145-ジャンク通りサクリファイス その1
日間44位に乗ったみたいです。
ありがとうございます。
ジャンク通り。
そこは基本的に高価であるVR関連機器などを、なんとか安く手に入れられないか、と金銭的に余裕のない者達が頭を悩ませながら彷徨う場所であり―――。
「絶対、道に迷ってるよね……」
―――間違っても、自分の視線の先で悠々と歩いている『彼女』が訪れるような場所ではない……と、そう桐張宗太は感じて、思わず呟く。
宗太が〝彼女〟を見付けたのは十分程前……ようやっと学業から解放された自由な放課後にも関わらず、特に予定もないし、このジャンク通りの店をフラフラと見て回ろうか、と足を運んだ時だった。
最初、この『ジャンク通り』―――自分を含む学生や、リアルを捨て過ぎてまともな買い物も出来なくなったダメな大人達しか近寄らない通りを、〝彼女〟がまるで自分の庭でも歩くようにウロウロと徘徊している姿を見て、意外な側面があるんだな、程度の感想を宗太は抱いた。
しかし、宗太は直後に〝彼女〟は『どんな肉体にも100%適合』し、『移植後、如何様な病でも確実に良化』させる奇跡のような臓器を用いた『完全治療法』を発表し、不治と呼ばれた数々の病を人類が克服する可能性を生み出した遺伝医療学者『勇 鷲二』の親戚であり、尚且つ、その兄であり、国内最大手の義体製造会社『勇義工』を牽引する若き社長でもある『勇 隼一』の娘であることを思い出し、自らの考えが間違っていることに気付く。
そう、〝彼女〟は所謂『お嬢様』なのだ。
「……完全にストーカーだな、俺」
そして、このジャンク通りはそんな『お嬢様』がうろつくような場所では間違ってもあらず―――宗太は思わずその背をこっそりと追い続け、自分でも口にしたようにストーカーと化してしまっていた。
もう、とっとと『道に迷ったの?』とでも声を掛ければいいのは分かってはいるが……なにぶん、宗太は残念ながら充実したリアルを送っているとは言い難い人種だ(そもそもリアルが充実している人間はこんな場所を訪れない)。
それに、もしも目の前をうろついているのが近頃めっきり言葉を交わさなくなった幼馴染だったとしても、あともう十数分は声を掛けるのに時間を有するであろうに……今、自分の目の前でうろついているのは高嶺の花も高嶺の花な少女……『勇 小鳥』なのだ。
声を掛けろ、という方が無理がある。
というか、これに関しては宗太以外であっても大半が声を掛けるのは躊躇うであろう。
いいや、むしろ、宗太はまだ声を掛けやすい方かもしれない―――なんせ、実を言えば宗太は小鳥と互いに読んだ本を交換し合う程度の仲だったりはするのだから。
…………。
……。
まあ宗太としては、小鳥がなぜ数々存在する図書室に籠って持参した本(間違っても小鳥が読んでいるような本ではなく、ライトな感じの下半分がメモ紙に使えそうなノベル)を黙々と読み続けるオタク達の中から自分を選んだのかも分かってないので、関係無い話なのだが。
…………。
……。
いや、本当はどうして彼女が自分を選んだのかは分かっているからこそ、関係無いのだ。
だって、恐らく彼女が自分を選んだ理由は、たまたまクラスが同じで、たまたま席が隣だということもあって顔を覚えてくれていたからだ。
たぶん、それだけ。
「ねえさあ、キミ!」
だが待ってほしい、だとしても小鳥さんは俺の持ち寄る数々のしょうもないラノベを笑顔で受け取ってくれるし、持ち主である自分よりもちゃんと読み込んで感想を教えてくれるし、あながちワンチャンあるのではないか? だって、彼女が持ってくる本……主に、人間のエゴについて強く描写されたドロッドロの恋愛本(大半が猟奇的な結末を迎える)を見るに、趣味が合うとは思えないし―――等と、宗太がグチャグチャ考えている間に、事件が起こる。
「……えぇと。わたくし?」
「うわ! わたくし、だってよ! かわい~」
「へぇ、マジでいるんだぁ、ドラマみてー」
チャラ男が現れたのだ。
チャラ男が現れたのである。
恐らくジャンク通りの奥地に存在するアレな店でアレしてる類のチャラ男(恐らくチンピラとのハーフであるチャラピン種)が現れ、小鳥に声を掛けたのだ。
ナンパされている。
ナンパされているのである。
まさかのリアル『もしかしたら自分に気があるかもしれないんじゃないか? と思っていたクラスの気になる美少女が悪い男に……』シチュエーションが発生したのだ。
「嘘だろそんなことある?」
思わず誰ともなく独り言ち―――あるもなにも、もう、なっとるやろがい! と自分に鋭いツッコミを入れて、宗太は即座に頭を振った。
マズい! 未成年にも関わらず成人向けの注意書きを無視して読んだり見たりした類の作品で一億回程見て、その度に心臓を苦しめられた特定のジャンルでよく見るシチュエーションだ!
……とはいえ、あれはそういう世界での出来事であって、これは現実世界なのだから、そうそう簡単にそういうアレに向かいはしないだろうが……いやだが事実は小説よりも奇なり! 実際、小鳥から貸し出される本の三割程にはこういう展開があった(そして大半が猟奇的な結末を迎えた)!
頭を振ったが、混乱し続けるままの宗太は頭の中でいくつもの恐ろしい妄想を膨らませ……気付く。
もしや、助けに入るべきなのか!?
……『道に迷ってる?』すら聞けなかった自分が!?
「この辺り詳しくないんでしょ? オレら、ジモティーだから案内してあげるよ!」
「いろンな店ゴチャゴチャになってっから、片っ端から探してたら日が暮れちゃうだろうし」
「はあ」
結局、悩むだけ悩んで物陰に身を潜めて事の成り行きを見守り続ける宗太の目の前でチャラ男達が(宗太が十数分悩んでも踏み切れなかった)道案内を小鳥へと申し出る。
……正直天然っぽいところもある彼女のことだから『まあ! 親切な方達ですわね!』とか言いながらホイホイ付いていくかと宗太は心配したが、どうにも流石に自分がどういった目を向けられ、どういう理由で声を掛けられたか程度は分かっているらしく、あまり良い反応を小鳥は男達に返さない。
「いや、はあ、じゃなくてさ―――」
しかし、そんな反応を返されれば男達が気分を損ねるのは当然で……男達の片方が、その軽薄そうな笑みは崩さずに、やや語調を強め……。
「…………」
「…………」
……そして、沈黙した。
「……どうしたんだ?」
思わず宗太は、急に静かになった三人を見て呟くが……残念ながら、小鳥の背後にポジショニングし続けていた宗太からは小鳥の表情は見えないし、男達は……徐々に軽薄そうな笑みを引っ込めるばかりで、なにも言わなくなってしまった。
「もう、よろしいでしょうか?」
「え、あ、うん。ゴメン、アハハ……」
「そういう気分じゃないってことね、ごめんね、ごめん……」
そして、ついに男達は退散してしまう。
……いったい何事? と、宗太は思い、男達の表情を窺うが……二人の表情は、やや硬いものの別段なにかを感じている風ではなく、小鳥が彼らになにか凄まじく恐ろしいものを見せた、というわけでもなさそうだ。
ならば、なぜ―――。
「あ」
「あら」
―――尽きない疑問を視線に乗せて、そのまま宗太が視線を小鳥の背へと戻そうとすると……そこには既に小鳥の背はなく。
代わりにあったのは、こちらを見て意外そうな表情を浮かべる……自分と同じ学校に通う女生徒、と呼ぶには些か発育のいい体付きの、目が覚めるような美少女の顔だった。
「桐張くん」
「あ、えっと、その……あー……ど、どうも……勇さん……」
まずい、見つかった……だなんて考えるよりも早く、なにか喋らなくては、という考えが脳を一瞬で支配し、思わず当たり障りのない挨拶を宗太は返してしまう。
なにがどうもだ! 物陰に隠れながら背中を追い回していたのにそれは無理があるだろ! と、直後に後悔するが……だからといって、口にした言葉が消え去るわけではない。
「…………」
「……あー……」
ここでむしろ、小鳥が嫌な顔でもして不機嫌そうに「なにか?」とでも言ってくれれば、即座に平身低頭して立ち去れるので良かったのだが……なにを考えているのか、宗太の目の前の美少女は鏡を初めて見た猫のように不思議そうな顔をして微動だにしない。
「……その、違うんならいいんだけど……道に迷ったり……してる?」
いったい彼女がなにを考えているのか、自分にどんな期待をしているのか……そんなことはまるで全然宗太には分からなかったが、とにかくなにか言わなければ状況は動かない。
そう判断し、思わず口から出た言葉は……これまた、後悔するばかりの言葉だ。
なんせ、先程の二人組の男と大体言っていることが同じだったのだから。
「へえ」
「いや、ごめん、違くて」
「流行ってますの? その誘い文句」
「いやほんと違うんですってぇ……」
思わず顔を両手で覆って空を仰いだ宗太を見て、小鳥がくすくすと小さな笑いを漏らす。
当然、自分の手で顔を覆っている宗太からは小鳥の姿は見えないが、その笑い声だけは確かに耳に届いて……妙な恥ずかしさを感じて、より一層顔を覆う手に力を込めた。
……だが、でも、良かった、と心の奥底で安堵する……とりあえず、話しやすそうな雰囲気になってくれたから。
「……で、どうしてこんなところに勇さんが? あーいや、答えたくなかったら別にいいんだけど、ほら、この辺りはさっきの奴らみたいなのもいないわけじゃないしさ……」
「やつ……? ああ、あの、誰に声を掛けたか気付いて怖気づいたお二人のことでして?」
「あー、まあ……」
なので、とりあえず最たる疑問であった、小鳥がここにいる理由を宗太は尋ねてみたが……そこで、もう一つの疑問……先程の男達が足早に去った理由をようやく察した。
ああいう類の男達がなぜ小鳥ほどの美少女を前にして臆して去ったのか―――考えてみれば単純で、小鳥の父親が長となる義体製造会社『勇義工』を最もよく活用するのは彼ら……正確には、彼らのような人間を従える、傷の絶えない人間達なのだ。
であれば、恵まれた容姿から父親の会社の広告に載ることもある小鳥の顔を知っているのは、なんらおかしなことではなく、それに手を出した際、自分達がどのような目に遭うのか……十分に理解している者しか、もうこの世に残っていないのだ。
「そっか、そうだよな……」
「うふふ。でも、心配してくれたことは素直に嬉しいですわね。……助けに入ってくれたりしたら、もっと嬉しかったですけれども」
「う……、そ、それは、その、ごめん……」
身の丈に合わない心配をしてしまったことを今更気付いたところに、意地の悪そうな笑みを浮かべた小鳥に追い打ちを掛けられ……宗太は頬を掻きながら謝るしかなかった。
決して謝ってほしくて言っているわけではないのは分かってはいるが、だからといってどう反応すればいいのかも分からなかったし。
「……もう、言ってみたかっただけですわ。そんなに困った顔しないでくださる?」
「け、結構難しい注文じゃない、それ……?」
「ん……確かに。まあ、いいですわ。それより、わたくしがここに来た理由、でしたわよね」
いったい、どういう顔をすれば正解だったのか、と、宗太が、彼の脳では十年近く考えても答えが出なさそうな問いを抱えそうになったところで、先程までの少しばかり意地が悪そうな笑みを引っ込め、真剣な面持ちになった小鳥が語り出す。
なぜ、彼女はこのジャンク通りを訪れたのか―――。
「やっぱりカレシかな……カレシだよね……」
「昔なら素直に賛同したけどなあ……今はもう生け贄かなにかとしか……」
―――つまるところ、家庭用VRゲーム機である『セブンス』より、プレイログとして残っている自分の視界を動画ファイルとして取り出して、お茶の間で再生したかったのだと、そう小鳥は語った。
語ったのだ。
語ったまではよかった。
だが、なぜ。
「イケニエ……? 別にお姉ちゃんは、男の人のことイケニエになんかしないよ? ういってばなに言ってるの?」
「いや絶対結果的に生け贄になるって、そこに関してはツッキーより初香のが詳しいじゃん」
(なんで家に招かれてんだ、俺ーッ!?)
なぜ、自分はこうして勇家に上がり込み、恐らく小鳥の妹であろう少女と、その友達であろう少女に、薄く開かれたドアの隙間から興味深そうな視線を向けられながら彼氏だ生け贄だと好き放題に言われているのだろうか、と宗太は考えた。
…………。
……。
いや、生け贄? そんな単語、普通友達のお姉ちゃんが連れて来た男に対して使う? ……えっ? もしかして俺はヤバい女に捕まったのか?