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158-智慧への冒涜 その1

 本棚から一冊取り出し、開き、流して読み、閉じ、戻し、再び取り出し、開き、流して読む。


「ダンくんなんか見つかった~?」

「オル・ウェズアに昔食人文化があったことぐらいしか……」


 一連の動作を繰り返しながらウィンが机の上に並ぶ本に対し自分と同じ動きを繰り返すダンゴに問うが、微妙な笑みを浮かべて首を横に振る。

 そんなダンゴの言葉を聞いて、食人文化ぁ!? とウィンは大仰に驚くが、ダンゴは浮かべた微妙な笑みを更に凍り付かせた。


「にしても、なんで開いたり閉じたりするだけで本の内容が変わるんだろ……?」

「まあ、普通に考えれば手抜き……なんだけど、クロムタスクがやってるとなると、なんかこう……フレーバー的なモノがあるのかな? って思っちゃうよね~」


 もしかして分かってないのかな? 脳を啜るのも十分に食人行為だけど―――曖昧な笑顔の裏でそんなことを考えつつ、変に意識させて落ち込ませてしまうのも嫌なので、ダンゴはオル・ウェズアの食人文化から手元の本へと話題を変え、完全に自分が食人行為などしたことないと思い込んでいるウィンは再び本棚から本を取り出しつつ楽しそうに笑う。

 ……そう、傍からすれば一見して意味の無い行動を繰り返す二人だったが、どうにもこの場所に存在する本は閉じて開くたびに内容が変わるらしく、試行錯誤の結果、これが最高効率で情報を収集できるらしかった。


「手抜きじゃない……とすると、やっぱりここ、普通の図書館じゃないんじゃあ……」


 作業を再開したウィンに倣い、再び本を閉じたり開いたりし始めながらダンゴは目の前の本―――開くたびに記された内容が変わる、奇妙な本について考えを巡らせる。

 もちろん、詳しい仕組みなどは分からないが……ここがオル・ウェズアからすぐ近くに存在する施設だということ、そのオル・ウェズアが『妖精』に強く関係した街であることを考えると……。


「いやあ、こんな所に建ってる図書館がまともなワケなくない?」

「確かに」


 もしかせずとも、この本もまた『妖精』なのだろう、と、ダンゴは結論付け……その瞬間、途端に目の前の本が気持ち悪くなってきたので、思わず手に取っていたそれを元の位置に戻し、スカートの裾で手を拭いた。

 別に本がぬめっていたりしたわけではないが……一番良く知る『妖精』の体表は常に粘液に包まれてぬらぬらとしていたから。


「うーん、しっかし、ぜーんぜん役立ちそうな情報ないなあ……やっぱ奥に進むのが正解かも」


 体表が常に粘液に包まれぬらぬらとしている、一番良く知る『妖精』ことウィンが、んーっ? と小首を傾げて悩みながら手元の本を棚へと戻す姿を見て、ダンゴは確かに、と、頷く。

 なにせ、色々な情報が書かれているこの本達だが、どれもこれもオル・ウェズアやその周辺のことに関する記述しかなく、カナリアが求めている『王都を占領する方法』や『黒い炎に対抗する方法』等は見つかりそうも無かった。


「それじゃあ、今からでもカナリアさん達のこと追い掛ける? そんなに広くないみたいだし―――」


 外から見た建物のサイズ感からしても行き違いにすれ違ったりとかはしなさそう、とダンゴが続ける前にウィンの鋭い声が響き渡る。

 それは、ダンくん危ない! という簡素な叫びで。


「―――わっ、ああっ!? きゃあーっ!」


 ダンゴがその意味を理解するよりも早く、その足に何かが絡み付き、気付けばダンゴは地面を引き摺られていた。

 床や壁に叩きつけられながら、凄まじい速度で自分を引き摺る何か―――それに掴まれた時、思わず微塵も男らしくない悲鳴をあげてしまった……なんて、どこかズレたことを考えている間にダンゴの視界は真っ暗な闇に包まれる。

 それは、HPを全損……即ち死んだ際に見える闇に似たものであり、死んだか……あるいは、何かしらの場面転換が入るのだとダンゴは理解した。


「ん……んんっ!?」


 事実、数瞬後には目の前に広がった闇は消え去り、代わりに悍ましい光景が飛び込んでくる―――それは、宙吊りにされた老若男女の肉体の数々……そのどれにも内側から食い破られたような形跡がある上、赤黒い菌糸が全身に絡みついているのを鑑みれば、間違いなく先程自分を襲った『何か』による犠牲者達の死体であり……未来の自分そのものでもあるだろう。

 ……とはいえ、まあ、これは現実ではなくゲームなのだから、別段死ねば助かるのだし、不必要に怖がる必要はないか、と……どこか冷めた様子で考えながらダンゴは周囲を見渡す。

 すると……。


「ん-ッ! んんんーッ!」


 視界の端に、赤黒い菌糸によって雁字搦めにされている見慣れた金髪の少女が映り込んだ。

 相変わらず大胆なパーティードレスめいたハイスプリットが特徴的な装備に身を包み、到底クリムメイスと同年代とは思えない凶暴な身体つきをしたその少女は……どう見ても我らが連盟長、カナリアであった。

 どうやらカナリアもダンゴに気付いているらしく、激しく身を捩りながら何かを伝えようとしている……が、彼女もダンゴと同じように菌糸の猿轡をされており、言葉にならない声を上げるばかりだ。

 そんなカナリアの様子を見て、どうしたものだろう? とダンゴは考える―――が、大した時間も掛けず、ダンゴはひとつの解に辿り着くと、声を出さずに意識を集中させることで『武器組み立て』を使用した。

 それは正確に言えばプレイヤーが作り上げた装備に『武器』という概念を与えるスキルだが、条件を満たしていない状態で使用すれば手持ちの素材を消費して粗悪な装備を生み出す効果も持っている。

 故に、ダンゴは『武器組み立て』を使って短刀を手の中に作り出し、まるで攻撃力は持たないものの、一応刃物として最低限の機能は果たすらしいそれで自らを拘束していた菌糸を切り、自由を取り戻す。


「んんっ、んん-っ!」

「わ、わかりましたから、今解きますから、暴れないでください……」


 なぜかまったくもって不思議なことに荒事が多い『クラシック・ブレイブス』に所属しているせいで、滅多に発揮されることのない問題解決能力の高さを発揮し、僅か数秒で拘束状態を抜け出したダンゴが自由になった自分を見てより一層騒ぐカナリアへと近付き、その拘束を解こうとする……が、カナリアは暴れるなといっても何かを伝えようともがき続けるばかりだ。


「後ろっ! 後ろにいますわっ!」

「え」


 このままでは解くものも解けない……そう考え、仕方なく猿轡を先に外したダンゴへ向け、喋れるようになったカナリアの口から放たれたのは衝撃的な言葉であり、思わずダンゴは振り返る―――すると、いた。

 老人のそれを思わせる皺くちゃな顔、花のように開いた異常な形状をしている口、節足動物を思わせるつやつやとした外殻に包まれた四肢を持った……巨大な猫のような化け物が。


「あ、あー……えっと……きゃああっ!」

「って、ちょ……んぶぅ!」


 グルグルと、声だけは立派に猫のようなものを鳴らしながら、猫と呼べば猫好きの人間100人中100人が怒りを露わにするであろう猫のような化け物が、その口から赤黒い菌糸を吐き出す。

 それが自分の身体に降りかかる寸前で、ダンゴはカナリアの背後に回ることで回避し―――直後に後悔した。

 ……本能的に(普段から盾としてよく機能している)カナリアを盾にしてしまったことで、カナリアの顔に化け物が吐き出した菌糸が盛大にぶっ掛けられ、カナリアの顔は……ぶっ掛かりすぎてセンシティブとかどうとか言えないレベルで菌糸まみれになってしまったのだ。


「ご、ごめんなさ……あ、あとでなにか埋め合わせしますから……!」


 窒息死が危ぶまれるレベルで顔面菌糸塗れになり、先程より一層騒ぎ始めたカナリアを顔面蒼白気味に見つつ、ダンゴは化け物へと視線を戻しながら、拘束を解いたことで使用可能になったインベントリからミストテイカーを取り出す。

 恐らくはやるしかない、のだろうし……。


「……グルグル。あァ! 不快だァ……その臭い、その、火薬に塗れた【戦争】の臭い! やはり、あれだろう? 君達はァ……あの無粋な【騎士】共の信奉者共だろう? 困る、困るなァ……そんなに臭い体で神聖な私の学び舎に入られちゃア……」


 ……すると、そんなダンゴを睨み付けながら化け物がしゃがれた声を漏らす。

 どうやらその化け物……彼は、獣めいた容貌に反して言葉を交わす脳のある存在らしく、だが、それ故カナリア達に敵意を見せているようだった。

 見た目にそぐわぬ知的そうな言葉にダンゴは思わず、一瞬、対話でなんとかなるのではないか……と考えたものの、そんなダンゴの考えを否定するかのように、化け物はぬらぬらと光る不気味な四肢をバタバタと動かして突撃してくる。


「わっ……てえぇぇい!」


 真夏の夜に部屋に現れた漆黒の躯体を持つ六つ足の小さき魔物めいて迫る化け物へ向け、ダンゴが(本人的には気迫たっぷりな)掛け声と共にミストテイカーを縦に振るう。

 だがそれを化け物は俊敏な動きで横に跳んで回避してしまう……当然だ、この場所を訪れることが出来ているのであれば、それは『雪原』の『雪鹿』を超えている前提なのだから、それなりの回避行動をするだろう。


「あれっ!? きゃあっ!」


 一方で思いっきりミストテイカーを縦に振り下ろしたダンゴは、ミストテイカーの重さに身体が引っ張られて思いっきり前につんのめって転び―――いや、ウソだろ!? ハイドラ(アイツ)こんな使い辛い武器使って戦ってたの!? なんて心の中で思わず零す。

 ……きちんと動作するかどうかテストした時には『まあ重いけど振り回せなくないし、問題ないか』と判断したミストテイカーだったが、こうして実戦で振り回してみれば、その『振り回せなくない重さ』は自らを振り回すのには十分であり、かなり致命的だった。

 とはいえ無意味に重いわけではなく、『ポイズンミスト』を始めとした様々な機構が仕込まれているのだから、仕方が無いのだが……。


「む、無理無理……! こんなの使えないって……!」


 仕方が無いで済ませてぶん回せるほどのプレイスキルは残念ながらダンゴにはなく、ダンゴはミストテイカーをインベントリにしまい込み、次の武器―――ウォン&キルを取り出しながら立ち上がり、化け物から距離を取る。

 これはテストした際にも取り回しやすい重さだった記憶があるし、きっと使える……!

 そう思って構えたダンゴだったが……気付く、片や曲刀、片やメイスで構成されたこの武器は確かに重量はミストテイカー程ではないが、右と左で重さが違うためバランスが悪く、そもそもひとつの武器すらまともに振れないのに両手で別々の武器を振れるわけがないし、更に言えばこの武器は定期的に大鎌形態……ハイドラが勝手に言うところの『ウォン&キル・デスサイス』へと変形させなければロクな火力が出ない上、その変形先である大鎌は常人に扱えないタイプの武器種だ。


「くっ、こうなったら奥の手だ……!」


 握っただけでウォン&キルは使い物にならないと判断したダンゴがウォン&キルをインベントリへとぶち込み、次の武器―――ハイドラ的には奥の手らしいチェイニングハルバード……『ジャバウォック』を取り出す。

 これは確かに多節棍の先に斧槍が付けられた奇怪な武器ではあるが、ただの斧槍として振るえば……と、そこまで考えてダンゴは気付く。

 振るえるかっ! ただの大きいだけの剣すらまともに振れないのに斧槍なんて!! こちとら現代日本を生きる平和ボケした一般男子中学生だぞ!


「……もうっ! 誰だよ! こんな使い辛い武器ばっか作ってるのは!」


 既に大半の人間からは一般女子中学生だと思われているダンゴが叫ぶ……まあ、そんな使い辛い武器ばっか作っているのは勿論自分自身なのだが。


「……グルグル、グルグル……」

「ちょ、ちょっと待って、待ってね……ええと、どうしたものかな、参ったなぁ……!」


 兄から貰った武器ならば全て喜んで受け取る挙句に無駄に使いこなしてしまう妹に甘え続けたツケが回ってきたことを、兄としてのプライドが認めるわけもなく、その事実を完璧に無視して自分で自分の作った武器に文句を言い続けるダンゴへと、化け物がゆっくりとにじり寄り始め、ダンゴは焦燥感に満ちた笑顔を浮かべながら、インベントリから『銀聖剣シルバーセイント』を取り出そうとして……やめた。

 『銀聖剣シルバーセイント』こそ、シンプルイズベストを地で行く武器であり……テクニカルと呼ぶに相応しい扱い方以外一切することの出来ないスーパーノットユーザーフレンドリーソードなのだから。

 どうする、どうしたらいい……!? ロクな武器がない……! もういっそ拘束を解く時に使った短刀で戦った方がマシなんじゃないか……!?


「キシャアアーッ!!」

「きゃああっ! もぉっ、無理だってばぁーっ!」


 仕方なく、先程『武器組み立て』で作り上げた短刀を構えたダンゴだったが、化け物が飛び掛かってくると同時に、こんな短い刃渡りの武器であんな化け物と戦うことは不可能だと即座に判断し、涙目になりながら短刀を放り投げて横に跳び、地面を転がる。

 ちなみにダンゴが放り投げた短刀はすこーん、とカナリアの側頭部に命中し、カナリアは怒号に近い呻き声をあげたのだが、残念ながら今の彼にそこに気付くだけの余裕はなかった。


「あ、ああ……神様仏様ハイドラクリムメイスさんウィン……! だ、誰でもいいから助け……ひぃいっ!」


 なにせ、飛び掛かる攻撃こそ避けたもののダンゴは完璧に体勢を崩し、その隙を逃さなかった化け物に伸し掛かられ、マウントポジションを取られてしまったのだから。

 更に付け加えるなら、化け物はその口から何やらぬたぬたとした粘液に塗れたどくどくと脈打つ太い肉の棒をげろげろと吐き出し始めており……これには思わずダンゴも顔を青くした。

 だって、どう見ても産卵管的な奴だったし、それは恐らく……自分の口とか目とかに突っ込まれることが予想されたから。


「むっ、無理無理無理ッ! やだ、やだやだやだ! 流石にダメだって、ダメだってぇっ!」


 最早誰がどう見ても酷い目に遭いそうな女子中学生めいた悲鳴を上げながら首をいやいやと振って抵抗しようとするダンゴだったが、残念なことにその肉体は非実在系巨乳ロリ美少女であったし、ビルドはDEX特化で抗うような力はあらず、声は誰がどう聞いても少年声を微塵も出せていない女性声優のそれだったし、光景は特殊な性癖を患った男性向けの安いCG集の導入部分だった。

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「あ、ああ……神様仏様ハイドラクリムメイスさんウィン……! だ、誰でもいいから助け……ひぃいっ!」  なにせ、飛び掛かる攻撃こそ避けたもののダンゴは完璧に体勢を崩し、その隙を逃さなかった化け物に…
「キシャアアーッ!!」 「きゃああっ! もぉっ、無理だってばぁーっ!」  仕方なく、先程『武器組み立て』で作り上げた短刀を構えたダンゴだったが、化け物が飛び掛かってくると同時に、こんな短い刃渡…
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