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156-雪嵐の図書館

 『魔学都 オル・ウェズア』―――かつては『帝都』と呼ばれ、絶対的な支配者として君臨していた帝国。

 今では頭でっかちの学者と、色白な学生ばかりが集まり、机上で言葉を転がすことしかしていない力無い都市。

 その周辺に吹き荒れる『雪嵐』の中に、その建物は存在した。


「ここだよ、ここ!」


 全ての命を奪わんとする吹雪の中に隠れるように建つ、平たい屋根の建物を指差しながらウィンが嬉々として叫ぶ。

 ……そう、『王都が占拠出来ないんだけど、どうしよう』―――テロリストに持ちかけられた、テロリストみたいな質問に対するクリムメイスの答えはこうだったのだ。


『……そうだ! 前にウィンが見付けたって言ってた図書館みたいなダンジョン! 行ってみましょうよ!』


 なにも答えにはなってないが、クリムメイスは別にテロリストでもなければテロリズムに明るいわけでもないのだから、話題を逸らすしかなかったのは誰にも責められないだろう。

 それに、件のテロリストことカナリアが手に入れたという『嘯く小さな翼』は何やら隠されたメッセージの類を見付けることが出来るアイテムらしいので、いかにも何か隠されてそうな『図書館』などというものは、その力を発揮するに十分な場所といえるのだから。


「はぁ、僕で大丈夫かなあ……」


 白銀の中に頼りなく佇む『図書館』を見上げながら、やや吊り目がちの切れ長な目をした少女が、顔の作りに似合わない弱気な表情を浮かべながら呟く。

 10人聞けば10人が『女の子』と返すであろう、微塵も中性感の無い恐ろしい程の女声と、それを裏切らない女々しさを相変わらず見せつける彼女……いや、彼はダンゴだ。

 そう、ダンゴだった。

 ……というのも、普段戦闘がらみの案件を請け負っている彼の妹ことハイドラは、無事、今年も夏期講習通いとなってしまったので中々オニキスアイズをプレイする時間が取れないのだった。

 いっそ、ダンゴは拠点で待っていることも考えたが―――妹がリアルにて夏期講習で勉学に励んでいるのだから、なら自分は夏の間に少しはマシに戦えるようになろう、と、こうして現場に出てきたのだが……いよいよダンジョンらしきものが近付いてきたとあって、少しばかり気が滅入ってきた。


「まあ、最悪死ななければいいから……こう言ったらあれだけど、あたし達もダンゴにはそこまで求めてないし……」

「クリムメイスの言う通りですわ。わたくしが言うのも変ですけれど、女の子は女の子らしく守られていればいいんですの」

「男らしく戦いたいのに、言われるがままになるしかない自分が情けないです……」


 そんなダンゴの右肩をクリムメイスが同情混じりの表情を浮かべながら叩き、左肩をサムズアップと笑顔を浮かべたカナリアが叩くものだから、ダンゴはより一層深い溜め息を吐いてがっくりと肩を落とした……もう『僕は男です!』と叫ぶ気力すら起きない。


「……んー、やーっぱダメかも。全然どっから入るのか分かんないや」


 とぼとぼと歩くダンゴを最後尾に、足を進める三人の元へと一足先に図書館の入り口まで駆け寄り、その扉を押したり引いたりしてきたウィンが、お手上げー、なんて言いながら戻ってくる。


「なんか、こうさ……隠し扉みたいのとか、あるんじゃないの? クロムタスクなんだしさ」

「たぶんそうだとは思うんだけど、なにぶんVRじゃねえ……コンシューマの頃は壁殴るかボタン押してれば良かったけどさー」


 一応、全部の壁は殴ったんだけどねぇ、なんて言いつつ肩を竦めながら戻ってきたウィンに対し、クリムメイスは人差し指を立てながら提案してみたが、当然ながらクリムメイスが思い付く程度のことはクロムタスクの熱心なファンであるウィンが思い付かないはずもなく……ウィンは首を横に振るばかり。

 ……実を言えば、この『図書館』のような建物は、発見こそ出来たものの中に入ることは未だ叶っておらず、発見者のウィンが小さな窓から覗き込んで見えた内部の様子から『図書館』と呼んでいるだけだったのだ。


「もういっそ発破しましょうか?」

「いいですわね、それ」


 うーん、と揃って悩むクリムメイスとウィンに対し、ナイーブになっているからか、かなりやけくそ気味な提案をしたダンゴの言葉に対し、カナリアが目を輝かせて同意する。


「いや、いいですわね、じゃないから」

「てか。流石に無理っしょ。クロムタスクがギミックをスルー出来るように作るとは思えないじゃん」


 なんだか最近、ダンゴとカナリアの波長が合うことが多いな、なんて考えつつクリムメイスは思わず苦笑いを浮かべ、ウィンは真顔でぶんぶんと手を振った。

 確かに、現実的なところで考えると扉を発破して中に入るのは賢い考えではあるのだが……全くもってウィンの言うとおりであり、こういったゲームの建物は時として絶対的な硬度を誇るので、力押しが通用するわけがなかった。


「……ということは、早速これの出番ですわね!」


 と、なれば頼りになるのは今回カナリアが手に入れてきた『嘯く小さな翼』なるものだ、という結論に全員が行き着くのにそう時間は掛からず。

 カナリアが懐から件のアイテムを取り出したのを見て、全員は静かに頷き―――そぉれ、なんて言いながら『嘯く小さな翼』を使用したカナリアを見て……嬉々として自らの右目に羽ペンめいた形状の物体を突き刺すカナリアを見て、思わず、うわぁ、と小さな声を漏らした。

 当たり前である。

 世の中、自分の目に嬉々としてモノを突き刺す少女を見て引かない人間はいない。


「さてさて―――まあ! やっぱり正解のようですわよ。なにやら怪しい壁がありますわ!」

「へえー! ……で、どこらへんに?」


 とはいえ、カナリアの行動にいちいち引いていては老衰で死んでしまうので、素早く切り替えた三人に向かって、だらだらと右目から流血するカナリアがゆらゆらと定まらない指先でどこかを指す……間違いなく彼女にはなにかが見えているらしいが、残念なことに『嘯く小さな翼』のデメリットで視界がめちゃくちゃになってしまうと、流石のカナリアでも正確に調べるべき壁を指差すことは不可能なようだった。


「ええと、こちらの方でして―――んにゃあ!」


 自分の指がまったく見当外れな場所を指差しているのだと、クリムメイスのリアクションから感じったらしいカナリアが、ならば『嘯く小さな翼』によって盛れ出た光の下へと自分の足を進めるしかない、と判断し、一歩踏み出した所で―――カナリアは盛大に転んでしまう。


「うわ、そんな酷いんだ……」

「え、ええ。本当にダメですわね、これ」


 雪の中に見事顔面から飛び込んだカナリアを起こすべく、少しばかり心配そうな表情を浮かべたクリムメイスが駆け寄り、そんなクリムメイスの手を掴んでカナリアは起き上がると同時、クリムメイスの腕に抱き着くことで自分の身体を支えた。

 それは、あまりの視界の悪さに思わず反射的に取った行動であり、別段他意は無かったのだろうが……あのカナリアが縋るように力強く自分の腕を抱きしめているとあらば―――クリムメイスはほぼ昇天しかけていた。


「まったく、本当にこのデメリットは必要なんですの? ねえ、クリムメイスもそう思いませんこと?」

「……………………」

「……? クリムメイス?」

「えっ!? うん! いやでも必要なんだと思うよ!? 無意味なデメリットなんてあるはずないじゃない!」


 思わず意識がひとつ上の次元にシフトし掛けていたクリムメイスだったが、不思議そうな表情を浮かべた(そして右目から流血している)カナリアに顔を覗き込まれ、なんとか意識を取り戻す。

 ……そう、これはどう考えても必要なデメリットだ……なにせ、この視界悪化のデメリットがあれば、あのカナリアが自分の腕に抱き着いてくれるのだから……必要も必要も必要である。


「クリムメイスさんは素直だよね~」

「素直っていうか、分かり易いっていうか……」


 右腕に抱き着いたカナリアの杖となりながら、身体を強張らせるクリムメイスの姿を見ながらウィンとダンゴが苦笑を浮かべ、そしてその背を追う。

 明らかに緊張した様子で足を手と揃えて歩むクリムメイスを自らの杖としたカナリアは、足を進めたその先……傍から見れば何の変哲もない外壁に辿り着くと、寄りかかりながら手を這わせてなにかを探し、やがて地面と壁の間に隙間を見付け、そこに手を差し込み壁を持ち上げてみせる―――すれば、石製の重厚そうな壁が自ずと持ち上がり、人一人分程度の大きさのある隠された入り口が出来上がった。


「……なんだか、嫌な静けさね」


 かなり怪しい挙動で開いた隠し扉を訝しんだり、今作における隠し扉の開け方を興味深そうに見つめたり、各々の反応をしつつ建物の中に入った矢先、クリムメイスが軽く周囲を見渡しながら思わずといった様子で呟く。

 ……入り口を隠していたような建物なのだから、中にも扉を閉ざした理由と同じものから配置されたモンスターでも居そうなものだが、確かに、四人が足を踏み入れたそこは静まり返っており、酷く不気味だ。

 そこまで大きな声でも無かったのに、自分の声が軽く反響したことにクリムメイスは寒気すら覚え、腕を組んで眉を八の字にしてしまう。


「でもこれだけの書物があるなら、色々なことを調べられそうですよ」

「片っ端から見てたらめーっちゃ時間掛かりそうだけどね~」


 一方で、逆に静かなことに安心感を覚えたらしいダンゴが近くの棚から一冊取り出して開き、ウィンも苦笑いを浮かべながらそれに続く。


「……確かに、バカ正直に調べてたら夏が終わりそうね」

「うぅん、でも、どうしましょう? 司書なども居そうにありませんし……」


 ウィンの言葉を聞いて、この建物の真に恐ろしいところはやたらと静かなことではなく、保有する書物の多さ故、目当ての情報を見つけ出すことの難しさだと気付いたらしいクリムメイスが今度は溜め息を吐き、カナリアは顎に指を当てて小首を傾げる。


「ま、クロムタスクってエリア作り込みはするけど、基本一本道だし、進める道進んでれば最低限の成果は得られるっしょ。先輩とクリムメイスさんは色々歩き回ってみればいいんじゃん?」


 手に取った本に目を通しながらウィンが出した提案に、カナリアとクリムメイスは、確かに、と呟きながら頷く。

 というわけで、結果、四人は二手に別れてこの『図書館』を探索することになった。

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