133-ポニーとクーラ!
「みんな心配したんですよ。あの日急に消えたっきりですから」
そう考えたアリシア・ブレイブハートが余計な詮索をしなかったからか……いつも通りのふにゃりとした笑みを浮かべるシーラ。
その表情と先程の表情のギャップがあまりにも酷く、より一層アリシア・ブレイブハートは彼女は自分の部屋に入ってなにをするつもりだったのか気になってしまう―――。
「それについては申し訳ありませんでした、返す言葉もありません」
「まあ、戻って来てくれたしいいんですけどね。どうしますか? 暇なメンバーなら広間にいると思いますけど。出かけてる子も多いので。必要とあらば全員集めますけど」
「いえ、結構です。別に話すようなことはなにもないので」
―――が、それを彼女に追及しても沈黙でしか答えないことはもう分かっているので、アリシア・ブレイブハートはシーラの提案を断りつつ、その横を通り抜けて彼女が指差した広間へと歩みを進める事にした。
すると、そんな彼女を見て、なにかが嬉しかったのか、シーラも機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらアリシア・ブレイブハートの背を追い始めた。
……自分の部屋に入ろうとしたことについては不問にすると伝えたのに、結局部屋に入らずに付いてくるならば、先程は本当になぜ自分の部屋に入ろうとしていたのだろう? 抱いた疑問を大きくしつつアリシア・ブレイブハートは広間に続くドアを開け放つ。
「俺ぁ……俺ぁよお……自分が情けねえよお……カナリアに殺されるアリちゃんを見てるだけしか出来ないどころか、ペットの怪獣すら超えられなくてよお……」
「大丈夫! 一生懸命頑張ってるお兄ちゃんは情けなくないよ!」
「そうなのです。お兄さんはとっても頑張り屋さんなのです。とっても立派なのです」
「そうかな……そうかも……ありがとう……ありがとう……」
するとそこでは、見慣れた双剣使いのサベージが、見慣れない少女達……容姿から推測するに小学生か、ギリギリそうではないか程度の少女達に頭を撫でられていた。
「……あれはなんでしょうか」
知っている顔が年端もいかない少女達に頭を撫でられ慰められる様を見てしまったからか、アリシア・ブレイブハートはどうしようもないほど情けない存在を見たとでも言いたげな表情で指差しながら後ろのシーラに問い。
シーラは、ああ、という短い声と共にアリシア・ブレイブハートが二人の少女と面識がないことに気付いた。
「あの子達は2~3日前にスザクさんが連れてきた子達ですね。オレンジ髪の子がポニーちゃんで、青髪の子がクーラちゃんです」
「いえ、そうではなく。サベージ、あまりにも情けないのですが」
「……あぁ。アリシアさんがログインしないのは自分が弱いせい、って思い込んでからはずっとあんな感じですけど」
が、アリシア・ブレイブハートが気になったのは二人の少女の正体ではなく、年端もいかない少女に頭を撫でられてバブみを感じている心底情けの無いみっともなさの極致ことサベージの様子だったらしい。
まあ確かに……下手すれば学校ふたつ分違う小さな女の子に慰められる男の姿を見れば『あれはなんだ』と聞きたくもなるか、とシーラは思わず苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「……お、おい……マジかよ……帰って来て……くれたのか」
一方で、怪獣に蹂躙されることよりよっぽどアリシア・ブレイブハートからの心象を悪くする、なんとも情けの無い姿を惜しげもなく晒していたサベージがその声を聞き拾ったようで震えた声を漏らす。
……どうやら彼の中ではアリシア・ブレイブハートは既に帰らぬ人となっていたようだ。
「帰って来てくれたのか! アリちゃん! 兄ちゃんの所に!!」
別にお前の下に帰って来たわけではないし、例えそうだったとしても今のお前の姿を見れば間違いなくお前の下は去る……なんて考えつつも、それを言葉にする意味も特に見つけられなかったアリシア・ブレイブハートが無言でサベージへと冷たい視線を向けていると、(当然ながら)アリシア・ブレイブハートのその瞳に込められた感情を読み取れなかったサベージが泣きながら笑みを浮かべて彼女へと駆け寄る―――。
「え!? アリシアさんログインしたの! あーホントだ! お兄ちゃん邪魔!」
「ぐああっ!」
―――いや、寄りたかったようなのだが、駆け寄るべく立ち上がったサベージを突き飛ばして件の少女の片割れ……ポニーがアリシア・ブレイブハートの下へと駆け寄る。
……別段アリシア・ブレイブハートの下に行くのにサベージを突き飛ばす必要はないのだが、わざわざ突き飛ばされた辺りポニーの中で彼の存在はかなり軽いのだろう。
「上を失礼するのです、お兄さん。アリシアさんまでの最短距離を進みたいので」
「ぐああっ!」
そして突き飛ばされたサベージの背を踏み抜いてクーラもアリシア・ブレイブハートの下へと駆け寄った。
……別段最短距離を進むこととサベージの背を踏み抜くことは繋がらないのだが、そこを気にしない辺りクーラの中で彼のヒエラルキーはかなり低いのだろう。
「はじめまして! アリシアさん! 私、ポニー! こっちは姉のクーラ!」
「クーラです。私たち、アリシアさんに憧れてこのゲーム始めたので、お会い出来て光栄なのです」
「……はあ……」
ポニーがアリシア・ブレイブハートの手を取ってブンブンと振りながら自己紹介をし、一方でクーラは丁寧に腰を90度折って見せる。
ポニーがクーラを〝姉〟と呼んだのが本当なのであれば、恐らく姉妹……もしかしなくても双子のようだが、どうにも性格は真逆のようだ―――というのはアリシア・ブレイブハートにとってはどうでもよくて、ただ、このぐらいの歳の子供から羨望とも取れる眼差しを始めて向けられた彼女は、酷く困った様子でシーラへと目を向けてしまった。
「いや、あたしを見られても」
その視線の意味を察したシーラが苦笑いを浮かべる……ばかりなのは、きっと彼女もポニーとクーラの幼さ故のハイテンションは苦手だからだろう。
そんな彼女に少しばかり親近感は抱くが、それはそれとして助けて欲しい―――と、アリシア・ブレイブハートは思うが、シーラは別段二人を引き離そうとする様子はない……どうやら助ける気はないようだ。
にしても、なんでこんな子供をスザクは自分の連盟に入れたのだろうか。
いや、違う……なぜ副連盟長であるジゴボルトはスザクが連れてきたこの子達を連盟に入れたのだろうか。
外観の年齢が実力に比例しないVRMMOとはいえ、一応『グランド・ダリア・ガーデン』とはアリシア・ブレイブハートが共に切磋琢磨していけると思った者を集めている連盟であり(現状その形には程遠いのだが)、その容姿通り気質が幼いのであろうこの少女達は連盟員として相応しいとは思えない―――。
「本当に良かったー! あの日、スザクさんに襲い掛かって!」
「なのです。だからポニーは弱り切ったスザクさんを見つけたクーラにもっと感謝するのです」
―――と、アリシア・ブレイブハートが心の中でジゴボルトへそういった不満を募らせていると、不意に少女達の口から少しばかり耳を疑いたくなる言葉が飛び出す。
「えー、確かに見つけたのはクーラだけどさー、スザクさんがポニーたちを誘ってくれたのは、ポニーのバフが強かったからだと思うよ?」
「違うのです。クーラのデバフが強いからなのです。その身でクーラのデバフを味わい死ぬ寸前まで追い詰められたからこそ、スザクさんはクーラたちを誘ってくれたのです。十割クーラのお陰なのです」
「その死ぬ寸前まで追い詰める火力が出せたのはポニーのバフのお陰だもーん! クーラは良くて三割ぐらいね!」
「そもそもスザクさんのゴミみたいなHPならポニーのバフが無くても削り切れたのです。むしろ過剰なバフで危うく殺し切るところだったことを考えると、ポニーはクーラの足を引っ張っただけなのです。ポニーは逆十割なのです」
「はー? 業腹なんだけど!」
……襲い掛かった? 弱り切ったスザクに? と、アリシア・ブレイブハートが少女達の言葉を頭の中で反芻している間に、少女達の口から更に物騒な言葉が飛び出し続ける。
なにやら今この場に姿が見えないスザクはこの少女達に死ぬ寸前まで追い詰められたらしく―――どうやら外観通り気質は幼いが、それでもスザクよりは実力があるらしい。
とはいえ、ジゴボルトはなにを考えているのだろう……たかがスザク程度を追い込んだだけの少女達を加入させるなど。
「シーラ。ジゴボルトの居場所に見当は付きますか? 少しばかりアレの首を刎ねたいのですが」
(一週間ほど一切の音沙汰無しに不在だったとはいえ)ともかく、自分に確認もせずに新しい連盟員を増やしたジゴボルトにはそれ相応の代償を支払ってもらうか、自分が納得できるだけの説明をしてもらう説明があるだろう。
「あー……」
そう考えたアリシア・ブレイブハートの言葉を聞いて―――シーラは気まずそうに頬を掻きながら視線を逸らした。
「サベージ」
シーラの様子から返答はないと察したアリシア・ブレイブハートが次に踏み抜かれた背を摩りながら立ち上がったサベージへと目を向ける。
瞬間、サベージもシーラと同じく視線を逸らして誤魔化そうとしたが……アリシア・ブレイブハートが彼へと向ける極めて鋭いその視線には、絶対に『知らない』等とは言わせないという強い意志が籠っており、それは許すつもりは無さそうだ。
「……どこに行っちまったかは分からねえ、けど。ジゴっさんなら、この手紙と副連盟長の座をスザクに押し付けてどっか行っちまったよ」
(いくら鈍感とはいえ)流石に無視することは出来ないと理解したサベージが、彼にしては珍しく暗い様子で呟きながら一つの封筒をインベントリから出してアリシア・ブレイブハートへと渡す。
どうやら、彼曰くジゴボルトは連盟を脱退―――ジゴボルトが加盟してから一ヵ月は経っていないので正確にはまだだが、事実上―――し、その際にスザクにいろいろと押し付け……そのスザクが、更にサベージへと一部を押し付けたらしい。
「内容は?」
「宛先がアリちゃんだし、流石に見てねえよ。だからこそ、俺達はジゴっさんがどこに行ったのかは本当に分からねえんだ」
サベージが肩を竦めて言う……デリカシーという言葉から最も遠い所にいるような彼だが、どうやら最低限の常識程度は持ち合わせているらしい。
そんなサベージの言葉に対し、短い視線だけ返しつつアリシア・ブレイブハートは思う。
ジゴボルトは他の連盟員と違い、アリシア・ブレイブハートの存在に惹かれてこの連盟に所属しているプレイヤーではなく、それ故にアリシア・ブレイブハートは彼を最も信用し、副連盟長の座を与えていたのだが……まさかそんな彼女が自分がカナリアに敗北したことを理由に離れてしまったのだろうか?
いや、むしろ、そんな彼女だからだろうか。
〝アリシア・ブレイブハート〟ではなく〝最も強い者〟に与するのが彼女の本質なのだとすれば、カナリアに敗北したのを理由に離れるのも納得できる―――。
……とまあ、色々な考えを巡らせたが、わざわざ手紙を残しているのだから、これを読めば凡その事情は分かるだろう……そうアリシア・ブレイブハートは結論付け、封を切った。