146-ジャンク通りサクリファイス その2
「もう、二人とも、気が散りますから海月の部屋かどこかで遊んでいてくださるかしら?」
「ほら、人払いするし。やっぱりカレシだって……キスするつもりだよ、キス……」
「ちゅーするだけなら態々家に連れ込まないっしょ……やっぱり殺る気じゃん……」
(…………犯る!?)
ドアの隙間から宗太を見る二人組に対し、溜め息交じりの声を掛ける小鳥だったが、ふたりはまるで引く様子はなく、むしろ邪魔者扱いされたことで互いの考えに確信を持ち始めたようで……片や、なにを想像したのか知らないが、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、と繰り返しはじめる。
……ああ、犯るってそっちの殺るね……えぇ!? 殺る!? と、宗太は思わず凄まじい形相でドアの方へと視線を向けたが、その視線を遮るように立ち上がった小鳥の背が横から入ってきた。
「即刻、海月の部屋に行きなさい! それと、あんまり適当なこと言ってると初香は出禁くらわせますわよ!」
「えー! なんで初香だけ! 不公平じゃん、先輩!」
「ご心配なく。この間、海月が出されていた課題。半分はわたくしが終わらせたことをお母様に報告致しますので。たぶん、それでイーブンですわ」
「ちょとッ……洒落にならんしょそれは! もおっ! ういのバカ! 余計なこというから!」
なにかと思えば、どうにも本気で追い払いに向かったようで、小さく開いていたドアを一度完全に開くと、その先にいるふたりの少女に対し、小鳥が鋭い声で脅しをかける。
その様を見て、いや意外とちゃんとお姉ちゃんしてるんだな、などと宗太は思わず失礼なことを考えたが……口にはしない。
……いや、だって生け贄とか聞こえて来たし。
「イヤならとっととどこかに行く! わかりまして!?」
「ちぇー、しょうがいない。いこ、ういー」
「先輩、リアルだと人殺したら死ぬからね? マジでやらないでね?」
結果、ドアの隙間からこちらを覗いていた少女達は片や唇を尖らせながら、片や心底心配そうに宗太の顔を見ながら去っていく……いや待って? なんであの子は俺が殺されること前提で話を進めているんだ……?
宗太は当惑した。
「……初香は後で一回ぶっ殺してあげたほうがいいですわね……」
ぱたり、と自室のドアを閉めた小鳥が静かに呟く。
…………。
……。
宗太は当惑を超えて恐怖した。
「えっ……殺すに一回もなにもなくない……?」
「ああ。お気になさらず。ゲームの中での話ですし。ふふっ、流石にこの程度では本当の命は奪いませんわよ」
少しばかり声が震えてしまった宗太の問いに対し、小鳥は可愛らしい笑みを浮かべながら返し、宗太は、そうだよね、そうだよね……と小さく繰り返しながら、気付く。
……いや、もしかせずとも程度によっては本当に命を奪う可能性があるって言ってる……?
「そう、実は件の映像はちょうどそのゲームのものなんですわ。オニキスアイズ、というゲームなのですけれど」
「えっ、オニキスアイズ……?」
はじめて異性の部屋に上がり込んだこともあって、宗太の心はいろいろな期待でドキドキしていたのだが、それが徐々に生存本能が掻き鳴らす警鐘に起因するドキドキ一色へと変わっていく最中。
ぱん、と手を叩いた小鳥の口から、大変聞きなれたゲームタイトルが飛び出したものだから、思わず宗太は素早い反応を見せてしまった。
「……? ええ、そうですけれども……ご存じで?」
「あ、ああ、うん、まあね。近頃話題だし……」
オタク特有の知ってる話題への超速過敏反応を見せてしまったことを、当然ながら一瞬で宗太は後悔したものの、小鳥が宗太の反応を見逃すはずもなく不思議そうに小首を傾げる。
急に話題に食い付いてきたオタクを見る思春期の少女として百点の反応を見せた小鳥に対し、宗太は確かな焦りを感じながらも、なんとか(これまたオタク特有の)早口で捲し立てるように喋りそうになるのをぐっと堪え、控えめな反応を見せる。
……実際は、そのゲーム……『オニキスアイズ』は、近頃よくプレイしているゲームだし、なんなら実は『肉裂きの竜狩り』の通り名を(極めて不名誉な形で)轟かせていたりするのだが……どう考えても小鳥は『オニキスアイズ』に存在する三種類のプレイヤー―――ライトユーザー、ヘビーユーザー、ゲームチェンジャー―――のうち、ライトユーザーに当てはまる存在であることは間違いなく、そんなことを唐突に話されても困るに違いないのだから。
「へえ、そうなんですの。いいゲームとは思いますけれど、意外ですわね。あのゲームがそんなに話題性があったなんて」
「いや、まあ、ゲーム自体はクロムタスク製と考えれば然程珍しくない、ただの高クオリティのVRゲームって感じなんだけど……プレイヤーがね……」
「プレイヤー……?」
そして、二度不思議そうに小首を傾げて見せた小鳥を見て、宗太は小鳥をライトユーザーだと断じた自らの判断を心の底から褒めちぎった。
なんせ、『オニキスアイズ』といえば、ゲームチェンジャーと呼ばれる……異質なスキルを有する僅かなプレイヤーと、そうではない大多数のプレイヤーに分けられる(多かれ少なかれ、そういった傾向がどのVRゲームにもあるとはいえ)極端なゲーム性と、ゲームチェンジャーと呼ばれるプレイヤー達の変人っぷりが話題のゲームなのだ。
だのに、この目の前の小鳥はそのことを一切知らないというのだから……本当の本当に浅瀬でチャプチャプしているだけのライトユーザーもライトユーザーで違いない。
「え、えーっと、それで、お茶の間向けに編集したオニキスアイズの動画を作ればいいんだっけ? 凝ったものじゃなければ、時間さえくれれば出来なくはないと思うけど……」
「まあ、本当ですの? では、ぜひともお願いすることにして……どうしましょう? 報酬は。流石にお金は出せませんし……」
「報酬!? い、いい、いい、いいよ、どうせ素人仕事だし、そんな、対価貰えるほどのことは出来ないから、俺」
そんなライトユーザーのプレイ動画をお茶の間向けに加工しても、面白くはならないんじゃないか……? とは思いつつも、まあ、別にネットで再生数を稼ぐとかじゃなくて、あくまで家族で見て楽しむぐらいならいいのか、と宗太が納得する間に―――なんだか、話が大きくなってきてしまって、思わず顔を青くする。
編集する、などと言っても精々見所の無い部分をカットするだけ(とはいえ膨大な作業量になるだろうが)だろうし、……こう言っては変態くさいが、小鳥の日常を垣間見られるのであれば正直それだけで十分に報酬になる……と、宗太は思ったのだが、どうやら小鳥はきちんと仕事に対価を支払う気らしいのだ。
「いえ、こういうところをなあなあにするのは非常に不健全ですわ。うーん……とはいえ、やはり現実世界では……ああ、そうですわ! でしたら、オニキスアイズの中でお礼させて頂こうかしら!」
「……え? オニキスアイズの中で?」
対価なんて支払われてしまったら、それに見合う仕事をしなくては……なんて考えに支配されて辛くなるに決まっている―――と、そう考え、絶対になにを出されても受け取らないようにしよう、と決めた宗太に対し、なにがなんでも何かしらは支払う気らしい小鳥が、ぱん、と手を叩いて、満面の笑みを見せる。
……だが、一方で宗太の顔色は晴れない……それもそうだろう、なんせ恐らく小鳥はライトユーザーであり、そんな彼女がゲーム内で自分に差し出せるものなど大したものではないだろうから。
とはいえ、いらない、と突っぱねることは……リアルと違い物の価値がそう重くないゲーム内のことだと考えると当然出来ないし……これは、非常に困ったことだ。
「そうですわねえ、なにがいいかしら。アイテムの相場なんて分かりませんし……ああ、そうですわ! デート1回、とか、よろしいのではなくて?」
「で、デッ……!?」
……けどまあ逆に言えばゲーム内なら、彼女がそれで満足するというのであれば適当に貰っておいてもいいか、と宗太が考えている間に小鳥は、可愛らしい笑みと共に小首を傾げ(残念ながら)充実していないリアルを過ごしている宗太では耐えられるはずもない超高火力な対価を提案してくる。
すれば当然、宗太は体温を急速に上昇させ、そして思わず身を引くほど驚いてしまう。
デート……デート!? この俺が……小鳥さんと!? デート!? …………いや既に部屋に連れ込まれてはいるんだけど! だとしても、デート!? デートだって!?
「……まあ、随分と可愛らしい反応ですこと。もしかして、こういったことは初めてでして?」
これはもしや俺にも遅い春が訪れたのか? いや、違う、勘違いするな、所詮はゲーム内で一緒に遊ぶだけだし、なんなら俺はヘビーユーザーで相手はライトユーザー……住む世界が違いすぎる、恐らくデートにはならない、引かれて終わりだ―――と、脳内コンピュータが熱暴走を起こしそうなほど、様々な考えを張り巡らせていた宗太の顔を、小鳥が意地悪そうな笑みを浮かべながら興味深そうに覗き込んだ。
「え!? いや、それはなんていうか、えーっと……」
既に『小鳥とデート』という、宗太の脳内コンピュータでは処理しきれない超ド級案件がぶち込まれているのに、更に彼の鼓膜フィルターを通した際には『え~♡童貞くんなんだ~♡かわい~♡』と訳されてしまう台詞を小鳥が叩き込んできたために、宗太の脳はいよいよもって限界を迎える。
……勇さん清楚系ビッチ概念!?
「……い、勇さんは違うの?」
実際には清楚系ビッチとかそういう次元じゃなくて、単純に暴君系テロリストなのだが、そんなことを知る由もない宗太は壊れそうな程心臓を高鳴らせながら小鳥に問う。
もしかして、本当に清楚系ビッチなんですか? と―――。
「まさか。というか、異性の友達なんて桐張くんしかいませんわよ? わたくし」
―――しかし、それに対して小鳥は肩を竦めてみせ……瞬間、宗太の脳内に溢れかえっていた大小様々な考えは全て吹き飛び、たったひとつの考えだけが脳に残る。
ワンチャン。
クソデカい上にめちゃくちゃダサいフォントで、急に脳内を支配したその考え―――それは極めて危険だが……宗太は、残念ながらごく一般的なクソチョロオタクなので、小鳥のような美少女に対オタク用特攻台詞『あなただけが特別』を使われてしまえば即堕ちは必至であり、つまるところ……仕方がない。