136-『割れたのはスイカ』などと供述しており
「あら、わたくしが教えてもいいんですわよ?」
「リスク的にありえないっしょ冗談キツいって先輩あはは」
自分は後回しでいいよ、だなんて謙虚なことを言ったように見せかけて、実のところ本能的に危機を回避しただけのウィンに対し、カナリアが優し気な笑みを向けたが……ウィンは先程と違い秒でその選択は〝ナシ〟だと判断して手をパタパタと振る。
なにせ、コーチを買って出たこのカナリアという少女は、NPC100万人殺したとて何も感じず、自分の手元から離れようとした人間は『この組織を抜けようものなら、お前の家族友人全て皆殺しにし、そして地の果てまで追い詰め必ずや破滅させる』と脅す絵に描いたようなテロリストだ。
むしろ教えを乞うほうがどうかしている。
「ほぉ~」
「いや! 普段の行い! 因果応報ー!」
とはいえ、テロリストという自身に対する評価をえらく的外れな評価だと思い込んでいるのがカナリアという少女であり、無論ウィンのリアクションは不満でしかなかったので、にたぁ、と不気味な笑みを浮かべてその頬を引っ張った。
対し、ウィンは至極真っ当な弁論を必死に述べて抵抗するが……そんなものが通じるならば誰もカナリアをテロリストとは呼ばないのだ。
「あはは……じゃあ、とっととやっちゃいましょうか、ダンゴ」
「はいっ! ご指導ありがとうございます!」
「いーのいーの! ………………それに感謝するのはこっちだからさぁ……ヘヘッ……」
そんなカナリアとウィンへと苦笑いを向けたクリムメイスだったが、自分の提案に素直に乗ってきたダンゴが頭を下げた裏で山賊めいた下賤な笑みを浮かべる。
……そう、当たり前だがクリムメイスによるダンゴへの泳ぎ指導の申し出は下心に満ちていた……むしろそれ以外なにも無かった。
逃げ場の無い海上で指導の名の下にボディタッチし放題―――! 目を怪しく輝かせたクリムメイスがダンゴを波打ち際へと誘っていく。
「―――おや、これは奇遇ですね」
そんな時だ。
その小さい脳みその中を邪な考えに満ちさせたクリムメイスと、残念なことに他人の悪意に対し鈍感すぎるダンゴの背を目だけで見送ったカナリアと、自分の頬を摘まむその手を引き剥がそうと必死の抵抗をするウィンへと、可愛らしいが、あまり精神衛生上よろしいとは言えない声が降りかかったのは。
まさかそんな、こんな平和な海辺に彼女がいるはずがない―――そう思いながらふたりが振り返れば、そこには……残念ながら、やはり、いた。
柔らかそうな栗色のロングヘアーを揺らし、可愛らしい顔立ちを似合わぬ獰猛な笑みに歪める少女……アリシア・ブレイブハートが。
「アリシアさん……」
ぱん、と手を合わせて喜ぶ、意外に過ぎる人物との邂逅に、思わずカナリアはウィンの頬を摘まんでいた指を放してアリシア・ブレイブハートへと向き直る。
……いったいなぜ? ここにアリシア・ブレイブハートが……頬をテロリズムより解放されたウィンは頬を摩りながら目の前の少女がこの場に立っている理由を考える。
彼女の恰好は、第一回イベント時の店売り装備とも、第三回イベント時の真っ白な鎧とも違う、その色白に過ぎる肌に良く映える赤を基調とした、カナリア達の身に纏うものに比べると大分健全で可愛らしい水着で―――。
「えっ、待ってもしかして普通に海遊びに来てたりする……?」
「……はい? ええ、そうですが……それ以外に今このエリアに近寄る意味がありますか?」
―――どう見ても普通に遊びに来ただけにしか見えず、まさかと思ってウィンが恐る恐る聞いてみれば、なにをおかしなことを、とでも言いたげにアリシア・ブレイブハートが小首を傾げた。
「いやぁ……無い……ですね……」
普通に遊びに来る以外に訪れる理由が無いエリアに普通に遊びに来ない人が普通に遊びに来てるんだから、そりゃあツッコミのひとつでも入るでしょ! とは内心思いつつも、良く知りもせずにアリシア・ブレイブハートが海遊びのひとつもしないタイプの人種だと決めつけてしまった自分が悪いといえば悪いので(大分仕方ない気もするが)、ウィンはアリシア・ブレイブハートから目を逸らしつつ苦笑いを浮かべる。
「あなたは身体は変でも、頭の方はまともだと思っていましたが、存外、おかしな人ですね」
結果、顎に手を当てたアリシア・ブレイブハートに心底意外そうに軽く罵倒され、ウィンは思わず理不尽だと叫びそうになったが……そんなことしたらより一層理不尽な目に遭わせて来そうなのがアリシア・ブレイブハートという少女なので、なんとか口を噤む。
「そうなんですのよ。この子。一見まともそうで発想がかなり突飛……というか、被害妄想気味なんですの。わたくしのこともテロリスト呼ばわりしますし」
「いやテロはウィンの頭の中だけじゃなくて現実で起きてたんですけど?!」
しかし、そんなアリシア・ブレイブハートに対してカナリアが腕を組んでうんうんと頷き、流石にウィンは叫んでしまう。
だがその叫びに大した効果はない……なにせ、この場に集ったメンツはテロリスト一名、殺人鬼一名、高次元生命体が一名であり、確実に劣勢なのは、高次元に住んでこそいるが別に人間に対し敵愾心を抱いているわけではない高次元生命体なのだから。
沈黙をもって弾圧されて終わりである。
「まあ、そのテロが実在したかどうかは別にどうでもいいとして」
「待って、もしかして無かったことにしようとしてる? 王都100万人殺傷の事実をウィンの妄想で片付けようとしてる? ウソでしょ先輩ヤバいよそむぐぁ!?」
「えー、どうでもいいとして……アリシアさん。素敵ですわね、その水着。よくお似合いですわよ」
隣でぎゃあぎゃあと騒ぐウィンの口を手で抑えたカナリアが、とりあえず、といった様子でアリシア・ブレイブハートの水着を褒める。
正直、アリシア・ブレイブハート程の顔ならなにを着ても様になるだろう―――とカナリアは思ったが、とりあえず人間は初手で服装を褒めておけば悪感情を抱くことは早々無いということを学習済みだった。
「……そうですか。まあ、あなたを含め28人から似たような評価を受けましたから、事実そうなのでしょうね」
とはいえ、アリシア・ブレイブハートは別段水着を褒められて喜ぶようなタイプではなかったので、興味無さそうに視線を横に逸らすだけだったが。
「ところで、折角こうして逢えたのですから……どうでしょう? 互いの、この晒している肌を切り裂き、切り裂かれ、地肌に返り血を浴び、浴びせるというのは?」
まあ、自分が水着を褒められても似たような反応だろうしな、とカナリアが笑顔の裏で静かに思う中、逸らした目を素早く戻し、獰猛な笑みを再び浮かべたアリシア・ブレイブハートが第三回イベントで用いていた直剣『ブラッキィマリス』と中盾『ダリアステイン』を手元に出現させて構える。
「わぁ、世の中には海来て海水の代わりに血をかけ合う人もいるんだなあ……」
いくらカナリアが殺人的にマイペースだとはいえ、流石に殺人鬼が得物を取り出し始めれば警戒もするというもので……カナリアは無言で肉削ぎ鋸とダスクボウを構え、それにより抑えられていた口が解放されて言論の自由を得たウィンが思わずといった様子で呟く。
「まあ、海水と血液の成分はほぼ同じですから。然程やってることに変わりはありませんけども……」
「いや変わるっしょなに言ってんの先輩」
全力でアリシア・ブレイブハートに引きつつ、巻き込まれないよう横に避けながらウィンはカナリアにも引く。
海に来て血のかけっこしようと提案するアリシア・ブレイブハートは相当キてるが、それに対して『まあ大して変わらないか』という感想を抱いたカナリアは間違いなく更にキてるのは間違い無い。
「嘘だろマジモンかよ……平和なビーチに殺人鬼とテロリストがいる……」
「どっちも水着じゃねえか。ここで我が命潰えるとしても僥倖だな」
「巨乳と貧乳の優劣を決める戦いがおっぱじまるってのか」
そして、カナリアとアリシア・ブレイブハートが互いの得物を抜いたことで周囲のプレイヤーたちが―――滅茶苦茶カナリアに似てる人と、滅茶苦茶アリシア・ブレイブハートに似てる人が居る気はしていたが、コスプレかなにかであろう、そうであってほしいと、そう願い続け、その願いを無情に現実に砕かれたプレイヤーたちが―――にわかに騒がしくなる。
ちなみにどちらが勝っても別段今日は他のプレイヤーに危害は加わらない……別に普通に〝決闘システム〟を用いて殺し合うだけなのだから。
「……なんて。ふふ、冗談です。いくら私がゲームに疎いとはいえ、流石に分かりますよ? 今のままじゃ、まだあなたには勝てないことぐらい」
まさに一触即発―――どちらかが決闘の申請を行えば確実にどちらかはこの海辺を去るだろうと、誰にも思わせる雰囲気がふたりの間に渦巻いていたが、それはアリシア・ブレイブハートが獰猛なその笑みを悪戯っぽい笑みに変えて武器をしまったことで霧散する。
ほぼ全ての攻撃でダメージを受けないカナリアに対し、HPバーを削り切らずに相手を殺すことにゲーム内で最も長けたアリシア・ブレイブハート、その二人の戦いでどちらが勝つかを予想するのは極めて困難だが……現状、カナリアは【戦争】の力を持ち、アリシア・ブレイブハートは【勝利】の力を逃している。
だから、優位に立っているのは間違いなくカナリアである、と……そうアリシア・ブレイブハートは判断したのだろう。
「それに、今日は……子守もありますので」
これほどまでに面白くなくて心臓に悪い冗談は早々無いぞ、なんて、この場の全員が思う中でアリシア・ブレイブハートが忌々しそうに自らの背後へと視線を飛ばす。
その先では―――。
「待ってくれ、ポニーちゃん、クーラちゃん。なんで兄ちゃんは木に縛り付けられてるんだ?」
―――非常に夏の海が似合うチャラチャラとした雰囲気の男、サベージがヤシの木に縄で縛り付けられていた。
………………うん? アリシア・ブレイブハートに倣ってそちらに目をやったこの場の全員がまず目の前の光景を理解するために首を捻る。
「なんでって、そりゃスイカ割りの時間だからだよ! お兄ちゃん!」
「今からお兄さんの頭の上に乗せたスイカを目隠しした私が射抜くのです。……あまり動かないほうがいいですよ。流石に視界が無い状態では、いくらクーラが超最強究極スーパー射手だとしても、間違ってお兄さんの頭を割っちゃいかねないのです」
「……なに? なになに?? え、待って全然理解が追い付かないよ? なんで俺は極刑に処されそうになってるんだ??」
そして続くのはオレンジ色の髪の少女―――ポニーが縛り付けたサベージの頭の上にスイカ(のようなウリ科植物の果実)を乗せ、青髪の少女―――クーラが白い布で自分の目を覆いつつ化合弓を取り出す光景。
木に縛り付けられたサベージは思わず周りに問い掛けるが……当然ながら周りのプレイヤーも『なんでお前は極刑に処されそうになってるんだ?』としか言い様がなく、視線を逸らすことしか出来なかった。
「それじゃあ、フレンドリーファイアをオンにして~……ほーら、クーラ回すよ~! い~っち! に~いっ!」
「あぁ、あぁあ~……だ、大丈夫なのですお兄さん。ゲームだし死んでも大したことないのですぅ~~~……あぁあ~~~……」
「死ぬのは確かに大したことないけど、遊び半分で人殺すのは倫理観的に大したことあると思うけどな、兄ちゃん」
ポニーがパーティー内のフレンドリーファイアをオンにし、クーラの肩を掴んでぐるぐると回し始める。
それは、まだまともな倫理観も育んでいない様子の幼い少女ふたりによる残虐遊戯が始まるまでのカウントダウンだ。
「きゅ~うっ、じゅう! はいっ!」
「うぅ……勢いよく回しすぎなのです、とってもふらふらするのです……」
「右右! もっと右! ああっ、行き過ぎ左左……」
さながら断頭台に上り切るまでの階段を数えるかのようなポニーのカウントダウンは間もなく10に達し、サベージの命を冒涜する残虐遊戯が開始した……人の命が掛かってるにも関わらず、ポニーは極めて大雑把に指示を飛ばし、クーラが構える化合弓につがえられた矢の切っ先がフラフラと揺れる。
……なんと恐ろしいショーだろうか。
周囲のプレイヤーの内、このゲーム内で平然と行われる残虐な展開に耐性が出来ていないファミリー層たちが短い悲鳴と共に目を逸らす。
「そこ! そこで上、上……行き過ぎ下、下! そこそこ! やっちゃえ! あっ―――」
しかし、たかが悲鳴程度でこの少女達の残虐遊戯は止まりなどしない。
フラフラと揺れた矢尻が一瞬サベージの頭の上に乗せられたスイカに合った瞬間、ポニーは矢を放つよう指示を出し―――だがその狙いは、一瞬のタイムラグによってスイカからサベージの額へとずれ、それでも引き絞られた矢は当然放たれる。
「オアーーーッ!!」
そしてビーチに響く絶叫、砕けるサベージの頭部、飛び散る血飛沫。
「あーあ、お兄ちゃん死んじゃった。もー、クーラのへたくそー!」
「あ? 業腹なのです。下手なのはポニーの指示出しなのです。一生人の上に立つなよおめーなのです」
当然ながら残ったのは沈黙の中に響く落胆したようなポニーの声と憤るクーラの声のみ。
「えぇと……あれは……」
しばらく間を置いてウィンが二人の少女と一つの首無し死体を恐る恐るといった様子で指差しながら、アリシア・ブレイブハートへと視線を向ける。
連れている子供たちが遊び半分で人の頭を粉砕しているのは、間違いなく子守出来ていないだろう……そういう意味を込めた視線を。
「ただのスイカ割り……でしょう?」
だが、アリシア・ブレイブハートは当然責める意味も込められているウィンの視線に対して小首を傾げるばかりだ。
……なにせ、アリシア・ブレイブハートは『スイカ割り』がそもそもどういう遊びか分かっていなかった―――いや、どういう遊びか分かっていないとしても人の頭が吹き飛ぶ可能性のある遊びをしようとしている子供は止めるべきなのだが。
とはいえ、アリシア・ブレイブハートは正しいスイカ割りを知らないが故に先の残虐遊戯をスルーした様子であり、またカナリアと違って聞く耳を多少は持っていそうな様子だったので、ウィンはなんとか説得を試みることにした。
「いや違……」
「ただのスイカ割りです」
「絶対違……」
「割れたのはスイカです」
「あの……」
「黙りなさい殺しますよ」
……が、ウィンの様子から自分がなにか間違ったことを察し、そして、それを頑なに認めたくないアリシア・ブレイブハートは伝家の宝刀『殺す』を持ちだして得物を構え始めてしまった。
もうこうなってしまってはウィンに取れる手段はない……ウィンは己の未熟さ故、アリシア・ブレイブハートを真っ当な道に導けなかったことを悔やむ。
しかし、不意に気付く……断固否定の態勢を取り始めたアリシア・ブレイブハートに対し、臆せず物言いを出来る人物が隣にいることに。
「ねえ先輩」
「まぁ、丸くて割れたら中が赤ですし、凡そスイカですわよ」
「ああそう……まあいいやもうそれで……」
いや、そんな人物はどこにもいなかった。
ウィンは静かに目を死なせ、大して知りもしない男が遊び半分で殺された程度に目くじら立てるのも今更に過ぎるかと結論付ける。
正直バカバカしい―――なんで知らない男のために自分がこんな連中の間違いを正さなきゃならないのだろう?
そそくさと自分達の周りから離れ再び平和を謳歌し始めたファミリー層を見ながら、ウィンは心の底から……ひどくそう思うのだった。