151-王都攻略戦 その2
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嘯く翼
:博知の魔術師、オリアを殺害したものに与えられる称号。
:羽化不完全体を殺害する。
:『嘯く小さな翼』を入手する。
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なんだか久々ですわねえ、なんてぼやきながら獲得した称号を確認したカナリアだったが、獲得した称号を確認してもまるでなにを獲得したのか分からなかったため、いろいろなメニューを開き、入手したという『嘯く翼』とやらを探してみる。
するとそれは、アイテム欄に存在した。
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嘯く小さな翼
:奇妙な形状をした、具現化した小さな妖精。鳥類の翼によく似ている。
:使用することで高次元の知啓に触れ、隠匿された秘文字を読み解くことが可能となる。
:『翼とは、人に寄生する妖精の一種である。彼らは人の脳に寄生し、高い位の妖精たちが綴った言葉を知る術を人に与え、代わりに知識や記憶を啜る。やがて肥大化したそれは人の背から飛び出し、自らの子を振り撒く。このような翼として、あるいは娘として。だが、この翼はどうやら不全のようだ。これ以上に育つことは無い』
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「これはまた、よく分からないものが手に入りましたわねぇ……」
手に入れた『嘯く小さな翼』の説明文に軽く目を通したカナリアは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
まあ、ようはゴチャゴチャと書いてあるわりには『秘密のメッセージが見られる』程度のものらしく……その有用性に対する判断は非常に困るところだ……なにせ、つまるところこのアイテムだけではなんの意味もなさないのだから。
カナリアは、うーん、と唸りつつ、その激しい出血故に静かに死にゆくローランを見て、ふと気付く。
そういえば、自分の持ち物に『妖精』が深く関わるものがひとつあったな、と。
寂しそうにぴすぴすと鼻を鳴らしながら死んでいくローランを傍目に、カナリアはインベントリから『召喚の導書:模擬者』を取り出して開き、『嘯く小さな翼』を使おうとして―――気付く。
「……どう使いますの? これ?」
まるで小鳥の翼を切り落としたような謎の物体、それの使用法が一切不明であることに。
結局カナリアは、出血死することをアピールし続けたにも関わらず看取られることすらしてもらえなかった哀れな怪獣、ローランが塵となって消えるまで長く長く悩み、そして至る。
「ああ! なんだか視神経に影響を及ぼすみたいですし、目に突き刺せばいいんですわね!」
あまりにも直球過ぎる『嘯く小さな翼』の使用法に。
…………。
……。
ちなみに正解である。
「いやこれ思ったより凄いアイテムですわね」
かくして左目から流血しながら『嘯く小さな翼』を用いたカナリアは『召喚の導書:模擬者』のページをパラパラと捲ったが、『嘯く小さな翼』は自身が思っていたよりも数段役立つ代物と知って思わずぼやく。
というのも、本来『導書』は一定の条件を満たすことでスキルノートを発行する『条件』が開示され、その『条件』を満たす(もちろん、『条件』が開示される前に満たしても良い)ことで新たなスキルノートを得られる、という物なのだが……どうにもこの『嘯く小さな翼』を用いれば、スキルノート発行の条件を最初から全て見ることが出来るらしい―――。
「使用中、こんなにも視界が歪むのは脅威以外なにものでもありませんわ……」
―――わけもなく、捲るページ捲るページ全て真っ白であったのだが、そんなことよりもカナリアが気になったのは『嘯く小さな翼』を使用すると、その効果で読めるようになる文字以外の輪郭がぐにゃぐにゃと記憶の固執のように歪み、色合いもめちゃくちゃにずれてしまうことだ。
正直、この状態では真っ直ぐ歩くことすらままならないだろう。
「これぶん投げても大丈夫かしら」
そんな『嘯く小さな翼』の特性を知ったカナリアが、ふと、あることに気付いて『嘯く小さな翼』をおもむろにぶん投げる。
すれば、しばらくはひらひらと『嘯く小さな翼』は宙を舞い―――しかし地面に落ちると同時、音すら立てずに消えてしまう……、が、それを確認したカナリアが再びアイテムのインベントリを確認すると、そこに『嘯く小さな翼』はきちんと存在した。
当然だろう、彼はアイテムに見えるが一応寄生生物であり、ばっちりカナリアに寄生しているのだから、そう簡単には離れるわけがないのだ。
「ええと、では次は……」
無事(?)『嘯く小さな翼』は投げ捨てても問題無いと把握したカナリアが、再びインベントリから『嘯く小さな翼』を取り出し、今度は手持ちの大矢の鏃に『嘯く小さな翼』をペタペタと当て始める。
傍から見れば羽ペンで鏃に落書きする少女の図だが、その図でも大分意味が分からないのに、実際は鏃に寄生虫を真顔でくっ付けているテロリストなのだから殊更意味が分からない。
しかし、しばらくして観念したかのように『嘯く小さな翼』がペタリと鏃にくっ付いてみせ、カナリアは『嘯く小さな翼』を軽く引っ張り、簡単に剥がれないことを確認し―――。
「……おお! これは……凄いアイテムですわね!!」
―――その鏃の切っ先を自らの眼球に突き立て、通常使用時と同じように視界が歪むことを確認すると大いに喜んだ。
…………。
……。
言うまでもないが、傍から見れば大矢の鏃で自分の目をほじくって喜んでいる狂人でしかない。
いや実際そうなのだが。
「まあ……、目に当たれば大概の生物が死ぬのはマイナスですけれども……その内使える機会がありますわよね! きっと!」
『嘯く小さな翼』が思った通り、一瞬で視覚を奪う恐るべき猛毒として使えると知ったカナリアは、うんうん、と頷きながらその場を後にしようとし―――ふいに、残存する『嘯く小さな翼』の効果で歪み切った視界の中に眩い光を放つものがあることに気付いた。
それは、どうやらオリアと彼女が駆るゴーレムが共に埋まっている瓦礫のようであり……その下、つまり埋まっている彼女達そのものが光源のようだ。
「とはいえ、あの量の瓦礫を退かすのは手間ですわよね……」
間違いなく調べるべきものが下に埋まっているとは、流石のカナリアでも分かったものの……ローランも死んでしまったし、その上に大量に積み重なった瓦礫をどうしたものか、と一瞬悩んだものの、手っ取り早く瓦礫を退かす方法をひとつ思い付き、無数の欲狩を呼び出しては瓦礫の上に並ばせ始めた。
「んー……まあ、ダメになりましたらその程度のモノでしたということで……『命令:自爆攻撃』」
そして、発破。
もちろん爆発物の取り扱いに関する知識などカナリアには一切無いので、それは非常に適当極まりない解体作業ではあったが、とりあえず光源の上に積み重なっていた瓦礫は綺麗さっぱり消し飛び、溢れ出していた光の正体をカナリアは知る。
それは、オリアの駆っていたゴーレムの背……そこに取り付けられた、小さな円環状の部品であり、オリアが『ダイクロイック・ブラスト』を放つ際に動いていた翅のような部位の根元にあたるものだった。
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ダイクロイック・アニュラス
基本攻撃力:20
物理耐性:10
魔法耐性:95
炎耐性:95
雷耐性:95
闇耐性:95
STR補正:-
DEX補正:-
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:-
:被弾した際にMPの最大値を減少させる防壁を展開できる。
:減少させたMPの最大値は一定時間おきに回復する。
:この装備は呪われている。
:譲渡・売却不可
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そういえば、あの悪趣味な眼鏡、返してもらってませんでしたわね、だなんてぼやきながらカナリアがゴーレムの背から剥ぎ取った部品は、どうやら一風変わった盾として機能するようであり―――そこは割とどうでも良かったのだが、『呪い』の文字を目敏く見付けたカナリアは嬉々としてそれを左腕に装着した。
「相変わらず分かり辛いテキストで、性能はよく分かりませんけれども……呪われている上に、手を塞がない盾とあれば装備しない理由はありませんわよね!」
二の腕に巻き付く形で装備された、白い円環を眺めながらカナリアが上機嫌な様子で言う。
というのも、確かに持ち前の『夕闇の障壁』で大概の攻撃をシャットアウトできるため盾は基本的に不要であるし、そもそも肉削ぎ鋸とダスクボウで戦うにしろ殺爪弓で戦うにしろ、両手が塞がるのでそもそも持てなかったカナリアだったが、『夕闇の障壁』にも弱点はあると分かってきた近頃は触りたくない攻撃というものも出て来ており……そこにきて、この『ダイクロイック・アニュラス』という装備は渡りに船というものだった。
「どう使えばいいのかしら? 構えれば……おお!」
唯一気がかりなのは『MPの最大値』という『夕闇の供物』で代用できない数値をコストにする点だったが、この盾をわざわざ使う機会もそうそうないだろう、と判断したカナリアがさも盾でも構えるような姿勢を取れば、ダイクロイック・アニュラスを中心に薄い光の膜が展開され、思わず驚きの声を漏らす。
……なんということだろう、テロリストが謎のテクノロジーが使用された先鋭科学兵器を手に入れてしまった。
「やっぱり、街を占領すると色々手に入って楽しいですわね!」
アメリカンコミックで飽きる程散見できるであろう『先鋭科学兵器で武装したテロリスト』等というヴィラン要素を新たに手に入れたカナリアが、まさにヴィランめいた感想を漏らしつつ『緩やかな回復』を使用し、『嘯く小さな翼』を用いた毒矢が作れるかを確認する際に行った自傷行為の結果減ったHPを回復しつつ、先に進もうとして不意に気付く。
「自傷行為は『障壁』を貫通しますのね」
何気ない気付きだし、それがなにに役立つかは不明だが……そうらしかった。
にしても、自傷行為できちんとHPが減るとは律義なゲームだ、とカナリアは考える。
そして、ゲームなんだし自分のことぐらい好き勝手に傷付けさせてあげればいいのに、とも。
「まったく。所詮は学者共が作った実験動物。やはり役に立たんか」
そんなことをカナリアが考えながら、序盤でローランがさっくりと死んでしまったため仕方なくひとりで鼻歌混じりに襲い掛かってくる兵士達を薙ぎ倒し、進んだ先。
今回の目的地である街の中心部―――『ファンレイン王城』がいよいよ近くなった頃。
煤で黒く濁った酷い雨が降り注いでいた下町とは違い、雨雲すら掛からない歪な晴天に恵まれた広場に、ひとつの影をカナリアは見付けた。
「まあ、これまた手が込んでそうな……」
それは見るからに片手間に倒してきた兵士達とはレベルが違う相手だと判断し、カナリアは思わずといった様子でぼやく。
今までにハイラントとオル・ウェズアを占領してきたカナリアだったが、ハイラントには目ぼしいボスもおらず(実際には居るには居たのだが、残念ながら彼女の記憶には残らなかった)、オル・ウェズアも天然パーマの教師とゴーレムぐらいしか居なかったが、どうにもこのセントロンドにて自分の前に立ちはだかるボスはどれも今まで相対してきた敵と一線を画すらしい。
流石は王都、といったところですわね、だなんて呟きながら感心したように頷くカナリアを見たからか、はたまた関係無いのか……ともかく、苛立った様子でガリガリと自分の頭を掻く女性NPC……銀色の美しい長髪をポニーテールにまとめ、全身にシャープな意匠の目立つ黒い鎧を纏い、金色の刃が独特な槍を手に持つ女性NPCが振り向く―――。
「あっ、あなたはっ! わたくしのハニートラップに引っ掛かって即死したあの!?」
「だが、まあいい。ウォールドーズと、老人たちに貸しを作るいい機会だ。悪いな、大罪人。貴様は、このサーフィア……黒槍が殺すことにしたよ」
―――瞬間、カナリアは気付く。
今、自分の前に立ちはだかっている敵は第一回イベントにおいて、自分が罠にかけて射殺した見るからに特別そうな女性NPC……サーフィア、黒槍のサーフィアだということに。
彼女の名前も、『黒槍』なんて二つ名も初めて知ったカナリアだったが……かつて思い人が仕事中に情事に耽っていたと思い込んで怒り散らしていた時とは打って変わり、冷徹ながらも嗜虐に満ちた笑みを浮かべて駆け出したサーフィアを見て、思わずカナリアは感動してしまった。
この人、本当に重要人物だったんだ……!
さながら、第一話で少しだけ顔を見せていたキャラクターが後々にキーパーソンだと分かった時のような気持ちになりながら、カナリアは早速自身のHPを10000消費して肉削ぎ鋸を『溺愛の剣』へと変身させる。
なにせ、そもそもカナリアは王都セントロンドを占領し始めた段階で、HPを10000消費して『夕闇の障壁』を展開しており、既に10000以下のダメージはシャットアウトしており、プレイヤーはともかくNPC相手に負ける道理はなく……であれば、彼女と再び出会えたこの喜びを剣へと変えて振るうしかないと、そう思ったから。
「はアッ!」
「……ん? んぇっ!? にゃああっ! 熱ッ……もえ、燃えてる! 燃えてますわーっ!」
……といった具合に、油断し切ってサーフィアの一撃を真正面から受け止めたカナリアだったが、サーフィアの振るう黄金の刃には黒い炎が纏わりついており、それはカナリアに触れると即座に引火、底冷えするような冷たさを宿した真っ黒な炎に包まれたカナリアは地面をゴロゴロと転がって鎮火しようとするが、一向に炎は消える気配を見せず、そして恐ろしい事にカナリアのHPに毎秒最大HPの10%に匹敵するスリップダメージを与え始める。
ということは、カナリアのHPは現在30500なので、実に秒間3050という狂った数字に襲われることになり……毎秒3050も回復する方法は、現在プレイヤーには用意されていなかった。
「こ、これ、死……え、待って、これ久々に……」
「どうだ? 誇り高きガルヴェロの末裔、その心火。十分に味わったか」
「く、くそげーですわあああっ!」
転がるカナリアを踏み付け、勝ち誇った笑みを浮かべながら右手より黒い炎の波を放ちカナリアを焼却するサーフィア。
思いもよらなかった(ほぼ)即死攻撃持ちの強敵登場に、2秒と持たずに全損する30500の膨大なHPを見ながらカナリアが久々に叫んだのは……まあ、仕方ないだろう。