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135/162

135-怪蛇の居ぬ間に

 青い空、白い雲。

 黄金の砂浜、ターコイズブルーの海。

 輝く太陽。


「やったぞーっ! 海に来たぞーっ! ウィンはやったんだーっ!」


 そして万歳をして喜びの雄叫びを上げる少女―――のガワを被った高次元生命体ことウィン。


「はしゃぎ過ぎ……とは言えないか。マジで凄いなあ海」


 そんなウィンを見て肩を竦めるのはクリムメイス。

 つい先週ウィンとその仲間達を裏切った後、秒で自分も裏切られた結果ウィン達の元へと泣きながら戻ってきた情けない女、クリムメイスだ。


「わたくし、基本的にインドアなんですけれど……これは流石に気分が高揚しますわね!」


 ウィンにクリムメイス、そのふたりがいるならば勿論この、ぱん、と手を叩いて喜ぶ少女はカナリアだ。

 更に言えば三人も……【戦争】の力などという恐ろしい力を手に入れた連盟、『クラシック・ブレイブス』のメンバーが三人もいるならば、当然残る一人もまた。


「ああ、ああああ、あの、や、やっぱり、その、もうちょっと……もうちょっとであいつ帰ってきますから、それから、その……じょ、女子たちだけで楽しんで頂けると僕としては幸いといいますか……」


 その残る一人ことハイドラ―――の肉体を操作する妹よりも妹らしい少女……のように見える少年ことダンゴが、両手で自分の目を隠しながら喚く。


「つれないなあ、ダンくん。ってか、なにそんなに恥ずかしがってんの? え、ウケる。まだ男の子の部分残ってたんだ」

「ダンゴでもわたくし達の水着には反応するんですわね~」

「まあ、気持ちはわかるけどね!! 凄いなあ!! 海凄いなあ!! うーん、凄い!」


 ……まあ、それもしょうがないだろう。

 なにせここは海であり、けらけらと自分を指差して笑うウィンも、意外そうな表情を浮かべるカナリアも、そんなふたりをガン見してなぜか凄い! 本当に凄いんだ! とはしゃぐクリムメイスも水着なのだから。


「残ってるもなにも100%男ですよ僕は!?」


 あんまりな三人の反応(クリムメイスはちょっと違う気もするが)に思わずダンゴは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 どれもが(大なり小なり)性格に難がある少女とはいえ、(少なくともゲーム内では)魅力的な容姿を持つ少女3人に囲まれてしまったのだから、照れるなりなんなりの反応は年頃の少年としては普通といえる。

 もしもこれで、ダンゴが女性慣れした男らしい人間であれば敢然と対応してみせたのだろうが、残念ながら身近に潜む、とある存在によってろくに女友達などというものが出来たことがあらず、女性慣れする機会などダンゴの人生には無かった。

 ……どころか、なぜか夏場はやたら男友達に誘われ囲まれているものだから同年代の異性の水着姿を生で見る機会すら一度も無かった(厳密にはこれも生の水着姿とは言えないのだが)し、年頃の男の子は一度は見る類のものも年の近い妹と同じ屋根の下で暮らしている以上早々手が出せたものではなく……。

 一言でまとめれば、どうしようもないほどダンゴは初心だったのだ。

 ……まあ、そんなことはダンゴ自身が一番良く知っていたし、そもそも自分は連盟内で唯一の男なのだから、こんな場面があれば操作権はハイドラに手渡すつもりであったし、故に全くもって自分がこの場に立つことを想定していなかった。

 だのに、普段通りのプレイをしようとログインした途端、捕縛されて海へと強制連行されては中々に刺激的なデザインの水着に身を包む三人に囲まれたものだから、もうどうしていいのか分からない状態だ。


「へぇ~、じゃあこんなの効く~? いえーい、脳殺ポーズ!」


 そんな、あまりにも異性慣れしていない様子のダンゴに対し、(テンションが高いこともあって)加虐欲が沸いたらしいウィンが胸を寄せてあげるポーズを取って挑発してみせる。


「ひぃいいい! ややや、やめてよウィン! からかわないで!」


 すれば(普段の恰好から察せられてはいたが)然程女性的魅力に満ちている雰囲気があるわけでもないウィンのそれですらダンゴは絶叫に近いリアクションを見せてしまい……それを見たウィンが再びけらけらと笑う。


「凄い!! 本当に凄い!! 『フィードバック』離れて『クラシック・ブレイブス』に戻って良かったわ! 最高よ最高!!」


 そしてクリムメイスは諸手を上げて喜んだ。

 ……なお、そんなクリムメイスの横顔を冷たい笑みを浮かべたカナリアが一瞥したが、残念ながらクリムメイスはそれに気付かなかった。

 後で酷い目に遭うかもしれない。


「ってか! あんたが作ったんじゃないのよ、この水着! もぉ~、初心なフリして、ほんとはこういう恰好してるあたし達のこと妄想してたんでしょ~? このむっつりさん!」

「違いますよ!! どれもこれも全部妹の趣味です! いや、趣味というか……普通に女性用水着なんてどうデザインすればいいのか分からなかったので妹が持ってる水着を参考にさせてもらっただけです!!」


 カナリアの笑みに気付けなかった哀れなクリムメイスが、繰り出され続けるウィンの挑発的なポーズの数々を見せつけられ続けるダンゴの頬をつつきながら煽る。

 そう、カナリア達が装備している水着はダンゴの手製であり、デザインの差異はあるものの、どれも一貫してあの手この手で露出できる肌面積を増やそうという性欲に忠実な努力の垣間見えるデザインをしていた。

 確かに、こんなデザインの水着を渡せばむっつりさんと呼ばれても仕方ないな、とは思いつつも、ダンゴはそこにはやむを得ない事情があったのだと、ダンゴは涙ぐんだ声で吠え―――。


「えっ待ってハイドラちゃんリアルでこんなデザインの水着着てんの」


 ―――その言葉から、自分達が身に着けているダンゴ手製の水着はハイドラの私物を改造したものらしいと知ったウィンが真顔となる。

 カナリア達が装備している水着……中々に刺激的なデザインをしている水着達は、余程自分の容姿に自信が無ければリアルで着ようとは思わない派手さをしている。

 事実、カナリアはともかく……ウィンとクリムメイスは間違いなくリアルであればこのデザインの水着は着ようとは思わない。

 だのに、ハイドラは……。


「き、着てる……かは知らないですけど。とにかく、持ってましたよ? ……いや、あいつ、友達と海とか行くタイプだったっけ……? なんであんなに水着持ってたんだ……?」


 急にしん、と静かになった場に困惑しつつもダンゴはウィンの言葉を半分肯定し、そこで不可解な事に気付いた。

 そう、ダンゴは友人と一緒に海やらプールやらへと遊びに行くハイドラの姿を一切思い浮かべられなかったのだ……なにせ、このゲームをやるまで知らなかったことだがハイドラは間違いなくカナヅチだし、更に言えば『泳ぐのは好きじゃない』と口にしていた。

 ……とはいえ、当然ダンゴは妹の交友関係を全て把握しているわけではないし(ちなみに逆は当たり前のように全て把握されている)、もしかすれば知らないところで行ってたりするのかもしれないが。


「真夏の夜用の水着じゃん絶対」

「せめて高校出るまではハイドラが我慢出来ることを願うしかありませんわね」

「凄いなあ……本当に凄い……」


 首を傾げるダンゴを見ながらカナリア達は思わず心配せざるを得なかった。

 同性の先輩に愛の告白をされてしまい、身の危険を感じたらしいダンゴ……その側に、そんなただの拗らせちゃった男よりかよっぽど恐ろしい存在がいる、という現実を。


「ところで、脳殺ポーズをするなら……あなたがした方がよっぽど凄いですわよ! ほら!」

「きゃっ! ちょ……やめ……やめえええええ! やめえええええ!」


 そんな直視するに堪えない現実……それをわざわざ仮想現実まで来て見ることはないだろう。

 そう判断したカナリアがダンゴの後ろに回って彼の腕を取ると、先程までウィンが取っていたような胸を強調するポーズを無理矢理取らせ始め……思わずダンゴは意味不明な絶叫を上げてしまった。

 ……なにせ『クラシック・ブレイブス』で最も性的主張の強いカナリアにくっ付かれ、次いで性的主張の強い自分の体で挑発的なポーズを取らされているのだ、仕方がない。


「凄い!!!!」


 うん!! とクリムメイスは腕を組んで大きく頷いた―――ダンゴをオモチャにするカナリア……凄い!! 凄いぞ!! ありがとう、クロムタスク! この世界を作ってくれて! ありがとう、リヴ! この大切な仲間達の元に自分を導いてくれて! 全ての生命に……ありがとう!! 感謝を! ひたすらに感謝を!!


「にしても、本当に人多いね~、もしかしたら全プレイヤーここに集まっちゃってるんじゃない? これ」


 目尻に涙を溜め、やだあああああ! なんて首を振りながら叫ぶダンゴ―――完全に強姦でもされそうになってる生娘のソレだ―――を傍目に、ウィンが辺りを見回しながら言う。

 ……そう、ここは海、真っ当な海だ。

 そして、このオニキスアイズの世界において、まっとうな海というものは現状『王都セントロンド』の近郊にしかあらず……そこには『蛮竜』という強敵を超えねば辿り着けない。

 だというのに、もうっ……もうやめて……やめてください……お願いです……、と鼻を啜りながら懇願するダンゴと、その仲間達(今は敵かもしれない)の回りには老若男女多種多様なプレイヤーが存在していた。


「『王都セントロンド』に期間限定で無条件のファスト・トラベルが可能になる―――だけのイベント、だなんて。盛り上がらないと思ってたんだけど……意外よね」


 ふぅ……と一息吐いて、ようやっと落ち着いたらしいクリムメイスがウィンの言葉に首肯で答えつつ、存外ファミリー層ってのはしぶといものだ、と感心半分呆れ半分といった様子で肩を竦めてみせた。

 そう、現在オニキスアイズでは『ハイラント⇔セントロンド』のファスト・トラベルが無条件解放されるちょっとしたイベントが開催中であり、今だけは『蛮竜』を超えなくとも―――どころか、その前の『雪鹿』すら超えずとも―――『王都セントロンド』や、その近郊に存在するこの海『シェルズ・ビーチ』を全プレイヤーが訪れることが出来る。

 とはいえ、正規手段で『王都セントロンド』に辿り着いていないプレイヤーや、そういったプレイヤーが所属しているパーティーが訪れるクローズドエリア、この『シェルズビーチ』のようなオープンエリアにはモンスターが一切出現しないようになっており、しまいには一部フィールド等へはそもそも侵入すら不可となっていたりなど自由に動けるわけではないのだが。

 それでも買い物などは(懐が寒くなければ)可能なわけだし、街の中は賑わうかもしれない……と、クリムメイスは考えていたのだが、実際にはこのゲーム的旨味がゼロな『シェルズビーチ』の方が賑わっているようだ。

 まあ、確かに無料で国外の最高級リゾート地レベルの美しさを誇る海に来れるのだから、旅行先としては最高なのだろうが……このゲームにおける、そこに価値を見出すようなプレイヤー層は既にアリシア・ブレイブハートの手で皆殺しにされたものだとクリムメイスは考えていた。


「きっとアリシアさんが彼らから安らぎを奪ったのが大きいのですわ。ほら、人間って奪われたもの、奪われそうなものに執着しがちでしょう?」

「あぁ……」


 そんなクリムメイスへと、ダンゴの肩に顎を乗せて無理矢理ダブルピースを取らせているカナリアが、わたくし達にも思い当たる節があるでしょう? とでも言いたげな表情を向け、クリムメイスは苦笑いを浮かべながら頷くしかなかった。

 カナリアが口にした考えはクリムメイスのものと真逆だったが、確かに、シルーナに奪われた頂点の座を取り戻すこと―――また、自らの玉座が揺るがないよう世界をコントロールすること、それに自分が憑りつかれていたのはクリムメイスの記憶に新しい。


「ってかいい加減やめたげてよぉ! ダンゴがもう声すら発せなくなってるじゃない!」

「……あら、まあ。いやぁ……鬼の居ぬ間になんとやら、というやつでして……」

「鬼っていうか、怪蛇だけどね……」


 いくらカナリア達が以前と変わらない態度で接してくれているとはいえ、あの一件に対する罪悪感が消えたわけではないクリムメイスは、早急に話題を変えるべく死んだ目でダブルピースを取るダンゴをカナリアから引っ手繰りながらわざとらしく悲痛な叫びをあげる。

 すればカナリアは恥ずかしそうに頬を掻き、ウィンは今頃塾で苦手な数字達を前に、握るのがペンではなくて剣であれば話が早いのに、なんて考えてそうなハイドラ(怪蛇)を思い浮かべた。


「そうだ! 折角だしさ、ハイドラが来る前に『水泳』と『潜水』取っちゃいましょうよ!」


 カナリアの言葉で、今この場にハイドラは居らず、そして普段のようにモニター越しに見ているわけでもないということに気付いたらしいクリムメイスが、死んだ目のダンゴに対し逆に目を輝かせながら指をひとつ立てて提案する。

 スキルがどうこう以前の問題で根源的に泳げず、結果として水辺に絶対に近寄らないので『水泳』や『潜水』のスキルとは一生縁がない存在―――それがハイドラという少女であり、そんなハイドラだけがその身体を使うのであれば、別に無理に泳げるようになる必要はないだろう。

 が、しかし、兄であり、普通に泳げるダンゴも操作する場合があるのだから、習得できる時に習得していおいた方が良いのは間違いなく。

 そして今そのハイドラがおらず、水泳の練習にもってこいな海が横にあり、勢いだけで来てしまったので特に目的もなく、極め付けにこの『シェルズビーチ』には現在モンスター等が一切出現しないというのだから、クリムメイスの言う通り習得するのなら今がベストタイミングだ。


「……あ、はい。それは確かにアリかも」

「なら、ウィンも?」

「うん! ―――いや、待てよ……うーん……?」


 これには流石にダンゴも正気を取り戻して首を縦に振り、それを見たカナリアは同じく水場への適性が低い(とはいえこちらはスキルの問題だけだが)ウィンへと問い掛ける……と、ウィンは一瞬目を輝かせたが、即座に眉をひそめて顎に手を当て悩み始める。

 いったいなにを悩む必要があるのだろう……と、他の三人はその様子を不思議そうに眺めるばかりだったが、どうしてもウィンの中ではひとつの可能性が引っかかって仕方がなく―――。


「……後でいいや! ハイドラちゃんが来たらダンくんと交代でクリムメイスさんに手伝ってもらおっかな!」


 ―――結果、他の三人が渋る理由に辿り着く前にウィンは自分のことを後に回すことにした。

 ……なお、彼女が考えていたのはレッスンの最中にハイドラが戻ってきた場合、自分がどうなるか、ということで―――様々な展開が考えられるが……まあ、ロクなことにはならないだろう、という結論に辿り着いたのは言うまでもない。

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