142-秒殺!! ……いや、え?
「ギュオオオオオッ! ギャンガァアアアアア!」
まずは、恐らくは立ってる場所と、身体の節々に居心地悪そうに纏わりついている【戦争の騎士】の鎧的にカナリアなのだろう怪物。
その脚は大木のように太く、だが比率を考えれば異常に短い二本足で、同じく手も間違いなく生活に支障をきたす程に短い。
更には、その頭部も体長を考えれば小さすぎる程であり、口もまた到底その長大な体を維持する量の食事が出来るようには見えないのだから、恐らくはそういった〝生命体〟とはなにかが違う存在なのだろうと察せられる。
だが、だからといって無機質なのかと言われれば、酷く薄いらしい黒い肌には血潮が薄っすらと浮き出ているし、体長に並ぶほど長い尻尾が艶めかしく揺らいでおり、そうではないと思わせる。
言うならば、誰かの恐怖を、あるいは死というイメージをそのまま生き物にしたような、不気味な怪物。
……え?
「ギッギッギッギッ! キュオッキュオッキュオッキュオッ!」
そして、もう片方がカナリアなのだとしたら、こちらは恐らくクリムメイスなのであろう怪物。
その四つ脚は極めて鋭く、隣に立つカナリアであろう怪物と比べると、幾分もシャープな印象を思わせる。
しかし、その分栄養が上半身に回ったのか、両腕はカナリアであろう怪物の胴体すら挟めるほど巨大な鋏角を持ち合わせている。
鋏角を見るにどうにも蟹のような甲殻類をモチーフとした怪物らしいが、カナリアであろう怪物から更に輪に駆けて生物らしさが損なわれていて、口が最早存在すらしない。
それどころか、その両肩になにかを発射しそうな大砲めいた器官が取り付けられていて、もしかすればこの怪物は何らかの攻撃的な目的のために作られた、生物兵器なのではないかと見るものに思わせる。
言うならば、何者かの強烈な怨嗟をひとつの肉の塊にしたような、恐ろしい怪物。
……え?
「じょ、冗談じゃ……」
「いやどういう水着だよ」
妙に冷静に目の前の怪物を観察し終わったシェミーとフレイが思い思いの感想を口にする。
……そう、例えハイドラが病み、自分達の命を奪うかもしれない可能性が生まれたとしても、だとしても……それでもクリムメイスが着たいと思わず、また、カナリアとウィンに関してもそうであったレアドロップの水着の正体とは……。
特定の水辺でのみ、装着者の肉体を対応する怪獣に似た怪獣へと変貌させ、まあ、確かに無類の強さをプレイヤーに与えはするであろう謎の装備だった。
……いや、え?
「ギャンガァアアアアア!」
「あっ、ごあああああっ!!」
困惑する【疫病の騎士】へと向かって、ぐるりと回転したカナリアの太い尻尾が振り下ろされた。
通常であれば【疫病の騎士】は物理的な攻撃を大きく軽減して受けることが可能なのだが、(かなり居心地悪そうにしているが)一応カナリアは今【戦争の騎士】の力を用いているので、その尻尾攻撃には尋常ならざる質量に比例する膨大な物理属性攻撃力と、それと全く同じ炎属性攻撃力を持っており、【疫病の騎士】は絶叫も止むを得ない程のダメージを受けてしまう。
「や、ヤバい……と、とりあえず……飛んで……!」
そこでようやっと現実に脳が追い付いた(追い付いたとは言うが理解はできない)フレイが、その背にあるオブスキアの翼を大きく広げ、頭から攻撃され続ける状況を回避するべく空に飛び立とうとする。
いくらカナリア達が訳の分からない隠し玉を持ちだしてきたからとはいえ、所詮あちらが用いているのは第二回イベント……水着を作ろう! 等というファミリー層向けの謎イベントの最中で拾ったレアなだけの水着だ。
派手でこそあるが、その能力は所詮図体が大きくなる程度に違いないし、それで機動力が落ちたというのならばむしろ好都合。
なんとかして上から一方を取られている状況を変え、フレキシブルに立ち回ってダメージ・パー・セカンドを稼ぎ、ダメージ・レースで競り勝てばいいだけ―――。
「キュッキュッキュッ! キュオッキュオッキュオッ!」
「ダメだあああああ!」
―――そう、頭の中でいくつも目の前の怪物……否、怪獣達が大したものではないと考えられる理由をずらずらと並べたフレイだったが、そこに向けてクリムメイスの両肩にある砲口からどす黒い泡のようなものが放たれ、それをモロに浴びた【疫病の騎士】の翼はドロドロと溶け落ち、空に逃げることを許されない。
これにはもうフレイも流石に心が折れて絶叫……なんとも皮肉なことに、泣いて喚くのは自分達となった。
ちなみに当然だが【疫病の騎士】と五感を共有しているリスナーたちも大半は絶叫していた(……ごく一部の狂人はクリムメイスの吐瀉物を浴びることに喜びを見出したりもした、恐るべき日本男児達)。
「ギャンガァアアアアア!」
「ンだよこのクソゲーはぁあああああ!!」
そして最後にカナリアの口より魔力熱線らしきものがぶっ放されて【疫病の騎士】に直撃し、目がくらむほどの閃光と爆発を巻き起こす。
その一撃は余裕で【疫病の騎士】の肉体を九割方消滅させ―――シェミーの至極ご尤もな罵倒だけを残し、ほぼ死に至らせる。
「ったく、冗談じゃねえ……冗談じゃねえよ……」
「本当にね……訳分かんないよ……」
思わず目を伏せてしまう程の閃光が収まると同時、爆発四散した【疫病の騎士】の残りの一割……シェミーとフレイの上半身が、どさり、と硝子となった砂浜に落下した。
まだ僅かにHPは残っている……とはいえ、その残り少ないHPも横たわる場所が超高熱で熱せられた硝子の上ということもあってじりじりと削られているので、やがては死に至るだろう。
「……このゲームの運営が許すのであれば、どのようなプレイも自由ですし。配信等の行為も、同じだとは思いますわ」
「……あぁ?」
というか、そもそもとして完全に心が圧し折れたシェミーとフレイの元に、水着を脱いで人間へと戻った(ただし【戦争の騎士】の力は行使したままの)カナリアが歩み寄り、静かに目を伏せてなにかを語り出す。
仇敵である自分達を派手に爆発四散させたのだから、カナリアが年頃らしく手を叩いて喜びでもすると思っていたシェミーは、驚きと―――もしかしてまだなにか俺達にする気か、こいつ? ……という、恐怖を覚えて思わず戸惑いの声を上げてしまう。
「だけども、わたくし。あなた達がクリムメイスにしたことが……、しかも、それを大衆の目前に晒し上げたことが……、どうしても許せませんの」
しかし、カナリアの口から続いたのは年頃の少女らしい、彼らが仲間であるクリムメイスにかつてした仕打ちに対する怒りの言葉だった。
どうやら、【疫病の騎士】である彼らを調べる際に、件の配信のアーカイブを―――クリムメイスがバ美肉おじさんのハニートラップに引っ掛かり下着姿にさせられた挙句、谷底に突き落とされた配信のアーカイブを―――見たようだった。
「カナリア……」
確かに、そんな仕打ちを友人にした相手には憤るのも仕方はなく、クリムメイスは一度裏切った自分の為でも義憤と呼ぶに相応しい感情を抱いたカナリアに対し、思う―――。
……囲いを皆殺しにしてネットからもあたしの居場所を奪おうとしたカナリアがそれ言うんだ……。
―――まあ、思うだけだし、その件に関しては確かに自分がカナリアを追い詰めたのが原因でもあるし、それとは別としても、普段全く怒りの感情を見せないカナリアが自分の為に怒ってくれるのは嬉しいので黙っておくのだが。
「……とはいえ、油断して不意を突かれたクリムメイスにも責任はありますし、奪った装備を返せとまでは言いませんけれども……せめて、謝ってくださらないかしら」
そんなクリムメイスの複雑な感情には一切気付かないカナリアが、腕を組んで眉を顰め―――分かりやすく、怒っていることをアピールしながらシェミーとフレイに鋭い目を向ける。
「……ハッ、ハハッ、ハハハッ! なんだよ、案外可愛いところあるじゃねえか。……ああ、そうだな。悪かったよ、嬢ちゃん」
「勝負事に卑怯もラッキョウもないとは思うけれど、まあ、確かに。褒められたことではなかったかもね。……悪い」
テロリストと称されることの多い少女の口から出た素朴すぎる望みに、最悪『あなた達の配信のリスナー全員追いかけ回して引退するまで付け狙い続けますわ! 覚悟することですわね!』ぐらいの言葉が飛び出ると思っていたシェミーとフレイは心の底から安堵しつつ、軽く……だが、ハッキリと、クリムメイスへと謝罪をする。
「そもそも気にしてない―――って言ったら嘘だけど……。謝って貰えるとは思ってなかったし、別にいいわ。許してあげる」
決して人に謝るようなタイプに見えなかったシェミーとフレイからの素直な謝罪に、やや面食らいつつも……あの一件を滅茶苦茶引き摺って気にしてシェミーとフレイが配信したり、動画を投稿する度に毎回低評価ボタンを押していたクリムメイスは、そんなことを一切おくびにも出さないで、ふたりに笑顔を向けた。
「ヘッ、ありがとな。……あとよ、これ、受け取ってくれねえか」
「え?」
まあ、低評価は押し続けるけど……と笑顔の裏で考える、残念ながら器量がその胸と同じ程度には極小の女ことクリムメイスの足元へと、上半身だけになったシェミーがなにかを放る。
一瞬、罠かなにかと身構えたカナリアとクリムメイスだったが―――それはどうやら、なんらかの装備品一式のようであった。
「……って、これ、あたしの……!」
「あんまりひでぇデザインだから、ウチの生産職に改造させて元々とは違うデザインにしちまってるけどな―――ああ、勘違いすんじゃねえぞ。カナリアが傘下に加わる気になった時に、お前に反発されたら面倒だから持ってきただけだ」
足元に散らばるその装備は、クリムメイスが酷く見覚えあるものであり……事実、それはシェミーとフレイが第一回イベントの最中、クリムメイスから奪い取った装備一式(の改造品)だった。
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色無しの防具・改(頭・胴体・腕・腰・足)
基本防御力:40+X
耐久度:150
:DEXに-20の補正。
:行動時、中程度の怯みまでを無効にする。
:色無しの防具・改を全て装備してなければ、この防具は特殊な能力は持たない。
:Xはレベルの2倍(小数点以下切り捨て)に等しい。
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全体的にごつごつとしていた無骨なデザインが防御力を失わない範囲で曲線の多い女性的なものへと変わっていたり、二本の鋭い角が飛び出ていた鬼を彷彿とさせる威圧的なフルフェイスの兜が、基本的な造形はそのままに面へと変更され、ずらして付ければ大きめのアクセサリー程度で済むようになっていたり、生産職が手を付けたということで耐久度は大幅に減っていたりしたが……それは間違いなく、クリムメイスがかつて装備していた重装の鎧だった。
一瞬、可愛さの為に耐久度が350近く減ったのはかなり改悪ではないか? とクリムメイスは思ったが……そもそもとしてレアモンスターからのレアドロップだったらしいこの装備(イベント後散々粘ったが結局二つ目は手に入らなかった)が手元に戻ってきただけ奇跡のようなものなので、考えないことにした。
「良けりゃ今ここで装備してみてくれよ。……約束通り、俺らがお前達に近付くのはこれで最後だからよ、アーカイブに残してえんだわ」
「……リスナー達も見たがってるだろうしね」
超高熱の硝子に焼かれ、命の刻限が迫っているシェミーとフレイが縋るような目をクリムメイスへと向け―――クリムメイスは、しょうがないな、と小さく呟いて装備を彷徨の防具から色無しの防具へと変更して見せ……そこで、クリムメイスは初めて気が付いた。
この色無しの防具・改も、また、頭部装備を身に着けると後ろに流れるようなパーツが現れてツインテールっぽく見えるのだということに。
「……あんたらねぇ、わざとやってるでしょ?」
「ハハハッ、悪ィかよ!」
「仕方ないだろ。正直、ツインテールじゃないと違和感凄いんだよ、君」
自分の頭部から垂れる二房のパーツ……金色のそれを指で摘まみながら、困ったような笑みをクリムメイスがシェミーとフレイに向け、ふたりはそのリアクションに対し満足げな笑みを浮かべる。
まあ、確かにクリムメイスとしても、この『ツインテールっぽく見える謎部位』に関しては、自分のチャームポイントに加えてもいいと思っているし、これがあるとそれをネタにハイドラがキレ散らかしてくれるので有難くはあったのだが。
「……可愛いぜ、お前。世界一可愛い俺様が認めてやる」
「そうだよ。君は十分可愛い。そっちの路線でまだまだやっていけるって」
「…………ばーか、あんたらに言われてもなんも嬉しくないし。ってかキモいし。とっとと死になさいよ、もう……」
その笑みを収め、真剣な面持ちで可愛いと―――近頃急激に身長が伸び始め(しかし胸は一向に成長しなかった)、以前のようなメスガキ的路線はキツくなってきた、と最近思い始めた自分を可愛いと―――そう称したシェミーとフレイに対し、クリムメイスは思わず赤面しながら弱々しい声で罵倒を返した。
なんとも典型的かつあざといツンデレムーブ……完璧に仕上げられたそのkawaiiムーブに、シェミーとフレイは己の未熟さを知り、天を仰ぐ。
「だな。そろそろ死ぬとするか、フレイ」
「ああ。今日の配信はここまでだ。よろしければチャンネル登録と高評価をお願いします」
配信者特有の別れの挨拶を残し、HPを全損したシェミーとフレイが淡い粒子となって消えていく。
【戦争の騎士】と【疫病の騎士】……その戦いは、突如前触れ無く出現した謎の怪獣によって【疫病の騎士】が蹂躙され幕を閉じるのだった―――。