021-プレイヤーキラーというもの その2
ウィンは普段こそ明るくて元気な少女だが、戦いになると途端に半端じゃない臆病っぷりと、その臆病さから来るらしい超能力めいた危機察知能力が特徴的な少女……あんな首のない死体如きを怖がるほど臆病なのだから、こんなにもいかつい男二人に敵意を向けられて竦んでしまっているのではないか……そうカナリアは思ってしまったのだ。
「へ? もち行けるけど」
「ほ? そうなんですの?」
が、全然平気そうで、微塵も怯えた様子がない。
カナリアは思わず面食らってしまい、なんでこんなにもいかつい男二人に敵意を向けられるのは平気なのに、たかが首がない死体如きであそこまで怖がっていたのだろうか……? そう考えてしまう。
やはり、珪素生命体であるカナリアに炭素生命体である人間の思考は理解できないようだ。
「うん。あー、でもやっぱちょっと緊張するかも! VRじゃ対人戦初めてだしなー、上手くやれるかなあ」
マジ震えるー、なんて言いながらもウィンの顔はニコニコとしていて楽しそうだ。
えっ、やだこの後輩、いかつい男に敵意向けられて喜んでる……とカナリアは若干引くが、実際のところ別におかしなことではない。
なにせ、オニキスアイズ含むクロムタスク社のゲームは『メインストーリーは全て対人戦前のチュートリアル』と呼ばれる程に、エンドコンテンツがプレイヤー同士のPvPであることが多い。
そして、ウィンはクロムタスクのゲームばかりを遊ぶ、平均的なクロムタスクの信者だ。
となれば当然ながら対人戦への忌避感など一切持ち合わせていない。
更に言えば、ウィンのキャラクターのビルド……魔術関連のステータスにガン振りするビルドは『純魔』と呼ばれ、それは特に対人において猛威を振るうビルドの一角であるし、彼女が今回蛇殻次で入手したいと考えている『マジックソード』も、攻略というよりは対人戦向けの魔術筆頭だったりする。
「よーっし! ダンゴさんとハイドラさんは後ろに下がってて! 先輩、殺っちゃお!」
「えっ、あ、はい」
つまり、晶精の錫杖をバトンのようにグルグルと回しながら一歩前に出たウィンは、ハナから対人前提でビルドを組むぐらいには対人戦が好きだった、というわけだ。
そんな、『王立ウェズア地下学院』を攻略していた彼女の様子を知っていれば、別人にしか思えないだろう勇ましい背中を見ながらハイドラはダンゴの手を引いて木陰に隠れる。
「随分と自信満々だな。それじゃあ、お手並み拝見だッ! 『ニードルアイス』!」
自分達を前にして一切怯まないカナリアとウィンを見て、ベロウはこれから熾烈な戦いが起ることを肌で感じ取りながら、小手調べとして三つの氷の槍を生み出して放つ闇術『ニードルアイス』を使用する。
『闇術』―――それは様々な手法がある『魔法』へのアプローチの中でも最も異端となる手法。
科学的・論理的に『魔法』を解いて行使する『魔術』と、かつて在った『魔法』の物語を深く知り、心の底から信じることで再現する『信術』の丁度中間に位置しており、正誤を度外視し、自らの頭に眠る机上の空論を盲目的に信じ込むことによって『魔法』を行使する力だ……。
……というのは、ゲーム上の設定なので別段どうでも良く。
この場合に重要なのは『闇術』はINTを必要とする『魔術』と、DEVを必要とする『信術』の中間であり、その両方を平均的に必要とするというところと、ベロウが用いたような〝氷〟やら〝炎〟を操るような世間一般的に〝魔法〟から想像される術は全て闇術に分類されるということ。
「闇術、ってことは! 先輩、あっちのモフモフ! 脆いよ!」
なぜ重要かといえば、それを使った瞬間にウィンのようなクロムタスクの対人戦を嗜むプレイヤーには大体のステータス振りを一瞬で見抜かれ、INTとDEV、そしてMPに多く振った結果、その他のステータスは犠牲にしていることを悟られてしまうのだ。
「なるほど、では! 『落日』!」
ウィンの言葉からベロウを先に処理することを望まれていると察したカナリアは、『夕闇の供物』によってHPを100代償にして『加速』を発動し、支払った1/50の秒数……つまり2秒間だけ〝加速状態〟となると、青い燐光を纏いながら目にも留まらぬ速度で駆け出し、飛来する氷の槍の間を縫うようにしてベロウへと向かっていく。
「さあ、お客さんだぜ、相棒!」
「おうッ! 持て成しだ!」
しかし当然だが、ベロウも自分が闇術を使うことによって低耐久であることを悟られる場合を想定していないはずがなく、迎え撃つ形でスコーチを前に出させる。
遠距離職の前に近接職が盾として出る……なんと理想的な陣形だろうか。
「邪魔でしてよ!」
そこに突っ込んで行くのは、かつて遠距離職の幼い少女を盾にすることで勝利を勝ち取ったカナリアだ。
肉削ぎ鋸を上段に構え、勢いをそのままに叩きつけるように振るい、対するスコーチは自らの得物である大型の曲刀でカナリアの攻撃を受け止めると、お返しとばかりに左の拳を突き出す。
スコーチの筋骨隆々な外見からそれ自体が攻撃だと判断したカナリアは僅かに上半身を後ろに仰け反らせて回避―――。
「『ブラストファイア』!」
「んにゃあ!」
―――しようとしたが、その左拳の先から放たれた炎に身を焼かれてしまう。
咄嗟に顔を手で覆うものの、直撃したことには変わらずカナリアのHPは1/8ほど削れてしまう。
「おい待て! 硬すぎるだろ!」
いや、1/8しか削れなかった……ベロウが思わず声を上げて抗議する。
彼女のHPバーの上に記された与ダメージの数値を見る限り、スコーチの攻撃が防御力等で軽減された様子はない。
それはつまり火属性耐性があるだとか、魔法攻撃に強い耐性があるだとか、そういう細かな話ではなく、ただただ単純にカナリアのHPがそこいらの大型モンスター並にあるというだけの話のようだ。
明確な弱点や耐性があるわけではなくて、単純にHPが多いので硬い……この世で最も嫌われるタイプの硬さがそこにはあった。
「固いだけじゃねえぞ相棒! 痛ェ!」
大概のプレイヤーであれば2/3ほどは持っていけるスコーチの『ブラストファイア』を真正面から受けて、1/8ほどしか削れなかったカナリアの頑丈さにベロウが辟易していると、目をまん丸にしたスコーチが叫ぶ。
痛い……? そんな馬鹿な、あれだけHPを盛ってるキャラがHP以外にステータスを振れてるはずはないし、カナリアの武器はそこまで火力が出るサイズはしていない。
だから、その攻撃が痛いわけがねえ……そう思ってベロウがスコーチのHPを確認してみれば、彼のHPは既に風前の灯だった。
マジで痛ェじゃねえか……! スコーチの屈強な肉体は見掛けだけであり、その実態は自分と同じくINTとDEVに多く振った闇術ビルドであり、カナリアの攻撃に対し取った防御行為が武器での防御という直撃と然程変わらないものだったことを差し引いても減りすぎなのは間違い無かった。
もうそこらの石を投げられるだけで死にかねない。
「『クリスタルランス』!」
どういうわけか硬さと痛さを両立している挙句に速さまで持ち合わせているカナリアをベロウとスコーチが警戒していると、そんなカナリアの背後から青白い結晶の槍が飛来する……ウィンが『マジックランス』を晶精の錫杖の効果で結晶化して放ったのだ。
聞いたことのないスキル名とはいえ、杖から放たれていることからそれが魔術のひとつであり、また、名前の類似性からナルアの用いるマジックランスと同じく強烈な威力を秘めているのだと理解したふたりは、少々大袈裟なぐらいに大きく避ける。
ウィンもまた、カナリアの仲間なのだから最大限の警戒はするに越したことはない。
「ほっ」
しかし、それが少々不味い選択だった……大きな回避はどうしても隙を生み出し、そして、そういうとこに目ざとく気付くのがカナリアという少女なのだ。
回避直後で姿勢を崩しているスコーチをカナリアのダスクボウから放たれるボルトが狙う。
「スコーチ! ライフで受けろ!」
「くそォ!」
ベロウの叫びを聞いて、スコーチは即座に腰のポーチからポーションを抜き取って使用し、HPを回復させる。
クロスボウは隙も少なく扱いやすい遠距離武器だが、そのダメージはプレイヤーのステータスに左右されずに火力の伸びは悪い……故に、下手に回避や防御をするよりはHPを回復したほうが良い結果に繋がると考えたのだ。
実際、問題はなかった……むしろ、カナリアのダスクボウによるダメージよりも、スコーチが使用したポーションの回復量のが勝っていたので、結果的にスコーチは回復をすることが出来た―――。
「やたっ! へへーん、捕まえた!」
「うおッ!?」
―――が、一方でスコーチに注意が向いていたベロウは背後に忍び寄ったウィンの存在に気付けなかった。
恐らく、『クリスタルランス』……いや、最初にカナリアを突っ込ませたこと自体がそもそも彼らの気を引く陽動で……ウィンはベロウが闇術ビルドだと見抜いた時からこの動きを決めていたのだろう。
急に背後から声がしたことに驚くベロウの脇下からウィンの両腕が差し込まれ、そのまま腕で頭を固定される……いやなんだ!? 俺はなにをされようとしている!?
男女故の体格差こそあるが、互いにINTやらDEVやらに振りまくってるせいでSTRやDEXの数値が壊滅的なふたりの力は互角で、ベロウは年下の少女を振り解くことが出来ない。
「『脳吸い』!」
「え!? 脳―――ウォオオオオオ!?」
そして舌を触手へと変形させたウィンはベロウの耳へとしゃぶり付き、外耳道へ容赦なく触手をずぶずぶと突き刺して脳をじゅるじゅると吸い上げ始める。
傍から見れば年下の少女に耳を舐められて絶叫する男という卑猥な絵面だが、実際には脳を吸われているんだから喜ぶ暇もない―――。
「なにぃ!? てめぇ俺の相棒は耳が弱点だってどこで知りやがった!」
「黙れスコーチ! そういう意味の弱点じゃねえよ俺の耳はウォオオオオオ!?」
―――喜ぶ暇もないどころか、生産職に道案内をするばかりで暇していた時に、ベロウが不意にぽろっと『俺って耳弱いんだよね』と言ってしまったことを、ダメージが多く入る場所的な意味合いで『弱い』と言っているのだと勘違いした挙句に、相棒の弱点ならちゃんと覚えてカバーしねえといけねえな、等と考えていたスコーチによって性癖が少女達の前で暴露されてしまった。
まさしく死ぬほど恥ずかしいとはこのことだろう……実際、脳を吸われてるのだから死ぬかもしれない。
「こ、こらッ! 兄貴は見ちゃダメ!」
「……えッ!? 普通逆じゃない!?」
やや特殊なプレイ気味であった光景が、スコーチの言葉によって完全に特殊なプレイへと変貌を遂げる中、カナリアとウィンの戦いを木陰から見守っていたダンゴの目を顔を真っ赤にしたハイドラが手で隠す。
ダンゴはそれは自分がハイドラにやるのが道理だろうと言うし、ダンゴのアバターを考えれば確かにそうなのだが、声だけ聞く分には何も逆ではないのだから困ったものだ。
「ごちそう様でしたっ!」
「ぬわーっ!」
なんとも微妙な空気感が戦場に漂う中、夕焼けが照らす森の中で年下の少女に耳から触手を突っ込まれて脳を啜られた男、ベロウは晶精の錫杖で殴り飛ばされて転がり……多少大袈裟に転がってスコーチの足元まで向かった。
「相棒! 無事か、耳は無事か相棒!!」
「耳は無事だけど俺の心はもうダメだよ……」
心に深い傷を負ったベロウの身体を、心に深い傷を負わせたスコーチが抱き上げて安否を確かめるが、もうベロウは完全に戦う意志を無くしていた。
HPがどうとか、彼我の力量差がどうとか、そういう問題じゃない。
女の子3.5人と相棒の前で女の子に耳舐めされて絶叫している姿を晒したという現実が彼の心を折ってしまった……。
世間的には三連休とのことなので(私は違いますが)、明日までは18時からの1時間おきの更新です。




