150-王都攻略戦 その1
七月。
その公式の発表はオニキスアイズのプレイヤー達に衝撃を与えた―――。
新次元、『大名河』を実装します。
実装後、新しくゲームを遊ぶプレイヤーの皆様は既存の次元『フリュウム』に加え、新たな次元『大名河』から物語を始めることが出来ます。
また、既存のプレイヤーの皆様も『フリュウム』におけるメインストーリーを特定の箇所まで攻略して頂くことにより、新たな次元『大名河』を訪れることが出来ます。
―――その発表は、少ない文章と、和を金属と歯車で再現したようなメカニカル・ジャパンとでも呼ぶべき世界が写された僅かなスクリーンショットだけで構成されており。
多くのプレイヤーは『新次元とはなんだ?』『サイボーグ・サムライ! コワイ!』『陰陽師vsメカゾンビみたいなシーンだけでクソ映画一本作れる』と困惑し……だが、それと同時に心を躍らせもした。
なにせ、カナリアを始めとするゲームチェンジャーの台頭で分かりきったことだが、オニキスアイズは一部の限られたプレイヤーのみが振るうことの出来る強力な力というものを積極的に実装していく類のゲームなのだ。
ならば、この新たな次元にもそういった『力』が眠っているだろうし、既に複数人のゲームチェンジャーを排出した『フリュウム』よりは自分がそれにあり付ける可能性が高いのだから。
「うぅん……新たな次元! 楽しみですわ~!」
そして、心を躍らせているのは何も力を未だに持たぬ者達だけではなく、そのゲームチェンジャー達の中でも筆頭格である少女、カナリアもまた同じであり―――。
「通すなッ! 通すな!」
「ここでなんとしても食い止めろ!」
「退くなーッ!」
―――ということは、カナリアはメインストーリーを嬉々として進めるということなので……現在、王都セントロンドは【戦争】の力を持つ少女に戦争を吹っ掛けられていた。
武装したNPCたちがピクニックでもする気軽さで街を占領しようとする少女に向かい、各々の得物を構えながら突撃する……が、そんな彼らをカナリアの周りを楽しそうに走り回っている黒い巨躯……イフザ・タイドことローランが雪にダイブする犬の如く飛び掛かり、轢殺していく。
「しかし納得行きませんわね。どうして皆さんは王都セントロンドに到達するだけで大名河へ行けるのに、わたくしは一度戦闘を挟まなくてはならないのかしら……」
真っ黒な身体を真っ赤に染めあげながら、泥遊びをする馬の如くゴロンゴロンと転がってはしゃぐローランを見ながらカナリアは深く溜め息を吐く。
……新たな次元『大名河』へ既存のプレイヤーが向かうには、メインストーリーをある程度進めなければならず、その『ある程度』というのは王都セントロンドを訪れ、ウォールドーズ王と謁見するまで……なのだが。
どうにもカナリアのように初手でレプスを殺害し、『大罪人ルート』へと分岐したプレイヤーは『占領:セントロンド』をクリアする必要があるようだった……なにせ、メインストーリーの進行中以外はウォールドーズ王が住まう王城へ入れないのだから。
いや、初手でレプスを殺害する暴挙に出たカナリアが全面的に悪いのだが。
「まあ、然程大したことないようですし、別にいいのですけれども……」
ブルブルと身体を回転させ、自らに付着した血を払うローラン共々、王都セントロンド下街特有の煤混じりの黒い雨に討たれながらカナリアが、さも理不尽な目に遭わされても文句ひとつ言わない器量の大きい女のような顔をしながら呟いて、ローランにぶっ掛けられた血を腕で拭う。
……一応、襲い掛かる兵士たちも街が進むごとにグレードアップはしているのだが、なにぶん、カナリアの『夕闇の障壁』を突破するだけの力はあらず、そしてカナリアの手で怪獣へと進化してしまったローランが強力に過ぎるため、どうにも少々退屈を覚えてしまったようだ。
『……待ってましたよ』
その時、もういっそ、何分で占領出来るかのタイムアタックでもするか、と、恐ろしいことを考え始めたカナリアの前へと一機のゴーレムが上空より姿を現した。
それは、カナリアがオル・ウェズアで見たもの―――太く立派な四肢を持つ無骨なデザインのゴーレム―――と比べると、極めて異質であり……その四肢は筋張った女性のように細く、不気味に白く発光している。
そして、その背からは虫の翅でも思わせる部位が四つ飛び出しており……顔に当たる部分が存在せず、また、その細い四肢に似合わず背丈は高い。
『ここには、ここにだけは帰ってきたくなかったのに。アンタのせいでウチの人生メチャクチャですよ』
奇妙な姿をした、その不気味な白いゴーレムをカナリアが興味深そうに見上げ、ローランも主人に倣ってそうする中でゴーレム……それに搭乗しているらしい少女、カナリアが殺害した魔法使いの少女……ナルアの姉ことオリアが、通常のルートを進んでいるプレイヤーは生涯聞くことがないであろう、低く、冷たい声色で言葉を続ける。
どうやら中ボスかなにかとして出て来たらしい……カナリアはオリアがもう少し喋りそうな雰囲気を感じ取ると、静かに召喚:欲狩を繰り返し、オル・ウェズアで一度決めた戦闘開始と同時に爆殺する戦法の準備を進める。
『……ああ、違う。人生ってのはおかしいですね。帰ってくるまで忘れてましたが、ウチ、半分人間じゃないですし。……ねえ、知ってます? 〝天使〟って。……人間の女に良く似た、高い知能を持つ妖精のことなんですけど』
目の前で自身を爆殺する準備を進めるカナリアへと、オリアが問い掛け―――そういえば、とカナリアは自分の持つ称号の中に、不可解なテキストを持つものがひとつあったことを思い出す……それは『微かな翼』という称号であり、ナルアを殺害することで入手できたものだ。
なにやらひとつでは不完全らしく、完全なものを求めるならば北を目指せと、ただそう書いてあるだけの謎の称号……それと、オリアという姉がナルアにはいるはずなのに、ナルアの父である宿屋の亭主がナルアを『一人娘』と呼んでいたことがカナリアは密かに気になっていたのだが……ここで、大体の話が見えてきた。
恐らく、オリアが王都セントロンドへ『帰ってきた』と口にしたことを考えれば、オリアとナルアは片親が違う姉妹であり、そして、彼女の口振りを聞くに同じなのは母のほうで、その母というものは〝天使〟と呼ばれる人に良く似た妖精らしい。
ならば、『微かな翼』とはその〝天使〟を母とする異父姉妹に分けられた〝天使〟の名残のことであり、その片翼を殺すことで奪えたならば……。
『……ああ、そうだ。そうなんだよ、どれだけ違うと思っててもそうなんだ。ウチは、ウチは、あの、あれと……あのナメクジと、なにも変わらないんだ。人じゃないんだ、人じゃないんだよ! ああ、ああ!』
カナリアがいつも通りの結論に達した所で、オリアの駆るゴーレムが苛立ちを隠せない、といった様子で四肢を振り回して暴れ―――不意に、すん、と静かになる。
『けど、けれど、あの先生は……ヴェンリス先生は……バカじゃないのに、ウチがなにか分かってるはずなのに、優しくしてくれた……ウチを! 人として扱わず! 妖精として扱いながら、本当のウチのことをちゃんと見ながら! 優しくしてくれたんですよ!!』
と、思えば急に再び暴れ出し、手近な壁へと拳や胴体を激しく叩きつけ始める。
……どうやら、中のオリアは相当危うい精神状態らしい。
『……だからね、アンタは殺すことにしたんです』
ボロボロと崩れる壁から、突き刺さった腕を引き抜きながらオリアがゆっくりとカナリアへ振り返る。
その表情はゴーレムに装甲に隠されて窺えない―――どころか、そのゴーレムには顔すらないが、激しい憎悪に歪んでいるだろうことは簡単に察せられた。
「わたくしも大体そんな感じですわよっ! 命令:自爆攻撃!」
その宣言が戦闘開始の合図だったのだろう……そのひ弱そうな外見とは裏腹に、凄まじい膂力を持つらしい脚で地面を蹴り抜いて突撃してくるオリアのゴーレム。
それにカナリアが適当なことを言いながら仕向けるのは、戦闘前に散々作っておいた欲狩達だ。
相変わらず女子受けしなさそうな、触手をバタバタと動かす気色悪い走行フォームでオリアのゴーレムへと肉迫した無数の欲狩は、無情な主人の命令に従い体内を巡る魔力を暴走させ自爆―――。
「やりましたかしら!?」
―――瞬間、上がる土煙。
……もちろん、この程度でやってはいないとはカナリアも分かってはいるが、それはそれとして折角相手が土煙の中に呑まれてくれたのだから、お決まりなこの台詞は口にせざるを得なく。
『こっちです、よッ!』
「ほ? みょおーッ!?」
とはいえ、土煙の中からいつまで経ってもオリアが姿を現さないものだから、本当にやってしまったかとカナリアが思わず眉を顰めた瞬間、突如背後からオリアの声がしたかと思えばカナリアはその細い腕に掴み上げられ、宙へとぶん投げられていた。
『ダイクロイック・ブラスト!』
聞くに堪えない悲鳴を上げながら宙に舞うカナリアへ向けてオリアが放つのは、かつてカナリアが渾身の通常攻撃で討った教師こと、ヴェンリスがその眼鏡から放っていた光線だ。
彼が愛用していた悪趣味なデザインの眼鏡を改造し作り上げた機構より伸びる、四翼の翅を〝∞〟の形に変形させて放つその技は、彼が必殺技として用いていた『超高反射魔力鏡式対消滅破壊光線』の倍近い攻撃性能を持ち―――。
「だったらこっちは『魔力熱線』ですわよ! ローラン! 薙ぎ払って!」
―――それは当然、カナリアの『障壁』を突破できず、その身を赤い熱線に焼かれているにも関わらず、カナリアはローランへと『魔力熱線』を放つよう指示を飛ばす。
ローランはカナリアの指示に素早く反応し、その背をパ、パ、パ、と短く点滅させた後に青白い魔力の奔流を大顎から放ち、むちゃくちゃに首を振って周囲を無差別に破壊する。
『甘いッ!』
だが、その無差別な破壊はオリアには当たりはしない……そう、先程カナリアが仕向けた欲狩達を回避した際と同じように、オリアは一瞬でローランの真横にまで距離を詰め、その喉元へと鋭い手刀を繰り出していたのだ。
それはどんな剣よりも鋭く、容赦なく、ローランの喉笛を抉る。
『なに……?』
しかし、オリアはローランが噴出する夥しい量の血を浴びながらも困惑した様子で呟く。
なにせ、彼女の駆るゴーレム……その右脚が、大矢で射抜かれていたのだから。
『なんで―――』
「『イグニッション』!」
『―――ぐぅッ!?』
右脚に突き刺さった大矢を引き抜こうとした瞬間、その大矢の鏃は爆発を起こし右脚は根元から吹き飛ぶ―――『火薬の設備』を用いてダンゴが作り上げた装備『爆弾大矢』が、第二の牙を剥いたのだ。
いくら今のオリアの躯体が人ならざるものだとしても、それが二本の脚で地を踏みしめているならば、片足を失えば当然体勢を崩し地面に倒れ込んでしまう。
「うふふ。読みが上手くあたって良かったですわ!」
その大矢の射手―――カナリアが、倒れ込んだオリアへ向けて続けて攻撃するべく新たな大矢を番えながら楽しそうに笑う。
いくらオリアのゴーレムが一瞬の間に二つの地点を移動することが出来るとしても、攻撃をするためにはいくらかの時間姿を現す必要があり、その時間は必然的に隙となる。
そして、カナリアはオリアへ向けてローランという分かりやすい脅威を仕向けることで彼女の攻撃を誘導し、そこを突いたのだ。
『……勝ったつもりですか? 私は、この程度で……』
「いいえ。あなたはもうお終いですわよ」
しかし、そうだとしてもたかが脚を一本やられた程度……まだ、戦意の萎えすら見せないオリアだったが、カナリアはゆるゆると首を振りながら彼女の頭上を指差す。
オリアはカナリアの指先を追うように胴体を動かし、そして、見る―――自分の頭上に降り注ぐ、無数の瓦礫を。
即座にオリアは仕込まれた転移魔法機構を作動させて回避しようとするが、それは、あらゆる魔力を喰らい尽くし自らの血とするイフザ・タイドの血を大量に浴びたことで一切機能せず……だからといって這って逃れるだけの猶予は無い。
「ほら。もう詰んでいるでしょう?」
『お前―――ッ!!』
憎々しげな様子でオリアが右腕をカナリアへ向けて伸ばす……だが、数瞬もせずに瓦礫―――ローランが無茶苦茶な挙動で放った魔力熱線により崩壊した建物の残骸―――の雨に飲まれ、やがて赤と青が入り混じった液体が地面に広がる。
「やりましたかしら、ね!」
『称号獲得:嘯く翼』
それがオリアの死そのものだと察したカナリアが、ぱん、と手を叩いてやわらかな笑みを浮かべ、そんな彼女の言葉に返事をするかのようにシステムボイスが新たな称号の獲得を告げた。




