141-ゴーストシルエット その3
「な、なんて悍ましい姿なんだ……!」
「そういうテメェらは相変わらず可愛い恰好じゃねえか。ったく、羨ましいぜ!」
「奪って僕らの物にしたら、僕らはあれを使おうよ。あっちのが画面映えが良い」
強靭な肉体を持ちながらも、頂点にある顔は美少女のものが二つという―――ホラー映画でも早々見れない悍ましすぎる【疫病の騎士】の姿にクリムメイスが心底怯えたような声を上げ、確かに自分達の姿に思う所が無いわけではないらしいシェミーとフレイはニヤニヤとした笑みを浮かべて舌なめずりした。
ちなみに、言うまでもなく【疫病の騎士】の姿を見た周囲の子供が泣き叫び始めたが……まあ、当たり前だろう、悍ましいに過ぎる……。
「でも、外見こそ恐ろしいですが、ひとつにまとまった分戦いやすそうではありますわね! ローラン!」
「確かに、それはそうかもねっ!」
しかし、もっとも悍ましい事実は―――。
「がっ、がんばれーっ! カナリアーっ! クリムメイスーっ!」
「負けるなテロリストーっ! モンスターを倒せーっ!」
「海の平和を守ってーっ!」
―――相対する敵が精神病んだ画家の生み出したモンスターのようなデザインとなったことで、彼らなんぞよりよっぽど恐ろしい経歴を持つはずのカナリアが正義の味方のようなポジションと化したことであろう……。
「ポォ……ポワァ……!」
「カッ……う、ウィン……やめ……!」
……と、炎の鎧を身に纏い【疫病の騎士】へ向けて突撃していく【戦争の騎士】(+怪獣一匹)達へと周囲のギャラリーが歓声を送る光景を見て、どちらかといえば【疫病の騎士】側の存在に分類されるウィンは思わずハイドラを拘束する触手に力を込めながら内心そう思う。
「はぁあっ!」
「ヌゥア!」
愚かな群衆の声を背に、【疫病の騎士】へと肉薄したカナリアが肉削ぎ鋸を振るう……それは【疫病の騎士】が構えた大盾によって受け流されるが、物理属性と同等の炎属性を有している【戦争の騎士】のダメージは簡単には軽減できない。
更に、そこに加えて遅れて到着したローランがその牙に濃縮された魔力を纏わせながら【疫病の騎士】へと噛み付き、追加でダメージを与える。
「むしろ弱くなってんじゃない……のっ!」
「グァアアアーッ!?」
そして、最後にやってきたクリムメイスが、ローランが腕の一本に噛み付いたことによって、体勢を崩した【疫病の騎士】へと導鐘の大槌を叩きつける。
すると、【疫病の騎士】は絶叫を残して真っ二つに割れて、絶命―――。
「……なんてね! ほら、食らいなッ!」
―――するわけがない。
股の先まで真っ二つに裂けた【疫病の騎士】が、そのままカナリアへと長槍で攻撃し、クリムメイスへと大斧を振るい、噛み付かれていた腕を切り離しローランを大盾で殴り伏せる。
「ちょっ、なによ……それっ!?」
「ハリウッドでよく見るやつですわね!? もう、日本ウケしませんわよ、そういうの!」
フレイが残る左半身の振るう大斧を怨喰の大盾で受け止めながらクリムメイスが目を剥き、シェミーが残る右半身の振るう長槍をなんとか避けながらカナリアが眉を顰める。
……そう、【疫病の騎士】とは無数の集合であり、確固たる実体を持たない【騎士】……ありとあらゆる物理攻撃を無効化する他、常識の枠に一切囚われない異次元の戦闘スタイルを取ることが可能なのだ。
「こういうのも出来るぜェ……? オラァッ! 『棘舞』!」
「にょわあっ!」
「きゃあっ!」
影法師を持つ非実体とでも表現するべき【疫病の騎士】の恐るべき特性にカナリア達が舌を巻く中、シェミーがAPを用いてスキルを発動する。
それは全身から棘を伸ばして周囲を無差別に攻撃し続ける……というもので、不意に使われれば至近距離にいたカナリア達に避ける術はなく、ふたりのHPは徐々に削られていく。
その速度は決して早くはないのだが、攻撃範囲の中に止まればそれだけ不利が付くのは確かであり、カナリアとクリムメイスは転がるようにして【疫病の騎士】から距離を取る。
「こっちは『捕蝕』を使うッ!」
なんとかカナリアとクリムメイスが攻撃範囲から逃れたと同時、ふたりが作ったその隙を逃さずに今度はフレイがAPを用いてスキルを発動。
すると、【疫病の騎士】はカナリア達の攻撃によってバラバラとなっていた身体をひとつに戻すと、その頭頂部をばっくりと裂かせて大きな顎へと変形させると、未だ攻撃範囲内で棘に全身をめった刺しにされ苦痛に喘いでいたローランに噛み付き―――。
「そんな、ローランっ!」
「ウソでしょ……怪獣を……食ってる……!」
―――そのままじたばたと暴れるローランを持ち上げると、一気に丸呑みしてしまう。
カナリアは自らのペットが食い殺された現実に恐怖し(散々自分が似たようなことをやってきたのは棚に上げておいて)、クリムメイスは疑いようもない、防御不能の即死攻撃を【疫病の騎士】が有することに驚愕した。
「ごちそうさまでした。……ハハハ、いい表情になってきたね。きっと今頃リスナーも大盛り上がりだ!」
先程までは(多少のブラフがあったとはいえ)余裕を見せていたカナリアとクリムメイスの年相応な反応に、フレイはべろりと舌なめずりをひとつして下賤な笑みを浮かべる。
……ちなみに、シェミーの感じる五感がそのまま流されている当の配信は『イキったら負けるんだからイキるな』『でも生きろ、死ぬな、っていうか殺されるな』『俺らも怖い思いしてんの分かってんのか』といった具合に大盛り上がりだった。
「違ぇねえ! けどよぉ、まだ泣くのも喚くのも早すぎるぜ! 本当の地獄はここからだ!」
推しの配信を見に来たらテロリストとの戦闘に巻き込まれた哀れなリスナー達のことなど考えもしてないであろうシェミーが、己の勝利を確信したような狂気的な笑みを浮かべると同時。
ローランを食した【疫病の騎士】の表面がボコボコと泡立ち、ブルブルと震えながら変形しはじめ……やがて、その胸当たりからローランの顔によく似た部位を飛び出させる。
「な、まずッ……!」
「ひ、『飛翔』!」
【疫病の騎士】の一部がローランと同じ形状に変形すること―――その意味を即座に察し、カナリアは『飛翔』を用いて上空へと退避、クリムメイスは大きく横に跳ぶ。
「ハッハハハッ! 『魔力熱線』だ!」
それと同じか、やや遅れたか、フレイがカナリア達の察した通り、ローランの十八番であった『魔力熱線』を使用し、その胸に現れた顎から青白い熱線を吐けば―――その死の光は先程までふたりが立っていた場所から遥か地平線の先までを焼き払い、砂を溶かして硝子へと変え、海を真っ二つに割る。
「フゥーッ! いいじゃねえか! 最高だぜ!」
「消費MPは流石に多いけど……こりゃあいいや……!」
夏の海に広がる、あまりにも暴力的な光景……それを自らの力で作り上げたのだという事実がシェミーとフレイの感情を昂ぶらせ、ふたりは揃って熱の籠った荒い息を吐いた。
いよいよもって手が付けられなくなってきた【疫病の騎士】を前に、カナリアとクリムメイスは思わず目を見合わせる。
……体内に都市ひとつを動かす『フィオナ・セル』と同質の器官を備えているローランことイフザ・タイドを喰らったとはいえ、そこまでは再現できなかった【疫病の騎士】では、流石にローランのように連発は出来ないようだが……とはいえ、その攻撃力と弾速はやはり脅威なのは言うまでもなく。
で、あるならば……。
瞬間、彼女達の間で交わされるアイコンタクト―――。
……〝アレ〟、を……使うか?
―――言葉を交わしたわけではないが、恐らく互いに同じ問い掛けを相手にしたのだろう……カナリアとクリムメイスは同時に深く頷く。
「まったく、【疫病の騎士】。あなた、賢くない判断をしましてよ」
「……はぁ?」
クリムメイスも自分と同じことを考えているのだろうと察したカナリアが額に手をあて、やれやれと頭を振る。
当然ながらシェミーは小首を傾げ―――いまだ笑みを浮かべたままではあるが、その瞳の奥には若干の焦りが浮かび上がった。
……カナリア達はもう【戦争の騎士】の力を行使している……そして現状、このゲームにそれを超える持ち札に成り得る要素は存在していないはずだが……。
なんなんだ、その余裕そうな素振りは……。
「もしかして、だけどさ。……あんた達、第二回イベントがただの収集イベントだった、とか思ってる人種?」
「全然意味が分からないな、第二回イベントは普通にただの収集イベントだろ」
カナリアに引き続き、呆れたような表情で肩を竦めたクリムメイスに対し、突如としてふたりが余裕を取り戻したことと、彼女が口にした『第二回イベント』に一切の繋がりを見出せなかったフレイが、眉をひそめ、怒気を孕んだ声を向ける。
一方でシェミーはなにか良くないものを感じながら、第二回イベント―――『立夏! 海に備えろ水着狩り』がどういった趣旨のイベントだったかを思い出していた。
まず、水辺に出現するモンスターを撃破するとイベントポイントが獲得でき、それと多種多様なアイテムを交換することができた……中でも目玉は『火薬の設備』と『刀剣の導書』。
そして、同じく水辺に出現するモンスターを撃破すると『サマー・クォーツ』という素材がドロップし、それと『防具組み立て』を用いると、ある程度自由なデザインの水着を作ることが出来た……カナリア達が着用している(やや過激なデザインの)水着はその類だろう。
また、ドロップ品の中には『水着』そのものもあり、それらはこの『シェルズ・ビーチ』のような水辺のエリアだとプレイヤーに多少のバフを与える……シェミー達が着用しているのがその水着であり、シェミーの水着はHPを低速で極小ずつ自動回復させ、フレイの水着は攻撃力を微量だけ上昇させる。
その他、一部のダンジョンがハイラントから直行できるようになっていたり、そこのダンジョンのボスは漏れなくイベント中限定の敵である『怪獣』となっていたりして……カナリアが使役し、今はシェミー達の腹の中にいるローランはそこの生まれだ。
あとは……。
「まさか―――ッ!?」
「使わなくて済むなら、それが一番でしたのに……全部、全部、全部! あなたのせいでしてよ! 後でたっぷり悔いることね!」
「その通りよ! ここまであたし達を追い詰めたあんた達が悪いんだからね!」
最悪の可能性に辿り着いたシェミーの前で、ふたりがインベントリからひとつの紙袋を出す。
それこそは『水着セット:イフザ・リッヒ』と『水着セット:オングイシエ』であり……第二回イベントの説明にて軽く触れられていたものの、誰も話題にしないため忘れ去られてしまった存在……ごく一部のイベント限定モンスターからドロップしたという、特定のエリアで強力な効果を発揮するらしいレアドロップの『水着』だ。
「……レアドロップの水着か! ……ハッ! けれど、所詮水着だろ?」
ようやっとシェミーと同じ答えに至ったフレイが鼻で笑い飛ばす……普通に考えれば水着を着た程度で【黙示録の騎士】同士の戦いに作用する程の力が手に入るとは思えないのだから、正常な反応だろう。
だが、シェミーは明らかに不自然な点に気付いてしまった。
……そもそも、なぜ、カナリア達はそのレアドロップの水着を最初から装備せずに、プレイヤーメイドらしき水着に身を包んでいたのか?
まあ、普通に『クラシック・ブレイブス』が仲良し連盟であり、ドロップ品より身内のプレイヤーメイド品を優先した、という可能性は有り得る……というか、普通に考えればそうだろうが……この『クラシック・ブレイブス』という少女達に限ると、大概〝普通に考えれば〟は、まず有り得ない。
ならば……もしや、その水着は『気安く着れない』ようなものなのだろうか―――?
「それで【疫病の騎士】をどうこう出来る―――」
徐々に自分の中の不安が育つのを感じるシェミーとは違い(または、同じでも認めたくないのか)、未だに余裕の表情で嘲笑を続けるフレイの前で、カナリアとクリムメイスが紙袋を勢いよく二つに裂き……瞬間、その中から黒くネバついたなにかが飛び出してカナリア達の身体に纏わりつく。
「とは……思え……」
……え?
フレイの顔が凍り付く、無論、シェミーも凍り付く。
なんか、紙袋から黒いの出てますけど……。
…………え??
「ない……と、思うんだけど……。あ……?」
困惑するふたりの前でカナリア達の身体に纏わりついた黒いなにかはブクブクと膨張し、やがて元々の彼女達の三倍程のサイズになったところで―――子供の悲鳴のような、聞くに堪えない音を響かせながら破裂した。
そして中から飛び出してきたのは……。