139-ゴーストシルエット その1
「まずは『デスラプトエッジ』ッ!」
戦いの始まりを告げる一撃を放ったのは、煌びやかな金色の髪を側頭部で纏めた少女―――フレイだった。
その得物である大斧―――第一回イベントで装備していた金属製のものではなく、なんらかのモンスターの骨や爪等が頻繁に使われた、明らかにドロップ品であろう大斧―――から紫の光刃を放つ。
それは決して遅いとは言えないが、だとしても視認している状態ならば避けるのはそう難しくはなく、クリムメイスとカナリアは軽く横に跳ぶことで回避する。
「……ふむ」
……そう、クリムメイスはともかくカナリアも回避した―――否、させられた。
確かに、カナリアには『ネゲイト』というMPを支払うことで対象のスキルを打ち消すスキルがあるし、『夕闇の障壁』という支払ったMP―――正確にはHP―――以下のダメージを無効化するバリアを展開するスキルもあるので、そのどちらかを使えば、この攻撃を避ける必要などない。
だが、前者はデスラプトエッジが数少ないMPを消費する『戦技系スキル』であることによって、HPを支払わなければ打ち消せず、後者も相手の持ち札が分からない以上、易々と切れる札ではない。
第三回イベント前であれば10000程度雑に支払って『夕闇の障壁』を張っても良かったのだが、第三回イベントで観客向けに用意された『バトルログ』によって『夕闇の障壁』が単純に膨大なMPを用いて張られる『障壁』であることが露呈し、毒等の状態異常を防げないことや、環境ダメージを防げないことが知られてしまっている今はそうもいかない。
そこを踏まえると、このフレイの『デスラプトエッジ』という攻撃はしっかりと考えられた一手であり、カナリアは僅かにだか眉を顰めさせた。
「お次は『フィアースチャージ』だッ!」
そのカナリアを狙ってフレイが再び動き、『牙獣の導書』に記されたスキルのひとつ―――己の中の獣性を解放し、与ダメージを増加させながら突進するスキル―――を使用し、赤黒いオーラを纏いながら突進する。
「……ローラン!」
「させっかよ! オブスキア!」
「……っ、まあ……」
対し、カナリアは『相棒』であるローランを呼び出して迫るフレイの迎撃に出るが、被せるようにシェミーが自身の『相棒』―――全身が羽毛に包まれた、黒く艶めかしい、赤い燐光を纏う飛竜―――を呼び出し、ローランへと嗾ける。
すれば、戦場の遥か上空に現れた歪みより飛び出したその巨影に不意を突かれたローランは、情けの無い悲鳴を上げながら引き倒されてしまい、フレイの迎撃に失敗し、結果、カナリアはフレイとの肉弾戦に持ち込まれてしまった。
「ハハハっ! どうだよ、俺の可愛い彼女は! イイ女だろォ!?」
「女の子かどうかは微妙なところだけどね……『フィアースブレイク』!」
その様を見たシェミーは挑発的な笑みを浮かべて見せ、無事に接近することに成功したフレイがカナリアへと向けて『フィアースチャージ』と同じく『牙獣の導書』に記されたスキルのひとつを放ち、下段に構えてた大斧を頭上から振り下ろす。
当然ながら大ぶりなその一撃をカナリアは危うげなく回避するが、事前に先のイベントにおけるアリシア・ブレイブハートとカナリアの戦いぶりを見ていたフレイとシェミーは眉を顰めすらしない……既に彼女がそこそこ動け、『夕闇の障壁』無しでもそこいらのプレイヤーより腕が立つことは知っているのだ。
だが、それでも自分達に分があると自信があったから、シェミーとフレイはカナリア達に戦いを挑んだ。
「……甘ェっ!」
「ちぃっ!」
ちらり、と、その自信の正体である存在……数多くのプレイヤーを大顎で喰い散らかしたカナリアの『相棒』である怪獣、ローランに対し、その体躯の巨大さに見合わぬ飛翔能力を用いて互角以上に立ち回っている自分の『相棒』ことオブスキアをシェミーは一瞥し。
そして、突如ぐるりと反転し大盾―――どこまでも続いていそうな林道の描かれた奇妙な木製の大盾―――を構え、静かに彼の首を背後から狙っていたクリムメイスの短刀による一撃を綺麗に弾いてみせた。
「そこまで露骨に姿が見えなきゃ、逆にバレバレだっつぅの! 『ハーツベイン』!」
当然ながら大盾によって短刀による攻撃を防がれたクリムメイスは姿勢を崩し、シェミーは生まれた隙を逃さずに、もう一つの得物である長槍に毒々しい紫の光を纏わせて鋭い一撃を放つ。
その一撃は、色に違わず『怯んだ相手に命中させた場合、確実に毒の状態異常を与える』特性を持つ『ハーツベイン』というスキルで、これによって称号『トラブルメイカー』の『状態異常に掛かっている相手へと状態異常を付与する確率をとても大きく上昇させる』効果の発動条件を満たし、次々と相手に状態異常を付与して状況を支配するのがシェミーの必勝パターンである。
まず間違いなく初見で見破ることは不可能なその戦術―――以前一度見せてやったはずのそれを忘れていたのか、露骨に背中を晒す自分を警戒もせずに攻撃してきたクリムメイスに少々落胆しつつも、シェミーはとりあえず一人片付けられたか、と内心思う。
「『重・撃』ッ!」
「んなッ―――くそっ!」
「……ククッ、露骨で、バレバレ! ってのはどっちかなっ!」
しかし、体勢を崩したはずのクリムメイスが不敵な笑みと共に、大きく体を更に反らしてシェミーの『ハーツベイン』を回避、そのまま手にする得物を短刀から導鐘の大槌へと変え、高STRを活かした尋常ならざる膂力によって大槌を下から振り上げる。
それをシェミーはなんとか大盾で防ぎ、直撃は免れる―――だが、その足が軽く地を離れる程度の衝撃に襲われ、また、完璧な防御姿勢を取れなかった為にHPも多少削られてしまった。
「『流撃』、防御されることでの怯みの発生を無効化するスキル。あたしはよく使うから覚えときなさい?」
「……ハッ、怯んだ〝フリ〟だったってのかよ。やってくれるじゃねえか」
そう、シェミーの背後へと『姿隠し』を用いて接近したクリムメイスが発動したスキルは『流撃』―――大盾の持つ軽量武器への優位性……適切な防御姿勢で防いだ場合、僅かな怯みを対象に発生させるという特性を無効化する強力なスキルであり、クリムメイスが短刀を用いる際に主力とするものだ。
その存在はシェミーも当然知ってはいたが、まさか、それを用いてブラフを仕掛けてくるとまでは考えていなかったし、更に言えばここでクリムメイスが『自分はそういうブラフをする』と口にしたのが彼からすれば厄介だった。
なにせ、これ以降クリムメイスが隙を見せた際はそれが〝フリ〟である可能性を考慮しなくてはならなくなったのだから。
「ったく、甘いのはシェミーのほうじゃないか、ねえ? あんたもそう思わないか?」
「ふふっ、別に? だって、クリムメイスが甘いのは本当ですもの」
一方、超至近距離で刃を交え続けるカナリアに対し、フレイは自分達とは逆に、ある程度の距離を取って戦っているクリムメイスとシェミーを横目で見ながら問いかけ、カナリアは可愛らしい微笑みを返してみせた。
……傍から見れば、【戦争】の力を持つテロリストを前にして、こんなやり取りをしているフレイには余裕があるように見えるが―――実際の所、内心彼は焦り始めていた。
なにせ、自分はいま全力で(それこそ配信中には見せたことが無いほど)潰しに掛かっているというのに、未だ眼前の少女は可愛らしく微笑んでいるし……それに、目まぐるしく目を動かし自分の一挙手一投足を観察しているのだ。
「それじゃあ、そんな甘い奴に噛み付かれた君はもっと、だねっ!」
そんな焦りを振り払うかのようにフレイが大斧を振るう……が、その凶刃をカナリアは見せつけるように、わざわざその刃に自分の肌を撫でさせるような最小の動きで回避し、返しとばかりに肉削ぎ鋸を振るう。
「……っ、なんで……」
カナリアの鋭い反撃は得物の大斧で防いで直撃こそ避けたものの、確かにHPを削られてしまったフレイは、思わず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまった。
……なんとか表には出さないでいた焦りを顔に出してしまったのには、ついに避けられるばかりか同時に反撃まで繰り出されたのが原因―――でもあるが、それよりも彼を苛んだのは自分にあるデータとしてのカナリアの動きと、眼前のカナリアの動きが一致しないことだ。
むしろ、これは彼女が先のイベントで刃を交えたあの少女のよう―――。
「先日、わたくしの姉妹が、こういうスタイルで戦っているところを見まして。それで真似てみてますの。……それなりに、形になっているでしょう? うふふっ」
―――フレイの小さな呟きを聞き逃さなかったカナリアが、微笑む口元はそのままに目を細めながら、その表情に似合わない獰猛な色合いを瞳に宿す。
……フレイがカナリアの動きを見てアリシア・ブレイブハートを思い浮かべるのも仕方が無いだろう。
なにせ、カナリアは今まさしくそのアリシア・ブレイブハートの動きを―――その心臓を、自分の姉妹たちのものと入れ替えなければ生きられない程に弱い少女の動きを―――実際に真似しているのだから。
(……まあ、予習ありき、だけれど)
多分にブラフの意味合いがある微笑みを浮かべた裏で、カナリアは心の中だけでちろりと悪戯っぽく舌を出しておく。
フレイが知る由はないが、いくらカナリアはアリシア・ブレイブハートと同じく(細かく言えば逆だが)『目が良い』とはいえ、アリシア・ブレイブハートの見事と言わざるを得ない身体捌きは彼女のセンスによるものが大きく、カナリアがしてみせているアリシア・ブレイブハートの『真似』は、なにも無条件で初見の相手に出来るような芸当ではないのだ。
しかし、ことシェミーとフレイを相手にする場合ならば訳が違う。
なにせ、彼らは人気の配信者であり、自らの戦う風景を収めた配信のアーカイブや、または彼らと刃を交える視聴者達が残した映像などの『教材』がインターネット上にいくらでも転がっているのだから。
そして、カナリアは【疫病】を手に入れた彼らのことを―――間違いなく自らにちょっかいを掛けてきそうな存在であり、出来得ることなら一回でいいから殺してやりたい相手のことを―――予め調べ、その動きをある程度頭に入れておいた。
だからこそ、今こうしてカナリアはフレイを手玉に取って戦えている。
……とはいえ、フレイ達は配信中はある程度手を抜いていたようであり、実際に対峙してみれば根本は変わらずとも動きが多少は違ったので、それを見極めるために少々の観察は必要だったのだが。
「……クソッ! シェミー!」
「んだよ、BRFと違うじゃねえかフレイ! まあ、仕方ねえがな……!」
カナリアの笑みに不気味なものを覚えたフレイが距離を取りつつ相方の名前を呼び、シェミーはクリムメイスの『雷槍』を避けながらフレイの元へと駆け寄る。
そんな、ふたりの急な動きの変化にカナリアとクリムメイスは少々面喰いつつも、彼らが仕掛けようとしている次の一手に備えるため自分達も隣り合うように位置取った。
「遠目から見てたけど、なによカナリア、あの動き」
「んー、まあ、しいて言うなら一族に伝わる秘技とか、そんなところですわね」
「あ、そう……」
その際にクリムメイスは、先程カナリアが見せた動きについて軽く聞くが、カナリアが視線を逸らしたことから、その話題については触れるべきではないと察して眼前の敵に集中する。
「『獣血』を暴走させるッ! 構わないだろ!?」
「フェーズ2を晒すのは少し気が引けるが……、いいぜ、やっちまおう! 『召喚:怪画幽駿』!」
その視線の先では、フレイが少々興奮気味に一つ目の奥の手を使い(彼は予定が狂うと冷静を欠くタイプのようだ)、間違いなく急いてる相方に少々の不安は覚えつつも、ここで負けるわけにはいかないのは確かなので、シェミーも普段一切使用しないスキルを用いる。
まず、フレイが用いたスキル『獣血』はウィンの『妖体化』、ジゴボルトの『寄虫覚醒』と同系統のスキルであり、男を誑かすためだけに作られた可愛らしいフレイの肉体が不気味に膨張し始め……次第に元の二倍近い身長を持つ、毛むくじゃらの怪人と化した。
そして、シェミーが用いたスキル『召喚:怪画幽駿』は得物のひとつである大盾に付与されたスキルであり、その大盾に描かれた果ての無い林道の奥から、一頭の馬―――赤い炎を纏い、八つの血走った目を忙しなく動かす、青ざめた肌をした無毛の馬―――が現れ、嘶く。