160-智慧への冒涜 その3
「んー……でも、リィンはオル・ウェズアよりも手前のエリアでしたわよね? わたくしはともかく、クリムメイスやダンゴはあまり探索する意味もないのではなくて?」
「……まあ、あたしは当然として、ダンゴもあんまり旨味無いかもね。リィンがハイラントから行ける街なのに、仮想空間の群馬と呼ばれる程に人が寄り付かなかったのは……それなりの理由があるんだろうしさ」
《他の世間一般的なファンタジー作品はどうか知らないけど、少なくともクロムタスクのドラゴンって強力な個体以外は単純に固くて火力が高い、厄介なだけの敵ってイメージだしね~》
しかし、期待に胸を膨らませるダンゴに対し、他の『クラシック・ブレイブス』の面々はあまりリィンへ向かうことに乗り気ではないらしく、ダンゴは思わず、あれっ、なんて言葉を零して軽く落ち込んでしまう。
とはいえ仕方が無いだろう、確かにドラゴンは男の子の夢ではあるのだが、残念ながら『クラシック・ブレイブス』には男性が小数点以下切り捨てした場合一人も存在しないので、その存在に価値を見出されないのが当然だ。
「……うん。リィンにまで戻るのはわたくしだけで十分ですわね。丁度良く、空いたデートプランがありますので、そこにでも織り込ませておきますわ」
「あぁ、そうなんですか……デートで行くんなら確かに、僕達は不要ですよね………………えっ、デート」
結局、リィンへ行くのは自分と自分のデート相手だけで十分だ、という結論を出したカナリアがにこやかな笑みを浮かべ、それを聞いたダンゴは残念だけども、デートなら仕方ないか、と頷き―――数瞬後には頷いた頭を驚きのあまり上げていた。
「さっきもボーイフレンドがどうとか言ってたわよね……ダメよ! カナリア! あたしも昔インターネットで出会った男と一回デートしたつもりになって、以降気になってストーキングまがいのことしてたら妻子持ちだってことが判明して手酷い失恋を経験したことがあるんだから! ネットの男を信用しちゃダメ! あいつら全員遊びなのよ!」
《そうじゃんせんぱ……………………え? ちょっと待って?》
「あたしにとっては初めてのデートだったのに……! あいつはあたしとの有明への遠征をただの買い物としか思って無かったのよ! ツインベッドとはいえ一緒の部屋に泊まったのも! ただの旅費削減以外の何物でもなかったんだから!」
にこやかな笑みを浮かべたカナリアへと、至極真っ当な忠告をしたように見せかけて凄まじい過去を暴露し始めたクリムメイスにウィンは一瞬賛同しかけるものの、当然ながら賛同するよりも先にツッコミを入れた方がいいことに気付いてクリムメイスの顔を見るが、クリムメイスは話してる内に色々思い出して来たのか『クラシック・ブレイブス』の三人が自分を見て微妙な表情を浮かべていることに気付きもしないで頭を抱え始める。
「肝を冷やしただろうなあ、相手の人……」
「女子学生に手を出した挙句につけ回されている、と奥さんに思われても仕方ない事案ですものね……」
《ネットの友達が遠出したい、って言うからお金と足を工面した聖人なのにね……》
遊びで弄ばれたもなにも、最初から普通に遊んであげただけだったのに、勝手に妙な勘違いをされてストーカー被害に遭ったらしいどこかのネットの男に同情しつつ、自分を完全な被害者だと思い込んで喚くクリムメイスから徐々に三人が距離を取る。
「……あれ、え? 待って、待ってよ。まさか、みんなもあたしが悪いって言うの? 嘘でしょ」
感情の距離感がそのまま物理的な距離感へと変わっていくことにようやく気付いたクリムメイスが、珍しく生気の宿っていない沼のような目を浮かべるが、それに対しカナリアとウィンは苦笑いを返すことしか出来なかった。
……普段、めちゃくちゃ軽いノリで接してくるクリムメイスだが、もしかすると一番その気にさせたら危ないタイプなのかもしれない―――なんて、考えてしまったから。
「あの、クリムメイス。アニメや漫画の見過ぎですわよ。普通の大人は中学生や高校生を恋愛対象……というか、異性として認識しませんわ。あなただって幼稚園児や小学生を異性としては認識しないでしょう? それと同じですわよ……」
《いくら旅費削減とはいえ同じ部屋に泊まったのが良い証拠っしょ……意識してたら部屋分けるじゃん? しかも奥さんいるなら猶更……》
死んだ魚のような目を向けてくるクリムメイスに一般論を解きつつ、カナリアとウィンは思い返せば最初からクリムメイスは割と危ない女だったかもしれないと気付いた。
なにせ、自分が一番最初に立ち上げたギルドがシルーナに砕かれた結果、その敗残兵達を集めて『若螺旋流組』なんていう組織を作り上げる程の執念深さを持っている女であり、しかも、その組織の発展の為とあらば集った敗残兵すら離反するような悍ましい手法すら平気で取れてしまうのだ。
危ない女以外のなにものでもなかった。
「いや、まあ、恋愛対象に見られてなかったのが辛いのは分かりますけどね……」
「そうよねダンゴ!? やっぱりあんたはあたしのこと分かってくれ……」
「でも完全に恋愛対象外だった相手に一方的に恋慕される恐怖と痛みはそれ以上なんですよね」
あれ、もしかしてわたくしヤバいか? と、カナリアが無言で真顔になる中、クリムメイス側の立場も、どこぞのネットの男の立場も、両方を経験したことがある稀有すぎる存在ことダンゴがクリムメイスに同情しつつも、きっぱりとお互い辛かっただろうが、より辛かったのは相手だぞと言い放ち、クリムメイスはうぎゅう、だなんて変な声を出しながら口を噤む。
「悲しみは繰り返しますのね……」
《流血沙汰だけは避けて欲しいよね……》
そして、今回クリムメイスが暴露した一件について、とある身近な人物が物凄く当てはまっていることに気付いたカナリアとウィンは真剣な表情でダンゴの身を心配し、やはりクリムメイスがハイドラに積極的に絡みに行くのはどこか自分と似たものを感じているからだろうし、ハイドラもなんだかんだとクリムメイスに一番遠慮がないのも同じ理由であり、なんならダンゴがクリムメイスと良好な関係を築いているのも同じなんだ、と結論付ける。
……ちなみにウィンがついでに、ああ、やっぱりこの連盟でまともなのは自分だけだ、という結論も付けたのは言うまでもない。
「と、とにかくっ! ダメよ、カナリア! ネットで知り合った男とデートなんてしたら! だったらあたしとデートしましょうよ!!」
「……あの、そもそもわたくしのデート相手はリアルでの知り合いですわよ?」
「えっ、そうなの……それじゃあ……あたしがどうこう……言う問題じゃないか……」
頼みの綱であったダンゴにすっぱりと切り捨てられてしまったネットで知り合った女ことクリムメイスがカナリアの肩を掴んでまで止めようとするが、カナリアが眉を八の字にしながら小首を傾げるものだから、クリムメイスはなんとも言い難い表情を浮かべながら肩から手を離し、後退る。
「……もう、そんな捨てられた飼い犬のような目をしないでくださる? 大丈夫ですわよ。異性との交際がどういったモノか知るため付き合おうかと前々から狙っていた方ですし、そこまで本気というわけではありませんもの。あくまで学生のお遊び、ですわ」
「そ、そう……? ならいいんだけど………………えっ、いや待って?」
露骨なまでにショックを受けた様子のクリムメイスの頬に手を添えながらカナリアが宥めるような笑みを浮かべ、クリムメイスは一瞬安心しかけるものの、よくよく聞いてみると今回カナリアがするというデートの相手は相当酷いことをされていることに気付き、思わず真顔になる。
もしかせずとも、このテロリスト……純朴な少年の初恋を弄ぼうとしているのではないだろうか。
《せ、先輩……流石にそれは……相手が可哀そうというか……》
「……そうですの? 一時とはいえ、夢を見れるのだから彼も役得だとわたくしは思いますけれど……」
「カナリア……あんた背中刺されないように気を付けなさいよ……? 言っとくけど思ったより相手は本気なことのが多いんだからね……?」
自らの知識欲を満たすために、都合のいい男として使われようとしているデート相手に同情したウィンが軽くカナリアに止めるように言うが、カナリアはきょとんとした表情で小首を傾げ、いとも容易くハナからノーチャンだ、と告げ、そんなカナリアへとクリムメイスは思わず苦笑いを向けながら、心の中でだけカナリアのデート相手へと勝ち誇る―――ま、あたしはあんたが片想いしてる子に100チャンあるんですけどぉ、と。
残念ながらクリムメイスはアホだった。
「ふふっ、もしも、フラれて刺し殺しに来るほど情熱的な方だった時は……きちんとした交際を始めますから大丈夫ですわ」
このカナリアという女に対し、100チャンあることがどういうことなのか、もう忘れてしまったらしい残念なおつむのクリムメイスに対し、カナリアが妖しげな色の宿った瞳を向けながら目を細めて微笑む。
……当然だがクリムメイスは、刺殺行為に至ることを『情熱的』と称したカナリアが先程、自分にどういう目を向けていたかをその笑みに思い出し……もう、どうしようもないので、あはは、そっかー、と笑って返した。
背中、刺されないように気を付けないといけないのはどう考えても自分だった。
「……あ、あれだね、ウィン。カナリアさんって実は凄い重い女なんだね……」
決して世間一般では情熱的アプローチとは呼ばない刺殺行為を大胆な告白、ぐらいに捉えてみせたカナリアを見たダンゴが、心底驚いた! とでも言いたげな表情を浮かべながらウィンへと耳打ち(なお耳がどこにあるかは分からなかった)し―――。
《えっ、あっ、うんっ、そうだねっ!》
―――ウィンは、ここまでのは初めてみたなぁ、だなんてとぼけた表情で言うダンゴに対し明るい声で同意する他なかった。
……ここにも背中を刺されないように気を付けるべき者がまたひとり。
もはや、もう誰が狙っているかは分からないが、自分も背中を刺されないように気を付けよう……ウィンはなんとなく、そう思ったのだった。