とうとした『ニードルアイス』は『脳吸い』によってINTが低下していたせいで発動すらしないのだが。
「相棒、どうする!?」
「無理だなもう死ぬしかねえ」
INTの低下によって自分の『ニードルアイス』が発動しなかったのはまだいい、問題なのはカナリアが平然と張った『夕闇の障壁』だ。
スコーチの『バレットファイア』を超える火力の技は、ふたりの間では現状『ブラストファイア』しかなく、カナリアがHPを僅か2まで減らして作り出したあの『障壁』が『ブラストファイア』なら破れるとは考えにくい。
そうだとするなら普通HPを2までは減らさないはずだ。
つまり、今現在をもってふたりは恐らくカナリアを撃破する手段を失ったことになる……よって、死ぬしかない。
ベロウは再び力無く倒れる……もう好きにしてくれ、という意思表示だ。
「あら、降参かしら? それじゃあ……行きます?」
完全に戦う意志の無くなったらしいベロウとスコーチを見てカナリアがウィンに問う……なんと慈悲深いことか、殺さずに進むらしい。
思わずベロウはカナリアの顔を見てしまい、そしてなんだかそれは輝いて見えた。
て、天使……! ベロウはトキメキを感じてしまう。
「ダメだよ先輩、ちゃんと殺さなきゃ」
一方でウィンは、冗談きついなー、とでも言いたげな様子でけらけらと笑いながらベロウとスコーチの殺処分を進言する。
まあ、生かしておいて得することはないのだから正しい判断ではあるのだが。
ベロウは自らの耳に舌を突っ込んできた挙句に平気で殺そうとするウィンに恐怖した。
あ、悪魔……! トキメキを覚えてドキドキと高鳴るベロウの心臓は、そのドキドキを恐怖心から来るものへと変えていく。
「そうなんですの? じゃあ、殺しますわね」
ウィンに言われ、一瞬で見逃すという選択肢を捨て去ったカナリアが背中の大弓、殺爪弓を構える。
ベロウは涙し、そして密かに思う……お前に殺されるなら悔いはないさ、と……。
「やめてぇっ!」
弦がギリギリと引き絞られ、命を奪う大矢が放たれようとしたその瞬間、カナリアとベロウたちの間に突如として小さな少女が割り込んできた。
「おじさんたちをいじめないでえ!」
その少女は、ふたりがカナリアたちと戦闘を始める前に見送った生産職の少女だ……どうやら蛇殻次で無事『武器組み立て』を習得してきたらしい。
どうにも、その帰りにベロウとスコーチがカナリアに殺されそうになっている現場に遭遇してしまったようだ……。
「ば、バカッ! なにしてんだ、引っ込んでろ!」
「そうだ! てめえも耳ヤられるぞ!」
小さな体を精一杯広げて自分達を庇おうとする少女へと半ば悲鳴に近い声でベロウとスコーチが叫ぶが、少女は首を振って動こうとはしない。
「えーっと。ねえ、あなた。申し訳ないのですけれど、退いてくださるかしら? そこの男達は殺しても別に問題のない悪い奴でしてよ」
そんな様子の少女へとカナリアが困った様子で説明をする。
それはなんとも子供に伝わりにくい説得で、ウィンはカナリアが小さな子供の相手が苦手なことを静かに悟る。
「ちがうもん! 悪い奴って、ひどいことする人でしょ? このおじさんたち、ひどいことしないもん! みぃたちにやさしくしてくれたもん!」
「や、やめろーっ! やめてくれーっ! 俺は悪党、俺は悪党、俺は悪党! 殺せーッ! はやく殺してくれーッ! ウワアーッ!」
「相棒!? どうしたんだ相棒!? 耳をやられた後遺症か!?」
悪気は一切ないし、それは事実なのだろうが、時として飾らない真実こそが最も人を傷つけるものだ。
幼い少女に悪い奴ではないと断言されたことによって、既に限界だったベロウの精神は崩壊し頭を抱えてゴロゴロと転がる。
して……殺して……これ以上自分が悪党ではないと思い知らされる前に……殺して……殺して……。
ベロウは虚ろな目をして呟く。
「ほら、本人もこう言ってますし!」
「だめなの! 警察呼んじゃうよ!」
ベロウの叫びを聞き、嬉々として殺爪弓の弦を絞りなおすカナリアへと少女が頬を膨らませながら国家権力の存在をちらつかせる。
なんということだ、この少女……こんなにも小さいのに国家権力に訴えるという技を身に着けている……カナリアは顎に手を当てて考える。
……今のうちに殺したほうがいいか? と……。
そう思ってウィンに視線をやりながら自らの首をツイッと切るジェスチャーを取るが、ウィンはそのカナリアのジェスチャーを見て爆竹を投げつけられた猫の如く跳ね上がって顔を横にブンブンと振る。
流石に幼女に手を出すのはマズいからやめよう、というジェスチャーだ。
「ま、待ってください!」
唐突な乱入者によって場が膠着する中、新たな人影が二つ飛び込んでくる。
それがなんなのかは考えなくてもわかるとおり、この幼い少女の両親だった。
「パパ、ママ! 助けて! このお姉さんがおじさん達のこといじめるの!」
「わっ、私からもお願いします! 悪そうに見えますけど、悪い人たちじゃないんです! どうか、見逃してください! 頼みます!」
カナリアとベロウを隔てる肉壁が1枚から3枚となり、更には父親の方が土下座までして頼み込んでくる。
なんということだろうか、土下座、土下座である……大の大人が年下の少女に向かって。
カナリアはなんとも言えない感情に支配されてしまい、ウィンは仕方がないから見逃す方向で行くかと考え、ハイドラはあんな簡単に頭を下げる男とは結婚したくないなと思い、ダンゴは号泣していた。
「ぼ、僕も……家族のためとあらば、あんな風に男らしく土下座の出来る立派な父親になりたい……うぅ……」
「はあ!? 絶対やめてよね、みっともない!」
涙ながらに語るダンゴの言葉にハイドラが絶叫する。
やめて欲しい、あんな簡単に頭を下げるような男にはなって欲しくない。
結婚したくなくなってしまう。
「はあ、まあ、それじゃあ……行きますか」
「え、いいんですの? 全員まとめて殺すのもアリだと思いますわよ」
「あはは、冗談きついなー先輩冗談きついなー……ほらいこ? 冗談はいいから……」
別に冗談ではありませんのに……と呟きながらベロウとスコーチを見るカナリアの手を引いてウィンは進み始め、それに気付いたハイドラも未だに号泣しているダンゴを引きずって追いかけていく。
「助かった……のか……? おい、相棒! 俺達助かったぞ! ハハハ!」
「俺は悪党、悪党……俺は悪党として生きている……アクトウ……アクトウ……」
幼い少女の獅子奮迅の活躍によって、命からがら助かったスコーチがバンバンとベロウの肩を叩きながら喜ぶが、ベロウはぶつぶつと呟くばかりで反応しない。
死んだ方がマシだった、とはまさにこの状況のことだ。
「よ、良かった。はは……怖かったぁ……」
「まったく、あなたってば……いい歳して、あんな女の子に土下座なんて。……でも、格好良かったわよ」
「パパ、ありがとぉ!」
少女の家族たちもカナリアが去ったことで深く安堵する……一歩間違えれば一家惨殺事件が発生するところだったのだから、笑い事ではない。
しかし、なぜこんなことになってしまったのだろうか、と、若干正気を取り戻し始めたベロウは考える。
なぜ俺達は幼女に庇われて生き延びているのか、と。
「そうだ。ほら、おじさんに見せてあげなさい?」
「うん! ねえ、おじさん見て! 『武器組み立て』、手に入れられたよ!」
そんな様子のベロウの前で少女は『武器組み立て』を使用し、手持ちの素材とゴールドを使って一本のダガーナイフを作って見せた。
それは、なんの変哲もないダガーナイフだし、現在判明している『武器組み立て』の仕様を考えれば市販品より余程弱いものだ。
そんなものしか作れないこのスキルは、やはり現状ゴミであると言わざるを得ない。
「そうか……良かったな」
「えへへ」
だが、無邪気に喜んで笑っている少女を見て、ベロウは『武器組み立て』の性能がどうだとか言い出す気にはなれなかった……彼女は喜んでいるのだから、それでいいではないか。
「これ、あげるね!」
思わず微笑み返したベロウへと、少女が作り上げたばかりのダガーナイフを差し出す。
繰り返すが、現状判明している『武器組み立て』の仕様を考えれば、このダガーナイフは市販品より余程弱い……実用に耐えるものではないだろう。
なのに、なぜだろうか。
ベロウはそのダガーナイフを受け取ることを拒めなかった。
「……ありがとう」
思わず礼を返す。
ほとんどゴミを押し付けられたのに等しかったが、それでもベロウは嬉しかったのだ。
……それから間もなくして、家族たちはハイラントへと帰っていった。
最初に分かれた時と同じように、ベロウとスコーチへと手を振って。
「な、相棒。俺達ってワルだよな」
手の中のダガーナイフを弄びながら、ベロウが確かめるように相方へと問う。
「……いいや。悪党失格だぜ。あんなガキに守られちまって、情けねえ」
ふん、と、つまらなさそうに鼻を鳴らして腕を組んでみせたスコーチへ、確かにな、と、ベロウは静かに返した。
あの少女に守られたこともそうだが、あのボディコンシャスな装備をしていた二人組に対し、プレイングスキル以前どうとかの問題ではなく、単純に所持している称号やスキルの質や数で負けていたのは明白だ。
どうにも、この蛇殻次に続くPK可能エリアに引きこもっている間に、外の世界ではあんなプレイヤーが出始めているらしい。
「それじゃ、いったんワルはやめて、鍛えなおすとするか」
「面倒くせえけどな」
口ではそう言いながらも、スコーチはどこか嬉しそうだ。
きっと自分もそういう表情を浮かべている。
「……あ。……人だ」
「あら、本当ね」
それじゃあ、とりあえず街に帰るか、と歩みだそうとしたベロウとスコーチの耳に再び少女の声が飛び込んでくる―――今度は、2つ。
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