020-プレイヤーキラーというもの その1
ばいばーい、と自分達に手を振る小さな子供と、小さく会釈をする子供の両親に手を振り返した男たちは、夕日に顔を焼かれながら思わず無言で腕を組む。
「な、相棒。俺達ってワルだよな」
腕を組んだ二人組の男たちの内、片方……飢えた狼を連想させる黒いファーコートを装備した男、ベロウが確かめるように相方へと問う。
「あ? なに言ってんだよ、とんでもねえ大悪党だろうが」
それに対し答える男……暖かそうな相方の装備とは逆に上半身を大きく露出させた格好と、全身に入った虎模様を思わせるタトゥーが特徴的な男、スコーチがつまらなさそうに鼻を鳴らしながら答える。
そうだよな、大悪党だよな、俺達は……、と、ベロウは呟きつつ、今日もまた蛇殻次へと向かう生産職に道を教えるだけの一日を過ごしてしまった事を思い出す。
……蛇殻次では生産職用のスキル『武器組み立て』が手に入る……それは大きく広まった事実だが、それ以上に有名な話があり、蛇殻次へと続く道に存在するこのPK可能エリアには生産職以外近寄りもしない。
ぶっちゃけ、蛇殻次……難易度の割に旨味がないのだ。
唯一確認されているモンスターは厄介な状態異常を用いる面倒な相手だ。
しかし、その素材は『大鰐の棲家』のヘヴィクロコダイルのように装備の素材にはならず、精々そこそこの値段で換金できる程度……経験値のほうも、数や倒しやすさを考えれば『小鬼道』のゴブリンの方が稼ぎやすい。
更には、それでいて数が少なく、しかも倒し辛いとくればスキルを発現させる機会は当然ながら減り、もし発現できたとしても状態異常持ち相手に発現するスキルはピンポイントで扱い辛いものが多い。
唯一、その蛇術師というモンスターが稀にドロップするらしい初級魔術『マジックソード』のスキルノートは、得られる魔法が魔術の中では珍しい近接攻撃に向いた性能ということもあって、一部の魔術師プレイヤーは欲しがっているようだが、正直余程魔術一辺倒の戦い方をしないのであれば適当な直剣を握った方がマシ……というのもまた事実。
他にも、『毒状態である場合』をトリガーとする効果が齎される称号を得られたという話も多少聞きはするが、どれもこれも何らかの前提条件があって初めて効果を発揮するものばかりでクセが強い。
よって、ベロウとスコーチが居座るこのPK可能エリアには『武器組み立て』を欲する生産職プレイヤーばかりが集い、バリバリの攻略勢と互いの装備を賭けたスリル満点な殺し合いを求めているチョイ悪プレイヤーな二人にとっては獲物にカウントされない相手ばかりとなってしまった。
最初の頃こそ、ガンガン生産職プレイヤーを殺していれば用心棒代わりに腕の立つプレイヤーを雇ったりして来るかとも考え、積極的に狙っていたのだが……残念ながら生産職プレイヤーは腕の立つプレイヤーを雇えるほどの稼ぎを現段階ではできないし、腕の立つプレイヤーは金を貰ったとしても蛇殻次に行きたくなかった。
旨味が無いし、もしも道中のPK可能エリアで(それこそベロウとスコーチのようなPKプレイヤーに)装備を奪われることがあればそれこそ大損だ。
「俺達は『蛇殻次かい? この道を真っ直ぐ進んで分かれ道を右、左、右、右の順で曲がると辿り着けるよ』以外喋らねえNPCじゃねえんだぞ」
というわけで、生産職のプレイヤーはいくら殺そうと腕の立つプレイヤーを雇ったりはしなかったし、むしろPK対策で初期装備でこのエリアに入ってくるようになってしまった。
そうなるともう戦う意味もないし、当然ながら蛇殻次で死亡して再びやってくることになり、このPK可能エリアにおける生産職のプレイヤーの人口比率が増えるだけだ。
なので、ベロウが口にした通り、今やふたり……のみならず、このPK可能エリアに居座るPKプレイヤー達は、通りがかる生産職のプレイヤーや、それを含むパーティーに対し、丁寧に蛇殻次への道を教えて『しくじんじゃねえぞー』と声援を送るだけの存在と化してしまっているのだ。
「ああ、そうだ。俺達は大悪党だぜ……泣く子も黙る、大悪党だ」
スコーチがニヒルな笑みを浮かべて満足そうに頷く。
……もしかしてこいつバカなんだろうか?
ベロウはこの牧歌的な日々を過ごす中で、なんとなく気が合ってPK仲間としてつるんでいる相方の気付きたくなかった一面に薄々感づき始める。
つーか、なにが泣く子も黙るだよ、思いっきり笑顔でバイバーイって手ェ振ってるじゃねえか。
しかもなんだ? さっきの家族の奥さん! ほらね? 人は見かけによらないでしょ? とかドヤ顔で旦那に言いやがって! 俺達は見た目通りだよ! 見た目通りなんだよ! テメェらみてえな生産職さえ居なければなあ!
と、ベロウは心の中だけで愚痴る。
口には出さない。
ベロウはあくまでクールな悪役でいたいのだ。
「……まあ。イケてる装備が手に入るのは間違いねえし、移動しねえけどさ」
間違いなくバカであることが判明しつつあるスコーチの言葉を無視し、ベロウは半ば自分に言い聞かせるように呟く。
彼の黒いファーコートや、スコーチのやたら上半身を露出する装備等、彼らが身に着ける装備の大半は自分達と同じように、スリルに満ちたプレイヤーとの戦いを求めてこのPK可能エリアを徘徊している同業者から引ん剥いたものだ……やはり、悪ぶりたい盛りの男たちが多いせいもあり、ワルっぽい装備が集まるらしい。
だがしかし、残念ながらふたりが行っていることは最早PKではなく、PKK……プレイヤーキラーをキルする、ある種正義の行いとも呼べるそれであり、間違っても悪党のやる事ではない。
ベロウはそれに当然気付いているが、気付かないふりをする。
それに気付いてしまったら自我が崩壊してしまう。
「ああ。俺達は間違いなくイケてる大悪党だぜ……」
その点、スコーチは気が楽そうだ……なにも考えずに自分は悪党だと口にするだけで満足出来てしまうのだから……。
ああ、俺もそんな風に単純に自分をワルだと思い込んで幸せになれるバカになりてえ……とベロウは横目で相棒を見ながらぼんやりと思う。
と、その時。
「えっ、カナリアさんレプスのこと殺したんですか……?」
「ええ、殺し得ですもの」
「……ねえ、あんたの先輩ヤバくない? 大丈夫この人?」
「そんなの聞かなくてもわかるっしょ? あはは……」
夕焼けに照らされながら、次の生産職を待つ二人組の耳に姦しい女子たちの声が飛び込んできた。どうやら仲良し女の子四人組らしい。
若干話の内容が不穏な気もするが……大したことではない、どうせまた生産職プレイヤーなのだから。
ベロウは道案内NPCらしく既に思考能力を放棄していた。
「相棒、仕事の時間だぜ?」
「おう、派手にぶちかましてやるぜ」
いやなにをぶちかますんだよ……道案内をぶちかますのかよ?
ベロウは心の中でツッコミを入れつつも、自分より一足先に振り向いたスコーチに続いて、わざとらしくファーコートを大きくはためかせながら振り向く……ここから先、最早この振り向き方以外にワルっぽいことをしないのだから、ここでワルっぽさを稼ぐ他ないと判断しての行為だ。
「お嬢さんたち、悪いがちょっと足を止めて貰おうか? えっ」
幾度となく生産職相手にワルっぽい振り向き方を見せた甲斐もあり、さながらフィクションの悪役のように美しくファーコートをはためかせて振り向いたベロウだが、目の前に現れた四人組のプレイヤーを見て思わず間抜けな声を漏らす。
そこに居たのは、長い金髪と信じられないレベルで胸元を開けたボディコンシャスな装備が特徴的な少女。
その金髪の少女を更に超えるボディコンシャスレベルを誇っている挙句にやたらヌルヌルテカテカしている装備をした少女。
前述の二人のボディコンシャス具合を見た後だとむしろ違和感を覚えざるを得ない普通に市販されている安っぽい装備をしたポニーテールの少女。
そして、ウルフショートな髪型が荒々しさと凛々しさを兼ね備えているイケメンだった。
そう、イケメンだった、イケメンが……イケメンがいる。
あれっ、おかしいな? 女の子の声が四つ聞こえたと思ったんだけどな、とベロウが首を傾げる。
「てめえら! 生産職がいれば……手を挙げろ! 蛇殻次への道を教えてやるぜ!!」
一方でこの四人組の男女比率になんの疑問も抱かなかったスコーチが、さながら地獄への行き方を教えるような口ぶりで親切極まりない台詞を吐く。
威圧感だけは十分だが、言ってることは最早ダンジョンへの方向を示している案内板に等しい。
「いや待てよ相棒、なに普通に話進めてんだよ。なんかおかしかったろ」
「……あん? なんも面白くねえぞ。いつも通りのしょんべん臭ェガキ共じゃねえか」
いやおかしいってそういう意味じゃねえよ。
本日何度目か分からないツッコミをスコーチへと入れつつ、ベロウは咳払いをひとつする。
「えーっと。お嬢さん」
そしてまず最初に金髪の少女ことカナリアを指差した……カナリアは少々困惑した様子で小首を傾げつつも、首を縦に振る。
……ちょっと可愛いじゃねえか、装備もワルっぽくて好みだぜ。
ベロウはそっとカナリアの装備を評価する……あんな胸元が空いた装備が好みと口にしたら変態と思われかねないので、心の中だけで。
「で、お嬢さん」
続けて指差す相手はカナリアの隣に立っていたウィン……当然ながらウィンもこくこくと頷く。
……そんな恰好で出歩くなんて露出癖でもあんのかな、とベロウは無言で思う。
実際、ウィンの装備は逆に全裸のようなものだった。
「勿論、お嬢さん」
「ねえ、その数え方キモいんだけど」
次に指差したハイドラが目に見えて不快そうな表情を浮かべながらベロウを罵倒してきたが、ベロウは無視した。
自分はクールな悪役なので、こんなメスガキにキモいと言われた程度で心を乱されないのだ。
乱されないといったら乱されない。
「おい相棒。ガキンチョに舐められてんぞ。ぶちかましてやろうぜ」
極めて冷静なベロウとは逆に、スコーチは全ギレ一歩手前だった。
いやだからなにをぶちかますんだよ、道案内かよ……もうそれはさっきお前がぶちかましたじゃねえかよ……そうスコーチにツッコミを心の中で入れることによって、ベロウは元々冷静だった心を更に冷静にする。
元々冷静だったのだが、更にだ。
「まあ待て。……んで、お嬢……さん……?」
憤る相方を手で制しつつ、最後に謎のイケメンことダンゴを指差す……と、当然ながらダンゴは首をフルフルと横に振った。
ベロウは、ほっと一息つく。
良かった……良かった……? いや良かったのか? じゃあ、さっきの四人目の女子の声はどこから? 俺の脳の内側か?
「この顔で女の子は無理でしょ」
「あれれれれれれ?」
その顔で女の子は無理なダンゴが女の子にしか聞こえない声で自分の顔で女の子は無理だろうと断言する。
ベロウはダンゴのその一言と声で脳が破壊され、クールさをかなぐり捨てて頭を抱えた。
俺はもしかすると今、なにか攻撃を受けているのか? そうなのかもしれない……あの男に……え、男? 女? いや、なに? あれ……あれを見ていると頭がどうにかなりそうだ。
「おい、クソガキ! てめえ、キモいつったか!」
「いやあんな数え方する方が悪いでしょ、常識的に考えて」
「そりゃあ悪いことすんのが大悪党だからな、当然だろ。おめえバカか?」
「やぁだこのおじさん話通じてないんですけどぉ……」
「誰がおじさんだ! お兄さんだろうが!」
ダンゴの存在によって急速に正気を失うベロウの横で、スコーチがハイドラに食い掛っては死ぬほど引かれる。
ベロウは自分の相方の意味不明さにも頭痛を覚えてしまう……なんで俺はこんなバカと組んでるんだろう?
「おいやめろ相棒、ガキ相手にムキになってどうする。クールにいこうぜ」
「あ!? ムキになってねえよ! あいつがバカすぎてムカついてただけだ!」
「秒で矛盾するのもやめてくれ」
普通、あれぐらいの歳の子供がこれだけバカバカと連呼されれば、少しは憤りそうなものだが、あまりにもスコーチの言動がアレなのでハイドラは惨めなものを見る目こそすれ、苛立っている様子は全くない。
逆にスコーチは死ぬほどキレている。
ベロウはもう涙が零れそうで顔を手で覆うしかなかった。
「ハア……で? 生産職か? 生産職なんだろ? いや分かる。そのみすぼらしい装備は間違いなく生産職だな。そこのポニーテールと、その……ソレのどっちかが……うん?」
この連中と過ごす時間が増えることになれば、間違いなくダンゴの存在によって精神は不安定になるし、どんどん自分の相方の残念さを思い知ってタッグ解散の可能性が大きくなっていくことを察したベロウは、ハイドラとダンゴを指差して、ふたりの内どちらかが生産職だと考え……気付く。
ならば、その横のふたりは? どちらの装備も一切見たことが無い。
あんなにもボディコンシャスな装備、一度見れば忘れないだろうが……あれは今までに出会ったプレイヤーの中はおろか、ネットで情報収集をしている間にも見たことがない。
まさか……ついに? ついに現れたのか? 腕利きのプレイヤーを引き連れた生産職が!?
「ねえ、私別に道知ってるからさ、とっとと退いてくんない?」
急に冷静になり、そして次に久々の戦闘の予感を感じて密かに期待感を膨らませるベロウに対し、大きな溜め息を吐きながら腰に手を当てたハイドラが吐き捨てるように言う……その目には一切の警戒の色がない。
どうにも、彼女は完璧にこのPK可能エリア……『蛇森』に存在しているPKプレイヤー全てが案内板だと思っているらしい。
まあ、それは実際間違ってないのだが。
「いいや、悪いな。気が変わっちまったんでな。退かねえよ」
「……は? えっ、ちょっと……まさか、やる気?」
だがそれは生産職が襲う旨味の一切ない相手だから……というだけであり、旨味がありそうな仲間を引き連れているのだとすれば話は別だ。
ベロウは愛剣である刺剣を抜くと、道を塞ぐようにして構え、戦闘態勢に入った自分を見るハイドラの目に怯えが一瞬見えたのを見逃さずに嗜虐的な笑みを浮かべる。
「そりゃあ、当然だろ。PK可能エリアでなに言ってんだ? お前。……なあ相棒! ぶちかまそうぜ!」
「おお! やっとか! フン、覚悟しろよクソガキ! 泣いてもぶっ殺して黙らせてやるからな!」
スコーチが己の得物である大型の曲刀を構えながら、中々に恐ろしいことを叫ぶ。
……そうそう、俺の相棒のスコーチはこういう恐ろしいことを平気で言える奴なんだよ……平和すぎて壊れたのかと思ったぜ。
スコーチの悪役っぽさ満点な台詞を聞いてベロウは思わず感動してしまった。
「あら、やる気ですわね……ウィン、行けまして?」
急に悪役っぽくなった案内板二枚を見てカナリアは少々驚きつつ、隣に立つウィンに確かめた。




