161-肉裂きの竜狩り、アークソング
「……あれってやっぱりそうかな?」
「……間違いない。『肉裂きの竜狩り』、アークソングだ……」
「……リィン帰りのアークソングだ……」
待ち合わせ場所に到着した旨のダイレクトメッセージを、ゲーム内より『セブンス』に予めインストールされているチャットツールを用いて勇 小鳥こと、カナリアへと送る少年が一人。
彼の名前は桐張 宗太―――オニキスアイズの中では〝アークソング〟という名を使っており、そしてその名はオニキスアイズでは少々有名なものであることが、遠巻きに彼を見るプレイヤーがひそひそと話す様を見れば分かるだろう。
なにせ、彼は第三回イベントが終わるまでハイラントより南に下った先に存在する竜都『リィン』に囚われ続け、その様をネットで配信し『崖っぷち大剣使い リィン開拓期』という、いちジャンルを築いた男なのだから。
「お待たせしましたわ!」
そんな、人類史最後の遭難者と呼ばれた彼へと背後から声が掛かる……姿は見えずとも、その声とフィクションめいた特徴的なお嬢様口調を聞けば、その人物が誰かは明白で、アークソングは嬉しいような、怖いような、複雑な感情を胸の内に抱いた。
……もしも、もっと早く勇さんと打ち解けて、最初から一緒にオニキスアイズをやってたら……彼女はこうはならなくて、もっと仲良くなれてたんだろうか?
そんなことを考えながらアークソングが振り向いた先、そこにはひらひらと小さく手を振る金髪美女テロリスト……もとい、カナリアが居た。
ちなみに彼女がテロリストと化すのは生来の性格故なのでアークソングの存在の有無は然程影響しないのは言うまでもない。
というか、完全にアークソングは尻に敷かれるタイプの男なので恐らく自分がテロリストになってお終いである。
「……おいおい、嘘だろ、カナリアとアークソングの組み合わせだぜ……!?」
「……やはり、アークソングは『誰も見向きもしない過疎エリア? いいえ秘宝だらけのボーナスエリアです! ~VR群馬を制した俺は最強の竜狩り~』の主人公だったのだ……そんでカナリアはそれのヒロインだ、よくいる暴力系の……」
「……おい群馬県に謝れ、流石にドラゴンはいねえよ……」
当然だが、知名度のあるアークソングと悪名高きカナリアが落ち合っているその光景に、周囲の好奇の目はより一層輝き、思わずアークソングは肩身の狭さを感じてしまう。
というか、そもそもアークソングはリィンから脱出して以降、誰からもこうして好奇の目を向けられることが多く、あまり人目のない場所や、時間帯を選んで過ごしていたぐらいには注目されることに慣れていない。
……まあ、むしろこれだけの視線を受けても一切気にしていないカナリアがおかしいと言えばおかしいのだが。
「へえ」
自分とは違い、好奇の……というのは少々好意的に受け取りすぎな気もする視線を受けつつも、それを一切意に介さないカナリアがアークソングの下へと歩み寄って数秒後。
周囲のそれと同じ好奇の視線を彼へと向けた後に、カナリアは少しばかりからかうような表情を浮かべた。
「随分リアルとは乖離したアバターを使ってますのね」
「ま、まあ、せっかくだしね……」
どうやらアークソングの外見が現実世界における宗太の見た目と著しく掛け離れたものであることを少しばかり面白がっているらしい。
これでカナリアと小鳥の外見も自分と同じように乖離していれば言い返せもしたのだが、残念ながらカナリアという少女は小鳥をファンタジックな色合いにしたにだけに過ぎない。
身バレとか怖くないのだろうか? と、一瞬アークソングは考えたが……そもそもとして、身バレしたところで彼女には勇グループのご令嬢という強力なバックボーンが存在しているのだから然したる問題にならないのだと気付いた。
……そして、そんなご令嬢と今自分は遊んでいるし、何ならついこの間は部屋に入ったりしていたのだ、ということにも気付き、今更ながらにアークソングは背筋に冷たいものを感じる。
「そ、それよりさ、早く移動しない? 正直ここ、人の目が多くて落ち着かないっていうか……」
「……そうかしら? まあ、でも、そうですわね。時間は有限ですし、行きましょうか」
もしかするとお嬢様の火遊びに巻き込まれてるのか? という、ふと脳裏に浮かんだ考えを振り払いつつ、アークソングがリィンへと続く南門を指差すと、少しだけ不思議そうな表情を浮かべた後にカナリアは首を縦に振り、手早くパーティー申請をアークソングへと飛ばした後に南門へ向けて歩き始めた。
「……しかし、驚いたな。カナリアさんがリィンに興味あるなんて……俺が言うのもなんだけど、本当にドラゴンと辺鄙な村しかないよ? あそこら辺……」
「そうなんですの? まあ、でも、どうにもわたくし『古き竜』の力を手に入れないといけないみたいで……というか、驚いたのはわたくしも同じですわよ? まさかアークソングくん……長いですわね、ソウくんがリィンのプロフェッショナルとは」
ようやっと周囲の視線に慣れ始めたアークソングが送られてきたパーティー申請を承諾しつつ、南門へと向かう最中に今回カナリアから言い渡されたデートプラン……『リィンの方を一緒に回りましょう!』というものに対し覚えた感想を素直に口にしてみれば、カナリアはカナリアでなんだか凄まじいものを気軽に手に入れようとしていることを打ち明け―――そして、アークソングは絶句した。
そ、ソウくん……? え、無自覚でやってるならヤバいでしょ……これじゃテロリストじゃなくてモエリストだよ……なんて言葉を、口の中だけで転がしながら。
もちろん、なにもアークソングが絶句したのはカナリアがネギでも買いに行くような軽さで『古き竜』の力を得ようとしているからではなく、その後にアークソングという名前が長いからと(ちなみにクリムメイスと同じ長さだ)、その名前を『ソウくん』と略したからだ。
普通ならば『アーくん』となるところを、あえて『ソウくん』と略してしまうと……当然ながら彼の本名である『桐張 宗太』の愛称としても問題無い字面になってしまい、どうしようもない程初心なアークソングからすれば、そんなことをされたら致命傷だったのだ。
「……どうしましたの?」
「えっ、いや! なんでもないです!」
「そうですの? うふふ、おかしなソウくん」
致命傷に致命傷が重なる、アークソングの中の人はリアルにて思わず喀血した……いや、するわけがないのだが、気分的にはどれだけ少なく見積もっても1リットル程は喀血した。
ちなみに言うまでもないが、カナリアがわざわざアークソングを『アーくん』ではなく『ソウくん』と略したのは、そう略したほうが彼は喜びそうだ、と彼が持ち寄ったライトノベルの内容から計算したからであり、まったくもって無自覚でもなんでもないのでカナリアはモエリストではなくテロリストだった。
もちろん、今テロリズムを行われているのはアークソングの純情な男心である。
「それで、わたくし気になっていたんですけれど、どうしてソウくんはリィンに決死特攻を仕掛けたんですの? 順路と思われるオル・ウェズアではなくて」
「え? ああ、うん、それはなぁ……」
はー、好き……いや絶対勇さんも俺の事好きだわ……相思相愛……なんて平和ボケ極まりない思考を巡らせ、自らがテロリストに初恋をハイジャックされかけていることに気付かない哀れなアークソングへと、カナリアが人差し指を頬に添えながら、彼女だけではなく彼を知る全てのプレイヤーが思っているであろうことを聞き、アークソングは少しばかり気恥ずかしそうに頭を掻きながら、ぽつりぽつり、と自身が無謀ともいえるリィンへの特攻を行った理由を語り出した―――。
「とまあ、そんな感じで……ロールプレイをする時の決まり事みたいなもんなんだよね」
―――幼い頃、今は疎遠になってしまった幼馴染と共に見た映画……勇者が仲間と共に悪しき竜を打ち倒すファンタジー映画『ユウリとドラゴン』シリーズの主人公が、昔から自分のヒーロー像であり、VRMMOで遊ぶ際にはいつもその勇者……リィドバースを真似て、とりあえずドラゴン退治をすることにしているのだ、と。
「素敵だと思いますわよ? わたくしは」
そう語ったアークソングに、子供っぽくてダサいよね、と最後に付け加えながら微妙な笑みを向けられたカナリアだったが、ぱん、と手を合わせて可愛らしい笑みを浮かべ、続いて自分もなにかロールプレイをしてみようか、なんて独り言ち始める。
……まあ、その笑みは本当に可愛らしかったし、恐らく本心からだと思えるものだったので、アークソングとしては非常に嬉しかったのだが―――それ以上に、現在彼女が行っているテロリストプレイがロールプレイでも何でもなく、素のプレイングの賜物だと知ってしまってアークソングは思わず苦笑いを浮かべた。
「さて、そろそろモンスターが現れ始める頃ですわよね。来なさい、ローラン!」
アークソングがその微妙な笑顔の裏で自分のプレイングに引いている……だなんて当然気付かないカナリアは、南門を他愛のない会話をしている内に潜った後、右手を振り上げながら自慢のペット怪獣―――ローランを呼び出した。
すれば、カナリアとアークソングの後ろにどす黒い粘質の液体が広がり、その中から一匹の獣脚竜が姿を現す。
漆黒の外皮に身を包んだ、その巨大な怪獣は間違いなく噂のローランであり……アークソングはいくら味方とはいえ、目に見えて凶暴そうな生物が背後に急に現れたことに驚き、思わず息を吞む。
「こ、これが噂の……」
「あら、そんなに怖がらなくても大丈夫ですわよ? ローランは、とっても聞き分けの良い子ですもの。ねえ?」
間近で見れば、モニター越しに見ていた時とは比べ物にならない威圧感を放つその怪獣を見上げながら一歩、二歩と後退るアークソングだったが、そんな彼を見てカナリアが優し気な笑みを浮かべてローランに問い掛け、その意味が分かっているのかは微妙なところだが、ローランはぶんぶんと尻尾を振りながら頭を上下させてみせた。
……まあ、デカい犬だと思えばなんとか、まあ……いやデカすぎんだろ……。
アークソングは近くの小型飛竜系モンスター『ヌルワイバーン』へと飛び掛かり、早速その首を噛み千切っているローランを見ながら、あの怪獣は所謂金持ちお嬢様がよく飼ってるデカい軍用犬みたいなもの……と思い込もうとして、流石に無理だったので断念しつつ、その攻撃力の高さに舌を巻いた。
なにせ、今となっては大した敵ではないにせよ、最下位種のヌルワイバーンであっても竜系モンスターである彼らが有するHPは、ハイラント周辺では飛び抜けた数値であり、それを一撃で仕留めるのは生半可なモノではない。
『あー、ドラゴンだー!』で挑みに掛かった初心者達を、ハイラント周辺のモンスターの中では飛びぬけている耐久力と攻撃力によってぶち殺し続け、リィンをVR群馬へと至らせた元凶そのものであるヌルワイバーンがアホな飼い犬に与えたぬいぐるみの如く秒でバラバラに分解される様を眺めながら、アークソングは改めて自分の隣を歩く少女が『ゲームチェンジャー』であることを理解し、そんな彼女を見てリィンから脱出出来ただけで『俺ってちょっと強いかも』なんて考えた自分を酷く恥じる。
「へえ、ドラゴン肉は食べると一定時間攻撃力が増しますのね」
「ど、ドラゴン肉……」
歩いているだけでアークソングの自尊心に傷を付けられる女ことカナリアが、結局攻撃することすらなく歩くだけで辿り着いてしまった都―――『竜都 リィン』の門を潜りながら、道中拾った『竜の肉』を眺めなら呟き、アークソングはさながら馬肉ぐらいの手軽さで扱われてしまった伝説上の生き物の肉に少しばかり同情してしまった。
だがドラゴン肉はドラゴン肉であり、それ以上でもそれ以下でもないので必要以上には同情せず、アークソングは気持ちを呼吸ふたつほどで切り替えて、辿り着いたこの都に関する基本的な説明を始めることにする―――。
「まあ、ようは、多種多様な竜を狩って、住民のご機嫌取りをすればいいんですのね?」
「そういうこと。けど、今回カナリアさんは『古き竜』に関わりそうなクエストさえ受けられればいいんだろうから……『オサ』の好感度だけ上げればいいのかな」
―――この都では強さこそが全てのステータスであり、その強さを測る唯一の方法が『竜を狩る』ことである……そういう語り口から始まったアークソングの話をまとめれば、カナリアが興味薄そうに呟いた言葉に集約された。
なにかを手に入れようとする際に話を聞くよりも先に殺して奪い取ることが選択肢に出て来る勇さんのことだし、この街のこのシステムはちょっと退屈だったかな……。
なんて、反応の薄いカナリアを見てアークソングは内心思ってしまったが、実際のところカナリアはよっぽど分かり易くて合理的なシステムだな、と……法を順守するだの、金銭に富むだの、知能レベルが高いだの、身体能力が高いだの、視座により揺らぐ価値で人を計量するよりも面倒がなく、誤差もなく、極めて効率的で美しい考えだ、と判断する。
なにせ彼女にとっては、アプローチは何でも良いので、とにかく『竜を狩る』という結果を出力さえすれば相応かつ絶対の評価を得られるのは、いっそ機械的であり馴染み易かったのだ。