002-チュートリアルにて。その2
「くそげーですわ!」
―――一瞬暗い闇に意識を飲まれたカナリアは、覚醒すると同時にこのゲームに対し理不尽に過ぎる反応を返す。
結局、防ぐ間もなく2度目の攻撃を受けてしまったカナリアは死亡し、ストーリークエストの初期地点へと戻されていた(いったい何人のプレイヤーが最初のチェックポイントを通過する前に死ぬだろうか。おそらくカナリアだけだろう)。
「……大丈夫か、勇者? お前、自分が誰だか分かるか?」
「カナリア、ですわよっ!」
一度目と同じレプスの言葉に若干憤りのこもった声でカナリアが返す……が、そんなところに別段レプスは反応を見せずに一度目と同じ内容の会話を続けていく。
しかし、カナリアは当然そんなものを聞いてなどいなかった。
(たった二度! 二度の攻撃で! どうしてこんなにもHPが少ないんですの!)
考えるのは先程の戦闘だ……たった二度の攻撃で死んでしまったことが余程腑に落ちないらしい。
……が、そもそもレプスに殴りかかったのが間違いであったという考えはなかったようだ。
仕方がないだろう、カナリアはゲーム初心者だ。
いや果たして本当に仕方がないのだろうか。
ともかく、どうやればこの強敵を打ち倒すことが出来るか……ゲーム開始から十分足らずで大罪人ドーンと同じポジションに落とされた悲劇のヒロイン、レプスを睨みながらカナリアは考え……。
「この先だ、この先に遺跡が」
「お死に晒しなさって!」
「ぐっ!? な、なにをする! 勇者!」
とりあえず二度目は背後から強襲を仕掛けてみることにした。
すると〝フェイタルムーブ〟と呼ばれる特殊なモーションが発生し、カナリアの体は機械的な補佐によって、現代日本で生活する一般的な女子高校生とは思えぬ熟達した動きで剣をレプスの背に突き刺し、ついでと言わんばかりに彼女を蹴り飛ばして地に伏せさせる。
「まあ! 背後からの攻撃はダメージが大きくなりますのね!」
その一撃は真正面からレプスを切り伏せた時に比べ2~3倍のダメージを出しており、カナリアはこれこそが攻略の糸口であると理解する。
(大体5%ぐらいはゲージが削れましたし、20回ぐらい決めれば勝てますわね)
地面に這いつくばるレプスを見て確かな勝機を感じたカナリアはふふんと鼻を鳴らす。
なぜなのだろうか、もはや真っ当な物語は始まりそうになかった―――。
「なぁんでですの! なぁんで!」
―――あの後、無抵抗のレプスに対し三度は背面からのフェイタルムーブを決めたカナリアであったが、敵対し、きちんと動くようになったレプスの背後を取ることはまるで叶わず、再びさっくり殺され最初の場面に戻されていた。
「……大丈夫か、勇者? お前、自分が誰だか分かるか?」
「お黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス!」
「よかった、ちゃんと覚えていたか」
定型文を読み上げるレプスに対し罵倒を飛ばすカナリア―――いや、お黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス!
……近年のゲームは名前の文字数制限が多く、自由度が高い……そして間違いなく自由度は高ければ高いほど良い。
まあ、その自由度が高いせいでお黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! はメインヒロインを敵と認識してしまったのだが。
「うぐぐ、なかなか手強いゲームのようですわ……!」
お黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! は腕を組んでうんうんと考え込む。
いったいどうすればこの強敵を倒すことが出来る?
……いやそもそも目の前にいるのはメインヒロインであり、公式のPVで『お前と共に歩める日を待っているよ』と微笑みながら未来のプレイヤー達に語り掛けていた女騎士であって、間違っても敵ではないのだが。
残念ながらお黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! の脳には既に彼女を殺す以外の選択肢が存在しなかった。
まず、差し当たっての問題はお黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! 自身のHPの低さである……なんとレプスの攻撃を1度しか耐えることが出来ない。
当然だろう、まだオープニングの途中であるし、別にレプスはここで倒されることを前提に調整されていない。
しかし、お黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! はゲームの初心者であるのでそこに気付かないのは仕方がない。
いや果たして本当に仕方がないのだろうか。
「ならこのレプスのこともキチンと覚えてくれているな?」
「一生忘れませんわよ! あなたのその顔! 末代まで呪って差し上げますわ!」
出所不明の憎悪が罪なきレプスを襲う。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか―――。
「にゃあああ! 防御しても全然意味がないですのおおお!」
―――三度目の挑戦では、レプスの攻撃を剣で受け止めて防御してみたが、彼女の攻撃はお黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! の持つ粗悪な直剣程度では止まらずに、そのまま切り裂かれてしまった。
「……大丈夫か、勇者? お前、自分が誰だか分かるか?」
「カナリアっ!」
「よかった、ちゃんと覚えていたか」
先程は自分の名前がカナリアではなくお黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! になっていたかもしれないことに死ぬ間際に気付いたお黙りなさい! この鬼! 悪魔! レプス! ―――カナリアは、今度はきちんと名前を名乗った。
いくら名前を長くできるとはいえ、無駄に長い名前を付ける必要はない……物事は単純であれば単純であるほど良いのだから。
「はっ!? そうですわ! そもそも当たらなければよろしいのではなくて!?」
そう、単純であればあるほど良い……耐えられないならば避ければ良いのだ。
「もー、わたくしってばマストクレバー。ゲームのセンスがオーバーフローしてますわね」
困難に対する実にシンプルであり完璧な回答、それに辿り着いてしまうあまりにも天才的な閃きにカナリアは自画自賛してしまう。
どうか誰か、彼女にまずレプスを殺す選択肢が間違っていることを教えてはくれないだろうか……自分では気付けない残念な子のようだから―――。
「無理ですわよこのおばか!」
「ぐっ!? な、なにをする! 勇者!」
「あっ」
―――四度目、回避に挑戦してみるが、カナリアのプレイスキルでは膨大なレプスのHPを削り切るまで攻撃を回避し続けるのは少々難易度が高すぎた。
意識が戻って即座にカナリアはレプスの頭に鋭いツッコミを入れたが、それで攻撃カウントを1消費してしまう。
「はー死のですわ」
3回背後からフェイタルムーブを決めても無理ゲー臭が漂っているのに、2回しか決められない戦いに勝ちはない……カナリアは馬車から身を投げて自殺を図る。
すると彼女の体は見事に崖を転がり落ち、首の骨をへし折って容易く死に到った。
もはや彼女の脳に死に対する抵抗は存在しなかった―――。
「バカ!」
「カナリア!」
「無理!」
「カナリア!」
「クソゲー!」
「カナリア!」
「…………!」
「…………!!」
―――こうして続く、誕生と死のループ。
幾度となくカナリアはレプスに刃を向け、僅か二度の攻撃で屠られていく。
いい加減レプスを殺すのを諦めればいいのではないか? と、常人ならば思うかもしれない……だが、カナリア……いいや、勇 小鳥という少女は、頭の中に後退の二文字を持ち合わせていなかったのであった。
「はー! 休憩ですわ休憩休憩休憩! 喉が渇きましたわよ! あの廃棄汚染水みたいな髪色した貧相な体付きの女のせいで!」
あまりにも酷過ぎる罵倒を向こう側のレプスに浴びせつつ、セブンスを取り外したカナリア―――小鳥が立ち上がる。
ちなみにレプスを貧相な体付きの女と罵倒する小鳥の身体は、年を考えるとかなり発育が良い。
閑話休題。
ゲーム開始からついに4時間……途中で一度夕飯休憩を挟みながらではあるが、既にかなりの長時間カナリアはレプスと刃を交わしていた。
徐々に攻撃も避けれるようになってきて、背面を取れる回数は増えてきているが、まだようやっと半分削ったところである……というか、半分まで削って―――。
「だいいち! ダメじゃないですの! ボスが回復しては! バカ! 胸だけじゃなくて常識もありませんの!?」
―――レプスが無情にも、回復魔法を使用して全回復する様を見てしまったのだ。
その姿には流石の小鳥も若干の絶望と吐き気を覚え、だからこうして二度目の休憩を取ることにした。
ちなみにレプスには胸も常識もないと吐き捨てる小鳥は、常識は持ち合わせていないが胸はある。
閑話休題。
出来ればそのまま倒せないんだということで納得して欲しいし、レプスは別にボスでもなんでもなく、普通に愛されるべきメインヒロインなのだと気付いてほしいのだが。
残念ながら脳に行く栄養を全て胸に回してしまったらしい小鳥がそこに気付くことは無いだろう。
「はーーーーー!」
恐ろしいほど大きいため息を吐きながら小鳥は一階へと降りていき、家族の団欒の場であるリビングルームへ。
そして冷蔵庫を開け放って中の乳酸飲料を取り出してはペットボトルに直接口を付けてぐびぐびと飲んでいく……どうにも女騎士と戦いすぎて蛮族にでもなってしまったらしく、まるで品が無い。
事実、その様子を見ていた母親から行儀が悪いわよ~、と指摘する声が飛ぶ。
「あ。お姉ちゃん。あれ結構やってるみたいだけど、どう? 面白い?」
そんな小鳥の姿を見つけた海月が父親の股座に腰を落ち着けながら、オニキスアイズに対する感想を求める……どうにも親子喧嘩はすっかり収まったらしい。
一方でその喧嘩に関係なかった小鳥は別世界で女騎士と壮絶な争いを始めてしまったのだが。
「うーん、まだ分かりませんわ! 最初のボスも倒せてませんもの」
海月の質問に対して小鳥は憎きレプスの顔を想像しながら答える。
「え!? もう4時間ぐらいやってるのに!? ヤバくないソレ!? めっちゃムズいね!」
姉の言葉を聞いて海月は小鳥が凶悪な怪物と壮絶な戦いを繰り広げる様を想像し、目を真ん丸にした。
……いや、そもそもレプスは最初のボスというか最後までボスではないのだが、きっと一生そのことを小鳥は理解しないのだろう。
「めちゃくちゃ難しいですわよ! これは確かに17歳以上対象ですわね!」
腕を組んでうんうんと頷く小鳥。
それはあなたが勝手に17歳以上の選択肢を取っているだけではないだろうか。
「明日も学校なんだから、あまり夜更かしはするなよ」
「そうよ~」
そんな娘たちの会話を聞いた両親はテレビを見ながらお決まりの注意を小鳥へと飛ばす。
……確かに、もうそろそろ22時を回りそうだし、やれてあと30分……無理をして1時間といったところであろうか……日付が変わる前には寝るべきだし。
(なんとか、今日はあの女を殺してから寝たいですわね……)
長時間のプレイで茹で上がった頭にペットボトルの底を当てて冷やしつつ小鳥はレプスを攻略する方法を考える―――。
『なあ、アンタ。どこまで行くんだ?』
『ん? 南の村だよ。ヘヘヘ、あそこはイイ女が沢山いてな……』
『ヘェ、そうか。だが行先変更だ! 地獄に落ちな!!』
『なにィッ!? グワ! やめろ……アァア~~~~~~ッ!!』
―――と、ふと小鳥の瞳に両親と海月が見ているアクション映画のワンシーンが飛び込んでくる。
それは、馬車に乗っていた男ふたりのうち、主役らしき片方が悪役らしきもう片方の足を持ち上げて馬車から落として落下死させるシーンであった。
「……これですわ!?」
次に思い出すのは五度目の挑戦の時に、レプスの頭を思わず叩いてしまったら攻撃をしたと捉えられ、無抵抗で攻撃を受けてくれる回数を無駄に消費したので馬車から身を投げて投身自殺を図った時のことだ。
あれは大変上手くいった。
あの時は完璧に即死であった。
そして、つまり、それは……。
「……大丈夫か、勇者? お前、自分が誰だか分かるか?」
確かな興奮と確信を覚えつつ自室に戻り、オニキスアイズを再開したカナリアの目の前に、何度目か分からない定型文を読み上げるレプスが現れる。
「カナリア、ですわ!」
満面の笑みのカナリアが興奮を抑えきれない様子で答える。