154-血の繋がった姉妹 その2
「まあ。相手の子供を身籠るため、顔も知らない誰かの子宮を入れるような人ですものね。よくよく考えたら、流石に有り得ないですわ」
「そ、そぉだよ……いひっ! やっ、あぁ……」
先程の自分の言葉のどこが笑い転げる程面白かったのか……小鳥にはいまひとつ分からなかったが、ただ、海月という少女が産まれるにあたって、彼女の父親と母親が何をしたのか―――それを考えると、確かに先程の自分の言葉は笑い飛ばすこと以外出来ないほど馬鹿げた妄言であった。
そう気付いた小鳥が、柔らかなようで確かに質量と弾力を感じさせる……健康的な腸が十全に詰まった生物の腹部特有の奇妙な触り心地を指に覚えつつ、ちょうど、この辺りを切り開いて例の個体の子宮を移植したのだろうなあ、なんて考えながらなんとなく弄る手を海月のヘソからやや下あたりへと動かすと、海月は先程まで上げていた無邪気な子供っぽい笑い声とは明らかに違う、少しばかり苦しそうな声を漏らし……。
「もお! お姉ちゃん、なにぃ? これも本で読ん……んんっ! えろい小説ばっか読み過ぎ~!」
……結果、同い年の少女達と比べても子供っぽい所の多い海月であっても自分が今思わず漏らしてしまった声がどういった物なのか程度は流石に分かったらしく、海月は一丁前に羞恥を覚えて頬をやや上気させながら小鳥の手を掴んで軽く抵抗の意志を見せ始めた。
「あなたこそ、そんな受け取り方するなんて。いかがわしいゲームとか、やってないでしょうね?」
「し、してません~~~、お姉ちゃんと違って私は清楚なんです~~~!」
小鳥はそんな海月の反応に対して、人間という生命体はどれだけ過保護にされていてもしっかりと知るものは独りでに知るんだな、という感想を抱いて少しばかり感心し……それはそれとして、仕返しとばかりに再び愛読書達を貶されたので、埃がいくらでも出てきそうな海月の知識の出所を突きつつ、彼女のパジャマの中に突っ込んでいた手を引き抜いた。
「………………や、やっぱりさ。だから……、……なの?」
「はい?」
夜中までゲーム漬け三昧の毎日を送って授業中は机とディープキスばかりしているというのに、清楚だなんだとよく言えたものだ、と……今度は海月が零した妄言に小鳥が思わず呆れていたところ、海月がすっかり乱れ切ってしまったパジャマを整えつつ更に頬を上気させ、その耳まで赤くしながら蚊の鳴くような声でなにかを呟く。
……呟いたのだが、どうにもそれは自称・清楚な彼女としては口にするのがやや憚られることのようであり、小鳥はまるで聞き取ることが出来なかったので、反射的に聞き返してしまった。
「やっぱり! お姉ちゃんはその……そーゆーこと、カレシとしてるから。おっぱい大きい……の?」
「……………………は?」
「だ、だから! カレシと、めっちゃえろいことしまくってるから、おっぱい大きいの!?」
すると、意を決したらしい海月は小鳥が全く予想できなかった事を聞いてきたものだから、小鳥は一瞬、完全に脳の機能を停止させ、首の球体関節が破損した人形かくやといった様子で首を傾げた。
……まあ、海月はその小鳥の反応だけで半ば自分の予想が外れたのだと察した……が、ここまで来ては最早引くことなど出来るはずもなく、頬を膨らませながら自分と姉は血の繋がった実の姉妹であるにも関わらず、信じられない程に胸囲に格差があるという宇宙最大の謎に対する、自分なりの答え―――小鳥にはカレシが存在し、親の目を盗んではひたすらにえろいことをしまくっている、という答え―――を思いっきり叩きつける。
「……エロゲーのやりすぎでは?」
「や、やや、やらないよそんなの! 買ってもらえないもん!!」
「いくらだって、合法か違法か分からないようなものがネットにはゴロゴロ転がってるのに、その言い訳は苦しいですわねえ」
そんなもの、自分と海月では種が違うのだから当然身体つきも変わってくるだろう……と、さながら『どうしてあなたの耳はピンと立っているの?』と不思議そうにする子犬に対し『お前はダックスフントで俺は柴犬だから』と真顔で答える成犬のように、無情な現実を教えそうになってしまった小鳥だったが、そんなことを言ったら―――また変なこと言ってる! と、滅茶苦茶大爆笑されるか、本気で大泣きされた挙句に翌日自分が廃棄処分されるかのどちらかだということにギリギリで気付き、なんとか踏み止まり……話題をなんとか自分と海月の違いから逸らすことにした。
「て、てゆーか話逸らさないでよ! こっちは真剣なんだからね!」
「…………」
……のだが、小鳥にとっては答えをくれてやるリスクの割にあまりにもしょうも無さ過ぎる海月の疑問は、彼女にとってはそれなり以上の悩みの種らしく、海月はこればっかりは誤魔化されないぞ、といった様子で興奮した犬の如くソファーの背もたれに上半身を乗り上げて小鳥へと詰め寄るものだから、小鳥は適当な言い訳を早急に考え―――。
「そもそも。わたくしはあなたぐらいの年頃の時点で、あなたの……………………えーーーーーと、5~6倍は胸があったわけですけれども」
「そそそ、そんなにはなかったもん!! 盛って倍ぐらいだよ!!」
「あー、じゃあ、それでいいですけれども。ともかく、あなたの想像が正しいのだとしたら、わたくしはもうあれですわよ。その時からカレシ作ってヤることヤりまくってたことになりますわよ?」
―――結果、もしも自分と海月の絶対的かつ圧倒的な驚異的格差を作り上げた要因が『カレシ』なのだとしたら、自分は小学校高学年で既に大人の階段3段飛ばしで駆け上がっている人生タイムアタッカーになってしまうのだから、それは有り得ないだろう……という理論で海月の考えを否定することにした。
「じゃ、じゃあそうなんじゃないの!?」
「そんなわけありますか、このおばか。そもそも、いくらわたくしがそうでも周りの相手がまだ未成熟でしょうに……」
のだが、諭すような小鳥の言葉に納得出来なかった海月が、小鳥が大人の階段3段飛ばしで駆け上がる人生タイムアタッカーである、という方向に舵を切ったものだから小鳥は頑なな海月の様子に溜め息を零しつつ、なら仮に自分がそうだとしても条件が成立するには他にも同じような大人の階段3段飛ばしで駆け上がる人生タイムアタッカーが存在する必要があるのだから、やはり有り得ないだろうという方向性で話をまとめることにする。
「いやでも! ほら! 先生とか!」
「だからエロゲーのやりすぎですわよ」
「や、やってないてばーっ!」
まとめることにしたが、当然ながらまとまるわけもなく……あろうことか海月は自らの姉を、ロリータコンプレックスという極めて致命的な疾患を抱いている教師を誘惑し、あえて自分に手を出させる成人男性向けの世界観にしか存在しないタイプの女子小学生だと言い始め、もう小鳥は……真顔で肩を竦めるしかなかった。
……どうやらどうにも海月は、小鳥の驚異的成長を見せる胸囲は『カレシ』との行為によるものだという自らの考えを貫き通したいらしい。
で、あるならばどうするか。
「はあ。じゃあ、そうですわね。わかりましたわ」
「……え? 分かったって……なにが?」
どう説明しても納得する気配のない海月に対し、素直に納得すればいいものを……と、思いつつ小鳥はソファーの正面側へと回り―――。
「そんなに自分の理論に自信があるのであれば、実践してみれば良いんですのよ」
「じっせん? てな……きゃあっ!」
―――突如として位置を変え始めた自分を不思議そうに見つめる海月の肩を突き飛ばしてソファーへ倒れ込ませ、すかさず馬乗りになって、海月が現状を理解する前にその両手を右手一本で抑え込んだ。
「へ? えっ、えっ、えっ!? お、おねえちゃ……なにし、ひゃああっ!」
「可愛い妹の肌に、下手な男の手垢を付けさせるわけにはいきませんものね」
そういえばこの間、こんな感じに海月と同じぐらいの年頃の少女を絞殺したな、……なんて、普通の少女がまず抱かない感想を抱きつつ、小鳥は勢いよく海月のパジャマを思いっきりまくり上げ、本当に種族が違う以外に理由が見つからなさそうな程に自分とのサイズ差が酷い彼女の胸を露出させる。
「ちょ、ちょ、ちょ、す、ストップ! ストップお姉ちゃん! ライン、ライン越え! これ悪ふざけで済まないよぉ!」
「あなたが超えさせたんでしょうに。もう後悔しても遅いですわよ?」
「ひっ……うそ……うそだよね……? 私達、血の繋がった姉妹なんだよ……!?」
ここまで来て、ようやっと小鳥がなにをしようとしているのか理解したらしい海月は、身を捩って逃げようとするが……普段の静的な小鳥の姿からは想像出来ないほど強い力で自分の腕が抑え込まれているせいで、全く動けず。
もしかしたら親が違うんじゃあないか? と考えてしまう程に(極めて平均的な女子中学生である自分と比較して)骨格からして立派な身体つきをしている小鳥が本気になってしまったら、自分はまるで抵抗できないのだと理解して……やや震えた声を漏らしながら、小鳥へと懇願するような目を向けた。
……確かに小鳥のことは好きだが、それは家族としての親愛の類であり、決して恋愛感情の類ではないので……というか、そもそもとして自分を抑え込む小鳥の力が強すぎてシンプルに恐怖を覚え、海月のその大きな瞳には自然と涙すら浮かび―――。
「……くふっ!」
「……へ……?」
―――そうか、時々、よく意味の分からない、なにを考えているのか思わず聞きたくなってしまうような目付きで小鳥が自分を見ていたのは、そういう意味だったんだ、と……今更ながらに、姉妹だからと無条件に小鳥を信用してしまった自分を海月が呪い始めたところで、そんな海月を見て小鳥が急に吹き出した。
「あはははは!」
珍しく堪えきれないといった様子を見せた小鳥の姿に、思わず海月が素っ頓狂な反応をしてしまうと……それが余計におかしかったのか、小鳥は妹である海月ですら滅多に見たことがないほどの大笑いをする。
「~~~っ! 笑わないでよっ! 本当に怖かったんだからね!」
「ご、ごめんなさい。ふふっ。その、それが。本気で怖がってるのが、滑稽で……!」
「なにそれっ!? 信じらんない! このぉっ!」
先程まで自分を見下ろしていた、獲物を追い詰めた蛇かくあるべしといった目付きをしていた小鳥とは違い、普段通り……いや、むしろ普段よりもかなり子供っぽく、人間らしい表情で笑う小鳥の姿に、これ以上彼女が自分に何かをすることはないと察した海月は安堵のあまり脱力し―――続き、これほどまでに自分を怖がらせておいて、それを笑いものにしている小鳥が無性に腹立たしく感じ、海月は先程の仕返しとばかりに小鳥のシャツの中へ手を突っ込み、その脇腹を弄った。
確かに、自分と比べ小鳥は実に出来が良い少女ではあるが……とはいえ、自分と同じ血が流れているのであれば自分の急所でもある脇腹が急所で違いないのだから。
「……ふぅん。そういうことするんだ?」
「あ、あれっ? 効いてない……?」
「当然ですわね。わたくし、『夕闇の障壁』で即死ダメージ以外無効ですもの」
というのが海月の考えだったのだが、残念ながらいくら脇腹を弄ろうとも小鳥は眉ひとつすら動かさず……むしろ嗜虐心の見え隠れする妖しげな笑みを浮かべ始め……普段通り(より一段階程度は上機嫌そう)な表情から、再び一時前のそれに近い表情に小鳥の顔が変われば、当然ながら海月の顔からは血がさあっと引き―――。
「や、それゲームだけの話……ぃい~っ! あはっ! くひぃ! ひゃ、やめてぇ! ごめんなさい! 謝るっ、謝るからぁ! きゃはははっ!」
「笑いながら謝られても誠意が伝わりませんわよ~? ほら、ちゃんと『ごめんなさい』しなくては。お姉ちゃんの愛読書ばかにしてごめんなさい、お姉ちゃんのことふしだらな女って言ってごめんなさい、って」
「するっ、するからっやっ! あひゃっ! だめなの、ほんと、そこだめっ! きゃはははっ! やめぇっ! きゃひっ! うふふっ! 死ぬっ、しっ……ひんじゃうからぁあ~っ!」
―――嫌な想像を頭に張り巡らせてしまい、表情を強張らせた海月だったが、その強張った表情は、パジャマが胸元までまくり上がっているせいで無防備になった海月の脇腹を再び小鳥が弄り始めたことによって一瞬で破顔し、最初に弄ってきた時よりも遥かに強い嗜虐性を伴っているそれにより、海月はろくに謝ることすら出来ない。
「ほらぁ、早く謝らないと笑い過ぎて窒息死しちゃいますわよ~? カレシ作る前にお墓が出来ちゃいますわね~?」
「だらっ、あやっ、まるっ、からぁ! いっ、きゅふっ! いっひゃいっ! とめっ! ひゃっ! ひゃははは! あひゃっ! ゆるっ! ゆるひ……んぅふ~! ふふふふふっ……やめぇえっ……! うぎゅっ……」
というか、そもそも小鳥は海月に謝る隙を与える気が最初から無く、まるで陸に打ち上げられた魚のように暴れて自分の下から逃れようとする海月を足の力だけで完全に封じ込めて責め立て続け……。
……結局、いよいよもって海月の表情が冗談で済まないことになるまで、小鳥による海月への『折檻』が終わることはなかった。




